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おんぶにだっこ

ちょっといじめ・暴力的表現が入りますのでご注意ください。


いつもと同じ時間に家を出て、学校へ向かう。

しかし今日はなんだか様子が違った。うちの制服を着ている女子からの視線が明らかに私に向いているのだ。もう顔がばれているのだろうか。

少し歩く速度を速めて私はやや俯きがちに校門を目指す。しかしそんなささやかな抵抗はむなしく、学校が目視出来る距離に来た辺りで数人の女子に囲まれる事によって打ち破られた。


「新澤奈津さん、だよね?ちょっと話があるんだけど」

「…申し訳ないんですけど、私今日日直で早く行かなくちゃいけないんで」


勿論嘘だが他に逃げる口実が見つからなかった。ベタ過ぎてバレバレなんだろうけど一応言っておく。

横目で確認するに、私を取り囲んでいるのは七、八人で、その中には一組のクラス委員、高場さんの姿もあった。しかし先頭に立って私に詰め寄っているのは以前にクラスまで片倉との関係を態々聞きに来た巻き毛が印象的な派手な子だ。


「時間はそんなに取らせないから。それに遅れたって少しくらい平気でしょ。いい子ちゃんじゃあるまいし」


隠そうともしない悪意を込めた言葉と憎しみの灯った瞳で睨みつけられた私は逃げられない事を悟る。小さく頷いて、巻き毛の子の後に付いて行った。

私が逃げないようになのか、彼女たちはその数を利用して私の四方を取り囲むように移動した。文字通り四面楚歌だ。

連れていかれたのは学校近くの公園だった。ここは木が深く生い茂っており暗い。その印象からかあまり子供が遊んでいる姿を見かけた事はなく、また公園前の道も人通りが少なかった。つまりはリンチにはもってこいの場所って事だ。

ここで暴行でも受けたら片倉に賠償請求してやる。お腹に力を込めた私は、ぎらぎらとした目つきの巻き毛さんの瞳をまっすぐ見据えた。


「呼び出された理由分かってるんでしょ?片倉君に付きまとうの止めなさいよね!迷惑よ!」

「…多大な誤解が有るみたいなんですけど、わかりました。もう彼には近づかないし、委員会が同じなので全く話さないっていうのは難しいんですけど、極力会話はしないよう努めます」


これは以前からお呼び出しを受けた時の為に考えておいたセリフだ。それに私は本当にそうする気である。記憶を取り戻しさえすれば片倉も満足なのだろうし、ヒントをくれる気がないなら会話などは必要ないはずだ。それに、多嶋が思い出したと言うならアイツに聞けばいい。

しかし尚も憎しみの色を濃くした巻き毛さんは両手を突き出して私を突き飛ばした。コンクリートに腰を思い切り打ちつけた反動で口の中を切ってしまい、血の味がじわじわと広がる。まさか本当に突き飛ばされるとは思わなかった私は驚愕の表情で怒りに顔を赤らめ肩を震わす彼女を見上げた。

近づかないっていったのに、どういうことだ。


「あんたのそういう態度がムカつくのよ。そういう変に(へりくだ)った口調で私を適当にあしらおうって魂胆が見え見えで本当に気に障る。そういう態度で片倉君に構って貰おうなんてやり口が汚いのよ!」

「わた、私は別に…」

「別に何よ!?じゃあなんでアンタは片倉君からあんな…あんな…」


遂に巻き毛さんの瞳からはらはらと涙が落ちた。彼女のいい口から察するに、私が構った訳ではなく、片倉から話しかけてきているという事実は理解しているようだ。そんな相手に私が何を言おうと神経を逆なでするだけだろう。

私は立ちあがってスカートに付いた土を払うと彼女たちに背を向けて歩き出した。


「待ちなさいよ!」

「待つ訳ないでしょ!?こっちだって片倉君のせいで色々迷惑してるんだよ!

しかも何で片倉君の事に貴方達が口出しする訳!?彼女?母親?あんたら一体片倉君の何な訳!?もう近づかないって言ってんのにムカつかれたって私はどうすりゃいいの!?」

「なっ…。アンタ、本当にムカつく!!学校で覚悟しておきなさいよ!!」


私が言い返すとは考えてもいなかったようで、彼女達は狼狽したのち今日び聞くとは思いもよらないテンプレ捨て台詞を吐いて逃げて行った。

走り去っていく後ろ姿を睨むようにして見届けた私は、視線を巡らせて水飲み場を探し、よろよろと向かった。ハンカチを濡らして擦り切れてしまった足に当てる。

血はあまり出ていないが青あざにはなるだろう。既にうっすらと色が変わっている。それに、問題は足より思い切り打ちつけた腰だ。歩くだけでズキズキと痛み、屈みこむ姿勢が非常につらい。

口の中に水を含んで軽く濯ぐ。まだ鉄の味が舌の上に残っていたが、ここで帰るのも癪なので腰の痛みを堪えながら学校へ向かって歩き出した。

そんなにひどい姿なのか、視線は先ほどのように怒りに満ちたそれではなく、驚いたような、好奇の様なものが多かった。

校門をくぐった所で声を掛けられた。聞き覚えのあるその覇気のない声に振り返ると、やはり我が組の担任菅先生であった。


「お前どうした、その格好。背面スライディングでもしたのか」

「ええしましたよ、背面スライディング。そんなに汚れてますか」

「汚れもそうだが新澤、朝のHRはいいから先に保健室行け。中々酷いぞ」

「…先に一度教室へ行っちゃだめですか」


出来る事なら皆に一言声をかけておきたい。月曜日のしょっぱなから私が保健室に直行してるなんて知ったら心配をかけるに決まっている。この姿を見せても心配はされるのだろうが、幸い口は無事に回るので虚勢は張れそうだ。

しかし珍しく真剣な目をした菅先生は駄目だと言うなり私の荷物を奪い取り、保健室へ向かって歩き始めてしまった。仕様がなく背中を追うが、如何せん腰が痛い為その距離は自然と離れていく。はあ、とため息を一つ落とすと目の前がふっと陰った。

顔を上げるとそこには呆れ顔の先生の顔があった。


「お前なぁ、歩くのが辛いなら辛いって言え。言わなきゃ誰もなんもわかんねーんだぞ」

「だって、別に目的地は一緒だし、先生はHR前に職員会議とかあるでしょ。私の事は気にせずドウゾお先に。あ、鞄下さい」

「はあぁぁあ~っ。お前は本当に…」


そう言って大げさにため息を吐いた先生は鞄を受け取る為に差し出した私の腕を取ってぐいと引き寄せると、そのまま自らの肩に抱えてしまった。

突然の事に固まる私を余所に、菅先生はスタスタと歩き出す。

動き始めた風景にやっと自分の状況を把握した私は目の前にある先生の背中を叩いて、降ろしてもらうよう訴えだが即座に却下されてしまった。


「馬鹿、動くと痛むだろうが。大人しくしとけ。それよりスカートの裾は自分でしっかり押さえてろよ。この状態だってセクハラ一歩手前なのにケツ押さえたなんて警察沙汰だからな」

「今でも立派なセクハラですけど!?歩けますから降ろして下さいってば」

「言っておくがお姫様だっこなんて期待すんなよ?あれは腰に来るしオッサンにはもう無理だ。これで勘弁しろな」

「だから勘弁も何も担がなくていいって言ってんでしょうが!」

「あんまり暴れるとパンツ見えんぞ」


その言葉にぴたりと動きを止めた私は左手でスカートを押さえながらせめてもの抵抗と、空いた右手で先生の背中をつねった。

先生は校門を脇から抜けて人のあまりいないグラウンドの方に出ると、教職員用の玄関へと向かった。あまり人目に付かないようにとの配慮なのだろうか。私は先生をつねっていた右手を放し、ぶらんと脱力させた。もうどうにでもなればいい。

玄関を抜けて保健室に入った先生は私をそっとベッドの上に下ろして、頭の後ろをポリポリと掻きながらすまなそうな顔をした。


「すまん。見られたかもなぁ」

「見られたって今更でしょ!変な噂でも広まったらどうするんですか!」

「いや、そっちじゃなくて。

…ま、いいや。石村にはお前の事伝えとくな」


養護教諭のおばちゃん先生、渡瀬先生に簡単に私の状況を告げると、菅先生はヒラヒラと手を振って出て行ってしまった。


「新澤さん、うつ伏せになれるかしら。傷の具合を見たいのだけど」

「あ、はい。ちょっと待って下さい」


座った状態からうつ伏せになるのはかなりきつかった。腰を強く打っているの少しひねりを加えただけで激痛が走るのだ。私の表情から痛みを察してくれた渡瀬先生はすぐさま丸椅子を持ってきてくれて、その上に私は膝を立てる格好で足を乗せる事になった。

覗きこむように脹脛(ふくらはぎ)や太ももを見られてかなり恥ずかしかったが、消毒液を付けられて事によりその羞恥は吹き飛ばされた。その後ゆっくりうつ伏せになった私は腰に湿布を貼られた。最近のは匂いが酷くなくて助かる。しかしなんとなくおばあちゃんを思い出させるその匂いに私は複雑な心境となった。


「一度骨に異常がないか病院に行った方がいいと思うのだけど、ご家族と連絡とれる?」

「いえ、大丈夫なのでこのまま授業に出ます。辛くなったらまたここに来ていいですか?」

「駄目よ、ちゃんと病院で見て貰わなくちゃ。折れてなくともヒビが入ってる事だってあるんだから」


渡瀬先生は腰に手を当てて呆れ顔で私を見た。しかし一人暮しである為頼れる大人がいない事、今病院まで行くのは辛い事を説明し、帰りに絶対病院へ行くことを約束することで納得してもらった私はほっと息を吐いた。

家族に連絡をしてばあちゃんやヒロくんに無用な心配をかけたくないし、何よりここで帰るのはなんだか悔しかった。


「座りっぱなしの態勢は腰に負担が掛るから少しでも辛くなったらすぐにいらっしゃい。しばらくは体育はだめよ。走りまわったりもね。菅先生にも新澤さんの状態は伝えておくから、異常があったらすぐに病院に行くのよ。菅先生に車出して貰って行くことだって出来るのだし」

「はい、分かりました。ありがとうございます」


私がお礼を言ったところで廊下からばたばたという足音が複数聞こえた。渡瀬先生があらあら、と呟いて扉を開くと同じタイミングで美織、楢崎、千夏ちゃんがなだれ込んで来た。


「なっちゃん、無事!?」

「貴方達、友達が心配なのは分かるけど廊下は走らないようにね。それとここは保健室です。静かに、新澤さんに負担をかけないように」


私の許へ駆け寄ろうとした三人を両手を広げて制した渡瀬先生は、三人の返事を待って広げていた腕を下ろした。

三人は走らないよう意識し、しかし急いだようなそんな不自然な歩き方でカサカサと私に近寄るとべたべたと張られたガーゼや湿布を見るなり顔を青くした。


「見た目こんなんだけど、心配ないから。ちょっとドジで転んだだけだよ」

「…誰にやられた?私話しつけてくる」

「そういうんじゃないってば。怖い顔しないでよ。月曜日からこんなんで心配かけてごめん。私は大丈夫だよ」


渡瀬先生の居る前でこの話をするのはまずいと思った私は怒りにキャラすら忘れている楢崎を視線で制して笑って見せた。

私がこうして傷を負っている以上立派な暴行罪と相成る訳だが、それを訴えて巻き毛さんを警察に引き渡すなんて事は望んでいないし、自分のせいでそんな事になるのは怖い。それにそれは何の解決にもならないし、益々私の立場が悪くなるだけだろう。


「…なっちゃん、菅先生に言われて着替え持って来たよ。制服汚れちゃったんでしょ?」

「ありがと美織、助かる。渡瀬先生、カーテン借りてもいいですか?」


先生の了承を得た私はベッド周りのカーテンを閉めてジャージに着替えた。腰が痛むせいでズボンを穿き換える際プルプルと震えてしまったが根性で乗り切った。

カーテン越しに渡瀬先生が美織たちに私の状態を説明している声が聞こえる。張りきった楢崎の返事に逆に不安が募ったが美織と千夏ちゃんがいればまあ、大丈夫だろう。


「待たせてごめん。教室行こっか」

「なっちゃん荷物持ちは今日一日私に任せろい!」


公認パシリが出来た訳ですか。


「私もなっちゃんが辛ければおぶるからね。すぐに言って」


千夏ちゃんにおぶさったら逆に千夏ちゃんの背骨に異常を来たしそうで怖い。


「無理してるの分かったらうちのママに連絡して病院に連れていくからね」


有難いが人様のお母さんにそんな迷惑はかけられないので、私は学校が終わり次第病院に行く事を美織に説明し、納得して貰う。

まだ授業も始まっていないのにと、先行きが少し不安になった。


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