義務と任務
「ごめん、私ちょっと、多嶋と話があるから」
「何何~?今日は赤飯か!」
「母親か!そういうんじゃなくて、ちょっと確認したい事があるだけだから」
からかい混じりの笑顔を向ける三人を適当にあしらって私は入り口で待つ多嶋と共に中庭に出た。目指すは美織とゆずに教えて貰ったあの裏庭だ。
「すげ~、こんなとこあったんか。秘密基地みたいだな!」
「まあ秘密っちゃ秘密の場所らしいから、他の人に話さないでよね」
「当たり前だろ!もったいねーもん!」
楽しそうにあっちこっちに視線を飛ばす多嶋を横目で見ながら私はどう話を切りだそうか悩んでいた。まあ、二人と指定した時点で気づいてはいると思うんだけど。
芸術館の裏まで辿り着いた私は多嶋に視線で基礎部分に座るよう促し、少し距離を取った隣に私も腰掛けた。
「……………」
「……………」
「……………」
「…なんだよ!喋れよ!」
「ご、ごめん」
なんとなく目の前を通る蟻の行列を凝視していた私は多嶋の突っ込みで顔を上げた。
「…つまりさ、はっきり言うと、私も思い出したっていうか……」
「本当か!?で、どうすんだ!?」
「ちょっと待って!まだ途中までしか思い出せて無くって、約束の部分はまだなの!」
「なんだ。じゃあ俺と夫婦だった事は思い出したんか?」
「っ!!!」
なんでそんなにはっきり言うのかこの男はあああ!
そう、私は多嶋と前世で夫婦だったらしい。なんたること。
赤くなる私が馬鹿に思えるほど多嶋は変わらず飄々としているのが非常に悔しい。
「だから、まあ、思い出したけど!それは、前世だし!今は関係無いっていうか!!」
「そらそうだろ。前世の事は前世の事だ。いまの俺らには何の関係もねえ。だからこの先片倉との約束を思い出してもそれを果たす義務はお前にはない。
俺がアイツに協力したのはさ、アイツの生き方が見てて痛いっつーか、片倉光景としてのアイツを早く見つけた方がいいと思ったっていうか。まあそんな感じだ。
片倉を解放する為には奈津にはっきりして貰う必要があったからな。でないと片倉はいつまでも奈津の影を追ったままだ」
記憶を取り戻し始めてから、私は多嶋に対して少し恐怖を抱いていた。
それは多嶋が片倉の“協力者”である以上、私に約束を果たさせようとしているのではないかという懸念からだ。まだその内容を思い出してはいないものの、記憶の断片から予想ぐらいはつく。だから私は何も知らないフリをして逃げ出そうとした。でも、私は知ってしまった。“奈津”の想いも、菅先生の事も。
こうなれば私一人の問題ではない。
多嶋が果たす義務はないとハッキリ言ってくれた事は酷く私を安心させた。想いを強制させようという意図が無い以上多嶋を敵視する必要は無いし、気を張らなくていいと言う事は私の心の安寧にも繋がる。ぶっちゃけ私には今、余裕が無い。
「…多嶋はどうやって思い出したの?」
「ああ。
奈津が楢崎に連れて行かれた日、俺は片倉と帰っただろ?その時アイツに『お前だけには奈津は渡さない』って言われてさ。最初は何の事か分かんなくてはあ?って感じだったんだけど。
でもその憎々しげな目を見てたら、あっ!ってな感じで思い出したんだよ。
俺と片倉は前世に一度だけ会ったことがあったんだ。奈津の叔父さんとお前についての文のやり取りをしている時に、最後の書状を持って来たのがアイツだった。これから同盟を結ぼうっていう相手に対する目つきとは思えない感じで文を読む俺を下から憎々しげに睨みつけていたその目線と、記憶がリンクしたっていうかな。とにかく、そこからぶわーっと全部な。俺もああ、そういう事か!って」
「なんっか軽い、多嶋の言い口って軽い!」
「昔っから俺がこうなの、お前が一番よく知ってんだろうが」
そう、“彼”は昔から変わらずこうだった。
分かっているからこそ文句も言いたくもなるというものだ。片倉の気持ちを考える前に元嫁にもっと説明があっても良かったのではないかと。
まあそんな自ら墓穴を掘るような事を言うつもりは無いので、私はため息を大袈裟に吐く事で多嶋へ反抗の意を伝えた。
「…今は俺ら同い年だけどさ、昔は奈津が俺の五つ下で。お前とはいい夫婦だったけど、兄の様な気持でもいたんだ。だから俺はこれからも奈津の味方だし、本気でアイツから逃げたいっていうなら協力してやる。でも、その前に決着だけは着けてやってくれよ。俺が奈津に求める事はそれだけだ」
「…分かってる。貴方の友達からも同じこと言われたしね」
「は?友達?誰の事だ?」
「私もう行くね、確認したい事は出来たし」
「あっ、おい!新澤!」
これぐらいの仕返しは許容して欲しいものだ。
私は後ろからしつこく聞いて来る多嶋を無視して前だけを向いて歩く。駐車場を抜けて中庭に来た頃にはもう奴も諦め、ぶつくさいいながら私の斜め後ろで頭をひねらせていた。
教室へ戻る手前、階段を上りきった所で私は呼びとめられた。小早川さんと、その取り巻き達だ。
「ちょっと、話があるんだけど」
「なんだよお前ら。コイツに何の用だっつーんだよ」
ずいと、庇うようにして前に出た多嶋を押しのけて私は彼女達に向き直った。もういい加減、私にも我慢の限界というものがある。
「…多嶋、下がってて。私が話を付けるから美織達にはトイレに寄ってるって言っといて」
「アホか。お前を放っていける訳ないだろ。冷静になれよ、目ぇ据わってんぞ」
「行こう、小早川さん」
私は逆に小早川さんの手を取って階段を上がった。
うちの学校の屋上は解放されていないが、その手前の踊り場は少し広くなっていて人も少ないのでこういった時には都合がいい。
上りきった所で困惑気味だった小早川さんは我に返ったらしく私の手を振りほどいて腕を組みこちらを睨みつけて来た。
「それで、話ってなに?」
「何度も言わせないで。片倉君に近づくなって言ってるの。それにさっきの男子に祖父崎君、担任教師までたぶらかしてアンタ何なの!?」
「誑かしてないし、その前に貴方達は何様なの?多嶋に祖父崎君は私が怪我をしたから、友達として守ってくれただけ。つまりは貴方達がそうしたって事、理解して下さい」
「私ハッキリ聞いたんだから!片倉君に尻軽女って罵られてた癖に!」
叫び声の様な声を上げたのは取り巻きの一人だ。そういえば、茶道室で話していた時に片倉がそんな事を言っていたかもしれない。ああもう、つくづく余計な事しか言わない奴だ!
「…じゃあどうすればいいんですか?私が学校を辞めれば満足ですか?
でも、その後また別の子が片倉君に近づいたらどうするんですか?またこうやって同じことを繰り返すの?私は一体何番目?それで、こんな事をして貴方達は片倉君にいつ近づけるの?その前に、自分の気持ちをまず伝えたの?」
「うるさい!か、片倉君は一人がすきなの!誰も邪魔しちゃしけないの!私だって話しかけて、傍に行きたいわよ!でも、出来ないから、許されないから、せめて彼の事を守ろうって…!」
「守っているのは、貴方達の心でしょう」
取り巻きを含め、小早川さん達は瞳に涙の膜を張り、怒りか屈辱かで顔を赤く染めながら私を睨みつけていた。しかしその眼差しには先ほどまでの強さはない。
「私にも、貴方達にも、勿論片倉君にも誰かの行動を制限する権利なんてない。嫌だって気持ちは伝える事は出来ても強制は出来ないんです。
だから好きなら好きではっきり本人にそういえばいいじゃないですか!振られたんなら次に進めばいいし、諦めきれないなら頑張るしかない。私に当られたって迷惑なんですよ!互いの想いをはっきりさせないと、一生前に進めないんだから」
「………じゃあ、あんたが片倉君を呼び出してよ」
「は、はい!?」
なんで話がそんな方向に行くのか!
たらりと汗が頬をすべって落ちていく。口を開いたまま唖然として小早川さんを見つめると、彼女の瞳にはもう憎しみは籠っていないことに気付いた。かわりに期待に満ち満ちた視線を私に向けている。良く見ると、全員だ。うそでしょ。
「あんたが言いだしたんだから協力しなさいよ!」
「なんで、普通私に頼みますか!?」
「だって!!私が片倉君と約束を結ぼうにも相手にして貰えないのよ!!一緒に帰りたくてもいつも断られるし、連絡先も教えて貰えないし!あんたはしょっちゅう片倉君と話してるじゃない!校内でも、駅で話してるのを見たって話もあるわ!!」
「う、ぐ」
泊まりの時か。なんで私別の方向で追い詰められているんだろう。
私は片倉の連絡先を知らないし、出来る事なら完全に思い出すまで極力接触を避けたいと思っていたのだが、この状況ではそうもいかないみたいだ。
仕方なく、「善処します」という曖昧かつ逃げ道を敷いた返答で濁してみたのだが、彼女達は喜びの声を上げて互いに手を叩き合っている。肯定と捕えられてしまったようだ。
こんちくしょう!
「…で、ご参考までにいつどこに呼び出せば?」
「そ、そうね。日にちは片倉君の都合に合わせるけど、出来れば放課後がいいわ。心の準備もあるし。場所は目立たない場所、体育館裏とか、そういう所がいいわね」
嫌な任務を負ってしまったが、この状況に収拾を付ける為にも私は片倉に特攻しなければならないらしい。




