表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

〈襲撃者たち〉

 西香港島の国際空港にはリニアラインで行くのが一番手っ取り早いが、襲撃の際に逃げ

場がないのと、関係のない人間を大勢巻き込んでの大事故になる可能性が高いので、それ

を避けるため車で行くことにした。車で移動しても結局は街中の関係ない人間や物が巻き

込まれることには変わりないのだが。

 ともかく、4人はマンションの地下駐車場の、ディーとソナタの車に向かった。

 見た目は赤いスポーツカータイプだが、車体や窓ガラスは防弾、後方からはまきびしが

出せたりと細工されている。一応は二人で金を出し合い買った物だが、外見の好みはなぜ

かソナタの趣味になっていた。

「あら、いい車ね!」

 死神の一人が言った。

「でも、気に入ってるならこれに乗るのはオススメしないけどね」

 もう一人が苦笑しながら不吉なことを付け加える。

「仕方ありません。こういう時のための車ですよ」

 若干気分を害しながらソナタが答え、後部座席に乗り込む。ディーは運転席、セヴェラ

達は助手席とソナタの隣に乗った。

「行くぞ」

 ディーが車を発進させる。

 今の時代、どの車にも運転手がハンドルを握っていなくても目的地に連れて行ってくれ

るオートドライブシステムが搭載されている(免許はもちろん自分で運転できないと取れ

ない)が、このシステムはあくまでも『ドライバーが安全に目的地へ行き着く』ためのも

のなので、ディーは当然自ら運転し、道交法の規定以上のスピードを出すと働く安全装置も

外していた。

「気を付けて」

 もうすぐ出口という所で、助手席のセヴェラがささやいた。

 その直後、ディーが向かいのマンションの上方からキラリと何かが微かに反射したのを

見たと思った瞬間、死神の忠告通り狙撃された!

「!!」

 咄嗟にハンドルを切り、一気にスピードを上げる。さっそく車のボディに傷が付いた。

「もう撃ってきやがった!!」

「だから言ったでしょ」

 そう言っている間も建物の屋上やビルの窓、狭い路地の間に何人もいて次々と撃ってく

る。外れた弾がビルのガラスを割ったり道路に当たったりし、何発かは車体を凹ませた。

 道行く一般人が叫んだり身を屈めたりしている脇を、ディー達の赤い車は猛スピードで

過ぎて行く。

「全く節操のない奴らですね!」

 ソナタは窓を薄く開け、マシンガンの銃口を出し反撃した。このスピードだしいちいち

狙いを付けてはいられないが、それでも何人かに当たって攻撃を止めさせることができ

た。弾は全て特殊撤甲弾なので、たとえ戦闘用オートマタンの装甲だったとしても撃ち抜

けるのだ。

「ここで出てくる奴らはザコよ!できるだけかわして行ける所まで行って!」

 ソナタの隣のセヴェラがあちこちに目を配りながら言った。

「ザコにしたって、数が多くないですか!?」

 ソナタの言う通り、どこで曲がってもどの狭い路地を行こうとも、行く先々で何者かが

待ち伏せているように撃ってくるし、メカの機体(ボディ)を持つサイバーズは建物の屋上を飛ぶよ

うに走りながら追って来る者もいた。

「へっへっへ…『顔のない死神』、お前を殺せば、オレが業界№1になれるんだ…!!」

 ディー達が乗っている車の百数十メートル先の5階建て雑居ビルの屋上に、その男はい

た。狙撃用ライフルのスコープにしっかりと助手席の『死神』の頭部を捉えている。ター

ゲットは一直線にこちらに向かってくるし、銃と死神の間には何の障害もない絶好のポイ

ントだ。そしてライフルは特注でその時の風力や温度などから空気抵抗を割り出し、自動

で補正する優れ物だし、その引き金を引く右腕は手ブレなどしない義身躯(ギミック)なのだ。自分の

タイミングを一瞬の遅れもなくダイレクトに指先に伝えることができ、これで仕損じるこ

となどありえない。

「完璧だ…!!あばよ、『死神』―――――!』

 と今まさに引き金を引こうとしたその時、スコープの中の女がこっちを見た。

「!?」

 驚き引き金を引くのをためらった次の瞬間には、右腕が動かなくなっていた。

「何!?これはっ!?う、わあぁやめろおッ!!」

 男の意思とは関係なく、右腕はライフルを地面に叩き付け、使い物にならなくしてい

た。

「次は監視カメラね」

 セヴェラは交差点ごとに設置されている監視カメラのシステムに侵入し、映像を遮断し

た。これが『顔のない死神』の戦い方だった。相手が機械やサイバーズなら、そのハッキ

ングスキルであっさりと操り、無力化することができるのだ。

「ソナタ、後ろ!」

 セヴェラの声で前方上の敵を手当たり次第に撃っていたソナタが後ろに視線をやると、

明らかに一般人じゃない搭乗者を乗せた車が後を追いながら撃ってきた。窓から身を乗り

出し、容赦なく連射してくる。

「うわッ!」

 慌ててソナタはシートより下に身を隠した。何発も弾丸を浴びれば、いくら防弾でも持

たない。後部のガラスが割れた。

「くそッ」

 ディーはハンドル下の普通の車には付いていないボタンを押した。するとトランクの下

から長く鋭い突起の突いたまきびしが大量に撒かれ、それを踏んだ敵の車はタイヤをパン

クさせ、路駐している車に勢いよくぶつかってリタイヤした。

「ざまーみろ」

 ディーはほくそ笑んだが、まきびしが撒けるのは1回だけ、その場しのぎでしかないこ

とを解っていた。それを証明するかのように、また別の車が脇道から現れて彼らを追跡す

る。

「『死神』を殺れば俺達の名が上がる!!おとなしく殺られちまいなあ!!」

 ショットガンを持ったスキンヘッドのいかにも頭が悪そうな男が吠えながら、手当たり

次第にショットガンをぶっ放している。

「もっとよく狙え!」

 荒っぽく運転しているやはり頭の悪そうな刺青の男がスキンヘッドに言った。

「分かってるよ!!」

 スキンヘッドはタイヤを狙いだした。たいがいディー達にとっては不利な状況だが、デ

ィーはかろうじて攻撃を避けている。

 ソナタが顔をしかめため息をついた。

「イヤですねえ、馬鹿はこれだから。とにかく撃てばいいと思ってる。…あなたは頭を下

げていて下さい!」

 セヴェラに言いながら2丁めのマシンガンで応戦しスキンヘッドを撃沈、車のタイヤを

撃ち抜きスリップさせ、車は建物の壁に激突した。しかしそのすぐ後にまた新たな車がい

る。

「キリがないな!」

 ディーはまだこちら側の信号が青になっていないのに、車がビュンビュンと行き交う交

差点へ突っ込んで行った!左右から来る車を奇蹟のハンドルさばきでかわして通り抜ける

が、後ろの追跡車は他の車にぶつかり横転、右から来た車も避けきれず追突、左からの後

続車も次々と玉突き事故を起こしていった。

「やるじゃない」

 助手席のセヴェラが感心したように言った。

「それはどうも!」

 ディーはあいまいな表情で応え、きわどい運転を続ける。

「もーこれじゃあ身が持ちませんよ!」

 ソナタがボヤくが、誰も気の利いたことは返してくれなかった。

 ディーは必死に猛スピードのまま車を操り、店先の陳列商品や看板、ベンチなどをなぎ

倒しながら走っていた。もちろん信号などかまっていられない。これではまっすぐ西香港

島に行ける訳もなく、その場の判断で行ける方に行くしかないので、今どのブロックを走

っているのかさえも無茶苦茶だった。

「それにしてもちょっとおかしくないですか?」

 追跡の攻撃がいくらか落ち着いたあたりで、ソナタがふっと湧いた疑問を口にした。

「何が?」

 隣のセヴェラが聞き返す。

「あなたに敵が多いのも分かりますが…、多すぎじゃないですか?」

「どういうこと?」

「ザコが多すぎるってことです。殺し屋は普段はお互いの仕事を邪魔ないはずでしょう?

特に自分より格上の殺し屋とかち合った時はね。なのに今はそんなこと関係なしに、ほと

んど素人みたいな奴らまでこの死神狩りに加わってる。いくら『死神』を始末すれば名が

上がるといっても、『顔のない死神』という超一流の殺し屋に中途半端な腕で敵うはずが

ないし、悪ければ他の殺し屋達に自分がやられかねない。そうでしょう?」

 ソナタの意見にセヴェラは用心深い一瞥を投げた。

「確かに…、一理あるわね。でも、情報がここまで筒抜けだから、という見方もあるわ

よ。中途半端なヤツほど、無鉄砲な野望を持ってたりするものだし」

「それはそうですが…」 

 とソナタが釈然としない思いを抱えていると、右の方から大型トラックが他の車を蹴散

らしながら暴走してきて、ソナタの思考は中断された。

「トラックがこっちに来ますよ!」 

「チッ…!」

 ディーが何とか追いつかれる前に通り抜けようとするが、追い立てられた一般車がジャ

マで思うように動けない。

「このままじゃヤバイ!」

 襲撃者はこのままディー達を死神ごと潰そうという魂胆だろう。

「ちょ、ディー!!」

 ソナタが焦りの声を上げた時、トラックが急に向きを変え道を塞ぐようにして停まっ

た。

「何だなんだ!?ちきしょう!!」

 罵り声でわめきながら運転席から男が飛び出し、銃を構えた。が、それを使うことな

く、あっさりソナタの銃で倒れた。

「危なかったわね」

 助手席のセヴェラがわずかにホッとしたように言う。セヴェラがあのトラックのオート

ドライブシステムを乗っ取って、間一髪停めてくれたのだ。

「あ、ああ…、すまない」

「助かりましたよ」 

 ディーとソナタが安堵したのもつかの間、ボンネットに何かが落ちてきた。

 全員が咄嗟に車から降りる。

 ボンネットに乗っていたものは、人間だった。

 ひと目でサイバーズだと判る、両腕が幅広の長い刃になっている、手足がやたら長い男

だった。ボサボサの黒髪を立て、目ばかりがギョロギョロしている。

「あー、私の車がぁ」

 残念そうにソナタがボロボロになった赤いマイカーを見てぼやくと、

「オレの車でもあるだろ?」

 ディーがすかさずツッコむ。

「おうおう、余裕じゃねーか」

 ボンネットの男はディー達を、そして二人の死神を見下ろした。

「あんたは」

(ホン)家の」

 セヴェラは二人で言葉を紡いだ。

「紅家?紅家って、マフィアの?」

 ソナタが少し驚いた表情を見せる。

 紅家とは、旧世紀の昔からの香港マフィアの一家だった。他にもいくつかあって、その

どれもが色を家の名前に掲げているため、総じて『カラーズ』と呼ばれることもある。彼

らは大災害の後街復興のために資金提供や情報収集、裏工作などで行政に介入、発言権を

高め、表の世界でも高い地位を確立していたのだった。

「で、あいつは紅家の何なんだ?」

 だいたい予想はついたが、一応ディーはセヴェラに尋ねる。

「あいつは紅家のヒットマン、仲間内では首斬り人(チョッパー)と呼ばれているわ」

 つまりは、組織にとってジャマになるヤツを殺す役割だろう。マフィア内でその位置に

いられるというのは、そこそこ頭も切れて腕も立つはずだ。

「なるほどね…」

「見るからにお近づきにはなりたくないタイプですね」

 ソナタが嫌悪もあらわに言うと、チョッパーは下品に口元を歪めた。

「お前らは『アクロード』だろう?ここで死にたくなければ、そこの双子をこっちに渡し

な」

「そう簡単にいくわけないだろう」

 ディーの脳内で戦闘用のスイッチが入り、いつでも動けるように身体が緊張する。ソナ

タも油断なくマシンガンを構えていた。セヴェラもおそらく、自分の身を守るくらいはで

きるだろう。

「ま、そう言うだろうと思ってたよ。オレは構わないんだ、一人二人増えてもな。『死

神』さえ殺せればなあ。おい『死神』、ボスからの伝言だぜ。『お前がしたことの代償は、

お前の死以外にはない』」

 セヴェラの表情が険しくなった。

「セヴェラ、紅家に何したんです?」

 小声でソナタが聞くと、耳ざとくそれを聞きつけたチョッパーが口を挟んでくる。

「まさか忘れちゃいねえよなあ?ウチの若頭を殺したことをよ」

 ディーとソナタはその一言で理解した。思った以上にセヴェラには敵が多いようだ。

「アレは仕事だったのよ。依頼されたんだから、仕方ないわ。もちろん、依頼人が誰かは

言えないけどね」

「むしろみすみす私に殺された、あなた達の警備がずさんだったんじゃない?」

 二人のセヴェラは落ち着き払った様子で、さらに挑発までしていた。

 すうっとチョッパーの目付きが鋭くなる。

「気に入らねえが、ホントにお前は超一流と言われるだけはある。だけどな、ボスはこの

チャンスを逃す気はねえぜ。お前を確実に殺すために、お前に賞金をかけたんだ」

「なんですって?」

「お前を殺すためなら手段は問わない。『死神』の首を獲ってきたヤツにはいくらでも払

うってよ!何人コレに参加してると思う!?」

 さっとチョッパーが刀の手を上げると、手に様々な武器を持ったチンピラや下っ端の殺

し屋達が車や建物の陰から出て来て、ディー達を取り囲んだ。ざっと見ても2、30人はいる。

今まで彼らを襲ってきた輩がやけに多いと感じたソナタの疑問の答が解った。賞金目当て

の奴等が大多数だったのだろう。

「やっちまえ!!」

 チョッパーがGoサインを出すと、皆いっせいにディー達に向かって来た!

 しかし彼らの狙いはあくまで『顔のない死神』なので、ディーとソナタには目もくれず

二人のセヴェラに集中する。

 チョッパーは迷わずセヴェラに飛びかかり、側にあった『アクロード』二人のスポーツ

カーをあっさりと真っ二つにした。

「あー!何するんですか!」

 ソナタが非難の声を上げマシンガンを撃つが、チョッパーは跳び退り、再びセヴェラに

向かって行く。セヴェラは二人で彼を迎えうっていた。ディーとソナタはセヴェラを守る

ように位置を取り、『死神』を狙う他の雑魚を相手にする。

 ディーは力はありそうな大男の懐に潜り込み、ボディに一撃で倒した。指部分に鉛の入

ったグローブを着けているので、メカのボディにでもダメージを与えられるのだ。そして

背後から迫った男の大型ナイフをかわし回し蹴りで気絶させる。次々に襲いかかって来る

攻撃を素早い反応で最小限の動きでかわし、確実に相手を沈めていった。

 ソナタは突進してくるチンピラにマシンガンを乱射し、数人の足を止めた。囲む方は同

士撃ちになるため銃は撃てないが、こちらは遠慮なく撃てるので先制攻撃としては有効

だ。彼らが散ってからは両手にマシンガンを持ち、巧みに人を遮蔽物に挟み敵を撃ってい

た。

 チョッパーはサイバーロイドなだけあって、まるで映画でも見てるような素早い動きで

二人のセヴェラに斬り付けていた。側に寄ったら切り刻まれてしまうだろう。しかしセヴ

ェラも流れるような体さばきで、二人が入れ替わり立ち代わり、チョッパー相手に傷を負

うことなく戦っている。常人だったら目で追うのも難しいはずだ。

 あらかた敵が片付いた時、ディーとソナタはセヴェラを見た。このままチョッパーと戦

っている訳にもいかない。『顔のない死神』を狙っているのはチョッパーだけではないの

だ。そういう彼らの意図を読み取ったセヴェラは、

「二手に別れましょう!」

 と言って唐突に戦いを放棄した。さっと一人はディー、もう一人はソナタとお互い反対

方向に駆けて行く。

「!?」

 スカされたチョッパーは一瞬何が起こったか解らなかった。我に返った時にはもう、

『顔のない死神』と『アクロード』の姿はなく、手勢もほとんどが怪我をしてたり気絶し

てたりと戦闘不能になっており、結局4分の1に減っていた。

下っ端どもが大半だったとはいえ、腕力などを強化したサイバーズばかりだった。にも

かかわらず生身の『アクロード』二人はあっさりと奴らを撃退してのけた。どうやら『ア

クロード』の評価を改めなければならないようだ。

 チョッパーはギリッと歯軋りをし、

「追え!!ヤツらを逃がすんじゃねえ!!」

 自身も『死神』を追うべく、走り出した。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ