〈死神の依頼〉
部屋に入ると、双子は素早く中の様子と、窓から見えるものの様子をうかがった。そし
てさっとカーテンを閉める。狙われてでもいるのか?とディーとソナタは思ったが、事実
その通りだったことをもうすぐ知ることになる。
リビングの二人掛けソファに死神の二人が座り、その左の一人掛けにディーが、向かい
の一人掛けにソナタが座る。依頼人の話を聞くのは二人で聞くが、詳細の交渉などは、口
下手で情に流されやすいディーよりも、現実的で機転の利くソナタがメインでやるのが
『アクロード』だった。
「…それじゃあ、さっそく始めましょうか」
死神の一人が口を切った。
「さっきあなた達も言っていたように、私、業界から引退するの」
にっこりと、軽い世間話のように言う。
「え、その噂、本当だったんですか!?」
「そうよ。何だかもう疲れちゃって。お金ならもう一生贅沢できるほど稼がせてもらった
し、今後はどこか海外のリゾートでのんびり暮らそうかな~、なんてね」
「って、アンタそんなことオレらに言っていいのか?」
ディーが半ばあきれて返してから、ハッとした。
「いいのよ。だってこれから国際空港に行く私達を護衛して欲しいっていうのが、依頼だ
もの」
「なっ…!!」
「なんですって!?」
驚いている『アクロード』の前で双子はニコニコ余裕の微笑みを見せていた。
「い、いや、ちょっと待て」
とディーが若干うろたえながらも片手を上げる。ちょっと考えただけでも、疑問は山ほ
どあった。
「そう簡単にアンタこの国から出られるのか?アンタはこの国の要人も殺したりしてる
し、政府がそのハッキングの腕を国外に簡単に出すとでも思ってるのか?」
「もちろん思ってないわよ」
「でも、そう、私達は政府の要人も殺してるのよ。弱みなんていくらでも握ってるわ」
双子がまるで一人が分身でもしたかのように同じタイミング、同じ顔で不敵に口元を歪
めた。
「ですが、あなたは裏の世界の人間です。正直、あなたが国外に出て、もし依頼があれば
そのスキルでこの国を混乱に陥れないとも限りません。その手伝いは私達にはできません
よ。私達はこの『新香港』の人間ですからね」
ソナタが彼女達を射抜くような鋭い眼差しで見つめると、彼女達も真面目な目付きでソ
ナタを見返した。
「そんなことはしないわ。言ったでしょ、私達は『引退』するの」
「もうそういう仕事は絶対にしないと誓える」
しばらく見つめ合った後…、ソナタは小さくうなずいた。
「…いいでしょう、信用しますよ」
「ありがとう」
「アンタが『顔のない死神』のままだったらどこの国でも受け入れてくれるだろうが…、
引退するならアンタは無価値だ。受け入れてくれる国なんてあるのか?殺して敵対組織な
り新香港政府に売り渡した方がいいと思うヤツらの方が多いんじゃないか?」
またディーが質問する。
「言いたいこと言ってくれるわねー。ま、当たってるけどさ」
双子の片方が肩をすくめた。もう片方が先を続ける。
「それもね、ちゃんと某国と話が付いてるの。世間でニュースにはならなかったけど…こ
の国に数週間ほど前から潜伏していた、某国のテロリストがいたんだけど」
「ああ…、『陰陽門』のサイトで見たな」
「確か、その男は先週殺されたんですよね。…もしかして」
「そう。あれは、某国政府に頼まれて私が殺したのよ。あいつは某国では凶悪なテロリス
トのリーダーで、仲間も多くて捕まえるのに相当やっかいな男だったみたいで、とうとう
国外に逃亡したの」
「某国は本当は国内にいるうちに捕まえて色々情報を吐かせたかったみたいなんだけど、
その前に逃げられたみたい」
「で、ヤツが他国で何かをやらかす前に始末しようとしたのね。それを『顔のない死神』
に依頼して来たってわけ。死神を引退後、私を受け入れるのを条件に引き受けたのよ。も
ちろん約束を破ったらどうなるか、向こうもちゃんと解ってると思うわ」
そこまで話を聞いて、ディーとソナタは黙り込んでしまった。あまりにも突然で突拍子
もない話だったからだ。一国を相手にこんなことをさらりと言えてしまうのはまさに『顔
のない死神』くらいだろう。その世界一ともいえるハッキングの腕さえあれば、簡単に機
密情報の流出や経済を混乱させるくらいのことはできるのだ。死神との約束を反故にしよ
うなどとは思わないに違いない。
「それで、」
右の死神が二人の決意を促すように切り出す。
「今日の午後5時までに西香港島の国際空港に行かなきゃならないの」
左の死神が続ける。
「なんだけど、あなた達もすでに知ってたみたいに、私が引退することはもう結構業界の
間で知られちゃってるのね」
「私には何かと敵が多いし…、だから空港まで行くのに苦労すると思うの」
「そこであなた達『アクロード』に空港まで私を護衛してもらいたいのよ」
「もちろん無事に空港に着いて、私が国外へ出られたら、前金の倍額の成功報酬を振り込
むわ」
「あなた達二人、それぞれにね」
二人が交互にしゃべりながら、説明が終了した。
ソナタが一つ大きくうなずいて、
「状況説明と依頼内容は解りました。だけどどうしてウチなんです?あなたならもっとそ
ういうことに適した人物なり裏の人間なりを知ってるでしょうに」
「あら!あなた達自分達の評価を知らないの?」
死神は意外だという声を出した。
「依頼成功率100%の『アクロード』!サイバーズやオートマタンが相手でも引けを取ら
ない強さと信頼度。『アクロード』ならきっと私を無事に空港に連れて行ってくれると思
ったの!」
「………」
その誉め言葉をどこで聞いてどこまで本気にしているのか分からないが、ディーは引き
受けない限りこの死神達は立ち去らないだろうし、ここに長く死神が留まる分、自分達に
降りかかる危険も大きくなるのでは、という気がしていた。
『敵』というのにも若干引っかかるものがある。業界№1の『顔のない死神』がいなく
なってくれればいいと思っている殺し屋家業の人間はたくさんいるだろうし、『死神』に
恨みを抱いている人間も少なからずいるだろう。普段は決して姿を特定せず動く『死神』
が固定した姿を持って移動するというのは、そういった彼らにしてみれば『死神』を消す
チャンスなのだ。一体どれだけの奴等が襲撃を企んでいるのか想像もつかない。
「今は午前11時…午後5時までに空港か…。当然、途中に色々と物騒なジャマが入るわけ
だよな。…どうする、ソナタ」
「…仕方ありませんね」
お互い小さくうなずき合って意思を確認する。ソナタも同じことを思っていたようだ。
「『顔のない死神』、依頼を引き受けますよ」
「良かった!」
「ありがとう!あなた達ならきっと引き受けてくれると思ったわ!」
「さて。やるからには情報を共有しなければなりませんが…」
とソナタとディーは双子を見る。
「アンタ達はつまり、どちらかが『本物』なのか?」
ディーの言う『本物』とは、「『顔のない死神』の生体脳が入っている」ということで
ある。攻撃を受けその脳が死んでしまえば、「『顔のない死神』と呼ばれた世界一のハッ
キングの腕を持つ特Aランクの殺し屋は永久に存在しなくなる」という意味の『本物』
だ。
「そう」
と二人は立ち上がった。
「私は数秒ごとに交互にアクセスして、二つの機体を操っているの。どっちが本物かは残
念ながらあなた達にも言えないけど、私がアクセスしていなくても私と同じ行動、同じ思
考をするようにプログラムしてあるし、シンクロは完璧よ」
言いながら二人は同じ動作をしたり、あえて違う動きをしたりした。
普通の双子ならお互い区別して欲しいから、どちらかには顔にほくろがあるとか髪型を
変えるとか服を色違いにするとか違いを作り出すが、この双子は区別して欲しくないか
ら、わざわざどこを取っても同じようになっている訳だ。
死神本人が言っていたように、同時に同じことを言ったり、片方が言った後をもう一人
が自然に引き継いでしゃべったり、全く同じ動きをしたかと思えば左右対称に動くことも
ある。本人が今どちらにアクセスしているかは見ているだけでは判別できないほどにスム
ーズな反応と動きだった。『本物』の死神が本当は何歳で性別がどちらなのかは分からな
いが、その女性型の機体のしゃべり方や動きには全く違和感がなかった。
「オレ達にどちらが本物か分からないなら、両方を同じように護衛しなきゃならないって
ことだな」
「そういうことね」
ディー達にすらどちらが本物の死神なのか教えないのは彼らを信頼していないのではな
く、彼らにそのつもりがなくても真実を知っていることによって無意識のうちに護衛のウ
ェイトがどちらかに偏ってしまい、襲撃者に本物のアタリを付けられてしまうことを警戒
しているのだろう。狙われているのなら当然の対処だろうと理解したので、ディーとソナ
タはそれ以上言うのをやめた。
「あ、それから、私達のことは『セヴェラ』と呼んでちょうだい」
「どっちが『セヴェラ』です?」
「「両方よ」」
でも、と言いかけてソナタはすぐにあきらめたように口をつぐんだ。どちらが本物か判
らない以上、区別は無意味なのだ。それに、呼びかける名前の違いで敵に感づかれても困
る。彼女達はどちらも『セヴェラ』なのだし、どちらに何を話そうと本物には聞こえてい
るのだ。本物が必要な時には自分で判断し、どうにかするだろう。
「解りました。5分で準備します」
スッとソナタが立ち上がると、自室に入って行く。ディーも素早くそれに倣った。
きっちり5分後、ディーとソナタは準備を完了した。
ディーは見た目はそれほど変わっていなかったが、手には指部分に鉛が仕込んであるナ
ックルを付けたり、腰には特殊素材のナイフ、羽織った革ジャンのポケットなどにも何か
入っているだろう、色々細かい装備を追加していた。
ソナタは懐の銃に加え、大量の替えのマガジンを持ち、マシンガンを三丁、肩から掛け
ている。
「あなた達に武器は要りますか?」
ソナタがあまりに身軽な双子を見てちょっと聞いた。必要ならまだ武器がある。だが、
双子は首を振った。
「私達にはいらないわ。このボディには戦闘術もプログラムしてあるし、銃がいるような
ところはあなた達に任せる」
「私には私の戦い方があるのよ」
ふうん、と興味深そうにディーが二人のセヴェラを眺め、ソナタは改めて身を引き締め
言った。
「それじゃあセヴェラ、行きましょうか」