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〈ディーとセヴェラ〉

 ディーと片割れのセヴェラは暗い小道を駆け抜けていた。一時的にホン家の集めた襲撃者

達をまいたとしても、彼らが行く先はバレている。

 国際空港がある西香港島に行くには、唯一の道である大きな橋を渡るか、リニアライン

で行くしかない。セヴェラを仕留めたかったらその橋周辺で待っていれば、必ずディー達

はそこへ現れざるを得ないのだ。

 それでも橋まで安全な訳ではないので、警戒しながら二人は進んでいた。

「こっちだ」

 ディーはいきなり小汚い裏口に入った。

「え?何?」

 分からないながらもセヴェラが付いて行くと、そこは中華料理店の厨房で、狭い空間に

料理人が三人せかせかと働いていた。炒めた香辛料の煙と料理の匂いがもうもうと立ち込

めている。

 突然入って来たディーとセヴェラに何事か文句を言っている料理人を思いっきり無視し

て、二人は厨房を通り抜け、スタッフ用の出入り口から店の反対に出た。次は古着屋の倉

庫らしき部屋、喫茶店の裏口と、いくつかそういう妙なルートを通り、大通りへ出た。今

までのは一応近道だったらしい、とこの大通りに出てきてセヴェラは悟る。

 ディーは辺りを見回しながら言った。

「この通りを行く」

 セヴェラは一瞬眉をひそめた。ルートとしては確かに間違っていないが…、人通りも車

の交通量も多い。

「あいつらは一般人を巻き込むのを何とも思ってないわ。人が多い所へ出るのは危険よ」

 セヴェラが言っているのは、一般人を巻き込むことを良心的な精神や道徳心から嫌がっ

ているのではなく、一般人がいることで自分達の戦闘法や逃走ルートが制限され、一般人

の思わぬ行動で自分達が危機に陥るかもしれないことを懸念してのことだった。

 しかしディーはそんなことは百も承知だと言わんばかりに、かすかに笑う。

「だから、人が通らない所を通るのさ」

 と言いながら、低めのビルの非常階段を上りだした。

「!」

 ディーの意図がセヴェラにも理解できたようで、もう反対意見を言わずに後に続いた。

 階段を上っている途中で、路地を挟んだ向かいのビルの窓が一箇所だけ薄く開いている

のをディーは見た。本能的に危険を察知する。

「セヴェラ!先に行け!!」

 その声とほぼ同時に窓から発砲された!二発、三発と撃ってくる。

 セヴェラはサイバー化した機体ゆえに、人以上の跳躍力で手すりを飛び越え、どんどん

上へと跳んで行く。ディーは素早く腰の後ろに手を回し、何かを窓の隙間に投げた!

「うギャッ!」

 短い悲鳴が聞こえ、何者かはもう撃てなくなったようだ。

 ディーが投げた物にはワイヤーが付いていて、ベルトと繋がっていた。クン、と引っ張

るとディーの手元に戻って来る。それは手に納まるくらいのスタンナイフだった。相手が

生身だろうがサイバーズだろうがオートマタンだろうが、一瞬の電流で動きを止めること

ができるのだ。もちろん、上手く投げるのにはそれなりの訓練がいる。

 普段は飛び道具をほとんど使わないディーだったが、この依頼では必要になるだろうと

予想し、装備していたのだ。

「ディー!」

 屋上からセヴェラが顔を出す。

「大丈夫だ!」

 ディーも急いで屋上へ出た。

「どうやらこのルートもそんなに安全じゃないらしい」

 上から狙ってくるスナイパーは多いから、この先にも待ち伏せている者や彼らに気付く

者もいるに違いない。だが、一般人を巻き込むことはあまりないだろう。ディーは良心的

な精神からそう思うタイプだった。

「急ぎましょう」

 二人は助走をつけ、隣のビルに飛び移った。そのままスピードを落とさず走り続け、二

つ、三つと建物を越えて行く。幸いこの通りに高層ビルは建っていないが、何階かの高低

差はもちろんある。普通の人間なら高さでまず怖気づくだろうし、1階分でも高かった場

合、飛び移るのは難しいだろう。しかしディーは、ちょっとした庇のような出っ張りや、

非常階段やベランダの手すりなどを足がかりに、多少の障害物などは簡単に乗り越えてし

まうのだった。

 敏捷にビルを渡って行くディーの姿は、褐色の肌と黒い服が相まって、一匹のしなやか

な黒い獣のように見えた。

 『顔のない死神』セヴェラは戦闘もできる機体を持つサイバーロイドなのでそんなこと

は難なくできるが、いくら運動神経が人並みはずれて優れているといっても、どこもサイ

バーズ化していない生身の人間であるディーが、セヴェラに遅れを取らずに付いて来てい

るのは驚くべき身体能力だ。首斬り人(チョッパー)や金目当ての『死神狩り』の襲撃者どもに囲まれ

た時の戦いぶりといい、死神は自分が手を貸す必要がないのを、心の中で感心していた。

 順調に通りの半ばにある小さなビルの屋上まで来た時、二人の足元にテニスボール大の

物体が何の脈絡もなく転がって来る。

「!!」

 二人は直感でヤバイ、と思ったがもう遅かった。ボールが爆発したのだ!!

 セヴェラは咄嗟にディーをかばうように突き飛ばしつつ身を伏せたが、セヴェラより軽

いディーは爆風にあおられ、手すりのない建物の外へ出てしまった!

「ディー!!」

 セヴェラがすぐに身を乗り出し下に向かって手を伸ばす。が、ディーには届かない。

「くッ!!」

 ディーは左腕を上げ手首を反らせると、大きめの腕時計型の装備からワイヤーが飛び出

し、セヴェラの腕に巻きついた。ディーの体ががくんと停止し、壁に足を着ける。ほっと

したセヴェラがそのままディーを軽々と引き上げた。セヴェラが高機能の機体だからこそ

できた荒業だった。しかしそれでなければ手すりのないこの建物ではワイヤーを固定させ

る所がなく、ディーはそのまま落ちるしかなかった。まさに間一髪だったのだ。

「悪い、助かった」

「お礼なんていいわ。まだあなたには働いてもらわないと困るもの」

 冗談なのか本気なのか、にっこりと笑う死神をディーは見た。彼女のライダースーツの

ような服の背中が、ディーをかばったために焼け焦げている。彼女はサイバーロイドなの

で、必要とあれば痛みも熱さも感じないようにコントロールできるだろうが、ディーはか

ばってくれたその判断に感謝の意味を込めて、微かに口元をゆるめるのだった。

 すると、

「なーんだあ、死ななかったのか、残念」

 という男の声が響いた。ディーと死神が声の方を見ると、屋上に通じる出入り口の屋根

の上に、ぽっちゃりした男がのっそり出て来た。手にたくさん、さっきのボール状の爆弾

を持っている。それ以外は二浪して大学に通ってるような、着古したパーカーにジーパン

という冴えない風体の男だった。セヴェラが見る限り、全身生身のようだ。

 二人が用心した目付きで彼を見ているのに若干気を良くしたのか、男は自己紹介を始め

た。

「僕はトム。趣味はもちろん爆弾作りさ。これはね、たいした威力はないけど、さっきキ

ミ達が体験したように、人一人死ぬくらいの殺傷力はあるよ。この中にはガラスの破片や

釘が入ってるのもあるからね。それに、とても衝撃に弱いんだ」

 ディーは男の説明を聞きながら、冷静に状況を分析する。

 左手の方向は来た道を戻ることになる。飛び移るのは楽だが、戻ったところでどうにも

ならない。右手側の進行方向は、道路を挟んでこのビルより3階分も高い、立体駐車場に

なっていた。道幅もさっきまでとは違って広く、セヴェラなら大丈夫だろうがディーには

飛び越えられない程の幅があった。だが…、逃げるならこっちに行くしかない。

「この爆弾は、ちょっと衝撃を与えれば3秒で爆発する。もちろん手で払っても、地面に

落としてもアウトだよ」

 トムの顔がにいっと醜く歪む。精神までも歪んでいるようだ、とディーは思った。

 スタンナイフを投げてもいいが、向こうも爆弾ボールを投げてくるはずで、そうなると

こっちが逃げる時間をロスしてしまう。 

「ディー、私が合図したらあの立体駐車場に飛んで」

 セヴェラがディーにだけ聞こえるように言った。

「アイツを操れるのか?」

 ディーはトムがサイバーロイドで、セヴェラが彼のボディにハッキングするのかと聞い

たのだが、『顔のない死神』は首を振る。

「違うわ。アイツは生身だからハッキングはムリね。でも、ここは私がやるわ。いい?あ

っちまで飛べるわね?」

 チラリとディーに向いた目はどこか挑戦的で、ディーがまるで『できない』というはず

がないと確信しているかのような口ぶりだった。ディーはその挑戦に、戦闘時に研ぎ澄ま

される部分が高揚するのを感じた。

「分かった」

 そうニヒルに笑って応えると、セヴェラは小さくうなずいて、一歩前に踏み出した。

「あいにく、私達はアナタの相手をしているヒマはないの。大体アナタ、私の好みじゃな

いしね」

 その台詞に、トムの顔がみるみる怒りに燃えていく。

「こっちだって、『死神』なんか願い下げだよォ!!」

 ガチンと両手のボール爆弾をかち合わせ、それを思いっきり投げつけた!始めに衝撃を

与えてから投げれば、叩き返されて自滅、という事態は避けられるからだ。それから3秒

の間に、色々なことが巻き起こった。

「今よ!」

 セヴェラの声と同時に、ディーが右にダッシュする。

 セヴェラは左の手のひらを前に突き出すと、手のひらに黒い穴が空いた。そこから何か

発射され、トムの立つ出入り口の屋根に直撃し、崩壊させる。

 勢いよくジャンプしたディーの背後で、セヴェラも一足遅れて飛んだ直後、爆発音が聞

こえた。

「うわッ、うわわあ~~ッ!!」

 トムは瓦礫と共に崩れ落ち、まだたくさん持っていた爆弾に衝撃が与えられ…、

 死神は無事駐車場内に着地したが、ディーはやはりあと2mほど届かない。さっきと同

じようにワイヤーを射出する。ワイヤーは柱に巻きつき、ディーは振り子のように1階下

の駐車場内へ滑り込むようにして着地した。そして、さっきまでいたビルの屋上が大爆発

する。

「ディー、大丈夫?」

 セヴェラが上から顔を出し、階下へと下りて来た。

「ああ、大丈夫だ。…にしてもアンタ、何したんだ?」

 ワイヤーを収納しながらディーが聞いた。

「秘密兵器よ。この腕にミニグレネードが装備されているの。二発分しか弾がないから、

切り札にしか使えないけどね」

 腕をひらひらさせながら死神が言った。

「なるほど…、見た目に似合わず、ただのボディじゃないわけか」

「アナタも只者じゃないでしょ?噂以上の能力だわ」

「そりゃどうも。褒めてもらっても、もうアンタの依頼は受けないからな。こんなんばっ

かりじゃ、いくら命があっても足りないぜ」

「あら、それは残念」

 皮肉めかした調子のディーに、セヴェラもわざと大げさに残念がってみせ、二人は先を

急いだ。


 それから二度ばかりスナイパーに狙われたが、二人にとってはたいした敵ではなかった。

 ようやく彼らは、西香港島へと繋がっている橋へと続く道路までやって来た。向かいに

は運送会社の倉庫があり、忙しなくトラックが出入りしている。ディー達もエアラインの

部品を作る工場の隅に潜んでいた。目の前の道をさらに行くと高速道路の入り口があり、

回りは樹ばかりで何もなくなる。

 橋は車しか通れないので、どうにかして車を拝借するか、勝手に乗り込むかしなければ

ならない。そのことについてはディーと死神の意見は一致していた。

 ここからが正念場だろう。ここぞとばかりに待ち構えている輩がいるはずだ。

「ソナタ達の方はどうだ?」

 橋に入る前に合流しておいた方がいいだろうと思い、ディーが尋ねた。セヴェラは街の

方向に道を見ながら答える。

「二人とも無事よ。こっちに向かってる。もうすぐ来るわ」

 実際に道の先に二人がいてそれを見ているのではなく、もう一人の『顔のない死神』に

アクセスして得た情報だ。

 そうしている間に、無表情の人間が三人、フラフラしながらこっちに近付いてくるのを

認めた。

 よく見ると全員額に青いほくろのような印〈チャクラ〉を付けているのでオートマタン

のようだ。オートマタンはサイバーズとの区別をするため、額に〈チャクラ〉を付けなけ

ればならないと法律で義務付けられているのだ。

 近付いてくる三体は、どこかの会社の事務でもしているような制服を着た女性型オート

マタン二体と、工場での作業の途中だったらしい作業着を着た男性型一体だ。

 ディーも彼らに気付いたようで、警戒している。

「なんだ、あいつらは?…まさか…」

「そのまさかのようね」

 セヴェラが言い終わらないうちに三体のオートマタンが一斉に二人に襲いかかって来た。

「!!」

 ディーはさっと事務員の手刀を避ける。

 普通のオートマタンの出力は人間と変わらないし、電脳に戦闘術でもプログラムしてな

い限りは動きも素人並なのでディーや死神の敵ではないが、普通のオートマタンが誰かを

襲うなどということは、プログラムで規制されているはずなのでありえない。

「ウィルスか?」

 ディーが作業着の男に踵落としを極めて言った。

「ええ。この手口には見覚えがある」

 セヴェラが一体の事務員の腕をひねりながらうつぶせに引き倒し、背中にひざを押し付

けて乗っかる。オートマタンは逃れようともがいたが、セヴェラはしっかり押さえていて、

そのまま自分の首の後ろからジャックを引っ張り出し、オートマタンの同じ場所に繋げた。

「逆探するわ!その間私は動けないから、安全確保をお願い!」

「ええ!?おい、ちょっと待て!」

 ディーは死神を止めようとしたがそれどころじゃなくなった。

 さっき倒したはずの作業着の男がまた起き上がってディーに殴りかかってきたのだ。

「うわッ!」

 もう一度ディーは蹴りをお見舞いし、男は吹っ飛ぶ。

 動きは素人でも、オートマタンは機体が破損して動けなくなるまで向かってくるのがや

っかいだった。もう一人の女性型オートマタンもセヴェラにつかみかかろうとしていたの

でディーが殴り倒したが、まだ向かって来ようという気配がある。機体の耐久性も並なの

でディーの攻撃で顔が凹んだり腕がありえない方向に曲がったりしていたが、彼らはそん

なことには全く頓着していない。そんな姿になりながらも向かって来る様は、まるでホラ

ー映画のようで不気味だった。

「これは『クラウン』の仕業よ。でもヤツは二流だからオートマタンしか操れないわ」

 と死神が説明してくれたが、ディーはあまり気休めにはなってないような気がした。な

ぜなら、またどこからかオートマタンらしき人影が三体、こっちに来るからだ。『クラウ

ン』とやらはこの周辺にいるオートマタンに手当たり次第ウィルスを送り込んだらしい。

このままでは、感染して『顔のない死神』を破壊するよう電脳を狂わされたオートマタン

がどんどんやって来るだろう。

 その間にもまた最初の二体がセヴェラに襲い掛かろうとしたので、ディーはすぐさま一

体の腹を蹴り、一体には裏拳でその場をしのいだが、セヴェラの側を離れられない以上、

いくら訓練されていない動きのオートマタンだと言っても、数で来られたらディーもいつ

まで持つか分からない。

「おい、セヴェラ、早くしてくれ!!」

 




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