真実を知るひとは
朝に来たメールを確認すると、駅の改札前に十時集合らしい。
ちなみにうちに来るのは美織、楢崎の二人だ。ゆずは家の用事で出かけるらしく、千夏ちゃんはバイトがあるので夜になったら合流するみたいだ。
朝食を簡単に取って部屋を片づけた私は、といっても引っ越してそんなに日が経っていない為部屋は必要最低限の物しかないので掃除機をかけた程度だが、約束の時間より少し早めに家を出た。
土曜日という事もあり、改札前は人で溢れかえっていた。
そんなに大きな駅ではないので、柱の周りやコンビニの前は待ち合わせの人で埋まっていた為私は券売機の横で邪魔にならないよう気を付けながら皆が到着するのを待った。
朝から私はずっともやもやしている。勿論あの夢の事だ。
どんな夢だったのか、どうして私は多嶋の名前を叫んだのだろうか。
内容を全く覚えていないので気にもしていなかったが、そういえば片倉と最初に会ったあの日から私は関連した夢を見ている気がする。それが“約束”と何か関係のある事なのだろうか。片倉は多嶋も関係があるような事を言っていたし、今日の夢はその部分に大きく近づける手がかりの様な気がしたが、どんなに記憶を手繰っても今日見た夢を思い出す事は出来ず、胸の痞えが取れずにいる。
ふん、と息を吐いた所で肩を叩かれた。
「ヘイカノジョー、不機嫌そーじゃん。俺と楽しい事しようぜぇ~」
「楢崎おはよー。意外に早いね。まだ九時半だよ?」
「スルーかいっ。しかも意外とか失礼な!
いや~楽しみすぎて五時に起きちゃってさ~。松太叩き起こしてゲームで時間つぶしてたんだけど眠いからって追い出された」
「子供かよ」
祖父崎君も休みの日なのに大変だ。さすが保護者である。
楢崎と軽口を交わしながら十分ほど経ったころ、賑わう駅の入り口の方から美少女が出てくるのが見えた。勿論私服も可愛い美織である。
きょろきょろと周りを見渡す美織に手を振って近寄ると少し焦った様子で駆け寄って来た。
「ごめん!待たせちゃった?」
「いやいや!まだ九時四十分だし全然遅刻じゃないよ。たまたま早く着いただけだから気にしないで」
「そうそう、それより早くなっちゃんち行こう!オラワクワクしてきたぞ!」
「はいはい、行こうね」
楢崎は以前うちの前まで来た事があったので、はしゃぎながら先頭に立って歩いた。途中コンビニに寄った私たちはお菓子と飲み物を次々にカゴに放りこむ。昨日の事も有りレジの様子を棚の隙間から覗き見て、同じ店員がいない事を確認してから会計を済ませて店を出た。
家のすぐ近くに来た所で楢崎から家の鍵を要求されたが、嫌な予感しかしなかったので丁重に断る。不服そうな楢崎とどこかそわそわした様子の美織を中に招き入れた。
「狭くて何もないけど、どうぞ」
「うわすっげー本当に一人暮しなんだね!羨ましい!それにしてもまじで何にもないね!!」
「やめなよ愛実ちゃん、近所迷惑だよ」
「…適当に座って。今テーブル出すね」
折りたたみ式の簡易テーブルを出して買ってきた物を並べ、紙パックのリンゴジュースを開ける。コップを出してそれぞれに注いでいる間に早速楢崎がベッドの上でポテトチップスの封を破ったので、くれぐれも零さないよう先に注意をして私もクッションの上に腰を下ろした。
「で?早速だけど昨日なんだったの?みおりんからは『明日なっちゃんちで作戦会議だから!』としか聞いてないんだけど、昨日のあの後まだ何かあった?」
「ああー…。順を追って話すけど、
昨日例のごとく絡んで来た片倉君を楢崎が撃退してくれた後に、家帰って一応多嶋にメールしてみたら、片倉君と一緒で、しかも私のアドとか家とかを教えようとしててって所で電話で私が二人にキレたって所まではいいかな?」
「え?電話でなっちゃんキレたの?まじで?すげーじゃん!」
「いやあれはもうひたすらに多嶋にイラついちゃって…」
「ふふっ、そのあと私と連絡してきた時もまだ怒ってたよね」
「だってあいつ意味わかんないんだもん!」
思い出したらまた沸々と怒りが込み上げてきた。リンゴジュースを一気に飲み干して心を落ち着けると、私はその後の片倉とのやりとりをどう伝えるかに思考を切り替える。
楢崎にはまだ詳しい事を話していなかったから、昨日のアレは単なる…自分でいうのも何だが、女子の取り合い的な意味でとっているんだと思う。ここまでして貰って隠す必要もないので話す事は勿論いいのだが、どう伝えようか。
「とりあえず大前提としてなんだけど、私と片倉君と多嶋、三角関係とかじゃないから」
「え?今更何言ってんの?明らかにどろどろの三角関係でしょうが!」
「違うって!前に聞かれた時に言ったと思うけど、最初に片倉君が私を誰かと人違いしてて、その人と何か約束をしていたみたいなんだけど、私が知らなかったもんだから勝手にキレてちょっかいを掛けてきてたの!まぁ、結局人違いじゃないみたいなんだけどさ…。
その事で心配した美織とゆずと、まあ多嶋が色々と気にかけてくれてて、庇ってくれたんだよ。
それで、昨日の続きなんだけど、美織と電話切った後、ご飯作るのも億劫だったしコンビニに買いに行った時にね」
「なっちゃんあんな時間に外出たの!?駅前だって危ないんだからね!」
予想していた通り美織は身を乗り出して怒り始めた。ごもっとも。都会は明るいから油断しちゃうけど、ちょっと小道に入るだけで柄の悪いおにーさん達がたむろしてるもんね。田舎の真っ暗闇とはまた違った怖さがある。
美織の有難い忠告を肝に銘じつつ、私はコンビニで片倉に会った事を二人に話した。私が、彼との“約束”を思い出すと約束した事も。
「正直約束どころか片倉君と会った記憶すら全くないんだけど、言ったからには頑張って思い出すよ。叔父さんにも聞いてみようと思ってる」
「なら万事解決じゃん。約束を思い出す期限とかは決めてないんでしょ?だったら最悪卒業するまで『今思い出してる途中』にして最後に『思い出せませんでしたー』でもいい訳だもん。卒業したらもう会う事もないだろうし」
「愛実ちゃん、外道だね…」
「人としてどうかと思うわ…」
「なんだよー!?綺麗事言っていい子ちゃんぶらないでよね!?私が言ってるのは最悪の場合って事だよ!
だってなっちゃん入学してからその事でもう散々思い出そうとしてるんでしょ?それなのに全く覚えてないって言っちゃう辺り取っ掛かりも何もないって事じゃん。ヒントも出してくれる気が無いんだったら片倉君だってそうなっても仕様が無いってこと」
楢崎のこういうはっきり物事を言いきってしまう所は、何事も曖昧に流してしまう私からすると尊敬出来る所である。
「それよりなっちゃん、多嶋君だよ。今連絡してみようよ」
「みおりんって意外にアグレッシブだよね…。いいじゃん。メールしようよ」
「ええー…?やだなあ…」
二人の無言の圧力に負けた私は携帯を取り出してメールを打った。
『どうして昨日片倉君と一緒に帰ったの?』
二人に確認を取った後、送信して返信を待った。
待っている間、楢崎が持参して来た大量のゲーム(多人数用のゲームカセットとハード、トランプ、花札等など…)を一通り遊ぼうと言う事になり、まずは赤い帽子がトレードマークの配管工のおじさんが活躍するゲームで盛り上がった。美織はテレビゲームの類は殆どやった事がないらしく、慣れない手つきで奮闘している。横からすぐに楢崎がちゃちゃを入れるので「うるさいなあ」と文句をこぼしていた。
のめり込んできた美織とコントローラーを手放す気のない楢崎にボス戦を任せて、私はすっかり存在を忘れていた携帯に目をやるとメール受信を知らせるランプがチカチカと点滅していた。多嶋からだ。
『なんか話があるって言われて一緒に帰った(^^)あいつんち何気に俺の家の近くだったぞ!
ていうか今ばーちゃんちに来てる』
んな事聞いてねーよ!なんで誘われるがままに一緒に帰ってんだよ!馬鹿か!ばーちゃん大切にな!
という心の声が駄々漏れだったのか、目線を画面から上げると熱狂していた二人が少し驚いた顔でこちらを見ていた。
苦い笑顔を返した私は二人に携帯を差し出した。画面を確認した二人は同じく苦い顔をして、美織からは黒いオーラが漂い始める。楢崎はポチポチと返事を打っているのか、何か操作をしたのちこちらに携帯を差し出して来た。内容を確認しようと画面を見ると多嶋の番号に発信されている。
「え?え!?」
「このメール見る限りメールじゃ要領得なさそうだったから。大丈夫、スピーカーにしたよ☆」
「そういう問題じゃないから!」
しかし昨日のやりとりで、多嶋とのメールは不毛だと言う事を痛感していた私は三人の真ん中になるように携帯を構えて奴が電話に出るのを待つ。数コール後にのんきな声が聞こえてきた。
『もしもし?いきなりなんだよ?電話とかびっくりするじゃん』
「ご、ごめん。昨日の事詳しく聞きたくてさ。なんであんた普通に片倉君と帰ってんの?」
『ええ?片倉が一緒に帰ろうって言ってきて、別に断る理由も無いし、あいつからの話も聞きたかったしさ。新澤が何か困ってんな―って感じでなんとなく庇ってたけど、片倉の話も聞かないと不公平じゃん』
「…意外、多嶋君てちゃんと考えてるんだね」
「ほんと。多嶋君推しだったけど、更に株上がったわ」
『うわ!?他にも誰かいんのか!?石村と、誰だ!?』
「楢崎愛実だよー。多嶋君の左斜め前の。昨日君と片倉君からなっちゃんを浚った女子ですよ」
『ああー、なんだよ。女子ってこえーなぁ。最初にいるならいるって言えよな』
「ごめん。…それで、片倉君と何話したの?…私との“約束”がどうとか、言ってなかった?」
『…悪い、スピーカー切って新澤だけ電話に出てくれ』
珍しく多嶋らしからぬ真面目なトーンの言葉に二人は頷いて、携帯を私に差し出して来た。スピーカーモードを切って携帯を耳に当てた私は一応立ち上がってベッドの隅に移動して二人から距離を取る。多嶋が真面目に話すなら、私もその誠意に応えなければならないと思ったからだ。
「もしもし、一人になったよ」
『おう。はっきり言うと俺は全部聞いたし、片倉の事も思い出した。新澤の事もな』
まさかの発言に固まる。思い出したという事はやはり私たちは会った事があり、“約束”も交わしているという事だ。
いつ、どこで、どんな約束を。聞きたい事が頭の中を駆け巡るがうまく言葉が出てこない。黙ったままの私をそのままに、多嶋は尚も言葉を続けた。
『だけどな、この記憶は思い出そうとして思い出せるもんじゃねぇし、俺は今思うともう破片を持っていたんだ。最初に会ったときからお前が気になってたし、落ち込んでんなら励ましてやりたいと思ってた』
「は、はあ!?」
告白、なのか。告白なのか!?
そう取られてもおかしくない発言を多嶋は平然とかました訳だが、“昔馴染み”をなんとなく覚えていて気になっていたという事だろうかという所に思考が辿り着いたところで、自分の早合点に顔が真っ赤になった。自意識過剰過ぎだ、自分。二人が不安そうにこちらを見ているが、それに返す余裕はない。
「…そ、それで、私たちはいつ会ったの?私と片倉君の“約束”って何?」
『それは、俺は言えねえ』
「なんで?片倉君に言うなって言われたの?」
『いや、俺が言わないって自分であいつに約束した。フェアじゃないしな。
だけど新澤が記憶を取り戻す手伝いはするよ。ヒントをちょこちょこやるだけだけど』
「…じゃあ今一個ちょうだい」
『今かあ?そうだなあ。じゃあ新澤の事奈津って呼んでいいか?』
「え…はあ!?」
『ははは、これ片倉にバレたら殺されそうだから二人の時だけな。
…わり、ばあちゃんに呼ばれたからまた月曜日な!じゃーなー』
「あ、ちょ、ちょっと!
…切れた」
「で、多嶋君、なんだって?」
私は今顔がさっきより更に赤くなっているだろう。異常に熱くなった耳がそれを知らせている。急かすように輝かせた二対の瞳に説明出来る頭が、今は無かった。
手を前に突き出してタイムを貰った私はフラフラとテーブルの近くに座るとリンゴジュースを注いで再び一気に飲み干した。冷えたコップを頬に当てて冷えを覚まそうとするも中々静まらない。多嶋相手にこの有様は、なんだか悔しい。
息を吐いて二人を見据えた私は頭を整理しながら、言葉を慎重に選択した。
「なんか、多嶋私と片倉君に会った時の事思い出したって…。“約束”の事も…」
「え!?それで、多嶋君はなんて言ったの?」
「フェアじゃないから内容は教えられないって。でも思い出す為のヒントはくれるって」
「それでなっちゃん、なんでそんなに赤面した訳?」
痛いところを突かれ、治まり始めていた頬の赤みが再び増す。心配そうな顔から一転、にやりとした笑顔を浮かべた二人はじりじりとこちらににじり寄って来た。
心を決めて言うしかないか。テーブルに置いた携帯に固定したまま音量は小さめで白状する。
「ふ、二人の時だけ、下の名前で、呼ぶって」
「…なんでそんな話に?」
「多嶋君って本当に唐突だよね…。それって遠まわしにアピールしてきたってことなのかな」
「でしょうね!いやあ多嶋×なっちゃんも現実味を帯びて参りましたなあ!」
「やめてよ!ヒントちょうだいって言ったらそんな事言って来たんだよ!」
「じゃあそれって昔多嶋君がなっちゃんをそう呼んでたって事なのかな。昔のように呼ぶ事で思い出させる…みたいな…」
「な、なるほど」
美織の指摘に私は首まで真っ赤に染まった。自意識過剰、パート2。なんで私はこんなに多嶋を意識しているんだろう。そりゃ昨日庇って貰った時、意外に頼もしいとも思ったけども、あれは恋…ではない気がする。
…やはり今朝見た夢が、そうさせるのだろうか。
「まあ何にしろ多嶋君が思い出してくれたんなら万々歳じゃん!いざとなったら教えてくれるでしょ。ヒントもくれるみたいだし、ゆっくり思い出せばいいよ」
「そう、だね、そうだよね。ゆっくり、頑張ってみます」
「じゃあ後の時間は心置きなく遊びに集中出来るね。って事で愛実ちゃん、ボスの続き」
「はいはい、お嬢様ー」
変に突っ込まれなくて良かった。そんな安堵感から息を吐いた私を振り返った楢崎はにやりと笑った。
「勿論、ボス倒したらなっちゃんの心の内を暴くから、頭整理しておいてね」
「………いやいやいや、何もないですから!」