58 返したくない理由
「こっちに巣がいっぱいあるよ!」
「本当ですね、殿下!」
男子五人でしゃがみこんでいる後姿が、小動物みたい。
女子ズが宝石交換に夢中になっている横で、男子ズは最近「地蜘蛛とり」に勤しんでいる。
皆様は、地蜘蛛をご存じかしら…?
私は保育園で働き出してから知ったんだけど、木の枝とかの高い場所に巣を張るんじゃなくて、木の根っことか建物と地面が触れるところの近くに、細長い袋みたいな巣をつくる蜘蛛がいるのだ。それが地蜘蛛。
繊細な地蜘蛛の巣を、切れないように絶妙な力加減で引っ張って取るっていうのがなかなか難しく、指先の器用さを刺激するいい遊びになる。巣で休んでいる地蜘蛛の皆様には申し訳ないけども。
「蜘蛛を手下にするんだ!レイデンバーンの至るところに散らばらせて、監視活動を行うっ!」と勢い込んでユリウスくんが挑戦するけど、上手くいかない。蜘蛛を手下にしたい気持ちがはやって、力任せに引っ張っちゃうから、途中で切れるんだよね。
「全然できない…」
いつも前向きで、気持ちの切り替えが早すぎて大人の感情がついていけないこともあるくらいのユリウスくんだけど、何度やっても失敗して、さすがにモチベが下がってきてる。
その横でリオネルくんが慎重に巣を木の根っこから剥がして引きあげ、中をそっと覗いた。
「いた!ユリウスにあげようか?」
「いい。自分で手に入れないと、自分の手下にはできないから」
「そっか…」
「ユリウス、せっかくリオネル様が申し出てくださったのに…!」とリヒターフェルト侯爵夫人が立ち上がろうとするのを、私はそっと止めて、首を振る。
「サティ様…」
「大丈夫です。見守りましょう」
喧嘩になりそうな気配はない。暴力に発展する危険がないときには、子どもたちの世界に大人が介入することはできるだけ避けたい。だって「気持ちのすれ違い」を経験することも大切だから。
リオネルくんが捕まえた地蜘蛛は、ルカスくんが「新種かもしれない」とか何とか言いながらもらい受け、ガラスの瓶に入れて図鑑と比較している。その横でレオくんは蜘蛛をスケッチし、アドリアンくんが「殿下、素晴らしいです」と褒め称える。
「ユリウス、少しずつ引っ張ればきっとできるよ」
「わかった」
ユリウスくんが巣を引っ張り始めると、リオネルくんは横で「ゆっくり、優しく」と、おっとり声をかける。リオネルくんの声に合わせて引っ張ったおかげで、ユリウスくんはようやく一匹の蜘蛛を捕まえることに成功した。
私は思わず「ふふっ」と笑ってしまう。だってユリウスくんよりも、隣にいるリオネルくんのほうが喜んでるんだもん。
元気なユリウスくんと大人しいリオネルくん。性格は正反対だけど、意外にいいコンビなのかもしれない。そういうのも、一緒に遊んでみないとわからないよね。
ユリウスくんは蜘蛛を手に乗せて、そっとリオネルくんに差し出した。
「俺の手下だけど、リオネルにあげる」
「ありがとう」
おい、よくわかんないけど、ちょっと泣けるんだが。
…と思っていたのに、泣けたのは一瞬だけだった。
しばらくしたらユリウスくんが「やっぱり俺の部下だから、さっきの地蜘蛛は返してくれ」と言い出したのだ。
どうなるかと思ってはらはらしながら見ていたら、リオネルくんは小さな声で「やだ」と抵抗した。彼にしては珍しい。リオネルくんに自己主張を求めていたローゼンタール伯爵夫人が「やった」と小さく手を握る。
しかし相手は自己主張の鬼、ユリウスくんである。
「リオネルのケチ!俺のものなんだから返してよ!リオネルの蜘蛛をルカスから返してもらったらいいじゃないか」
リオネルくんは唇を噛みしめる。目にうるうるっと涙が溜まっていく。ユリウスくんの顔が赤くなって会話の熱が溜まってきたから、私はいつでも止めに入れるように腰を浮かす。
「僕はこの蜘蛛がいいの」
「なんで…っ」
ユリウスくんがリオネルくんの肩を掴んだところで、私は「お友達に手を出すのはだめ」と素早く二人を引き離した。
「ユリウスくん、リオネルくんの話を聞いてみよ?どうして自分で捕まえた地蜘蛛じゃなくて、ユリウスくんからもらった地蜘蛛がいいのか」
ユリウスくんが「俺の蜘蛛のほうが大きくてかっこいいからだろ」と代わりに答えるけど、聞きたいのはリオネルくんの話。
「…ものだから」と小さな声。
「ごめん、ちょっと聞こえなかった。もう一回教えてくれる?」
「ユリウスがくれたものだから!」
うわ、大きなお声。
「ユリウスくんからもらった蜘蛛だから、手放したくないのね?」
リオネルくんがこくんと頷き、私な心の中で胸をかきむしる。可愛すぎんか。大切なお友達からもらったものは、石ころでも手紙でも虫でも宝物になるもんねぇ。
「ユリウスは運動ができて、大きな声でお話しできるからかっこいい。ユリウスからもらった蜘蛛をもってたら、僕もユリウスみたいになれるかもしれないから」
「リオネルくんは、そういう気持ちなんだって」とユリウスくんを見ると、ぷんすか怒っていた彼は、にっこにこの笑顔になっていた。
「じゃあ、もっといっぱい捕まえて、全部リオネルにあげるっ!」
特大の尊さを浴びました。昇天してもよろしいでしょうか。
リヒターフェルト侯爵夫人とローゼンタール伯爵夫人は、「うちの子と仲良くしてくださってありがとうございます。どうかこれからも末永く」と扇子の奥から目を見合わせている。
こういうことがあるから、私は子どもたちのそばにいたい。「うんうん」と頷く私に、マグダレーナ先生がそっと近づいた。
「代々仲の悪い脳筋リヒターフェルトと陰謀大好きローゼンタールの仲をとりもつとは、さすがサティ様です」
「なんじゃそら…っていうか、別にそういう意図はなくて…」
「意図せずとも、王太子殿下の治世の安定につながることは間違いありません。大きな功績です」
「…じゃあご褒美でマナーレッスンを一回お休みしてもいいですか?」
「それはだめです」
「ちぇ」




