エピローグ
こうして、事実上裏の世界で超ウィザード級のハッキング能力を持った特Aランクの殺
し屋、『顔のない死神』はこの世からいなくなった。しかしネットでは未だに、死神の引
退の噂はフェイクで、不可解な死を遂げたマフィアや政治家は死神がやったのだとまこと
しやかに語られていたし、噂好きなネットジャンキーはそれが真実でないとしてもお構い
なく、『顔のない死神』を都市伝説に仕立て上げようとしているのだった。
「ディー、報酬の振込みありましたよ!額を見ましたか!?」
ソナタが帰って来るなりちょっと興奮した様子で言ってきた。
「まだ見てないが…、どうしたんだよ?」
ディーはリビングのソファから起き上がって、のんびりと聞き返す。ソナタはそれはも
うテンション上がりまくりで向かいのソファに座った。
「今までで最高額ですよ!さすが『顔のない死神』ですね!依頼時に言った以上の額を振
り込んでくれました♪」
ホラ、とナビに表示された振込み額を見せる。
ソナタは現実的なので金銭的なことには厳しく、しっかりしていて人並み(以上?)の執
着があるが、ディーは普通に衣食住に困らない程度の生活が出来ればそれでいいというタ
イプだったので、金額に驚きはしたがそこまで浮かれることはなかった。
「そっか、それは良かった。これで当分は仕事なくても安泰だな」
「当分は贅沢できます♪」
「無駄遣いしない方がいいんじゃないか?」
「無駄じゃないですよ。私のためになってるんですから」
しれっと言い切るソナタに、ディーはそれ以上贅沢について意見する気をなくした。
「…ま、いいけどな」
「セヴェラは今頃、南国リゾートでのんびりしてるんですかねえ~。あ、私達もこの報酬
でどこかに旅行でも行きますか!?」
ナイスアイディアとばかりに手を叩くソナタに、ディーはあからさまに嫌そうな顔をし
た。
「なんでお前と二人で旅行行かなきゃなんないんだよ。お前には一緒に行きたがる女友達、
いっぱいいるじゃねえか」
「あ、ジェラシーですか?」
「アホか!」
ニヤニヤと笑うソナタにすかさずツッコむディー。
「そりゃもちろん、私には誘えば一緒に行ってくれる女の子くらいいますけどね。これは
骨休めの旅行ですから。ディーとの方が気楽でいいんですよ」
「…遠慮しとく」
ディーはより疲れたように座り直しながら、お断りした。
「もー、ノリが悪いですね~」
「ノリなのかよ…」
「ダウドさんもクール系でしたけど、ディーよりはノリが良さそうでしたね」
ディーは急に話が飛んだような気がして、ちょっといぶかしげに問う。
「ダウドって、あの特殊能力部隊のダウドか?」
「ええ、そうです。他にそういう名前の知り合い、いないでしょ?」
「どうしてダウドが出てくるんだよ?」
「あれ、ディー、自分で気付かなかったんですか?」
少し意味ありげにソナタが微笑んだ。
「何に?」
「あなたとダウドって、何となく似てたんですよ」
「それはあいつの銀髪っぽいとことか、目の色が同じだったからそう思っただけだろ?」
「確かにそれもありましたが、何と言うか…、雰囲気とか薄く笑ったカンジとか、似てま
したよ」
「ふーん…」
ディーは特に興味もなさそうに言ったが、実はディーも何となくダウドに自分と同じよ
うなものを感じていた。長い間離れ離れになっていた肉親に出会ったような、そんな感じ。
まさかな、とディーは胸の内で首を振る。自分に兄弟などいなかったし、歳の近い親戚
の話なども聞いた覚えがない。両親が死んでからは一人きりになってしまい、天涯孤独だ
ったのだから。
「ダウドって言えば、彼の超能力ってどんなのか気になりません?」
「ああ…まあホントだとすればな。けど、非公式の部隊だし、調べても簡単には分からな
いだろ?」
「ええ、でも、あの時のこと改めて考えてみると…、ちょっと不思議なんですよね」
ソナタが神妙な顔つきになる。
「あの時?」
「セヴェラが撃たれた時です。スナイパーに彼が『止めろ!』って叫んだら、動けなくな
りませんでした?」
ディーは黙り込んだ。確かに、ソナタの言う通りだった。自分の意思とは関係なく、ダ
ウドの言われるままに勝手に体が反応したみたいだった。
「…それがあいつの能力だと?」
「さあ?私は専門家じゃないですからね」
ソナタはいつもの調子に戻って、肩をすくめた。
「なんだよ、自分でふっといて…」
はあ、とため息をついたディーは、あることに気が付いた。
「おいソナタ、新しい車はどうする?」
今まで乗っていた赤いスポーツカーは『首斬り人』に修理不可能なまでに破壊されてし
まったので、早急に新しい車が必要だった。
が、ソナタは
「もう注文してありますよ。今週中に届くと思います」
と言った。
「はあ?」
ディーが目を丸くして、普段のディーらしからぬ素っ頓狂な声を上げる。
「なんでだよ!?オレ達二人で金出し合うんだよな!?」
半ば身を乗り出すようにしてソナタに猛然と食ってかかった。
「そうですよ」
「オレも乗っていいんだよな!?」
「当然です」
「じゃあ車種や性能に対するオレの意見は!?」
「意見なら聞いたじゃないですか」
「いつ!?聞かれた覚えはねえ!!」
「だから、こないだ『新しい車いりますよね?』って聞いたら、ディーは『いる』って言
ったじゃないですか。ですから注文しました」
悪びれもなく何食わぬ顔でのたまうソナタに、ディーはもはや開いた口が塞がらなかっ
た。
前の車の時もそうだった。一緒に見に行ったのに、ディーの意見はことごとく却下され、
いつの間にかソナタの好みが優先された車に決まっていたのだ。それがあの派手な真っ赤
なスポーツカーだった。次の車こそは、と思っていたのに…、結局ディーの意見は始めか
ら採用される予定はなく、ソナタにはお見通しだったというわけか。
「………」
がっくりと肩を落とす。
「そんなに凹まなくてもいいじゃないですか。私が選んだんだからカッコイイ車に決まっ
てますし、改造もバッチリ頼んでおきましたから大丈夫ですよ!」
ソナタが優しく慰めるようにディーの肩をポンポンと叩き、何が大丈夫なのか、ディー
には反論する気力も湧いて来なかった。
今日も世界は虚実入り混じった情報で溢れ、人々は混沌の海を泳ぎながら生きている。
時には『普通の生活』を営み、時にはオートマタンと立ち回り、必要とあれば法をかす
めることもする。『アクロード』は新香港の裏と表を垣間見ながら、この世界を渡り歩い
て行くのだった―――――。