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熱戦

ちょいと下品な表現入ります。食前・中・後の方はご注意を!


「うわっ、新澤お前どうしたん?なんでジャージ!?」

「…転んだんだよっ」


変に意識していた自分が馬鹿に思えるほど多嶋はいつも通りだった。私はクラスメイト達の視線とざわめきを感じながらさっさと席に着いて鞄を置いた。多嶋はその間も「なんで転んだの?」やら「月曜日から不運だな」とかなんとかしきりに話しかけてきていたが、私は腰の痛みにより構ってやれる精神状態ではなかったので一切合財無視した。


「なんだよ、感じ悪いな新澤」

「ちょっと多嶋君黙ってあっち行ってよ。なっちゃん怪我が酷くてここまで来るのも大変だったんだったんだから。今日はなっちゃんに近寄らないで話しかけないで面倒をかけないで」

「石村の方が感じ悪いぞ!それに怪我してるんなら最初っからそういえばいいだろ。

新澤、何かあったらすぐ言えよ。お前担いで保健室連れてってやる」

「いらん!!」


一日に二度も担がれるなんて絶対にごめんだ。回数の問題でなく、担がれること自体嫌だが。私のイライラを込めた返答にもへこたれない多嶋は私を担がずにどう運ぶかを真剣に右隣の男子、北村君に相談していた。北村君は微妙そうな顔をした後、支えながら行くしかないんじゃないかな、と至極まともな答えを返した。

美織が多嶋を追い払っている間に楢崎と千夏ちゃんが甲斐甲斐しく私の鞄から筆記用具やらノートやらを出してくれ、私はふたりにぺこぺこと頭を下げた。


「本当、迷惑掛けてごめんね」

「いいってことよ!今日は私なっちゃんの近衛隊長だからっ」

「そうそう、怪我の(こんな)時くらい素直に頼って」

「うん…。ありがとう」


菅先生が他の先生に伝えてくれていたようで、一人こうしてジャージ姿で授業を受けていてもそれを突っ込まれる事はなった。また、クラスの女子たちが概ね好意的、というか、心配そうに声をかけてくれた事が正直意外であり、なんとも嬉しかった。まあ、陰で何かコソコソ言っている子もいたけども。

昼休みになり、四人固まって昼食を取った。湿布がやっと効いてきたのか、朝よりは幾分かマシになったもののまだ痛みはある。食べ終えた後もそのまま席から動かずに話をして過ごした。

昼休み終了十五分前という所で、私は美織たちに腰を支えられながらトイレへと向かった。

途中廊下ですれ違う人の中に朝私を囲んでいた子がいたのだが、私がここで何かを言えば血の気の多い近衛隊長殿が一悶着起こす予感しかしなかったので黙って視線をそらした。彼女はそれを私が臆したという風にとったのか、勝ち誇ったような笑みを浮かべてきた。正直(はらわた)煮えくりかえったがここで応戦してしまえば私もその程度の人間レベルに落ちるという事だ。腰の痛みに集中する事で彼女のその憎たらしい笑みから意識をそらした。

トイレについた後、さすがに個室の中までついてきて貰う訳にはいかないので、美織達にお礼を言って中に個室に入る。個室の前で待機して貰うなんてなんとも恥ずかしく出来る事なら外で待っていて欲しかったのだが、トイレで転んだらやばいでしょ、という千夏ちゃんの一言により私は素直に従った。

私が痛みを堪えながらノロノロとパンツを上げていると、個室の外からなんとも不穏な会話が聞こえてきた。そのせいで思い切り顔を上げてしまい、腰に激痛が走る。しかしやばい、早くパンツを上げて外に出ねば。


「楢崎、そこのヘルパーと一緒にちょっと外出ててよ」

「はあ?小早川お前ヘルパーさんと女子高生の見分けもつかないぐらい頭やられたの?脳外科行って一回精密検査受けてこいよ」

「アンタこそそのちっちゃい脳味噌どけてカニみそでも詰め替えて貰えば!?そっちの方がよっぽどマシになるわよ!!」

「お前知らないの?カニみそは脳味噌じゃなくて臓器の一部だぞ」

「うっさいわね!!いいからさっさとここから出なさいよ!!」

「出る訳ねーだろこのスカポンタン。いくら似たような匂いがしたってお前の部屋じゃないんだし」

「アンタホントまじムカつく!!ムカつく!!」

「二回言うほど大事な事かね?」


楢崎tueeeee!なんなの?元ヤンなの?声からして私を突き飛ばしたあの巻き毛さんだと思うのだが、一歩も引かないどころか口げんかでは完全に勝っている。

私は腰に気を付けながらパンツを上げて身なりを整えると急いで扉を開いた。

やはりそこには朝の巻き毛さん、小早川さんと言うのだろうか、とさっきすれ違った子を含む取り巻き達が四人立っていて、楢崎、千夏ちゃんと睨みあいをしていた。美織はおろおろと二人を交互に見上げている。

私に気付いた全員が一斉にこちらを見た為、私はなんとなく居心地が悪くなって強そうな楢崎にじりじりと近寄った。


「こっちの用は終わったから出てやるよ。ゆっくりうんこしろよ、小早川」

「しないわよ!!私はそこのビッチに用があんのよ!!」

「ビッチはアンタだろ縦ロール女。片倉君の金魚のフンしながら何人男食ってんだって話。私が知らない訳ないでしょ」


今度は千夏ちゃんまで参戦だ。私は繰り広げられる舌戦に入り込む事が出来ず、ただただその場の様子を傍観していた。楢崎と千夏ちゃんの様子は目つきこそ鋭いものの姿勢は至って冷静だ。それに対し小早川さんグループの方は皆怒りに顔を赤らめており、今にも湯気が立ち上りそうである。そしてこの二人には叶わない事が分かっているのだろう、小早川さん以外の全員が私を凄い形相で睨んでいた。


「ま、増谷さんまでなんでそんな女の味方するのよ!そこにいる石村美織とつるんでる次点で片倉君のストーカー確定じゃない!」

「ストーカーはアンタだよ小早川。これ以上なっちゃんとみおりんの事悪く言うなら容赦しないよ」

「ていうか私はもう容赦してやる気なんてないけどね。なっちゃんの怪我もお前だろ。お前がその気ならこっちだって使うもん全部使うからな。中学の時みたいに黙って見てると思うなよ」

「…な、何よ。あんたに何が出来るって言うのよ。それに、その怪我だって私が突き飛ばしたって証拠がどこにあるのよ!」

「突き飛ばしたって言ってる時点で自供だと思うけど。なっちゃんに顔見られてるアンタが何言ってんの?」


楢崎・千夏ちゃんコンビの眼力に怯んだ小早川さんグループは「今に見てなさいよ、新澤奈津!」という三下台詞を吐くと、バタバタと駆け足でトイレから出て行った。私は恐る恐る二人の顔色を窺う。私がびくつく必要はないのだが、先ほどの迫力を目の当たりにしてしまうとなんとなく腰がひけてしまった。


「…えーと、二人は…元ヤン?」

「違うし!!折角小早川のアホを追い払ってやったのになっちゃん酷いよ!!」

「私ら、そんなに怖かった?」

「うそうそ、頼もしかったです。本当にありがとう」

「私も、いざ目の前にすると何にも出来なくって、口先ばっかりでごめんね…」


美織は申し訳なさそうに眉根を寄せて俯いていた。先ほどの小早川さんの口ぶりから美織のいじめに彼女達も関わっていたのだろうか。そんな相手に対して強く出れるはずもないし、美織は元々積極的な性格ではないので尚更だ。私は美織の手をぎゅっと握って、ぶんぶんと首を左右に振った。一番何も出来なかったのは私だ。当事者の癖に二人に丸投げしてしまった。

いつもの笑顔に戻った楢崎は大股でこちらに近づくと、落ち込む私と美織の二人まとめて力強く抱きしめてきた。千夏ちゃんもその上からその長い腕をぎゅっとまわして来る。


「みおりんはいいんだよ。参謀だもん。肉弾・舌戦は私ら近衛兵に任せといて」

「そうそう。…今更だって思われるかもしれないけど、きちんと守りたいんだ。なっちゃんの事も、みおりんの事も。勝手な自己満足だっていうのは百も承知だけど、二人をこれ以上傷つけさせたりしない」

「今更なんて思わないよう、ほんとに、ほんとにありがとう。私も精いっぱい皆のこと守るからね」


私達は暫くそうして抱きしめあっていたが普通にトイレに入って来た人がぎょっとして入り口で固まるのを見て、笑いながら腕を解いた。

クラスに戻ると私の机の前に田嶋が立っていた。こちらに気付いた多嶋は「おお」と片手を上げて小走りで駆け寄ってくる。


「新澤大丈夫か?さっき顔真っ赤にした巻き毛の変な奴が新澤の机引っ掴もうとしてさあ、引っぺがして廊下に出しといだぞ。なんか知らんけど気を付けろよ」

「うわあさすが多嶋君だね!よくやった!あの巻き毛はヒス持ちの勘違い女だからこのクラスに入ってきた時点でどんどん叩き出してくれ!」

「うーん、女を叩きだすってのはあんま気が進まねえけど押し出すぐらいならやっとくよ」


多嶋の中での『叩き出す』がNGで『押し出す』がOKという定義がよくわからなかったが取りあえず協力的なのでよしとする。

そうこうしている内にチャイムが鳴ったので私達は慌てて席に着いた。


帰りの時間が近づくにつれ、私は悩んでいた。

小早川さんとの事も問題なのだが、私の現在の目標は約束を思い出す事だ。多嶋が思い出しまたヒントをくれるというなら奴に聞くのが一番なのだが、この状況で一緒に帰ったら多嶋にも迷惑をかけかねない。また、今日は渡瀬先生、美織との約束により病院に行かなければならないので私は出来れば一人で帰宅をしたかったのだが、三人が組んだ私のボディーガードのシフト表を見せられ、即座に却下されてしまった。そしてそのシフトはちゃっかり多嶋や祖父崎君の名前もあったが絶対無断だ。

どうやって丁重にお断りをするか、私は無い頭を振り絞って思索していたが、無情にも時は過ぎ、何の考えも浮かばないまま放課後を迎えてしまった。


「なっちゃん出来たよ!」

「だからいいってば」

「だめだよ!愛実ちゃん達が一緒に帰れればいいけど、私と二人だったりしたらなっちゃんが危険だもん。男手は必須なんだから!」

「…気持ちはありがたいんだけど、元凶と話しつけないと意味ないと思うし、いつまでも皆の時間を私の為に拘束する訳にはいかない。多嶋や祖父崎君にも迷惑だよ」


それに毎日違う男子に守られながら登校って、本当にビッチかって感じだしね。まさかそんな事を私の為に一生懸命考えてくれた三人に言える訳は無いので、それは脳内のみでの突っ込みに留める。


「元凶って小早川?アイツは話して分かるタイプじゃないぞ、なっちゃん」

「ううん、小早川さんじゃないよ。

…多嶋、ちょっと」

「うん?呼んだかー?」


私は教室の真ん中で騒いでいた多嶋を呼んで隅に移動した。目的は勿論()の事だ。


「…悪いけど、片倉の連絡先知ってたら教えて欲しいんだけど」

「うーん、知ってるけど一応今本人に聞いてくるな!」

「えっ」


私が止める間もなく教室を飛び出していった多嶋を茫然と見送る。嫌な汗をかきながら教室のドア付近でそわそわしていると割と直ぐに多嶋は帰って来た。

…いい笑顔の、余計な男を連れて。


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