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ひとつの決着

運命の金曜日、委員会は恙無く終了した。

ちなみに皆には先に帰って貰っている。多嶋がいるし、という事ですぐに帰っていったことには釈然としないものがあったけど。

交流会はお化け屋敷をやる事になり、楢崎の願いは泡と消える結果となった。お昼については、バイキング形式への賛成意見が最も多かったが、それにはコンロが間に合わないという理由で無難にカレーに決定した。しかしコンロ云々というのなら最初から言っておいて欲しかったが、先生たちも人間だ。うっかりしていたのだろう。クラスでブーイングを受けるだろうな、と覚悟しながら隣を見ると、多嶋は一番好きな食べ物がカレーとハンバーグという事らしく立ちあがって前の一組男子とハイタッチをしていた。テンションたっけえな。

私の現在のテンションは夏の全国高校野球選手権大会の予選一回戦で負けた高校球児並みに低い。だってこの後は例のアレだ。告白大会だ。高くなろうはずがないのだ。だから多嶋、私にハイタッチを求めるな。

向けられた手の平を華麗に無視した私は、前に座る高場さんがブツブツと何か言っているのに気付き、耳を澄ませてみた。


「中学一年生の時からずっと、いやそんな事言ったら執念深そうできもいかな、初めて会った時からの方が…」


練習ですか、そうですか。

委員会を終え、先生の解散の号令と共に各クラスの学級委員たちは鞄を手に持ってそれぞれ席を立った。このままばっくれてしまおうかとも考えたが、あの時の片倉の瞳を思い出し、ため息と共にその考えを捨て去る。

私が片倉を誘導すべきなのかどうかを考えあぐねていると、前の高場さんがこちらにぐるんと振り向いて私の肩を掴み、小声で耳打ちしてきた。


「私達は先に行ってるから、責任を持って片倉君を案内してきて!!失敗したら許さないから」

「ああ、うん、はい。その編み込み可愛いね…」


私の褒め言葉にさっと顔を赤くした高場さんは鏡を取り出して前髪を整えると慌ただしく教室を出て行った。私は多嶋に放課後用がある事を告げて片倉の席の前に立った。っていうかなんで私はいちいち多嶋に断ってんだ。片倉は待ちわびたようにふわりと笑って席を立つ。さり気なく私の背中に手を当ててきたので、馬鹿みたいに分かりやすい態度でそれを外し教室の外へ出た。


「約束、まもってくれたね」

「えっ。別に、これくらいのこと破ったりしないよ」

「奈津は約束をまもる子だもんね」


無言の圧力を感じた私は何も言わない事を決め、道中無言で通した。体育館裏に入る前に、事前の打ち合わせに準じ、片倉を一人残して私が先に裏側へと入った。小早川さん達に彼が来た事を知らせる為だ。

ざっと見て、二十人くらいはいるだろうか。明らかにあの時にいた取り巻きの人数を優に越している。皆して鏡を見ながら必死にみなりを整えている。テレビでやってるお見合い番組みたいだな、なんて考えながら私は彼女達に近づいた。


「連れて来ましたよ、その角の向こうで待って貰ってます」

「そ、そ、そう。じゃあ、こちらに来てもらって、くれぐれも、丁寧にね!!」


私はこくんと頷いて片倉のいる方向に身を翻すと縋るように幾人かの女子の手が私のブレザーの裾を掴んだ。これでは進めない。

じとりとその手を見やって呆れた目で彼女達の顔を順番に見つめると、観念したように、しかし心底名残惜しそうにその指は一本ずつ外された。


「ああちょっと!新澤さん!」

「だから、なんですか!」

「その、今日の片倉君は、どう?機嫌って言うか…その…」

「機嫌なら良さそうですよ」

「そう!分かった、呼んできて!」


少しほっとした顔で見送られ、私は体育館の角を曲がった。

片倉は壁に寄り掛かって空を見上げていた。私が来たことに気付くとすぐにこちらへ歩み寄り微笑みを向けてくる。懐いた犬のような仕草に、少し懐かしくなった。


「それじゃあ、皆呼んでるから」

「奈津も勿論一緒に、だよね?」

「…それはもちろん」


本当はここでさり気なく帰ろうと思っていたのだがそんな隙などこの男は与えてはくれない。

角を曲がると、先ほどとは打って変わり、素敵な微笑みを浮かべた麗しい女子たちが一列に並んで片倉を見つめていた。なんか怖い。


「今日はわざわざ私達の為に時間を割いてくれてありがとう、片倉君。実は、今日こうやって新澤さんに力を借りて片倉君をお呼び立てしたのは、私達みんな、あなたに伝えたいことがあったからで、ええと、あの…」


小早川さんは最初は良かったものの、徐々に紅潮する顔と共に言葉もしどろもどろになっていった。助けを求めるように私をチラチラと見ているが、私にどうしろというのか。逆に私も困ってしまってオロオロしていると端の方から一人の女子がずい、と前に出た。


「かっ片倉君、今日は私達、貴方に気持ちを伝えたくて集まったの。私、初めて会った時から片倉君の事が好きでした。良かったら、付き合って下さい!」


以外にも先陣を切ったのは高場さんだった。そこからは皆我先にと前に出てそれぞれ想いを述べて行く。最後のトリを務めたのは小早川さんだった。


「中学の時、どこか遠くを見つめる貴方に恋をしました。その視線の先に立ちたいと、ずっと願って来たの。良かったら、私と付き合って下さい」


そう言って小早川さんが頭を下げ、片手を前に出すと、一列に並んだ女子たちは同じようにして頭を下げた。これは、OKだったら手を取れという事だろうか。

これ、テレビで見た事あるぞという気持ちが再び湧いたが、私はそれ以上に本当に、真剣に片倉に恋をする彼女達に感嘆していた。その瞳は誰もが真っ直ぐに片倉を見ていて、力強い。そして、それをとても羨ましく思った。

横目で片倉を確認すると、その顔は少し困惑しているような、今までに見たことのない顔だった。どうするんだろうか、と観察していると、片倉は一列に並ぶ彼女達に向かって近づいて行った。

誰か、選ぶんだろうか。

急に冷静だった心がざわりと騒ぎだす。これは“私”の感情なのか、それとも“奈津”の?

どくどくと嫌な音を立てる耳を摘まんで彼の行動をじっと見つめた。

片倉は一番左端に立つ女の子に近づき、何事か言葉を返しているが距離が遠い為鮮明には聞きとれない。さり気なく近づいて耳を澄ませてみると、彼は先ほどの告白に対して、一人ひとりに返事を返しているらしかった。そして二十番目、小早川さんの前に立った片倉が顔を上げるよう促すと、肩をこわばらせながら、ぎこちなく彼女は顔を上げた。しかし視線はまだ、地面に留められたままだ。


「俺の視線の先に、あなたが立つことはきっとない。俺はもう、見つけてしまったから。こんな俺の何が良かったのか分からないけど、想ってくれて、ありがとう」


視線を下にしたまま、小早川さんの瞳から大粒の涙がひとつふたつ、地面に落ちてしみ込んだ。

しかしその表情は悲しげものではなく、穏やかな微笑みだ。


「………よかった。やっと、見つかったんだね。私が片倉君を見つめていたように、振り向いてと願っていたように、貴方の視線がその人と重なることを祈っています」


そして顔を上げ、にっこりと笑った小早川さんに、片倉も邪気のない笑顔を返した。

私はなんだか居た堪れなくなって、気付かれぬよう気配を消してそっと体育館裏から抜けだした。

あれほどの想いを、感情を、私はまだ知らない。私はきちんと片倉に答えを返せるのだろうか。

楢崎や祖父崎君を見ていて、恋愛に対する確かな憧れはあった。ただそれはとても初歩的な、幼稚な芽であり、いまだ蕾すらつけていないものだ。

走って、走って帰ると息切れをする私にヒロくんの一喝が飛んだ。


「馬鹿!病み上がりが全力疾走してんじゃねえ!

ったく、いくら俺の待つ家を楽しみにしてもな、いくらなんでも走る事は」

「ヒロくんそれ完全なる勘違いだから」


あーだこーだと言い募る叔父を洗面所に押し込めてカーテンをひくと私は制服を脱いで部屋着に着替えた。

鞄から携帯を出すと、二十通のメールが来ていた。にじゅう、二十とは最近見た数だなあと思いながらメールを開くと、それは全てあの場にいた彼女達からだった。

ふっきれた、というものからあの優しい言葉に益々すきになってしまった、などなど色んな言葉があったけど、私に対する悪意はどれからも感じられなかった。

小早川さんからのメールを開くと、そこには彼女らしい文が連なっていた。うすうす感づいてはいたが、彼女は所謂ツンデレってやつなのだろう。


『とりあえず、あんたのお陰で一区切りがついたことは感謝するけど、あんたの所為で益々片倉君が好きになったこと、責任を取ってこれからも協力しなさいよね!

まあその見返りに、ファンクラブには私から一言添えてあげるから明日から男を侍らせるための他の理由を今夜の内に考えておくことね。






今日は、ありがとう』


この改行に小早川さんの照れる様子が透けて見え、思わずふふ、と笑った私に、痺れを切らして洗面台から顔を出したヒロくん、もとい覗き魔は不思議そうに頭を傾げた。



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