電波男と爆弾男
「新澤~、片倉の奴オッケーだってよ」
「直接俺に言ってくれれば良かったのに!」
私に飛びつかんばかりにテンションの高い片倉にクラスメイトの視線は釘付けだった。無論、私もだ。相変わらずどこまでも訳のわからない男である。
「で、でも急にどうしたの?前はだめって言ったのに…、あっ、全然根に持ってるとかじゃなくて突然どうしたのかなーってそれだけなんだけど俺としては全然嫌とかじゃないしむしろ嬉しいっていうか、奈津は朝得意な方?俺は結構得意だから電話で起こしあったりも出来るね、なーんて、って奈津は一人暮らしなのに朝の忙しい時間に電話なんかしたら迷惑だよね、でも日曜日とかお休みの日だったら、あ、土日だからっていって寝坊したい気持ちもわかるけどしっかり毎日規則正しい生活を心掛ける事は」
「ごめん片倉君ちょっとこっち」
「あっ…」
変な声を出すな変な声を!!
妙なスイッチの入ってしまった電波少年片倉をありったけの力で廊下に引きずりだすと、人気のない所を探して私はキョロキョロと辺りを見回した。またしても女子に激しく睨まれているが、本当に彼女達が何故この気持ち悪い男をそんなにも愛しているのか理解に苦しむ。
私は階段を半階降りて右に曲がった奥の茶道室へ片倉君を押し込むと自らも滑り込む。未だその美しい顔をふにゃふにゃに弛ませている片倉を睨むと、ようやく彼もその顔をほんの少し引き締めた。
「どうしたの、こんな所で内緒話?」
「そうだよ。本当は他の人に見られないようにメールでやりとりしたかったんだけど、多嶋が片倉君を連れて来てくれたからもう連絡先は聞かなくていいや」
「え!?」
大袈裟に声を上げた片倉を無視して私は言葉を続けた。余計な話はしないでさっさと話を付けたかった。病院も行かなければいけないし。
「だって、連絡先を知らないと連絡を取る事が出来ないんだよ!?」
「そうですね。
そんな事より、本題だけど、もう人目のある所で私に話しかけるのやめてくれない?色々と弊害が…って言うか、もう知ってるよね。片倉君と親しくした女子がどうなってるか」
「俺は他の女子と親しくなんてしてない。あっちこっちで親しくしてるのは奈津の方でしょ」
「はあ?」
ふてくされたような顔だが、その瞳は以前のような冷たさを孕んでいた。しかし“片倉光景”を克服した私に恐怖はない。それよりも話を挿げ替えられた事に腹が立った。
「今はそんな話してないし、そんな覚えもないんだけど」
「今日だって大人しく触らせてただろ!あの変態教師!」
「菅先生の事?あれは私が怪我したのを運んでくれたの。そういう言い方されたくないし、それが片倉君になんの関係がある訳?私が言いたいのはこんな話じゃなくて…」
「奈津のっ、奈津の尻軽女!!」
片倉君は大変大きな声でそう叫ぶなり私に背を向けて歩いて行ってしまった。慌てて後を追おうとするものの、足やら腰やらを負傷している私は、幾分かマシになったとはいえ急な動きには対応できず唯一無事である腕だけが無意味に宙をかいた。
茶道室を出て行った片倉に続いて私も廊下へ出るもその姿はやはり既になかった。一つため息を吐き教室へと戻ろうと歩みを進めると、怪訝な顔でこちらを見る女子の姿が何人か見受けられた。片倉を引っ張っていったのだから多少の事は覚悟しているし、今更感もあって半ばヤケクソだったのだが、やはり私達の動向を見に来ているファンの子はいたようだ。さっきの会話も聞かれていたのだろうか。まあ変な話はしていないからいいんだけど。
「なっちゃん!」
「美織」
階段に足を掛けた所で上から私の鞄を持った美織が駆け寄ってきた。それに続いて楢崎、千夏ちゃん、そして多嶋もが続いて降りてくる。
「大丈夫だった!?変な事されてない!?」
「されてないよ。話し合いしようと思ったけど駄目だった。というか途中でなんか変な話になって、反論したら怒って強制終了させられちゃった」
「…新澤はもうちょっと片倉の見方変えてやった方がいいと思う」
「お、多嶋君意味深発言。それはどういう意味?やはりラブ的なアレ?そして多嶋君と三角関係的なアレになるのかな?」
いつもの如くにやついた顔で楢崎が多嶋に絡む。私と美織、千夏ちゃんの三人で呆れた視線を送ったが、多嶋は一人、真面目な顔をして頷いた。
「三角関係かあ。俺としてはそうしたいんだけど、その前に新澤の片倉への好感度がマイナス過ぎるからなあ、その辺片倉の為にもなんとかしてやりたいんだけど難しいなー」
「…えっ」
「まあそこは徐々に行くしかないよな。新澤の気持ちが一番大事なところだし。
約束を“果たす”かどうかは新澤が決めるとして、“思い出す”協力はするって片倉にも約束したし、このままじゃフェアじゃないからな。そういう意味でももうちっとあいつに優しくしてやってくんねぇかな、新澤。まあ意味わかんない所も多々あるけど悪い奴ではないはず!多分!」
「え?何が?え?
………え?」
「さーて帰るか!今日のシフトは俺らしいし。ていうか決める前に人の都合聞けよなあ。高校では部活入ってねえからヒマしてるしいいけど、俺だって用事がある時だってあるんだぜ?」
「え?」
「ほら、病院閉まるぞ。もうどこ行くか決めてあるのか?まあ取りあえず駅まで出ればどっかあるか」
「え?」
色々と爆弾発言が飛び出し過ぎではなかろうかこの男。三角関係?何が?何の?私の気持ちって何が?何に対する何の気持ち?え?え?
空転する思考をまとめられず茫然する私と友人三人を置いてけぼりにして部活に入ろうかどうかというどうでもいい話をする多嶋は、その場から動けずにいる私の腕を取ると昇降口へ向かって歩き出した。