森を焼くドワーフなんて大嫌いでした――あなたに嫁ぐまでは
森を焼いたドワーフなんて大嫌いでした――私が嫁ぐまでは
「ドワーフのところへ嫁いでもらう」
父からそう告げられたとき、私は冗談だと思った。
だから笑った。
「まあ、お父様。ずいぶん趣味の悪い冗談ですこと」
「冗談ではない、リュシア」
父は笑わなかった。
その瞬間、私はようやく理解した。
これは本当なのだ。
私、リュシア・エル・ファレノアは、二十三歳の春。
生まれ育った森を離れ、よりにもよって――。
森を焼くドワーフの男へ嫁ぐことになった。
⸻
私たちエルフと、北の山岳地帯に暮らすドワーフは、長い間争ってきた。
原因は単純ではない。
川。
森。
鉱脈。
街道。
国境。
百年以上も隣り合って暮らしていれば、争う理由などいくらでも生まれる。
ただ、私が子供の頃から最もよく聞かされた話は一つだった。
――ドワーフは森を焼く。
五十七年前。
まだ父が幼かった頃、国境争いの最中にドワーフ軍が森へ火を放った。
炎は三日続いた。
古い樹々が倒れ、獣が死に、いくつもの集落が焼けた。
戦争のためだった。
侵攻するエルフ軍を止めるための防火帯を作ろうとして、火が予想以上に広がったのだと、後になってドワーフ側は説明したらしい。
けれど。
焼けた側にとって、その理由がどれほど意味を持つだろう。
私たちの国では今も、その一帯を《灰の森》と呼ぶ。
だから、私はドワーフが嫌いだった。
彼らは山を掘る。
木を切る。
石炭を燃やす。
炉から煙を吐く。
大地を傷つけることを、まるで当然の権利のように考えている。
そう教えられてきた。
もちろん、戦争はもう終わっている。
正確には、私が生まれるより前から大規模な戦闘は起きていない。
交易もある。
街道も通じている。
それでも国境では小さな揉め事が絶えなかった。
そして今年。
両国は正式な和平条約を結ぶことになった。
その象徴として選ばれたのが、私だった。
父は森西部を治める公爵。
相手はドワーフ領東部を預かる辺境伯。
地理的にも、身分的にも、ちょうどよかったらしい。
「ちょうどよかった、で娘を嫁がせないでくださいませ」
私がそう言うと、父は困ったように眉を下げた。
「すまないと思っている」
「でしたら断ってください」
「できるならそうした」
その言い方で、私はそれ以上責めることができなくなった。
父は政治家としては甘い。
でも、父親として私を粗末に扱ったことは一度もない。
そんな人が断れなかったのだ。
それほど重要な婚姻なのだろう。
「……相手は、どんな方ですか」
「ガルド・ヴァン・ドルグレン。三十六歳。ドルグレン辺境伯家の当主だ」
「三十六」
「ドワーフでは若い方だ」
「存じています」
エルフほどではないが、ドワーフも人間より長命だ。
それでも、私たちほど時間の感覚がゆっくりしているわけではない。
父は続けた。
「先代の急死で十年前に家督を継いだ。鉱山経営と治水事業に詳しい。軍歴もある」
「森を焼いた経験も?」
父が黙った。
「冗談です」
あまり面白くはなかった。
⸻
結婚ではなく、まずは婚約。
半年間、私はドルグレン領で暮らすことになった。
それで双方に重大な問題がなければ婚姻を成立させる。
表向きはそういう話だった。
けれど国家間で正式に発表された政略婚だ。
実際には、よほどのことがなければ破談になどできない。
私は覚悟を決めた。
少なくとも、礼儀だけは失わないようにしよう。
相手がドワーフだからといって、初対面から敵意を向けるのは品位に欠ける。
そう思っていた。
――ドルグレン領へ入るまでは。
馬車の窓から巨大な煙突が見えた。
黒い煙が立ち上っている。
「ああ……」
私は思わず声を漏らした。
これがドワーフの国。
森よりも煙。
鳥の声よりも槌の音。
予想していた通りだ。
ところが。
「……あら?」
しばらくして、私は窓へ顔を寄せた。
妙だった。
森がある。
思っていたより、ずっと多い。
山肌すべてが削り取られているような光景を想像していたのに、斜面には針葉樹の森が広がっている。
伐採された場所もある。
だが、そこには規則正しく若木が植えられていた。
さらに妙だったのは川だ。
鉱山地帯を流れる川など、泥と鉱毒で濁っているものだと思っていた。
けれど窓の下を流れている水は、底の石が見えるほど澄んでいた。
「どういうこと……?」
私が呟くと、同行していた侍女のミアが首を傾げた。
「綺麗ですね」
「ええ」
気に入らない。
とても気に入らない。
もっと分かりやすく酷い場所でいてくれた方が楽だった。
⸻
ガルド・ヴァン・ドルグレンは、想像していたより大きな男だった。
ドワーフと聞けば背が低いと思う者もいるが、彼らは人間よりやや低い程度で、横幅がある。
特にガルドは肩が広かった。
焦げ茶色の髪。
短く整えた顎髭。
華美な装飾はなく、濃紺の上着に革のベルト。
領主というより、工房の親方のように見える。
「リュシア・エル・ファレノア嬢」
低い声だった。
「長旅、ご苦労だった」
「お迎えいただき、ありがとうございます。ガルド様」
私たちは形式通りに礼を交わした。
彼は私をじっと見た。
値踏みするような目ではない。
けれど愛想もない。
「部屋を用意してある。今日は休むといい」
「ありがとうございます」
以上。
私は拍子抜けした。
もう少し何かないのだろうか。
政略結婚とはいえ、婚約者である。
「何か?」
立ち去ろうとした彼が、私の視線に気づいた。
「いえ。随分あっさりしていらっしゃると思いまして」
「疲れている相手を立たせて話し込む趣味はない」
「……なるほど」
間違ってはいない。
むしろ気遣われている。
それが妙に腹立たしい。
私は多分、彼に失礼なことを言ってほしかったのだ。
そうすれば、嫌う理由が増えるから。
⸻
翌日。
ガルドは領内を案内すると言った。
私はまず製鉄所へ連れていかれた。
「いきなりここですか」
「見たいかと思った」
「どうして?」
「昨日から煙突を睨んでいた」
見られていた。
少し恥ずかしい。
巨大な炉の前では、何十人もの職人が働いていた。
熱い。
うるさい。
空気には金属と石炭の匂いが混じっている。
私は眉を寄せた。
「やはり、かなり煙が出ますのね」
「ああ」
「森には良くありません」
「ああ」
「否定なさらないのですね」
ガルドは私を見る。
「煙が身体にも森にも良くないのは事実だ。否定して何になる」
私は言葉に詰まった。
もっとこう、
これは必要な産業だ、とか。
エルフには分からない、とか。
反論されると思っていた。
「では、なぜ?」
「必要だから使う。ただし減らす」
彼は工場の奥を指した。
煙道が途中でいくつかの大きな箱状設備を通っている。
「煤を落とす装置だ。完全ではない。炉の改良も続けている」
「そこまでして製鉄を?」
「鉄を使わないのか?」
「使いますけれど」
「鍋は?」
「使います」
「農具」
「……使います」
「釘」
「使います」
「剣」
「使いますわ」
「なら、誰かが作る」
ぐうの音も出ない。
ガルドは別に勝ち誇らなかった。
ただ事実を述べている。
「俺たちは鉄を作る。だから、作る責任も俺たちにある」
その言葉だけは、少し意外だった。
⸻
次に連れていかれたのは鉱山だった。
私は覚悟した。
今度こそ酷い場所に違いない。
実際、山は削られていた。
巨大な坑道が開き、岩が積み上げられている。
私は胸が痛んだ。
「これは……」
「ああ。山を削っている」
「平気なのですか」
「何がだ」
「こんなふうに大地を傷つけて」
ガルドはしばらく黙った。
怒らせたかと思った。
けれど彼は、静かに訊いた。
「君は木を切ったことがあるか」
「ありません」
「畑を耕したことは?」
「ありませんわ」
「家を建てたことは」
「……ありません」
「俺も、自分で全部やるわけではない」
彼は坑道を見上げた。
「だが、生きるというのは何かを変えることだと思っている」
「それは、都合のいい言い訳ではなくて?」
「そうなることもある」
即答だった。
「だから限度を決める」
ガルドは地図を広げた。
採掘区画。
保全区画。
水脈。
崩落危険地帯。
細かく色分けされている。
「この山は十五年後に採掘を終える」
「終わったら?」
「坑道を閉じる。斜面を整える。土を戻す」
「木を植えるのですか」
「森には戻す。ただし同じにはならん」
その言葉に私は顔を上げた。
「戻せないものもある、と?」
「ある」
ガルドは平然と答えた。
「だから掘る前に考える」
私は彼を見た。
今まで私は、ドワーフは山を壊しても気にしないのだと思っていた。
違う。
少なくともこの男は、壊すことを理解している。
その上で掘っている。
だからといって、私は納得できなかった。
「それでも、森を壊していることには変わりありません」
「ああ」
「腹が立たないのですか」
「君がそう思う理由は分かる」
「……ずるい方ですわね」
「なぜだ」
「もっと怒ってくだされば、こちらも怒りやすいのに」
初めて。
ガルドが少し笑った。
⸻
数日後、私は川辺を歩いていた。
ドルグレン領へ来てから、一番気になっていた場所だ。
鉱山のすぐ近くなのに、水が澄んでいる。
水辺には小さな魚までいた。
「不思議そうだな」
背後から声がした。
ガルドだった。
「尾行ですか」
「俺の屋敷の庭だ」
「……それは失礼しました」
彼は私の隣へ来た。
「川が気になるか」
「ええ」
「鉱山排水は直接流していない」
「どうして?」
ガルドは呆れたような顔をした。
「流したら魚が死ぬ」
「それはそうですけれど」
「魚が死ぬ水を飲めるか?」
「飲めませんわね」
「畑に使えるか?」
「難しいでしょう」
「下流には村がある」
そこでようやく分かった。
環境保護。
そんな大層な理念ではない。
生活のためだ。
「沈殿池を通して、石灰で処理する。それでも駄目なら使わず溜める」
「費用がかかるでしょう」
「かかる」
「採掘量を増やした方が儲かるのでは?」
「短期ならな」
ガルドは川へ小石を投げた。
「鉱山を十年持たせるために、村を百年住めなくする理由がない」
私は黙った。
その考え方は、私たちと意外なほど近い。
ただ方法が違う。
私たちは森を残そうとする。
彼らは使いながら残そうとする。
「エルフは、森に一切手を入れないと聞いた」
「一切ではありません。枯れ枝を拾ったり、薬草を育てたりはします」
「大木は?」
「もちろん切りません」
「倒木は」
「森へ還します」
ガルドは眉を寄せた。
「全部か?」
「ええ。それが自然ですもの」
そこで彼は、妙な顔をした。
「……見てみたい」
「何を?」
「君たちの森を」
少し腹が立った。
その言い方が、まるで問題があるように聞こえたから。
「よろしいですわ」
私は言った。
「でしたら、お見せします。あなた方が失った、本当の森を」
⸻
一月後。
和平協議の一環という名目で、私とガルドはファレノア領へ向かった。
正直に言えば、少し楽しみだった。
彼が私たちの森を見て、言葉を失うところを見たかった。
ドルグレンの森も悪くはない。
でも、人の手が入っている。
木々はある程度の間隔で植えられ、枯木は片付けられている。
森というより管理された庭に近い。
それに比べて、私たちの森は違う。
古い樹。
苔。
倒木。
幾重にも重なる緑。
何百年もの時間がそのまま積み重なっている。
「どうです?」
私は少し得意になって訊いた。
「綺麗でしょう」
「ああ」
ガルドは素直に頷いた。
満足する。
ところが。
しばらく歩くうち、彼の顔が険しくなった。
「リュシア」
「何です?」
「この辺り、去年も乾燥したか」
「ええ。今年も雨が少ないですね」
「倒木が多すぎる」
「自然に還る途中です」
「枯れ枝もだ」
「だから?」
ガルドはしゃがみ込み、地面から乾いた枝を拾った。
簡単に折れる。
「火が出たら止まらんぞ」
私は眉を寄せた。
「森は昔からこうです」
「昔から雨量も同じか?」
言われて。
私は答えられなかった。
近年、この辺りは雨が減っている。
夏も以前より暑い。
それ自体は皆知っていた。
「それに、この木」
彼が一本の古木を指す。
葉が少し変色していた。
「病気じゃないのか」
「老木です」
「隣もだ」
確かに。
同じような葉をした木が数本ある。
私は急に不安になった。
「そんなはずは……」
その年の夏。
ファレノア領で山火事が起きた。
⸻
幸い、大火にはならなかった。
落雷が原因だった。
ただし。
燃え広がるのが早かった。
地面に積もった枯れ枝。
乾いた倒木。
密生した樹々。
森を守るために残してきたものすべてが、火の道になった。
ドルグレンから来ていた技術者たちが防火帯を作り、私たちエルフが水の精霊術で延焼を抑えた。
三日目。
ようやく鎮火した森を見ながら、私は座り込んでいた。
黒く焦げた地面。
焼けた木。
五十七年前の《灰の森》の話が頭をよぎった。
「リュシア」
ガルドが隣へ座った。
顔も服も煤だらけだった。
彼自身、消火に参加していた。
「……あなたの言った通りでした」
私は呟いた。
「火事は予言できん」
「でも、危険だと分かっていた」
「可能性の話だ」
「それでも」
悔しかった。
何より、自分が正しいと思い込んでいたことが。
「私たちは森を守っていたはずなのに」
ガルドはしばらく黙っていた。
それから言った。
「守っていただろう」
「守れていません」
「全部間違っていたわけじゃない」
私は顔を上げた。
「古い木を残したから育つ菌もある。倒木で暮らす虫もいる。俺たちの森には少ない」
「……」
「俺たちは片付けすぎることがある」
意外だった。
今、この人は勝てたはずなのだ。
ほら見ろ。
エルフのやり方が間違っていた。
そう言えた。
でも言わなかった。
「問題は、どっちかだけで全部やろうとすることかもしれん」
ガルドは焼けた森を見ながら言った。
「残す場所と、手を入れる場所を分ければいい」
その言葉を聞いて、胸の奥で何かがほどけた。
⸻
その秋。
ファレノアとドルグレンの共同森林管理計画が始まった。
名前だけ聞けば随分立派だ。
実際の仕事は地味だった。
森を歩く。
木を見る。
土を見る。
水を見る。
地図へ記録する。
残す場所。
伐る場所。
若木を植える場所。
倒木をそのまま残す場所。
火災に備えて取り除く場所。
私たちエルフは、どの木がどれほど長く生きるかを知っている。
どの虫が何の木に付き、どの鳥が種を運ぶのかも。
ドワーフたちは水の流れを読む。
斜面を測る。
土砂崩れを予測する。
道を作る。
橋を作る。
意外なくらい、互いの知識は噛み合った。
もちろん揉めることもある。
「この木は伐れません」
「倒れたら道を塞ぐ」
「まだ二百年しか生きていません」
「十分長いだろ」
「若木です!」
「その感覚は理解できん!」
そんな言い争いを何度もした。
けれど。
以前と違って私は、ガルドが森を嫌っているとは思わなくなっていた。
彼は必要なら木を切る。
山も掘る。
川の流れすら変える。
でもそれは、壊して終わるためではない。
人が住み続けるためだ。
そして彼もまた、私たちから学んでいた。
ある日、ドルグレン領へ戻る途中。
伐採地で馬車が止まった。
「少し待ってくれ」
ガルドが降りた。
何事かと思って窓を見る。
作業員たちが若木を植えている。
以前なら同じ種類の木ばかりだった場所に、何種類もの苗が混ざっていた。
私は馬車から降りた。
「変えたのですか」
「ああ」
「どうして?」
「君が言っただろう。種類が少ない森は病気が広がりやすい」
覚えていたらしい。
「全部変えるには時間がかかるが、試す価値はある」
私は思わず笑った。
「何だ」
「いえ」
「言え」
「あなた、意外と素直ですのね」
「良い方法なら使う」
「エルフに教わった方法でも?」
「誰が言ったかで木は育ち方を変えん」
その答えが、とても彼らしかった。
そして。
少しだけ、好きだと思った。
⸻
婚約期間の半年は、驚くほど早く過ぎた。
最初はあれほど長く感じていたのに。
期限が近づくにつれ、私は落ち着かなくなった。
和平条約の条件上、問題がなければそのまま結婚する。
問題などない。
だから私はガルドと結婚する。
そう決まっている。
なのに。
なぜか、それでは嫌だった。
政略だから結婚する。
国同士が決めたから結婚する。
それでは、嫌だった。
ある夕方。
私はガルドを庭へ呼び出した。
「話があります」
「分かった」
「まだ何も言っていません」
「顔を見れば分かる」
腹が立つ。
でも以前ほどではない。
「婚約のことです」
「ああ」
「半年が経ちます」
「そうだな」
「正式な婚姻について、両家から確認が来ています」
「俺にも来た」
「……ガルド様は、どうするおつもりですか」
彼は私を見る。
「君は?」
またそうやって。
「私が聞いています」
「なら答える。君が望むなら結婚する」
胸が少し沈んだ。
「望まなければ?」
「破談にする」
私は思わず彼を見た。
「できますの?」
「簡単ではない」
「和平は?」
「婚姻だけが和平じゃない。共同事業も始まった。半年なら時間を稼げる」
「そんなことをしたら、あなたの立場が」
「悪くなるだろうな」
「でしたら!」
「嫌がる相手を妻にするよりましだ」
本当に。
ずるい。
この人はいつもそうだ。
必要なことだけ言う。
格好つけない。
恩着せがましくもしない。
だから余計に、こちらが困る。
「最初」
私は言った。
「私はあなたが嫌いでした」
「知っている」
「知っていたのですか」
「顔に出ていた」
恥ずかしい。
「ドワーフも嫌いでした」
「それも知っている」
「森を焼く、野蛮な人たちだと思っていました」
ガルドは黙って聞いている。
「実際、あなた方は森を焼いた」
「ああ」
「五十七年前のことを、なかったことにはできません」
「できん」
「今でも、許せないと思う人はたくさんいます」
「当然だ」
私は深く息を吸った。
「でも」
言わなければ。
これは、国に決められた婚姻のまま終わってしまう。
「私は、あなたのことを知らなかった」
ガルドの眉が少し動いた。
「ドワーフのことも。山のことも。鉱山のことも。あなた方がどうやって暮らして、何を考えているのかも」
「……ああ」
「そしてあなたも、私たちの森を知らなかった」
「そうだな」
「だから」
自分でも驚くほど緊張した。
外交の場で何十人を前に話すより、ずっと。
「これから一緒に知りませんか」
ガルドが黙った。
長い。
「何か言ってくださいませ」
「考えている」
「今ですか!?」
「大事な話だろう」
「そこはすぐ答えるところでしょう!」
初めて本気で怒鳴った。
ガルドが笑った。
声を出して。
「悪かった」
「もう!」
「リュシア」
彼が私の手を取った。
大きな手だった。
木を切り、岩を割り、鉄を扱う民の手。
でも私の手を握る力は、とても慎重だった。
「俺も、君と一緒に知りたい」
それだけだった。
愛している、とは言わなかった。
永遠を誓う、とも。
でも。
それで十分だった。
⸻
私たちの結婚式は、翌春に行われた。
場所について最後まで揉めた。
私は森がいいと言った。
ガルドは山がいいと言った。
結局、国境に新しく作った共同管理所の庭になった。
我ながら色気がない。
けれどエルフとドワーフの双方が集まれる場所だった。
式の途中。
私は遠くの山を見た。
木のない場所がある。
鉱山だ。
昔の私なら、あれを見ただけで顔をしかめただろう。
今でも、美しいとは思わない。
山を削ることが正しいとも思わない。
ただ。
必要なものを得ながら、どこまで残せるか。
壊したものを、どこまで戻せるか。
戻せないものを、どう減らすか。
そういう問いから逃げずに暮らしている人たちがいることを、私は知っている。
そしてガルドも。
鬱蒼とした森を見て、以前のように「全部伐った方がいい」とは言わなくなった。
残すべき倒木がある。
残すべき古木がある。
手を入れないからこそ守れる場所がある。
彼もそれを知った。
「リュシア」
式の後、ガルドが私を呼んだ。
「何です?」
「贈り物がある」
渡されたのは、小さな木箱だった。
開ける。
中には銀色の腕輪が入っていた。
葉と槌の模様。
エルフとドワーフの意匠が絡み合っている。
「あなたが作ったのですか?」
「ああ」
「領主が?」
「元々鍛冶師だ」
そうだった。
ドワーフなのだから当然と言えば当然なのに、なぜか忘れていた。
腕輪の内側に、小さな文字が彫られている。
私は読んだ。
『知らぬものを、知るために』
思わず笑った。
「結婚の贈り物としては、随分堅い言葉ですこと」
「嫌か?」
「いいえ」
私は腕輪を着けた。
少し重い。
でも、不思議と心地よかった。
「気に入りました」
「そうか」
「ただ、一つだけ」
「何だ」
私は夫になる男を見上げた。
「次はもう少し、甘い言葉も覚えてくださいませ」
ガルドは本気で困った顔をした。
それがおかしくて、私は笑った。
森を焼いたドワーフなんて、大嫌いだった。
多分これからも、理解できないことはたくさんある。
私たちは長く生きる。
彼らは山を掘る。
私たちは古いものを残したがる。
彼らは必要なら作り替える。
違う。
だから争った。
けれど。
違うからこそ、一人では見えないものもある。
結婚式の向こうでは、エルフの森林官とドワーフの技師が、早速何か言い争っていた。
どうやら新しい水路の位置について揉めているらしい。
私はガルドを見る。
彼も同じものを見ていた。
「行きますか」
「ああ」
私たちは並んで歩き出す。
森と山の間へ。
まだ誰も、正しい答えを知らない場所へ。




