僅かに広がる揺らぎの波紋
フラグ回です(^^)
「全く人騒がせな…」
「ごめんってー。ご心配をオカケシマシタ」
「それより愛実ちゃんに彼氏が居たって話が本当だったことのほうが驚きだよ。あれって祖父崎君だよね?結構人気あるんだよ、優しいし、スポーツ出来るし。愛実ちゃんと一緒にいるなあとは思ってたけど付き合ってるとは思わなかった」
「なんでみんな私が一緒に居る事は認識してんのにイコール付き合ってるにならない訳!」
「それはホラ、愛実が愛実たる所っていうか…」
「どういう意味だよ!!」
地味に楢崎の地雷原を爆走している二人に苦笑いをしながら私は教室を見渡した。授業も後一時間と言う事で皆最後の中休みをダラダラと過ごしている。
五限目が終わるや否や私達の許へ突撃して来た千夏ちゃんと美織に昼休みの事の顛末を説明し、主な原因である楢崎は先ほどからチクチクと、しかし確実に急所を突く攻撃を二人から受けていた。
ふと教室の入り口に目をやると、うちのクラスの中を窺う見知った顔を見つけた。
「ゆず、どうしたの?」
「え?ゆずこ?」
「あ、あー…」
思わず駆けよるとゆずは困ったように視線を彷徨わせて乾いた笑いを零した。
目的は私たちではないのだろうか。
「えーと、元気?ごめんね、私部活が始まっちゃって一緒に帰れなくって」
「全然、気にしないで。そりゃゆずと一緒に帰れないのはちょっと寂しいけど」
「あは、私もだよ。でもバレー部は木曜日は休みだし、また都合のいい時に一緒に帰ろ」
「そうだね」
それで、本題は何なのだろうか。ゆずはいつものハキハキとした様子ではなく、少し困っているような、何かを隠すような、つまりはいつもと様子が違っていた。しかし私達の会話をなんとなしに終わらせてそそくさと階段を上がって行ってしまったので、結局何をしに来たのか聞く事が出来なかった。
「どうしたんだろうね、ゆず」
「ねえ、ただ謝りに来たって訳じゃあなさそうだし、帰りにメールしてみようか」
放課後、荷物をまとめている楢崎にもう一度確認をした。
「ねえ、本当に一緒に帰らないの?帰り道はどうせ同じなんだし、一緒に帰ろうよ」
「…いや、今日はマジで一人で帰るよ。なっちゃんは松太とみんなと帰って。
それにさ、こういう機会ってそうそう無いし、アイツに私の大切さを知らしめるチャンスだと思うし!なんか色々心配かけちゃって悪いね」
「それは別にいいんだけど…」
人様の彼氏と一緒に帰るって、私的には気まずいんだけど…。
千夏ちゃんも美織も一緒に四人で帰るので二人きりって訳じゃないが、祖父崎君的にも微妙に感じたりしないのかな。
そんな事をもやもや考えている内に楢崎は鞄を持って「ばいばい!」と元気に帰宅してしまった。…まあ、いいか。
「なっちゃん帰ろ」
「うん、美織も帰ろー」
「えっ!?あ、えと、ごめん。急にちょっと用事頼まれちゃって、私残る事になっちゃったんだけど…」
「待ってようか?っていうか手伝うよ」
「ううん!全然!大した用じゃないっていうか!待って貰うのも悪いし、いいよ!先に帰ってて!」
私達の顔も碌に見ずに、珍しく焦った様子の美織は両手で持った携帯をぎゅっと握りしめて無理やりな笑顔を作った。
その様子に私と千夏ちゃんはお互い目を合わせてクエスチョンマークを浮かべる。どうしたのだろうか。
携帯、そういえばさっき美織がゆずにメールを打っていたけどそれと関係があるのだろうか。
「そういえば美織、ゆずなんだって?」
「えええ!!?別に何も無いよ!!なっちゃんが気にするようなことは!何も!」
「あからさまに怪しいんだけど、みおりん…」
「怪しくないってば!」
そのあからさま過ぎる様子に、深く突っ込むのがむしろ可哀そうに思えてきたため、いつか話してくれるだろうと信じて話を打ち切った。すると、すぐに背後から声が掛った。
「新澤、ちょっといいか?帰りながらでもいいから話があんだけど」
「…いや、今日は」
「だめだよ!!今日多嶋君は一緒の日じゃないでしょ!きょ、今日は、だめ!」
「ええ?なんだよ、押すなって、石村」
私が返答を返すよりも早く美織が多嶋の背をぐいぐいと押して教室の外まで追いやってしまった。どうしたんだろう、本当に。
「な、なんなんだろう、どうしたんだろうね美織」
「うん…。なんか必死っていうか、可愛いけどさ」
「ごめんごめん、ちょっと捕まってた!」
二人の消えた入り口からひょこりと祖父崎君が顔を出した。
私達は多嶋と美織の消えた先を気にしていたが、笑顔で私達の支度を待つ祖父崎君の姿に慌てて鞄を取った。一応教室を出る時に辺りを見回してみたが、どこまで押して行ったのだろう。多嶋と美織の姿はどこにも無かった。
三人での帰宅って祖父崎君的にはどうなんだろうと思ったけど、彼は全く気にしていないようだ。夫婦じゃないけど、カップルも長く付き合えば性格が似るのだろうか。それに考えてみれば千夏ちゃんと祖父崎君は普通に内部組の友達なので、和気あいあいと帰途を辿った。でもまさか祖父崎君が千夏ちゃんを“まっすー”と呼んでいるとは思わなかった。まっすーって…。
昨日の様に下駄箱に何かしかけられていたらどうしようという思いもあったが、それは杞憂に終わり、こちらを睨む女子はいたものの声を掛けられる事も無かった。
というより、この千夏ちゃんの美貌と祖父崎君の太陽オーラの前ではそんな醜い感情を抱く人間は近寄れないと思う。ザ・普通人間の私も、若干気後れしています。現在進行形で。
「じゃあ私はここで。バイト先、ここからバス乗ると駅出て電車乗るより早いんだ」
「あ、そうなんだ。じゃあまた明日ね、バイト頑張って」
「頑張ってコーヒー運べな、まっすー。零すなよ」
「零さないよ。じゃあね」
バスが発車するまで見送って、私と祖父崎君は再び歩き出した。
うう、まさか二人になるとは思わなかった。
「なっちゃんはさー、あいつと付き合ってるんじゃないの?」
「あ、あいつって?私誰とも付き合ってないけど…」
「そうなん?まあ付き合ってたら俺じゃなくて多嶋と帰ってるか」
多嶋かよ!!カップル揃って同じ感違いをするとは、性格だけでなく思考回路まで似るのだろうか。
「楢崎にもしつこく言ったけど、本当に多嶋とはそんなんじゃ無いし、その予定もないから!」
「そっかー。実はクラスの女子に聞かれたんだよな。多嶋となっちゃんが付き合ってるかどうか。多嶋も結構人気あるらしいよ、どう?妬ける?」
「妬く要素がありません」
そんな爽やかな笑顔でナチュラルにからかわないで欲しい。くう、祖父崎君はやはり出来る男だ。
駅に着いた所でこれ以上はと言って見送りを辞退したが、祖父崎君の慈愛に満ちた笑顔で「愛実との約束だから」と言われてしまえば、その海の様な愛の前に私は折れるしかなかった。十分大事に思われてるよ…、楢崎…。
祖父崎君にお礼を言ってアパートに帰ると、どっと眠気が襲った。
クラクラする頭を覚ますように冷蔵庫からミネラルウォーターを出して一気に飲み込む。しかしまたすぐに瞼の重力が重くなった。
洗面台に行き、歯磨き粉をたっぷり付けて時間を掛けて歯を磨くと、いくらかマシになった気がした。
「昨日寝てないし、当たり前か…」
もう余計な事を考えたくなかった。私は“私”で精いっぱいなのだ。
「裏切り者…か」
それは果たして誰だったのか。
私はめったに飲まないインスタントコーヒーを棚の奥から引っ張り出すと、ヤカンを火にかけ、制服を着替えた。




