2 第一村人に名前を奪われました
ぐううっとお腹が鳴る。とりあえず何か食べなくてはいけないけど、ここにはおそらくりんごしかない。小屋の外に立てかけてあった脚立を果樹園まで運び、りんごをもいでその場で食べる。新鮮なりんご、美味しい。美味しいけれども!!
りんごを頬張りつつ拳を握りしめて震え、創造神への怒りを新たにしていると、「おや、お嬢さん」と脚立の下で声がした。見下ろすと、白髪のおばあさんが一人。彼女が第一村人である。
「あの小屋に越してくると言っていた、クラウスおんじの姪御さんかね?どこだったか別の領地から来た…」
そういえばマニュアルに付け足しのように書いてあった。私は先月亡くなったクラウスおんじの姪で、名前はサチ、独身で年齢は二十四歳だと。名前と年齢は死んだときと同じ設定で維持されている。そこは希望通りなんだよね。むしろそこは変わってくれてもよかったんだけど。優先順位低いよ?
「そうです、はじめまして。名前はサチです」
「ん?サッティ?」
「サ・チ!」
「サミィ?」
「サー、チー!!」
「ああ、サティかい。耳が遠いもんでごめんねぇ」
「…ううん、大丈夫ですよ」
もうサティでいい。昔そんな商業施設があったような。もはや名前も変わってしまったけど、サッチーとかスッチーとかサッチャーじゃないだけマシだと思わなきゃやっていけない。これで今のところちゃんと反映されている希望条件は、おそらくこの異世界の独身女には足かせにしかならない「二十四歳」という年齢だけ。
「このあたりは年寄りばかりだから、若い人が来てくれて嬉しいよ。若い連中は男も女も、みんな王都やカウンティタウン(伯爵領の中心都市)で出稼ぎだからねぇ」
「そうなんですね」
「ああそうさ。あんたは独り身だと聞いてるが、この辺には若い男なんぞ残っとらんよ?ここにいたら結婚が遠のくが、本当にいいのかい?」
「…」
良くない!全然良くない!!優しい旦那様と子だくさん…!!優しい旦那様と子だくさんなのよ、私が一番実現したかった条件は。本当に創造神を恨むしかない。
名前が変わり、第一村人との会話に打ちのめされた私を待っていたのは、第一村人おばあちゃんの夫である第二村人おじいちゃんからの、「このあたりのりんごは、もう明日明後日くらいで全部収穫しないと、終わっちまうぞ」という一言だった。
美味しいりんごを無駄にはできない。しかし収穫作業は大変だ。私はチートのはずだから「りんごが全部もげて、きれいにかごに入れ!」と念じてみたけど、何も起こらない。格闘漫画の主人公が必殺技を放つような姿勢でりんごの木に向けて腕を伸ばして動かない私。数秒後におじいちゃんが「何してる?」と聞き、私は真っ赤になりながら諦めた。
これで「チート」も反映されていないことが発覚した。もはや私が見たあの人が本当に創造神だったのかすら、怪しくなってくる。
私は翌日もその翌日も、必死に手動でりんごをもいでカゴにつめていく。なぜこんなことに。チートじゃなかったのか。いやそもそも、異世界に来てまでなぜこんな必死に働いている。異世界転生と言えば「高位貴族の悪役令嬢」「誰かの妃」「聖女」あたりが相場で、汗水たらして労働するなんて見たことない。なぜ私はこんな田舎でりんごを収穫せにゃならんのだ。
でもおじいちゃんは収穫を手伝ってくれて、「りんごだけでは力が出ないだろう」とおばあちゃんがご飯をご馳走してくれる。野菜と自家製ベーコンのスープがすごく美味しくて、温かくて、安心できて、涙が出そうになる。そんな私の様子を見て、なぜかおばあちゃんもおじいちゃんも目に涙を溜めている。
「病気で亡くなった孫娘に似ていてねぇ」
お返しに私は、二人の洗濯や掃除を手伝う。
「高いところの掃除とかは危ないから、やりたいときはいつでも呼んでくださいね」
「こんなによくしてくれて、ありがとねぇ、ありがとねぇ」
「おばあちゃんだっておじいちゃんだって、私によくしてくれたじゃないですか。ご近所さんなんだから、助け合いましょ」
何度もお礼を言ってくれるおばあちゃんとおじいちゃんにようやくバイバイして小屋に戻ったら、小屋の中がまぶしすぎるくらいの光に満ちていた。この光は知ってる。創造神さんだ。
「サチさん、ここは不満?不満なら別の世界に移してあげるよ」
ねえ、第一村人と第二村人ともう関わっちゃって御馳走にもなっちゃって、「ご近所さんなんだから、助け合いましょ」とか言っちゃって、「死んだ孫に似てる」とか言われちゃったあとに、その質問はずるくない?
「ここでいいです」
「そか。気に入ってもらえてよかった。君ならここで上手くやっていけると思ったんだ」
「あ、待って!私のチート能力は…」
その瞬間、創造神さんはニコッと笑い、光はスッと消えた。私の質問は山と森を駆け抜ける風にかき消されてしまった。




