〈特殊部隊のダウド〉
ソナタと『顔のない死神』の片割れが乗っているトラックは、順調にディーともう一人
の『死神』が潜伏しているはずの工場へと向かっていた。
「この先のエアラインの部品工場にディーがいるわ。ちょっと厄介なことになってるみた
い」
言いながら『死神』セヴェラは荷台の扉を開けた。
「厄介なことってなんです!?」
入ってくる風に乱れる髪を押さえ尋ねるソナタの質問をまるで無視して、セヴェラは宣
告するように言った。
「飛び降りるわよ」
「ええ!?ちょ、待ってくださ…!!」
ただでさえそれなりのスピードが出ているのはもちろんのことだが、後ろには何台も車
が続いてるし、対向車線の車も途切れることはない。ここで飛び降りるなんて、というソ
ナタの反対意見は発せられることはなかった。
ソナタが何か言う前に、セヴェラは彼を新郎が新婦を抱き上げるようにひょいと抱き上
げたのだ。
「え!?」
戸惑うソナタをよそに、セヴェラは前方に工場が見えてきたのを確認し、身軽に跳躍し
た。後続の車の運転手が驚いた顔をしていたのは言うまでもないだろう。
ちょうど工場の敷地にセヴェラは着地し、ふわりとソナタを下に下ろす。それからすぐ
さまディーの元へと向かった。ソナタもすぐに驚きから立ち直り後に続くと、数体のオー
トマタンに囲まれながら戦っているディーの姿が見えた。
セヴェラはディー達から十数メートル離れた所で急停止し、右腕を前方に突き出す。す
ると、肘から先が二つに割れボウガンの形になり、矢が連続で3本発射された。矢は屈み
込んでいるもう一人のセヴェラを襲おうとしていた3体のオートマタンの頭を次々と貫き、
機能を停止させた。
そして最後の一体をディーが殴り飛ばし、ようやく向かって来る者はいなくなったよう
だった。
彼らの周りには10体のオートマタンが顔だの腕だのあちこち破壊されて転がっており、
ディーの奮闘ぶりをうかがわせる。
「大丈夫ですか、ディー!」
ソナタが駆け寄るとディーはフーと息を吐いた。
「奴ら自体は何てことないんだが、状況的に正直来てくれて助かった。お前の方も大丈夫
だったみたいだな」
「大丈夫じゃないですよ~、こっちも大変だったんですから!もうスーツが台無しです!」
見たところ言うほど台無しになっているようには見えないが、ソナタが大真面目に言う
のをディーはクスリと笑い、その余裕ぶりでちゃんとやるべきことはやったようだと判断
した。
「紅家のヒットマンはどうした?こっちには現れなかったからそっちに行ったんだろ?」
「ええ。かなりめんどくさいヤツでしたが、ちゃんと『死神』が自分で片をつけましたよ」
「それはよかった。ひとつ厄介ごとが減ったな。こっちの『死神』はどうだ?」
最後の問いかけはディーの後ろで屈み込んでいたセヴェラに向けられた質問で、そのセ
ヴェラは組み敷いていたオートマタンからジャックを引き抜き立ち上がった。
「終わったわ。もう感染したオートマタンが襲ってくることはないし、『クラウン』もし
ばらく立ち直れないでしょうね」
二人の『顔のない死神』は再び並び、同じ意地悪い笑みを浮かべた。
それから彼らは工場にあったライトバンを勝手に拝借して、西香港島へと繋がる橋へ向
かった。
高速に乗りしばらくすると、前方に大きなつり橋が見えてきた。両側は眩しい青に輝く
海で、点々と小さな島々が浮かんでいた。この橋は『青龍大橋』と呼ばれ、リニアトレインは
海底トンネルを通るので、香港島と西香港島を結ぶ橋はこれしかない。
「まだ油断はできないな」
ディーがぽつりとつぶやく。セヴェラ達もソナタも無言でそれに同調し、回りを見なが
ら警戒をしていた。
すると、まだ橋に入ったばかりだというのに前方の車が停まりだし…、ディーも仕方な
く停止せざるをえなくなった。
「何だ?」
全員が怪訝そうな表情になる。前方はだいぶ先から繋がっているようで、どこから止ま
っているのか分からなかった。
「事故でもあったんでしょうか?」
ソナタが至極ありそうな意見を述べたが、そうだとしてもここで足止めされている訳に
はいかないし、その事故の原因にもしやの心当たりがなくもなかったので、彼らは早々に
車を捨て、徒歩で先に進むことにした。
苛立たしくクラクションを鳴らしたり窓を開けて何とか先を見ようとしている運転手達
の車の間をぬって行くと、向こうからわらわらと怯え顔や怒り顔で逃げてくる人達に行き
会った。
お互い顔を見合わせるディーとソナタ。この先で何が起こっているのか、だいたい想像
がついた。先頭に近付くにつれ破壊音が聞こえてくる。
そこでは、体の大きなサイバーロイドが暴れているのだった。
「うおらあー、『顔のない死神』、出て来いーッ!!」
体がでかく、ゆうに2mを超している。鍛えすぎたボディビルダーのように上半身の筋
肉が発達しており、服は下半身にスポーツ用のサポーターらしき物を着けているだけだ。
上半身の大きさに比べると下半身はそれほど大きくなく、アンバランスだった。全身を機
械化したサイバーズなのは間違いない。
岩のような顔をしたその男は、叫びながら車をつかんでは無造作に振り回し、投げ捨て
ている。ヤツの周りには投げられた車が散乱していた。空港へと向かうこの車線は完全に
通行止め状態になっていて、どうやらすんなり通してくれそうな雰囲気ではなさそうだ。
「あれも殺し屋の一部ですか?迷惑な輩ですね」
持ち主の去った車の陰から筋肉男を見たソナタが、さも軽蔑するように言った。一人の
セヴェラがさあ、と興味なさげに答える。
「私は知らないけど、そうなのかもね。殺し屋と言ってもピンキリなのよ」
「あのパワーはマズイな。捕まったら最後だぞ」
「全員で素早くかかった方がいいわね」
「私達が陽動で動くわ。後はあなた達でお願い」
ディーとセヴェラが簡単に諸注意と作戦を提案し、あっさりと決まった。さっそくその
通りに動こうとした時、筋肉男に気付かれてしまった。
「誰だ、そこにいるのは!?」
手にした車をこっちに投げつけてくる。
4人はすぐさまその場から散った。飛んで来た車は停まっていた車と天井同士を重ねて
ひしゃげた。
高速で動けるセヴェラが二人、左右から回り込んで筋肉男に向かって行く。
「うおー!!」
筋肉男は丸太並みに太い両腕を振り回してセヴェラ達を蹴散らそうとしたが、上手いこ
と彼女らはその腕に取り付いた。力を込めてひねろうとするが、男のパワー出力の方が上
回っているようで無理だった。
「無駄だあ!この俺様に力で敵うものか!!」
男が二人に気を取られている隙にディーが懐に入り込み、取りあえずボディに一発、渾
身の一撃を入れた。しかし全く手ごたえがない。
「!?」
男は腕にセヴェラを付けたままディーを捕まえようとしたので、ディーはすぐさま離れ、
死神達も腕を放し、一旦距離を置いた。
パワー重視のサイバーロイドかと思ったが、どうやら思った以上にスピードもあるよう
で、ボディの硬さもハンパじゃない。
「ソナタ、ヤツの足を狙え!」
ディーは筋肉男を鋭く見据えながら発した。その声は、彼が左耳に着けている通信用の
イヤーカフによってソナタに聞こえているはずだ。どこかの車の陰から銃で狙っているで
あろうソナタも同じイヤーカフを着けていて、通信範囲こそ狭いが、こういう時に重宝す
る装備だった。
もう一度二人のセヴェラが男にかかって行った。
「ひねり殺してやる!!」
筋肉男はまた腕を振り回してセヴェラを捕まえようとするが、死神達は持ち前のスピー
ドを生かしてその腕をかいくぐる。
ソナタの銃が火を噴いた。男の両膝の後ろに数発叩き込む。さすがに関節はそこまで装
甲で固められておらず、男はぐらりとバランスを崩した。すかさずディーが男の膝を踏み
台に飛び上がり、右足を高々と上げ、思い切り振り下ろした。分厚い鉄板の仕込まれたブ
ーツの踵が、男の脳天にヒットする。
「ぐあッ…!!」
サイバーロイドといえどもさすがにこれは効いたらしく、筋肉男はくらくらとよろめい
た。そこにトドメとばかりにソナタの銃弾が後頭部を撃ち抜いた。
男は巨体を響かせて仰向けに倒れ、動かなくなった。
「どうです、やりましたか!?」
ソナタが出てきてディー達の方へと駆け寄って来る。
「ああ─────」
とディーがその先を続けようとした時、彼らの側に小さなスプレー缶のようなものが放
りこまれた。
「!?」
缶から白い煙がシューッと勢いよく噴出された。
「毒!?」
ディーとソナタは咄嗟に手で口元を覆いその場から離れようとする。本当に毒かどうか
は分からないが、この状況ではうっかり吸い込めるような代物ではないことだけは確かだ
った。
これは『顔のない死神』というよりは『アクロード』に向けた攻撃のように思えた。し
かし今はいちいちそんなことを考えている余裕もない。急いでそこから逃げるべく『死神』
達は『アクロード』の二人を抱え上げようとしたが、煙はたちまち彼らを呑み込んでしま
い、ヤバイと思われた刹那、誰かが彼らに覆いかぶさるように立ちはだかった。
「体を丸めて息を止めろ!」
男の声が耳に響くと、ディー達は躊躇せずにそれに従った。次の瞬間、その男の背後が
爆発した!
一瞬にして白い煙は焼き払われた。被害を最小限に抑えるべく高温で燃焼させたのだろ
う。幸い、もともと周辺に一般人はいなかったので、誰も不調を訴えた者はいなかった。
視界が開け、改めて男を見上げるディー達。その男は全身を包む濃いグレーのマントを
広げていて、爆発の炎からディー達を守ってくれていたようだった。髪が銀髪かと思われ
るほどのプラチナブロンドで、ディーやソナタより若干年上に見える。整ったシャープな
顔立ちで、美形といってもいいだろう。やや釣り目ぎみの瞳は珍しい紫色だった。
「大丈夫か?」
低く良く通る声で男が言った。
「あ、ああ…。助かった。アンタは一体…?」
ディーが立ち上がり問いかけた時、ヘリコプターの音が聞こえ、風が吹き付けてくる。
見上げると、彼らのすぐ近くに入口の扉を開けている軍用ヘリが接近してきた。
「説明は後だ。乗れ」
有無を言わさぬ男の口調にディーとソナタはセヴェラを見たが、彼女はちゃんと事情を
把握しているらしく、言う通りにするようにとうなずき返した。
ディー達4人がヘリに乗り、最後にマントの男が乗ると、ヘリはようやくやって来た警
察や怖々集まって来た見物人で混乱している橋を尻目に飛んで行く。
『アクロード』と『顔のない死神』が一方の壁に、マントの男が向かいの壁に体を固定
して座った後、マントの男が切り出した。
「まずは自己紹介しておこう。俺はダウド。非公式の特殊能力部隊に所属している」
「非公式の部隊ですって?ずいぶんな所が動くんですね?」
ソナタが疑わしげにダウドを見る。
「オレ達のことも知っているようだが?」
ディーも探るようにダウドを見つめた。
ダウドの目が無表情に彼らを見返し、フッと口の端を上げた。
その薄い笑みを見て、ソナタは彼がディーに似ていることに気付いた。彼の銀髪に近い
金髪のせいだろうか。それとも珍しい紫の瞳のせいか。クールな雰囲気も共通している……。
「ああ、俺達はあんたらが何者か知っている。そこの『顔のない死神』の目的もな。だか
ら俺が来た」
「どういうことだ?」
「俺は『死神』を無事国外へ出すよう、命令されてるってことだ。政府が大っぴらに殺し
屋に協力できないから、公には存在しないことになっている俺達の部隊が来たって訳さ」
「ご協力感謝するわ」
二人のセヴェラがニコリとわざとらしく、全く同じ顔で笑った。
「あなたは知ってたんですか?」
ちょっと非難するようにソナタが聞くと、セヴェラはまさか、と否定した。
「見逃してくれるのは分かってたけど、ここまでしてくれるとは思わなかったわ」
「あんたに死なれちゃ困る連中が、政府にはごまんといるんだろうぜ」
皮肉っぽくダウドが言う。
「そうかもね。もし私が無事に国外へ出られなかったらどうなるか」
「物分りの悪い役人にもよく解るように説明しておいてあげたから」
セヴェラは二人で文章を繋げ、満足そうに終えた。セヴェラのその説明とやらがどうい
うものか、ソナタには分かる気がした。
「特殊能力部隊って、どういう能力の部隊なんです?」
ソナタの質問にダウドの視線がわずかに険しくなった。
「それを聞いてどうする?」
「別に、ただの好奇心ですよ」
ダウドの視線にもひるまず、ソナタはにこやかだ。ダウドはしばらく考えていたようだ
ったが、やがて
「まあいいか。どうせ俺達は存在しないことになっているからな」
と自分の中の義務感と折り合いを付けたようだ。
「俺達は、いわゆる超能力と呼ばれるものを持っている『人間』の部隊だ」
「超能力?」
思わずソナタの声が懐疑的になったのを聞いて、ダウドはそういう反応を嫌と言うほど
見てきた者がよくするような、半ばあきらめ、半ば自嘲的な笑みを見せる。
「そうだ。軍部はサイバーズの研究ばかりしている訳じゃないのさ。純粋な『人間』にこ
そそういう能力があると信じて研究している所もあるってことだ」
「じゃあアンタはその研究の結果なのか?」
今度はディーが尋ねた。
「いや…、俺は研究によって能力を開発されたんじゃない」
「あなたの能力って?ホントに超能力なんですか?」
「…信じてもらう必要はないし、そこまで言う気もない。これ以上は機密事項だ」
疑わしさと物珍しさを同居させた目でダウドを見ているソナタに、ダウドが質問を打ち
切るように手を振ると、ソナタはちょっとガッカリしたような表情をしていた。
そうしているうちにヘリは空港上空内へ入って行き、一般人が利用するのとは違う方、
何機もの旅客機が並んでいる所より少し離れた場所にある、政府要人らが利用する特別滑
走路の方へ降りる。
時間はタイムリミットの17時まであと15分だった。