2,その手は
今日は晴れ。
でも、午後からは曇って来るみたい。
千尋は三階の廊下を歩いていた。今日は1時間目から移動教室で、視聴覚室へ行くところなのだ。教科は生物なのだが、おおかた実験するのが面倒で映像ですまそうというのが本音だろう。
葉っぱの細胞を見て何が楽しいんだろう。私はそう思ったが勉強というのはそういった意味のないことの積み重ねで何かを掴むものなのだろう。大人しく見るのも1つの勉強だ。
教科書とノート、資料集に筆入れ。それらを胸で抱いて、やはり教室の奥の窓から見える空に目をやっていた。
千尋の隣にいた佳奈子は、目を細めて彼女を見ていた。一つため息をついて、
「千尋ってばまたぼーっとして…何考えてんのさ? 」
あんたっていつもそうよね、と付け加えて言う。
千尋は目線をパッと佳奈子に移し、目をパチクリさせた。
「私、ぼーっとしてる?」
「何言ってんの。千尋はいっつもどこかをみて話を聞いてないじゃないの。だからトモダチできないんだよ?あんた私以外と話さないじゃない」
しかめっ面をして佳奈子は前を向いた。
「そんなこと言ったって別に友達なんていらないよ」
そんな佳奈子の顔を見て不愉快そうに千尋は言う。
佳奈子は大きく息をはいて、キッと千尋を見た。
「友達いらない?!何言ってんの!私はあんたのこと心配して言ってるのよ?中学校から一緒だけど、もてるのに彼氏はいないは女友達すらいない、もったいないのよ千尋は!」
「いいよ、佳奈子がいるから」
「ばかっ。あたしだっていっつもあんたの隣にいるわけじゃないのよ?いいからちょっとは努力して友達つくりなさいよ」
佳奈子は一瞬顔を赤らめたが、すぐに前に向き直り少し早足になった。
何を隠そう、千尋は自分では自覚していないがかなりの美形だったため、真剣な顔をしてまっすぐにこちらを見られるとさすがに女同士とはいえドキッとしてしまう。これも、千尋に佳奈子以外の友達がいない理由の一つといえよう。その美貌が故に近寄りがたいのだ。しかし佳奈子が顔を赤らめたのはそう言ったわけではない。5年目のつき合いともなると顔なんて見なれてしまっているので、それくらいのことでは顔を赤らめたりはしない。
佳奈子がそうなったわけは、普段誰ともかかわろうとしない千尋が、自分にだけを信頼を寄せてくれているのだと気恥ずかしくなったからだった。
「ところで風邪は治ったの?学校2日も休んだんだからかなり酷かったんでしょ?」
「うん、大丈夫」
「そう、よかった。そういえば宮下も2日休んだのよ?私の前の席だからちょっと困ったのよね〜。
あいつ背が高いからちょうど私をすっぽり隠してくれるんだけどね、いないから内職はできないわ漫画は読めないわ大変だったんだから」(ここでの内職とは、違う教科の宿題や、小テストの為の勉強のこと)
宮下も2日休んだんだ…。
千尋は心の隅でそう思ったが、そこからは特に思考を膨らませることをしなかった。高熱によってうなされている時に十分に宮下の事を思い出していたので、これ以上他人の事について思いをめぐらすことは、彼女にとってあまり好ましい事ではなかったからだ。
千尋は故意に思考を違う方へ持っていった。
「読まなきゃいいじゃない」
ずばっとストレートに返したが佳奈子はなれたように返す。
「それができてりゃもうちょっと成績は良いわよ」
「それはそうだね」
「っこいつ!」
なんだかんだと話しているうちに視聴覚室の前まで来ていて、千尋は重たい扉に手をかけようとした。すると、後ろから大きい手が伸びてきて、その手が扉を引いた。
2人は驚いて振り向きその大きな手の主を見た。
通常よりも高い目線でみる彼は、顔色一つ変えずに2人を見ていた。
宮下だった。
千尋はすぐに目線を外し佳奈子の方を向いた。しかし視線は彼女ではなく下方を向いていた。




