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彼との記憶

私は私を知ってしまった。

もう思い出す事もないと思っていた記憶を、想いを、知ってしまった。


「…ヒロくん」

「起きたか?まだ寝てろ。それともなんか食うか?」

「今何時?」

「夜中の十二時ぴったりだ」


なんと。昼に帰って来てから夜中まで寝ていたのか。そして横で私の手を握っているヒロくんは、寝ていないのではないのか。


「馬鹿っ、起きてないで、寝ててよ」

「十分寝たから気にすんな。もうおふくろは寝ちまっただろうから電話は明日な。一応連絡は入れといたけどよ、奈津の声聞いたら安心すると思うし」

「ごめん、布団敷くね。ご飯は?食べた?」


起き上がろうとする私の肩を押してヒロくんは真剣な瞳で私を見つめた。


「先生から聞いた。過度なストレスによる嘔吐だったって。奈津、学校馴染めてないのか?何があった」

「別に、何にも無いよ。最近ちょっと寝不足だっただけで…」

「じゃあなんで怪我の事言わなかった」


菅先生は余計な事まで喋ってくれたらしい。肩を掴む手に力が籠められ、私は覚醒しきらない頭をフル回転させてうまい言い訳を探す。しかしそんな心を見透かしたかのように私の前髪をぐしゃりと撫でたヒロくんは口をへの字に曲げて剣呑な目つきをした。私はもう逃げられないと確信し、泳がせていた視線をヒロくんのその目に固定した。


「お前はいつもそうだ。俺やおふくろに心配かけまいとそうやっていらねえ気遣いばっかりしやがる。たった三人の家族だろうが。もっと頼れよ。

それとも俺はそんなに頼りない叔父さんか?」

「そんなことないよ!ヒロくんは大事な家族で、叔父さんで、お兄ちゃんで、お父さんだと思ってる…。

怪我の事は、黙っててごめん。転んだだけだし、心配掛けたくなかっただけなの。学校は、大変な事もあるけど、いい友達に恵まれて、楽しいよ。

ただ最近、ちょっと夢見が悪くて、寝るのが怖くて…」

「今日は俺が横についててやるから。お前が小さい頃よくしてたように、手だって繋いでやる。そしたらなんも、怖い事なんかねえだろ」

「あはは、それは、ちょっと勘弁…」

「お前なあ!人の厚意を苦笑いであしらうなよ!!ホラ!」


顔を真っ赤にして怒ったヒロくんが差し出して来た手を握ると、あったかくて昔を思い出した。お父さんとお母さんが死んで、ヒロくんが私のお父さんになった。それから夜になると泣きじゃくる私を撫でて、ばあちゃんとヒロくんと三人で川の字になって手を繋いで眠ったっけ。

なんだか笑いが込み上げて来て、布団に突っ伏して肩を揺らして笑っているとぎゅっと手を握られてヒロくんが不満そうな声を漏らした。


「笑ってねえでさっさとガキは寝ろ。ションベン大丈夫か」

「うざ、セクハラ、きもオヤジ」

「うざいもきもいも禁止だっつったろ!それに家族にセクハラもクソもねえ!!」

「寝る前にヒロくんの布団敷こ。奥の押し入れに入ってるから」


私のベッドの真横に布団を敷いて二人で並ぶようにして眠る。私のベッドはそんなに高さはないが、やはり繋がれた手は宙ぶらりんの状態になった。これではヒロくんの手がだるいだろうと言っても、「お前が寝たら放して寝る」と言って聞かないので、その言葉に甘え、私は繋いだままでそっと目を閉じた。



「奈津様、聞いて頂きたい事があるのです」

「そんな言葉づかいはよして下さい。私は今貴方に匿われる身、それに私達は幼馴染なのだから、昔のように話して欲しいの」

「…貴女がそう、望むのであれば、そうしよう。

奈津、貴女は先の戦で大変傷ついた。貴女の叔父上殿も倒れられ、跡を継いだ従兄弟殿は貴女を早々に嫁がせたがっている。私は奈津をこれ以上、苦しめたくない」

「ありがとう、でも、私は私の役目を果たさなければならないわ。それが女として生まれた私の義務だから…。私を絶望の淵から救い出してくれたこと、本当に感謝している。だけど、これ以上迷惑を掛ける訳にはいかないもの。もう少し体力を取り戻したら家に帰ります」

「俺は、貴女を家に返したくない。あの男は優しかった貴女の叔父上殿とは違い、貴女を戦の駒とすることになんの躊躇もない。貴女はもう他家へ嫁いだ身、もう家の為に尽くす事はないんだ」


懇願するような目は、私に残るよう訴えていた。

このままで、いいのだろうか。この砂糖漬けの様な毎日を享受して、私はそれで…。


「…まだ、忘れられない事も、癒えぬ傷もあるだろう。どうか、俺にその悲しみを塗りつぶせるような幸せを、奈津に与える事を許して欲しい。

それに、貴女はまだ歩くことも十分に出来ない身。すぐに答えを出さずとも、ゆっくりとその身を労わって欲しい」

「…ありがとう」


私は確かに彼に惹かれていた。それが怖かった。

失った彼とは正反対の、生真面目で、乞うような目をするこの男の、傍にいてその憂いを癒してあげたいと…。その一方、私だけが幸せになってよいのかと、私が私を苛む。答えは出ぬまま、季節は移り変わろうとしていた。


薄らと目を開ける。手の平はまだ温かかった。自分の腕の先を辿って行くと思った通りヒロくんは手を繋いだまま眠っていた。しかもベッドに凭れるように座る格好で。姪馬鹿め。私は優しい叔父を起こさぬようそっと手を外しベッドから出ると、一つ伸びをして水を飲んだ。

外の空気が吸いたくて、扉を開けて外に出た。うちにはベランダなんてないのだ。

辺りは白み始めていて、新聞を配るバイクの音が聞こえた。

階段をゆっくり下りて誰もいない道路をなんとなく見渡すと、一つの影を見つけた。予感は、あった。


「…本当に、ストーカーだね。こんな朝早くから何してるの」

「教室で倒れたって聞いて、心配で、なんだか今なら会える気がしたんだ」

「私もね、なんとなく会える気がしたよ。なんでだかは分かんない。不思議だね」

「………奈津」


ゆっくりと私に近づいてくる片倉と彼の影が重なる。でも今は平成で、私は女子高生の新澤奈津で、彼は彼じゃない。


「あのね、約束、思い出せそうだよ。今やっと彼と再会した所なの」

「…それは、少しずつ思い出しているという事?」

「うん。夢でね、見るの。片倉くんはどうだったの?やっぱり夢で?」

「俺は、最初から、ずっと奈津を覚えてた。そうしてずっと探していたんだ。あの日、貴女が眠りに着いた日、俺はあまりに短い奈津との日々に絶望した。でも、片倉光景として再び目が覚めた時、奈津との時間を貰ったんだと思った。だけど貴方は覚えていなかった」

「…………」


私が返事を返さずに、色の無い瞳をじいっと見つめると、片倉はふ、と笑った。


「話せて良かった。今日は、学校に来る?まだ顔色も悪いし、ゆっくり休んだ方がいい。じゃあ、また」

「うん、また」



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