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動き出す


結局、楢崎・祖父崎君カップルに家まで送って貰った私は二人に上がって行くよう勧めるも、ノリノリな楢崎の頭を鷲掴みにして祖父崎君はにっこり笑った。


「愛実、一度気に入ると何時間何日でも居座るから」


ああ、と納得の声が思わず漏れた私を確認した祖父崎君は暴れる楢崎を引きずる様にして仲良く帰って行った。お礼は改めてにしよう。

一人になった所ではたと気付く。

あの後あの場は、多嶋は、どうなったのだろうか。


「ごめん多嶋、すっごい忘れてた…」


慌てて携帯を開き、メールを打つ。


『今家着いた!あの後どうなった?』


どきどきしながら送信ボタンを押した。返事を待つ間冷蔵庫を開けて中を確認するも返信が気になってしまい、全く頭に入って来ない。メール受信を告げるバイブレーションが、静かなワンルームに響く。

急いで携帯に飛びつき返信内容を確認し、私は目を瞬かせた。


『今一緒に帰宅なう(^ ^)』


どういう状況だよ!しかも現在進行形!!

本当に多嶋が分からない。あいつも充分電波だ。

片倉が隣にいるという事は、メールを見られる可能性があるため下手な真似は出来ない。詳しく探るのは明日にすると決め、これ以上の返信はやめようと携帯を閉じると同時にもう一通メールが入った。送信者は、多嶋だ。


『片倉に聞かれたんだけど、新澤のアド教えていい?』


よくねーよ!!ふざけんなこいつなに考えてんだ!!

怒りに震える手を抑えて素早く返信を打つ。そうでないとあの馬鹿は勝手に教える可能性がある。


『私、友達以外にあんまり教えたくないんだけど』


これならば当たり障りなく断る事が出来るだろうと息を吐いた所で再び返信が来た。


『片倉がどうしてもだって(;><)

新澤んちって駅前の商店街の方だったっけ?』


なんなんだよこいつ!!馬鹿か!馬鹿なのか!!いや馬鹿だけど、ここまで馬鹿じゃないと思ってた私が馬鹿だったのか!!

埒があかないと判断した私は思い切って着信ボタンを押した。数コール後に出たお気楽声に正直殺意が湧いた。


「あんたなんなの。本当なんなの。ていうかどういう状況!?なんで私の家の話になるの」

『いや、片倉が話したい事あるからアド教えてっていうからさ。駄目だって伝えたら、なら直接話すから家行きたいって言い出してさ〜。教えてくんないと思うぞって言っても駄目もとでもってしつこくて』

「色々理解出来ないけど、とにかく家は駄目!今どこにいんの!?」


ほらやっぱり駄目だってよ〜、という半笑いの声が電話越しに聞こえた。何ちょっと仲良くなってんだよ!という私の心のツッコミは勿論届く訳もなく、それどころか私を完全に放置したまま向こうで何か笑いあっているのが微かに聞こえた。

もう電話を切ってしまおうかとも思った時、私の鼓膜を震わせたのは片倉の声だった。


『もしもし、いきなりごめん。今いいかな』


今までの私なら、なんだかんだ言いつつも、片倉の声を聞くなり固まってしまっていた。しかし今は多嶋への怒りが臨界点を突破していた事と、顔が見えない事もあってか。自分でも驚くくらい強気な声が出た。


「全然よくないけど!?急に何!?」

『えっ、あの、な…新澤…さんとちゃんと話がしたくて…』

「話すって何を?今までのお詫び?それならいりませんから!じゃあさよなら!」

『ちょっと待っ』


一方的に電話を切って、多嶋の電話とメールを拒否にした。湧き上がる怒りを抑えられずに携帯をベッドへ投げ付け、意味もなく部屋のなかを檻の中のライオンよろしくウロウロと歩き回る。深呼吸をしても腹の奥が煮えたぎる感覚を消す事が出来ず、私は美織にメールを打った。


『ごめん、今ヒマ?』


電話を掛けたかったが、都合もあるだろうととりあえず伺いの文を送り、返信を待った。


「クールダウン、クールダウン」


自らに言い聞かせて水を飲む。少し落ち着いた所で携帯が着信を告げた。メールではなく電話だったので慌てて画面を確認するとやはり美織からだった。急いで通話ボタンを押して応える。


「もしも」

「もしもしなっちゃんどうしたの!?何かあった!?」

「いやあの」

「やっぱり待ってればよかったね、ごめんねなっちゃんごめんねぇ」

「待って美織、私まだ死んでない。全然無事だから。

でも聞いて欲しい事は…ある。今いいかな」

「あたりまえだよ!」


思わず携帯から耳を遠ざけてしまうほどの美織の剣幕に、怒りに染まった私の心は逆に落ち着きを取り戻した。自分より感情が高ぶっている人を相手にすると冷静になれるというのは本当のようだ。


「実は、今日委員会終わった後、片倉君から一緒に帰ろうって言われてさ。その時は多嶋の活躍と楢崎の助けもあって切り抜けられたんだけど、田嶋を一人残してきちゃったし気になってメールしてみたら何故かあいつ片倉君と今一緒に帰ってるみたいで…。しかも仲良くなってるし人の家教えようとしてるしですっごい腹立って片倉君との電話ブチ切った所なんだけど」

「…なんかよくわかんないけどとりあえず色々あったのはわかったよ。ていうか!多嶋君はなんで片倉君と帰ってんの!?謎すぎるんだけど!」

「私もそこ一番わかんない。ていうか多嶋がわかんない。なんか片倉君がアド知りたいとか家にも来たいとか、あの人が一番分かんないよ…」

「何それこわいよ、片倉君てそういう人だったんだね。なっちゃん戸締りしっかりしてね!」


結局私は夕飯の準備もしないまま美織と三時間近く話込み―――後半は全く違う内容だったが―――両手の肘が痺れた頃に話し足りない美織がうちへ泊まりにくる話が出た。私は勿論構わなかったが、もう夜も遅いし明日朝待ち合わせをして会う事になった。ゆずにも連絡してみると美織が言ったのでまかせて一度電話を切った。


「そうだ、遅くなっちゃったけど楢崎にもお礼の連絡しておかなきゃ」


今日のお礼と祖父崎君のイケメンぶりを讃えるメールを送って、時計をみるともう針は九時半を指していた。そういえば夕飯食べていない。それどころか準備すらしていない事を自覚した途端に急激に空腹感が私を襲った。今から作るのも億劫だし近くのコンビニに行こうと、着たままの制服から部屋着に着替えて肩かけのバッグに財布と携帯を詰めてアパートを出た。

四月半ばとは言えまだ夜は冷える。厚手のパーカーの前を閉め、両手で身体を抱きしめるようにして私は足早に徒歩五分にある商店街の中のコンビニに向かった。

夜ともなるとお弁当のラインナップは絶望的だった。おにぎりも殆ど残っていなかったのでカップラーメンともう色が変わりつつある小さなサラダをカゴに入れて、なんとなく雑誌を手にとってパラパラと捲った。

長い手足の綺麗なお顔のモデルさんたちが可愛い洋服を着てポーズを取っている。自分とは人種が違うんだろうかと本気で考え始めた所で雑誌をラックに戻して後ろを振り向くとハブラシや化粧水セットなどのお泊りグッズが目に入った。

一応買っておこうか。しかしまだゆずが来れるか分からないし、やめておこうと手に取ったそれをまた元に戻した所で隣の人がやけに近い事に気づいた。邪魔だったかもしれない。すいません、と声をかけて一歩横に退いた所で隣に立つ人物の顔を見て私はフリーズした。


「なんで電話途中で切ったの」

「え!?片倉君、な、なんで!?」

「誰か泊りにでもくるの」

「そ、そんなの片倉君に関係ないと思うけど」


なけなしの勇気を振り絞ってその麗しい相貌を睨みつけ、私は足早にレジへと向かった。その間まるで付き添いのように私の斜め横に立ってこちらを見ている片倉君のせいで私の心臓は爆発寸前だ。レジのお兄さんも居心地悪そうに猛スピードで袋に詰めている。もっとゆっくりでいいのに!


「ねえ」

「やめてよ、なんで私につっかかるの」

「裏切ったのはアンタの方なのに、俺ばかり悪いと言うの?」

「はあ?」

「289円です」


公共の場で電波発言をかます片倉君を見た所でレジのお兄さんから声がかかった。慌てて財布から小銭を出す。お兄さんは「こんな地味な女が…」とも言いたげに私と片倉君をちらりと見ると、おつりとレシートを迅速に私へ手渡して商品をずい、と前に出した。受け取ろうと手を伸ばした所で片倉君がそれを横から奪ってさっさとコンビニを出てしまった。迂闊すぎる、私。


「ちょっと、返して」

「暗いし危ないから送ってくよ」

「家知られたくないからいい!近いから一人で帰れます!」

「じゃあ連絡先を教えて」

「友達でもなんでもない人に教えたくない」

「多嶋は知ってるじゃないか!」


突如荒らげられた声に道行くサラリーマンやOLが興味深げにわざとゆっくり私たちの前を通り過ぎていく。ここは端とは言え商店街だ。この時間でもそれなりに人通りはあるし、何より片倉はその容姿が人の目を引くのだ。

それに、こんな場面を同級生に見られでもしたら。今日の事もあるのに益々よろしくない噂が飛び交う事になるだろう。しかし勿論家に連れていくわけにはいかないし、私はせめてもと思い、じりじりと暗い隅へと移動した。片倉は入り口に立ったまま視線だけで私を追う。その目に目立たない場所へ移動しようという念を送ってみると、伝わったのか、察したのか。彼もゆっくりとこちらへ歩きだした。

私は念の為暗い道を通って家からは少し離れた場所にある公園へ片倉を誘った。

二人で立ち話も何なのでベンチへと腰を下ろすが、片倉は座らず、私の前で腕を組んで立ったままだ。


「…座れば」

「多嶋と付き合ってるの」

「いやいやいや…、付き合ってないしその予定も無いけど」

「じゃあなんであいつはアドレスを知ってるの」

「…同じ委員会だし、友達…だし」

「俺だって同じ委員会だ!」

「でも友達じゃないでしょ!」


浮気を咎められる風尋問パート2だ。しかし今回は私も譲る気はない。珍しくぎらぎらと感情を露わにしたその瞳に負けそうになる心と体を叱咤して私もその瞳を見つめ返す。しかもさっきから何故多嶋のことばかり引き合いに出すのか理解不能だ。仲良くなったんじゃないのかよ。


「裏切ったって何?私本当に片倉君の言っている事が何一つ理解できない。言ってくれなきゃわからないよ。自分の気持ちや考えだけ押し付けられても私はどうしたらいいの?」

「…絶対言わないし、許さない。許さない…けど、奈津に無視されるのは嫌だ。もっと俺を意識してよ。アンタは罪悪感に苛まれて苦しむべきなんだ。まだアンタは俺の百分の一も苦しんでない。それどころかアイツと楽しそうにして、そんなの駄目だ。奈津は卑怯だ」

「…要は何?私に“復讐”したいの?孤独に苦しめっていうの?片倉君の事を考えながら泣いてればそれで満足?」

「違う!そうじゃ、そうじゃない…!」


こんな要領を得ない問答は時間の無駄遣いだ。片倉光景は私が知る限りでは頭が良く冷静な青年のはずだが、学校で語られる姿と今私の前で駄々をこねる子供のように振舞うこの男はまるで別人だ。

握りしめた拳にはどれ程の力がかかっているのだろう。微かに震える肩はがっしりとしているのにどこか頼りなさげに感じる。今なら夕飯を奪還出来る、とも考えたがそれでは意味がない。例えここで逃げる事に成功してもきっと堂々巡りだ。

腰を上げて立ち上がり、私は片倉の前に立った。


「片倉君は“私”にどうして欲しいの?」

「…約束を、果たして欲しい」

「それで、それを言う気はないんだよね?

…わかった。ヒントも何もないけど私ももう一度よく思い出してみるから。“約束”する。それでいい?」


今にも泣きそうな顔をして片倉はゆっくり頷いた。

これで一つ、区切りがついたのだろうか。思いだせるかどうか正直自信が無かったが、約束をした手前やるしかないとお腹に力を込めた。

私が手を出すと彼は持っていた私の夕飯を差し出した。それを受け取って元来た道を戻り、無言のまま二人並んで先ほどのコンビニまで出た。そこで別れを告げて踵を返すも私の後ろにはぴったりと片倉が付いてくる。


「だから、“バイバイ”。付いてこないでよ」

「だってもう十一時近いんだ。危ないし、送る。“約束”はもうしたし急に家に押し掛けたりしないよ」


て事はやっぱり無理やり押し掛けようと思っていたのか。


「つまりさっきコンビニに現れたのも私の家が商店街近くだって知って探ってたからだったりする?」

「………………」


こいつはまじでやべぇぜ、正真正銘のストーカー野郎だ!

そんな奴に家を知られるのは不安だったので、送られる振りをして二つ隣のマンションへ入り、奴を追い払った。私が部屋に入るのを見届けると言って聞かない片倉に、あんたが帰るのを見届けない限り私は部屋に入らないと告げると片倉は何故か頬を染めて嬉しそうに帰って行った。本当に電波だ。わからん!

片倉の後ろ姿を見送った後念の為五分ほど時間をおいてパーカーを脱ぎ、私はそっと自分のアパートへすべりこんだ。

楢崎から二通メールが入っていた。一通は私が送ってから間もなく来ていたようで先ほどのメールへの返信だったが、もう一通はついさっき来たばかりのようだ。メールを開くとそこにはファンシーなデコメールで、

『みおりんから聞いたよ~ん(^◇^)明日の作戦会議は私も参加するぜ!長官!』

とあった。ごめん祖父崎君、貴方の厚意は結局無駄になってしまったよ。

それより困った。そんなに布団…、いや寝るスペースがないぞ。適当に返事を打った私はお湯を沸かし、部屋を簡単に片づけて雑魚寝の仕方について思案する。楢崎は最悪、座布団の上に毛布敷いて寝て貰えばいいか、との結論に至った私は遅めの夕食を取って眠りについた。





ふわふわとした感覚に直感した。


またあの夢だ…。


片倉と出会ってから時たま見るようになった不思議な夢。

幸せで、だけど悲しくて。


「奈津」


夢の中で名前を呼ばれる。あの人だ。愛しいあのひと。私に幸せをくれたひと。


「奈津」


甘く響くその声にゆっくりと私は振り向く。

そこに立っていたのは――――…。







「なんで多嶋ッ!?」



思わず飛び起きた私は自分の発言に驚いた。


何の夢だったか。私は何故今多嶋の名前を叫んだのだろうか。

霧がかかったようにおぼろげな夢の記憶を手繰り寄せるが、その霧が晴れる事はなく、もやもやとした気持ちのままさわやかな朝を迎えた。



夢の主は多嶋君でした。さてさて、奈津は片倉君との約束を思い出せるのか!?

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