人の思いは
「そうそう、解決したよ。明日からは大丈夫。普通に帰ろう。前に言ってた鯛焼き屋さんに行きたいな」
早速美織に電話をかけ、今日の報告をした。彼女達には良い思い出のない美織はまだ複雑そうだったけど、ちゃんと笑って、一緒に喜んでくれた。
またしても長電話になってしまった私の膝をヒロくんが足で小突いて来た。視線を上げると時計を指さしている。意味を理解し頷いた私は一つ頷いて電話を切った。
電話ってあっという間に時間が過ぎる。楢崎と千夏ちゃん、ゆずと、ついでに多嶋ではメールにて報告をした。
「おいこら、まーだ携帯いじってんのか。さっさと寝ろ。もう十一時だぞ」
「メール打ったら寝るから」
四人に送り終えた後、手持無沙汰になった私はベッドの横に布団を敷く叔父をなんとなく見つめた。
「ヒロくん、いつ帰るの?」
「なんだ?帰って欲しくないのか?」
「いや、いつまで居座るのかなって」
「おっまえそれが心配して飛んできてやった叔父に対する言い草か!
…ったく、仕事も、おふくろのこともあるし明日の便で帰る。明日の夜は誰も手なんか握ってくれないからな!」
「はあ!?昨日だってもう握って貰ってないし!別に平気だもん!
…大丈夫だから、早く帰ってばあちゃんについていてあげて」
私は向こうに一人残ったばあちゃんが心配だった。ヒロくんが長居すればするほど心配を掛けてしまう気がして。
私の不安な気持ちを察したのか、ヒロくんは優しく笑って私の頭を撫でるとベッドに入るよう促し、私が掛け布団を被ったのを確認してから、電気を消した。
「ねえ、ヒロくん」
「なんだよ、さっさと寝ろ。ガキ」
「ヒロくんは彼女とかいないの?結婚とか考えてないの?」
「……………」
どうやら寝たふりをしてやりすごそうとしているらしい。そんなズルイ大人に私は枕元にあった携帯を投げた。
「いってーな!何すんだよ!!」
「起きてんじゃん。で、どうなの?答えるまで私寝ないよ」
「だったら一生起きてろ!!」
「そしたら私眠くてヒロくんの送りもしないだろうし、っていうか明日は一日ベッドの住人になる事を断言出来るね。可愛い姪にして欲しくないの?お見送り」
「なっ、ばっ、おまっ、本当に、この反抗期娘が!」
「で、どうなの」
暗い中でもヒロくんが半身を起して私の方に向き直り、わなわなと震えているのが分かった。しかし私は引く気などない。
「……結婚は、まだしねえ。お前が独り立ちするまでっていうのもあるが、それ以前に今の俺には余裕がねえ。おざなりにしちまうのが分かってて彼女を作る程、俺は飢えてないしな」
「結婚は?考えた事ある?」
「そりゃあ、たまに思う時はある。今回みたいにお前が倒れたって時に、家をまもってくれる嫁がいたらどんなに心強いかとも思うがな、それは俺の都合だ。
恋愛ってのは互いが互いを思いやらなくちゃ続かねえ。それは、結婚も同じだろ。俺が結婚相手に何かを望むように相手も俺に何かを望む。その時切り捨てられるものも、それを決断するほどの心の余裕も今の俺にはないから、だから恋愛も結婚もしねえんだ」
「そんなん考えてたら、一生結婚なんて出来なさそうだけど」
「余計なお世話だ!答えたんだからさっさと寝ろ!!」
ヒロくんって、本当にクソ真面目だ。
恋愛の形は人それぞれ違うというけど、相手を想うって事は共通している。まだ経験のない私にはそれがどんなものか分からなかったけど、それは、簡単なようでとても難しい事に思えた。
私が思い出したのは、記憶であって、感情ではない。
“奈津”の感情を記憶として受け取る事はあっても、それはあくまで彼女の感情であって、私がそれを引き継ぐことは無かった。
多嶋に対する想いも、片倉に対する想いも。
多嶋もその点は同じだろう。多少過去の感情に引っ張られてる所もあるだろうが、それは元来の多嶋の性格からだ。
ただ、片倉は違う気がする。多嶋も言っていたけど、片倉は、“片倉光景”ではなくあの時の彼のまま現代を生きているのだ。奈津と交わした約束が果たされることを夢見て。
私は取り戻さなければならない。全ての記憶を。そして、菅先生が言っていた言葉、『全ての感情や真実を明らかにして』というのは、彼らの記憶も知らなければならないと言う事だろう。
それを全て知った時、私は答えを出せるのだろうか。彼を、解放してあげることは出来るのだろうか。
でもまずは、約束を思い出さなければ。
私は掛け布団を頭からかぶると、目を閉じた。




