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仲直り


ノリノリの楢崎は私のやわい拒否を完全スルーで鞄からポーチを取り出し、色々と並べ始めた。化粧なんて七五三くらいしかしたことのない私はそのよくわからない粉やらクリームやらを手にとってしげしげと見つめる。その間にいつの間に探し出して来たのか、私の乳液を下地代わりにして楢崎は問答無用でその色々を私の肌に塗りたくり始めた。抵抗するも、割と本気のトーンで動かないよう注意された為、私は大人しく目を瞑った。

数分して鏡を渡され出来上がりを確認すると、あれだけ目立っていたクマはほとんど隠れ、まつ毛もくるんと上がってなんか、女子になっていた。


「クマ隠しにオレンジ系のチーク強めにのせたからちょっと濃い目に見えるけど、アイメイクはブラウン系のシャドウだけでラインはひいてないから鏡で見るよりは派手にはなってないよ。デートメイクはまた今度、多嶋君との本番前に改めて伝授してあげよう!」

「いや、そんな予定まるでないから大丈夫。でも意外に器用なんだね、誰だよこれって感じだよ」

「意外とは失敬な!なんか皆ってスキあらば私を貶すよね!」

「愛されキャラって事でいいんじゃない」


愛されキャラかあ、と満更でもない楢崎は気分がノったからもうちょい濃くしよーと言ってエンピツみたいなのでラインをひき始めた。目のきわぎりぎりまでやるので見ているこっちが怖い。恐ろしくなった私は少し早いが制服に着替える事にした。

いつもより三十分も早く私達は家を出た。保険医のおばちゃん先生に昨日病院にちゃんと行った事を伝えたかったので、教室に行く前に保健室に寄るためだ。

それにいつもと同じ時間帯に家を出て、昨日のように取り囲まれるのは御免被りたいし。

やはり三十分早いだけで通学路を歩く生徒の姿はまばらだった。

何事も無く学校に着いた私達は保健室へと直行した。


「失礼します。渡瀬先生いらっしゃいますか」

「あら、新澤さんいらっしゃい。どうしたの?」

「昨日ちゃんと病院に行って来たので一応報告に…」

「まぁまぁわざわざありがとう。ほら、折角だから二人とも座って?ラッキーな事にさっきお菓子を他の先生から頂いたのよ」

「うっほラッキー!ほらなっちゃん!『早起きは三文の徳』でしょ!?」


嬉々としてソファーに座った楢崎に笑顔で頷いた私はゆっくりと腰を下ろした。湿布が効いてもうそんなに痛みはないが、場所によっては痛みがピキっとくる事があるので用心の為である。

出されたお饅頭と緑茶をお礼と共に受け取って、朝のHR十分前まで先生と楽しく談笑した。ちなみに美織と千夏ちゃんにはぎりぎりに行くとメール済みである。保健室に居る事を伝えてもよかったのだが、渡瀬先生がいたずらっぽく「このお茶菓子後一つしかないの。他の子にはナイショよ」と笑ったので、隠しごとの出来なさそうな楢崎のために三人の秘密で留める事にした次第だ。


「おっはよーん、みっおりーん!ちっかりーん!」

「おはよう、愛実ちゃん、なっちゃん」

「おはよう。愛実あんた随分テンション高いね…。あれ、二人ともなんか感じ違う?」

「へっへへー、分かるかね、この溢れる女子力!」

「それはちょっと分かんないかな。

それよりなっちゃん昨日どうだった?」


好奇心を瞳に宿した笑顔の美織と弓なりに瞳を細めた千夏ちゃん。そう簡単におもちゃにはなってはやるまいと、私も笑顔で応えた。


「湿布処方してもらって、今日は大分いいよ。臭かったらごめんね」

「じゃなくって、多嶋君と…」

「オラー席着けお前ら―」


丁度いい所で菅先生が入って来たので、二人は名残惜しそうな目でこちらを見たが、それぞれ大人しく席に着いた。


「なあ新澤、昨日のことなんだけどさ」

「今、HR中だし、静かにしなよ」

「お、おー」


HR後、声をかけてこようとする多嶋の気配を感じて、私はトイレに行くと楢崎に言って席を立った。付いて来ると言ったがすぐ戻ると伝えて返事も待たずに教室を出る。

多嶋は追い掛けて来なかった。


昼休み、うちのクラスに祖父崎君が訪ねてきた。楢崎はそんな彼の姿を見るなり私の手を引っ張って教室を飛び出す。驚いて反応出来ない美織と千夏ちゃんをそのままに私達は廊下を走り、階段を駆け下りて中庭まで出た。


「…っはあ、何で、逃げてんの」

「だって、私ばっか振り回されんの、むかつくし、不公平、でしょ」


切れ切れの息を整えながら私達は噴水の縁に腰を下ろした。

突然出てきたので携帯も何も持ってきていない。美織達はどうしてるだろうか。

心配を掛けているかな、という心と同時に、昨日の事を詮索されず少しほっとしている自分に自己嫌悪する。

自分が巻き込んでおいて、都合が悪くなると逃げるなんて、最低だ。


「ごめんね、なっちゃん。つい手ぇ取っちゃった」

「ううん、いいよ」


二人で何を話すでもなくぼーっと空を見ていた。しかし渡り廊下の入り口に見えた人物に楢崎は再び身を固くし立ちあがったが、今度は私が腕を掴んで駆けだすのを阻止する。楢崎は嫌そうに顔を顰めて腕を振り上げようとしたが、力を込めて制すると諦めたようにため息を吐いて再び縁に腰かけた。

駆け足で私達の傍にやってきた祖父崎君は、少し機嫌が悪そうだった。


「何逃げてんだよ」

「別に、お前の顔見たくなかっただけだよ」

「何で。いつまで訳わかんねーことで怒ってんだよ」

「松太には訳わかんなくて意味わかんない事でも、私には大事で意味のある怒りだってこと、わかんない?」

「それとなっちゃんは関係ねーだろうが。他のヤツまで巻き込んでんじゃねえぞ。ガキ」

「うっせジジー。…こうなるからしばらくお前の顔見たく無かったのに」


いつになく険悪な雰囲気に私が口を挟める訳も無く、私は情けなくオロオロする事しか出来ない。顰め面で楢崎を睨んでいた祖父崎君はため息を吐いた後口角を少しだけ上げて私の方に向き直った。しかしその目はまだ怒りに満ち満ちている。


「ごめんね、なっちゃん。朝から迷惑掛けっ放しで」

「いや、迷惑とか全然そんなんじゃないから大丈夫」

「ってなっちゃんが言ってんだから迷惑じゃねーんだよ。保護者ヅラで体のいい事ばっか言うな」

「愛実と話つけたいからさ、悪いけど、ちょっといいかな」

「私と話つける前につける話があんだろーが!」

「だから次会う時言うって言ってんだろ!?しつけーな!!」

「次じゃ遅いんじゃボケ!!」


どうしようか、この状況。カップルとは思えない程の形相で睨みあいを続ける二人に掛ける言葉が見つからない。経験値の無さが恨めしい。

周りで楽しくお昼を食べていた生徒も遠巻きにこちらを窺っていた。

長い睨みあいに折れたのは、祖父崎君の方だった。


「…わかったよ。今言ってくる。それでいいか?

お前もちょっと頭冷やせ」


祖父崎君はそう言って楢崎の頭をぐしゃぐしゃに掻きまわすと、二・三年の校舎に向かって去って行った。

残された楢崎は俯いてこぶしを握りしめている。


「…あいつのああいう大人ぶった所がほんとむかつく。自分のガキさを突きつけられるみたいできつい。あたしだってこんなバカみたいなケンカしたくないよ。

でも、不安なんだもん。あいつの面倒見いいとこも、大人なとこも、私に激甘なとこも、全部すきで全部きらいだ。加えてこの自分の至らなさがね、やんなるよ。

っはー、化粧落ちるわー。今日はちょっと気合い入れたのに、もったいねー」


私の肩に凭れかかってきた楢崎の背中に手を回して、自分でも笑えるぐらいぎこちない手つきでゆっくりさすった。暫くそうしていると、落ち着いた楢崎は、「なっちゃん、さするのヘタすぎ」と言って少し笑ったので私も笑った。

昼休み終了五分前を告げるチャイムが鳴ったので私達はようやく立ち上がって教室に向かった。階段を上がった所で後ろから声が掛けられる。額に汗かきながら私達の前で止まった祖父崎君は、さっきとは違う、やわらかな手つきで楢崎の頭にその大きな手の平を乗せると、少しいじけた顔で言った。


「きっぱりはっきりどうにも縋れないように断って来たからもうこのケンカは終わりな。

今日はちゃんと一緒に帰るし、飯も一緒に食って明日は一緒に登校すっからな」

「…今日はお前がなっちゃんシフトだっつの。私もまだ、頭冷えてないし、一人で帰る。そんで、帰ってご飯食べたら、ゲームしに行くから。待ってろジジー」


少し頬を赤らめた楢崎の様子に、いつもの闊達とした笑みでぽんぽんと頭を撫でた祖崎君は授業開始のチャイムを聞いて慌てて教室へと走って行った。

私達も急いで席に着く。何か言いたげな二人分の視線とぶつかったが、口の動きで後でね、と伝えて教科書を引っ張りだした。



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