64 言わないで
「サティ様、今日はこちらをお召しくださいませ」
マグダレーナ先生とイヴォンさんが部屋に運びこんできたのは、黄緑と黄色を貴重にした、爽やかなドレスだった。
「…今日、何かありましたっけ?」
「サティ様の誕生日ではありませんか。こちらは陛下からの誕生日プレゼントでございます」
「あ」
そう、今日八月二日は私の二十五歳の誕生日。社会人になったあたりから自分の誕生日を忘れがちになってるんだけど、気のせい?
とはいえ、誕生日を祝ってもらうのは何歳になっても嬉しい。異世界の王道を行くお姫様みたいなドレスがプレゼントなら、興奮しないはずもない。
「たけど、ただの養育係がこんな高そうなプレゼントを受け取っていいんでしょうか」
気遣いやねぎらいというには、度を越している気がする。衣食住は満ち足りているうえにお給料だってもらっているのだから、十分すぎるくらいなのだ。
「お召しになっていただけないと、私やイヴォンが陛下からお叱りを受けます」
そう言われてドレスに袖を通し、髪をきれいにまとめてもらい、大きなペリドットで飾ってもらう。
もうすっかりこんな生活に慣れてしまって、風呂あがりにタオルで髪を拭きながら暖炉の熱で髪を乾かしてた生活に戻ったら、ぶーぶー文句垂れるのが目に見えている。
「カードも届いております」
ベルント伯爵夫人やママ友さんたちからのメッセージカードは、どれも凝っていた。高級文具店とかおしゃれ書店で売ってるようなやつ。
「アイゼンハルト伯爵までカードをくださったのですか?」
《素敵な一年になりますように。あなたがどこで何をしていても、いつも幸せであることを心から願っています》
彼のカードからはほんのりりんごの匂いがして、私は思わず微笑んでしまう。
「お会いしたこともないのに、テオくんの関係者だからって…律儀な方ですね」
「律儀というより…」
「?」という顔で先生を見ると、先生はふっと笑った。「言いたいことがあるけど、やめとこ」みたいな感じで。
「なに…」
「何でもありません。ところで本日は陛下が”一緒に朝食を”とのことです」
「わかりました。久々ですから、レオくんも喜びますね」
だけど連れていかれたのは食堂じゃなくてアロイスさんの私室だった。部屋からつながる広いテラスに、朝食の用意がされている。どう見ても、二人分の。
「サティ殿、こっちへ」
普段は前髪をあげておでこからカリスマを発射してるけど、今日は前髪が下ろされていて、可愛い雰囲気になっている。どっちにしろ、異世界の若き国王は、朝からビジュがカンストである。
「二人分?なぜ二人?」
「二人で食べたかったからだ」
「んと…なぜ二人で食べたかったのでしょう?」
「だから、二人で食べたかったからだ」
「…駄々っ子ですか?」
「そうだな」
アロイスさんは給仕係さんを下がらせ、小さくため息をついた私のために椅子を引いてくれたあとで、向かいに座る。朝ご飯は私の好きなものばかり。高級ハム、フレンチトースト、いちご…
「美味しそうな朝食をありがとうございます」
「口に合うといいが」
「合うと思います。あと、素敵なドレスもありがとうございます」
「ドレスも髪飾りもよく似合っている。美しいよ」
しっかり目を見ながらイケボで言わないで、照れちゃうから。
「…どうもです」
「でも今後は、高価なプレゼントは受け取れません。何不自由ない暮らしをさせていただいていますから」と言いかけたときに、アロイスさんが「これからも毎年誕生日にはドレスを贈らせてくれ」と口にした。
「!?」
マグダレーナ先生のマナーレッスンが蘇る。
《男性から「これから毎年誕生日にはドレスを贈らせてくれ」と言われたら、注意してください》
《なぜですか?》
《この言葉はプロポーズを意味するからです》
嘘でしょ?
アロイスさんはテーブルの上で私の手をとった。つながれた手から、熱が体中を駆け巡る。これはまずい。引っ張ろうとしたけど、手が抜けない。
「サティ殿が私を叱りつけてくれたときから、私の心はあなたのものだ」
アロイスさんは私の手をとったまま、椅子を下りて片膝をつき、私を見上げる。
「こんなに早く言うつもりはなかったんだが…どうしても今言いたくなった」
現実離れした美しい光景は、まるでスチル。甘い雰囲気が立ち昇る。
「ちょ、ちょっと待って…待って待って。アロイスさん、立ってください」
「私に求婚されるのは、嫌だろうか?」
嫌…なんだろうか。
このプロポーズを受け入れたら、この国で一番広くてきれいな家と優しい旦那様が手に入る。つまり創造神さんにお願いした条件のほとんどが叶う。レオくんの成長も近くで見守れて、まさに継母系異世界転生シンデレラストーリー。
でもぎゅっと目をつぶったら、マリウスさんの顔が浮かぶ。未練がましいったらないけど、そんな気持ちでアロイスさんのプロポーズを受け入れるなんてできない。
「私にはサティ殿が必要だ」
アロイスさんは私の手のひらにキスをした。マグダレーナ先生からは「手のひらへのキスは、懇願を意味する」とも習っている。手のひらから、切実さが伝わってくる。
何の迷いもなく彼のプロポーズに応えられたら、どんなに幸せなことだろう。
私はすうっと息を吸って、息を止める。
アロイスさんが真剣に想いを伝えてくれたのなら、私だってちゃんと言わないと。忘れられない人がいるんだって。
「ごめ…」と言いかけたとき、アロイスさんの親指が私の唇を止めた。
「ん…っ!?」
「だめだ。言わないでくれ」




