8 初めてのお小遣い
「中生種もそろそろ収穫開始だぞ」
おじいちゃんが言う。果樹園の奥まった場所にあるりんごの中生種が旬らしい。りんごの旬は夏から秋の終わりにかけてで、収穫時期によって「早生種」「中生種」「晩生種」にわかれると、おじいちゃんが教えてくれた。なぜ創造神さんは教えてくれなかったんでしょうね。ちなみにこないだ収穫したのも中生種で、今から収穫するのは別の中生種。
私は脚立を引きずりながら収穫へ向かう。テオくんとクリスタちゃんも手伝ってくれる。テオくんが手際よくりんごを収穫し、クリスタちゃんがりんごを磨く。すっかりりんご農家が板についてきたね。
ロバにりんごをかついでもらい、マリウスさんの果物屋まで売りに行く。彼らが辛い思いをした街だし、ひとりで行こうかと思ったのだけど、子どもたちもついてきた。自分たちで収穫したりんごがどうなるのか、見たいらしい。
ロバの手綱を握るのはテオくんで、クリスタちゃんは私の背中の上にいる。こんなの本当に、親子三人でりんごを売りに行くみたい。涙が出そうになって、私はぐっとこらえた。
「サティ、クリスタが磨いたりんごはきれいでしょ」
「とってもきれいだよ。上手になったね」
マリウスさんの果物屋に着くと、彼は相変わらず穏やかな笑顔で迎えてくれる。穏やかで、親切で、胸板は厚くて…創造神さんが用意してくれた「優しい旦那様」はマリウスさんなのかもしれない、なんてこっそり思ってドキドキしてしまう。私の煩悩になど気づくはずもなく、マリウスさんはりんごを手に取り、軽く回しながら確かめる。
「表面にまったく傷がないし、きれいに磨いてありますね。贈答用でも使えそうなくらいです」
「クリスタが磨いたんだよ!」
「本当?じゃあクリスタちゃんはりんご磨きのプロだね」
マリウスさんの褒め方が上手で、クリスタちゃんは鼻高々になる。マリウスさんは魔力持ちだからといって、二人を嫌がったりしない。しかも「とてもいいりんごだから」といいお値段で買い取ってくれた。私は二人に向き直ってお金の入った袋を二人につきだす。
「さてさて、働き者の諸君にはお小遣いを差し上げよう」
「お小遣い?」
「自分で好きなものを買うためのお金だよん。さ、おててを出してください!」
テオくんもクリスタちゃんも手のひらに乗った硬貨を凝視、そしてぎゅっと握りしめた。
「好きなものを買っていいの?」
「そうだよ」
クリスタちゃんは目を輝かせた。
「クリスタ、お菓子買いたい!」
「お菓子?」
「あのお菓子!」
彼女が指さすほうへ進むと、ああ、ありました。ほんの小さな焼き菓子に、チープなおもちゃの指輪やブレスレットがついているお菓子。この世界にもあるんだね、保護者の皆様を悩ませる「おもちゃメインのお菓子」、つまりは食玩が…
「クリスタちゃん、これはお菓子と言うよりもはや指輪…」
「だめ?」
彼女のうるうるした瞳に、私は「やめておいたほうがいい」という言葉を飲み込む。「好きなものを買いなさい」と言って渡したお金だもの。「いいよ。好きなのを買いな」と言うとクリスタちゃんは嬉しそうにお菓子を三つ買った。自分には指輪つきのお菓子、そしてテオくんにはブレスレット、私にはバレッタ。お揃いのイミテーションの宝石がついている。
「くれるの?」
「うん!お揃い!」
お菓子は一口で食べ終わり、私は「似合う?」と言いながら、馬鹿でかいイミテーション宝石がついたバレッタで髪を飾る。クリスタちゃんは「サティ、きれい!」と褒めてくれる。前の世界でなら、ちょうどお祭りの夜店や百円ショップの子ども向けコーナーで売っているような、チープなアクセサリーだ。けれど初めてのお買い物でクリスタちゃんが嬉しそうだから、この思い出はプライスレス。
テオくんは何を買うのかと思ったら、革の手袋を買った。「りんごの枝で手を切らないように、あるほうがいいってじいちゃんに言われたんだ」という言葉に、子どもたちとおじいちゃんおばあちゃんの間にもしっかり関係性ができているのがわかって、胸があったかくなる。
手袋を買ったお店から出たところで、テオくんがよく万引きしていたパン屋のおじさんにばったり出くわした。正直気まずいけど、無視はよくないよね。子どもたちのためにも、こそこそする姿は見せたくない。
「こんにちは」
「ん?ああ…あんたか。この魔力持ちを引き取ったってのは本当だったんだな」
おじさんは私の後ろで身を固くしている二人を見た。テオくんが決意を秘めた顔で進み出る。魔力暴走が心配なのか、ちょっと後ろに引いたおじさんに、テオくんが「おじさん、パンを盗んですみませんでした」と頭を下げた。私とおじさんは口をあんぐり開ける。口が悪くて万引きばっかりしていたこの子が、謝るだなんて。
「りんごを育ててみてわかりました。大事な売り物を盗られたら怒るのは当然だって。本当にごめんなさい。今日はお小遣いを使っちゃったけど、またいっぱい仕事してお金が貯まったら、盗んだパンのお金は返します」
おじさんははっとして口を閉じた。私も我に返って口を閉じる。ちゃんと謝れて偉いよ。次はおじさんがどう出るか。どうか誠意が伝わってください。
「…金は、返さなくていい。俺も…おじさんもわかったんだよ。おじさんがお前を…追い詰められて困っている子どもを…助ける気の欠片もない心の狭い人間だったってな。金は返さなくていいから、今度はパンを買いに来てくれたら嬉しいよ」
「はい」
おじさんに泣きながらお礼を言ったら、ちょっと引かれた。
買い物をすべてすませ、夕方、小屋までの道を引き返す。ロバの足音がぽくぽくと響き、日が沈むにつれて冷たい風が頬をなでた。背中のクリスタちゃんは半分眠っていて、テオくんはロバの手綱を握りながら静かに歩いている。
「サティ」
「うん?」
「また、りんご売りに行こうな」
「もちろん」
「今度小遣いもらったら、パン買う」
「…いいね」
泣きそうになるのを堪えるために、私は背中のクリスタちゃんを少しだけ背負い直した。深まる秋、オレンジ色の夕日が私たち三人の影を長く伸ばしていた。




