こばなし そのころのアロイスさん
「陛下、いきなりプロポーズするとか馬鹿なんですか?」
言葉通り、まるっきり馬鹿にしたようなマグダレーナの声が耳に突き刺さる。マグダレーナ…いやマクダフは、二人でいるときには、軍隊時代のような遠慮のない話し方になる。
「わかってる。言うな」
「わかってるなら、なんで急にプロポーズしたんですか?」
「サティ殿があまりに美しくて」
自分の顔が赤くなってくるのがわかる。彼女のことを考えると、いつもこうだ。
「まあそりゃ、サティ様って普段お化粧も着飾ることもあんまりしませんからね。”お化粧品で子どもたちの肌がかぶれたから困る”とか”お高い生地だと思いきり外遊びできない”なんて言って。そういう素朴な人ががっつりドレスアップすると、普段とのギャップもあいまって、目が覚めるほど美しい感じがするのは確かです」
その通り。
「ああ。彼女のあんな姿を王城にいる男どもが見たら…!厨房勤めの者や庭師や、それに家庭教師のブルーノ・フォン・アーレンスとも距離が近いようだし、先手を打たないと」
「ヨハンもパウロスもアーレンス男爵もサティ様より二十は年上ですし、既婚ですよ?」
「サティ殿の魅力の前では関係ない。そう言えば王城で働く者には男が多いな。もっと女性を登用しよう。そうすれば心配は減る。あとサティ殿に近づいたリヒターフェルトの長男には、アイゼンハルト軍に加わるよう勅命を出せ」
「はあ…?近づいたって、ちょっと立ち話しただけでしょ?」
それにしても、私が贈ったドレスを着たサティ殿は、「女神」とも言えるくらいに美しかった。白い肌に黄緑のドレスが調和し、黒い絹のような髪にペリドットが映えて。
「そう言えば、あのペリドットって王妃様…お母様の形見ですよね?」
「そうだ」
「あげちゃって大丈夫ですか?メイドもさすがに気づいてて、手が震えてましたよ」
「私が持っていても使わない。他の女性に贈る気にもならない。サティ殿の誕生月が八月だったのも運命だ」
「重症ですね。こんな陛下は初めて見ます。人前で寝る陛下も初めて見ましたし、サティ様はまるで魔法使いです」
本当にそうかもしれない。サティ殿に出会ってから、新しい自分が目を覚ましたような気分になるときがある。
けれど、今更ながら心配になってくる。彼女は泣きそうな顔をしていた。
「どう思っているだろうか」
「困ってましたよね。だってサティ様は完全に断ろうとしてたじゃないですか。それを”言わないでくれ、猶予をくれ”だなんて情けなくすがって、言わせないようにして。”血まみれの国王””戦場のライオン”の異名が泣くって話です」
傷口をどんどん広げられて、さらに塩を塗りこまれている気分だ。
「サティ様には、意中の人がいるんじゃないんですか?」
「…わかってる」
彼女が私の提案を断ろうとしたのは二回目なのだから。
《一緒に来てくれないか?私とレオの家に》
《ごめんなさい。私はここに残ります。あの村もりんご園も好きなんです》
彼女が好きなのは村とりんご園だけではない。彼女が提案を受け入れてここに来てくれたのも、私ではなくレオのためだ。
「なのに陛下がああやってすがるから、見捨てられなかったんですよ。今頃、自分にも陛下にも嘘をついたことに、苦しんでるかもしれませんね」
私は天を仰いだ。無機質な天井。レオの絵やクリスタの工作が飾られ、テオの暖炉が燃えていたあの小屋とは違う。彼女はいつかあそこに帰るつもりだ。耐えられない。
「負ける戦いはしないのが信条でしょ?」
「この件については、ほんの少しでも可能性があればそれに賭けたい」
一番の側近は、「やれやれ」と肩をすくめた。
「私はサティ様のこともそこそこ好きなので、陛下の味方はできませんよ」




