頑張る
五・六時間目はLHRだ。怪我やら何やらですっかり忘れていたが、議題は六月にある学年交流会についてだ。前回の委員会の後、先生から渡されたアンケート用紙を事前に配り、回収していたので今日はその収集結果とクラスとしての意見をまとめる。
ぶっちゃけ私は放課後に控えた“特攻”の事で頭が一杯なのでもはや交流会がどうなろうとしったこっちゃないのだが、学級委員の仕事は果たさねばならない。
「新澤~!ぎだい“ぎ”ってこれでいいんだっけ?」
「多嶋、議題の“ぎ”は“儀”じゃなくて議だよ」
片割がこれだしね。
鬼ごっこ、球技大会、伝言ゲーム、お化け屋敷で取ったアンケートで一番投票数が多かったのはやはりというか、お化け屋敷だった。ちなみに私も投票した。お化け屋敷ってわくわくする。
意外な事に楢崎はお化けが駄目なようで必死にクラスの皆へ球技大会にしようと言い回っていたが、その効果はあまり無かったようだ。まあ投票数の差は大きいが、一応次点ではあるんだけど。
「アンケートの結果、うちのクラスはお化け屋敷が多数という事になりました。内容について、アンケートに記入して貰った具体案を黒板に書いていきますので他に何か意見があったら挙手をお願いします」
「はい!球技大会に付いてなんですけど!」
「楢崎さん、うちのクラスはお化け屋敷という事で多数になりましたので意見はお化け屋敷に関する事にしてください」
意見は一年生をクラス単位で二つに割って午前と午後に分かれて周り合い、昼御飯はバイキング形式に、クラスで大皿を五つ作るという事で取りあえずクラスの意見はまとまった。
明日は金曜日、委員会の日だ。
今日じゃなくて明日委員会の時に言おうか。いや、それでは小早川さん達との時間を作るのに土日を挟むことになる。それは私が心休まらないのでやっぱり今日言って明日の昼休み、または放課後に済ませて貰うのがいい。私の個人的な都合でだが。
「なっちゃん帰ろ~!今日のシフトは多嶋君ね!」
「えーっと、楢崎、ごめん、もうシフトとか大丈夫になった。小早川さんとは話を付けたから」
「はああ!?いつの間にそういう事になってんだよ!!新澤奈津!!」
「フルネームで怒んないでよ…」
楢崎が大きな声を出すものだから美織と千夏ちゃんが胡乱気な瞳でこちらに駆け寄って来た。傍らの多嶋は俺知らねーと言って我関せずの態勢だ。
三人を宥めてから私は彼女達と交わした約束を説明した。
片倉との時間を作る代わりにその間私には手を出さないし出させない。私は取りあえずそれを信じる事にした。
「あんな奴、なっちゃん信用するの?」
千夏ちゃんが静かに怒っているのが地味に怖いが、これ以上男子を侍らせているという誤解を持たれたくない。危険が無いのなら私は出来るだけ地味に帰りたいのだ。
このまま捕まっていては片倉を逃がしてしまうので私は笑顔で誤魔化しながら教室を飛び出し、七組へと走った。
教室を覗きこみ、目的の姿を探す。しかし目当ての人物はもう席を立ってしまったようで、机に鞄すら残されていなかった。
駄目だったか。ため息を吐いて踵を返す。階が違う事もあり、二組の私がこの場に居るのはなんとなくアウェー感がある。片倉がいないのならさっさとおサラバしたかった。
「誰を探してるの?」
「…いや、見つかったよ」
いつもこの男は突然現れるな。笑顔で私の前に立った片倉をやんわり人気の無い方向へ誘導する。階段を少し上がった所で視線を感じ、廊下の方向を見るとあの時いた取り巻きの中の一人が期待を込めた瞳で私を見つめていた。
そこにいるなら自分で言ってくれよ。
そんな気持ちを込めて見つめ返してみても、彼女は私に向かってガッツポーズを向けるのみだった。
「何見てるの?」
「え、いや、なんでもない。ごめんね、急に。帰る所だった?」
「うん。でも奈津の姿が見えたから戻って来たんだ」
「そ、そっか。あの、実は折り入ってご相談がございまして、明日以降昼休みでも放課後でもいいから時間貰えないかな?」
「勿論!どうしたの?なんなら今でも全然構わないけど!」
にっこにこの片倉を見ているとその先が非常に言い辛かった。廊下の方向からも突き刺さるような視線が痛い。
「えーと、実は用があるのは私じゃないんだけど…」
「じゃあ誰?なんで他人の用事の約束を奈津が俺に取りつけるの?」
ほらああああああ。絶対こうなると思ったよ片倉また無表情の電波モードだよ。
前はこんな人じゃなかったのに、どうしてこうなってしまったのか甚だ疑問である。
さて、ここからどう続けるか。まあ正直に言ってしまうのがいいんだろうけどその場合私の怪我とか色々話さなくちゃいけなくなるし、そうなると小早川さん達が圧倒的に不利になってしまう。まあ応援してあげる義理はないんだけどさ、関わってしまった以上心持的になんとなく言ってしまうのは可哀そうな気がして来てしまうのだ。
うまく誤魔化しつつ頑張るぞ。
「それは、片倉君て話しかけづらいみたいで、私が代わりに選ばれたというか…。
駄目かな?少しの時間でいいんだけど」
探るような目で見られ、心臓が耳についてるんじゃないかってくらい鼓動が耳に響く。片倉の手がすい、と前に出され視線は私に向いたまま指先だけを足に向けた。
「あの時は聞きそびれたけど、その怪我、どうしたの」
「これはただ、転んだだけだよ」
「奈津はやましい事があるとそうやって言葉を不自然な所で切るよね。そういう所、変わって無い」
そう言って背筋の凍るような微笑を浮かべた片倉は差し向けた指先で私の膝を下から上にするりと撫でるとこちらに一歩近づいて近い距離を更に詰めると耳元に顔を寄せて囁いた。近い近い近い!
「明日の放課後、委員会が終わった後でいいかな。ただしその時必ず奈津も来ること。約束だよ」
「え、うん」
「まもってね」
ぴったりと私の膝にくっつけたままの指先をゆっくり放して片倉は階段を下りて行った。
「はあ…」
体力とか精神力とかを一気に持ってかれた気がする。私、病み上がりなんだが。
覚束ない足取りで階段を下りた私へ、廊下で視線の弓矢を飛ばしていた取り巻きちゃんがすぐさま駆け寄ってきた。
「それで、どうなった!?」
私の安否よりやはりそちらが気になるらしい。目に見えて今私、ふらふらなんですが。こくんと頷き日時を告げると飛びきりの笑顔で私の手を握りぶんぶんと振った取り巻きちゃんは携帯を取り出して高速でメールを打ち、送信をした。
私は片手を上げて別れを告げると階段を下り、昇降口を目指した。
するとそこにはいつものメンバープラス祖父崎君が横一列になって待ち構えていた。私はこれからリンチにでも合うのだろうか。
にやにやとした笑顔を浮かべた楢崎の様子から嫌な予感しかしない。
「どうしたの、全員お揃いで」
「いやあ、それは勿論奈津さんを待っていたんですよ。ヒロさんと一緒にね!」
「遅いぞ、一人で何やってたんだ。病み上がりなんだからさっさと帰るぞ!」
「うわまじヒロくんなにやってんの」
この姪馬鹿な叔父はご丁寧に学校の場所を近所の方に聞きながらやってきてくれちゃったらしい。具合悪くてお迎えとか、小学生か!っていうね。
「だってお前の部屋なんもねーし、ヒマだったから散策ついでに来てやったんだ。有り難く思え」
じゃあ帰りなさいよ、という言葉はさすがに申し訳なく思い口に出す前に飲み込んだ。もう私は大丈夫なのでばあちゃんの所へ行ってほしいのはやまやまなんだけども、そもそも私の所為でヒロくんはここに来る羽目になったのだから。
ぞろぞろと高校生プラスおっさんで歩く図といのはなかなかシュールだ。じろじろと私たちを見る不躾な視線を幾つも感じたが、小早川さん効果がもう出ているのか。露骨に私を睨みつける人はいなかった。




