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一息ついて


部屋に戻ると、焦った様子でヒロくんがトイレのドアを叩いていた。逆に私が驚いて声を掛けると、早朝だと言うのに大声で怒鳴られてしまった。目を覚ましたら私が居ないので、また吐いているのかと心配したらしい。

もう大分気分がいい事を告げるも納得しないヒロくんを宥めながら鞄から携帯を取り出す。案の定、メールが沢山来ていた。

美織、楢崎、千夏ちゃん、多嶋、ゆずからも来ている。

皆返信は不要とあったのだが、一応一斉送信で「私は元気です」と送った。このネタ通じるのかな。


「コラ、携帯なんかイジってねえで布団入って寝ろ!」

「友達にメール返してたの。それにもう目が覚めちゃったよ。ばあちゃんに電話するのはまだ流石に早いかな」

「五時か…もう起きてるだろうが。奈津、本当に平気か?無理してないか?」

「平気だよ。もう吐き気も無いし、たくさん寝たから寝不足も無いし。ねえ、電話してもいい?」

「…そうだな。心配してるだろうし、掛けてみろ」


電話越しでも分かるほどばあちゃんの声は涙声だった。最後はよかったよかったと笑っていたけど、申し訳なく感じた。GWには帰るからと約束して電話を切る。ヒロくんは甲斐甲斐しくも朝食の支度をしてくれていた。

二人で少し早目の朝食を取ってのんびり朝の情報番組を見る。休むようしつこく言ってくるヒロくんをなんとか説得して私は制服に着替えた。


「ヒロくんだってそんなに仕事休んでいられないでしょ。忙しいんだから」

「上司には二三日ついててやれって言われてるし大丈夫だよ。おふくろだって隣の西川に頼んで来たし、旅疲れしてる俺をもっと労れ」

「はいはい。じゃあ私、行くからね」

「ちょっと待て、俺も行く」

「え!?やだあ!!」


子供じゃあるまいし、勘弁して欲しい。鞄を引っ掴むとローファーへ踵もまともに収めぬうちにアパートを飛び出した。先に行ってしまえばヒロくんは学校の位置までは分からない。後ろから何事かやあやあと叫んでいたが無視して階段を駆け降りた。


「走ってるし!超元気じゃん!」

「おー、なっちゃんおはよー」

「な、楢崎!祖父崎くん!」


まさかいるとは思わなかった二人に驚いて駆けだそうとしていた足を止める。代わりに楢崎がこちらへ駆け寄るとペタペタと体を触りながら私の無事を確かめた。


「元気そうで良かったよ、マジで昨日、どうしようかと思った。スガセンに聞いても家で寝てるってだけしか教えてくんないし、メールは超端的だし!」

「ご、ごめん」

「オイコラ奈津!待てっつてんだろ!!」

「はあ」


思わずため息が漏れてしまう。階段を駆け下りながら私の背後に立った人物を、二人が目を丸めて見ていた。私も諦めて振り向くと、ヒロくんも目を丸めて二人を見ていた。


「奈津、友達か?」

「なっちゃん!彼氏!?」

「年上が好みだったんか」

「違う!!これ叔父の弘達、こちら友達でクラスメイトの楢崎とその彼氏祖父崎くん」

「叔父さんて、九州の!?わざわざ出て来たんですか!?愛だね、なっちゃん!愛されてるね!」

「でも、叔父と姪って結婚出来なかったんじゃなかったっけか」

「だから彼氏じゃないってば!!叔・父!!保・護・者!!」

「どうも、奈津がいつもお世話になってます」

「いえいえ!それほどでも!」

「いや、迷惑かけてるのは主にコイツなんで、いつも奈津さんには面倒を見て頂いてます」

「松太!?」


カオスだ。

何故か楢崎・祖父崎カップルと打ち解けたヒロくんは私の頭をポンポンと撫でると、「こんないい友達がいるなら大丈夫だな」と言ってアパートへと戻って行った。一緒に登校は免れたが、これはこれで恥ずかしい。

登校する為に歩き始めると、楢崎に引きとめられた。なんでも私の事をギリギリまで待つつもりだったらしく、美織と千夏ちゃんとうちの前で待ち合わせをしていたらしいのだ。


「メールすればよかったね、ごめん、気が効かず…」

「いやいや、なっちゃん病人だしそんなのいいんだよ。うちらが勝手に待ってただけだし。なっちゃんの性格的に無理やりにも来そうだと思ったからさー」

「重ねがさねご迷惑とご心配を…」


深々と二人に頭を下げていると背中に衝撃が来た。振り返るとそこには半泣きの美織と千夏ちゃんがへばり付いていて、私は思わず笑ってしまった。

大所帯での登校は少々人目を集めたが、全然気にならなかった。

校門の辺りで再び見なれた姿を発見する。多嶋だ。


「新澤!学校来て大丈夫なのか!?生きてるか!?」

「生きてて大丈夫だから登校してんでしょーが…。心配かけたね、ごめん」

「いや、大丈夫ならいいんだけどよ。それにしてもすげえ人数だなあ」


私達を見て、多嶋はいつもの笑顔で笑った。確かに、五人プラス多嶋が加われば六人。それなりの人数だ。

祖父崎くんと多嶋は初対面だったがお互い性格が似ている事もあって(天然な所とか、人に壁を作らない所とか)すぐに仲良くアドレスを交換していた。


席に着いて息を吐く。話しながらゆっくり来たのでいつもより遅めの登校だ。なんと今日は珍しいことに菅先生が時間よりも少し早目に来た。心配そうに眉を顰めて私のもとにやってくる。


「新澤、登校して大丈夫なのか」

「はい、もう平気です。昨日はありがとうございました」

「具合が悪くなるようだったらすぐに言えよ。新澤さんに迎えに来て貰うから」

「えっ」


昨日私が朦朧としている間にヒロくんは自分の番号を先生に渡したらしい。余計な事を…。


「まあ、ほどほどに、無理せずやれよ。何事もな」

「…そのつもりです。ちなみに先生、先生の“友達”って先生の事気付いてるんですか?」


ニヤリと意地悪く笑った先生に、にっこり笑顔で私も反撃をした。

多嶋が菅先生の存在に気付いているのであれば私に何か言ってきそうなものだが、それがないという事は、“そういう事”だと分かっての質問だ。

先生は複雑そうに頭を掻きながら私の隣の席の男をちらりと見て溜息をついた。


「…いや全く。ついでにもう一人の知り合いも俺のことは眼中に無いようだ。全く薄情な奴らだよ」

「スガセンなんの話だ?」


お前の話だよ。

っていうか友達のことぐらいわかろうよ。

菅先生と私が呆れた目で多嶋を見ると、奴は首を傾げて私達を交互に見た。


「…まあ、アイツの為に弁解しとくと、何年も会ってなかったからな。アイツの記憶の中の俺はこんなにオッサンじゃないし、まさかこんなに“ゴロゴロ居る”なんて思わないだろ。むしろ新澤が分かった事のが驚きだ」

「声、ですかね。表情とか」

「若い頃一緒に馬鹿した友よりあの場で一瞬しか会話してないお前のほうがってのはちいと複雑なものがあるな」

「ほんとに何の話だよ?俺がなんか関係あんのか?」

「いや、先生の友達の話」


多嶋はどの程度記憶を持っているのだろうか。クリアに前世(まえ)の事を全て覚えているのか、それとも端的に思い出しただけなのか。

その辺を一度確認しておいた方がいいかもしれないな。


「ちと早いがHR始めんぞ、さっさと座れーお前ら」

「…多嶋、昼休み少し時間取れる?」

「いいけど、片倉も呼ぶか?」

「ううん、とりあえずは多嶋に色々確認したい事があるから」

「おいこら学級委員二人、こそこそ話してんじゃねーぞ」


ニヤニヤ笑いながら高速で振り返った楢崎の頭を両手で押さえて前に戻す。

前に立つ先生の顔もニヤニヤしていた。全く、陰険オヤジめ。



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