11 闇魔法の正しい使い方
子どもたちはすっかり生活に慣れた。お風呂が大好きで、二人とも長風呂だ。テオくんが魔力封じをすり抜ける火魔法でお風呂を沸かしてくれるので、お風呂の準備が楽になって私も万々歳。
それにしてもすり抜ける魔力だけでお風呂を沸かせる火力を生み出せるってすごくない?魔力封じがなかったら、どれだけ強い力を出せるのだろう。
秋も深まりお風呂から出たくなくなる今、りんごの出荷はまだ少し残ってる。でも今季分の出荷が全部終わったら、来年の夏に早生種の出荷が始まるまで、どうやって生活費を稼いだらいいんだろう。おばあちゃんに聞いたら、このあたりの人は、農作業がない間は街で働くのが定番だそうだ。
二人の世話はおばあちゃんとおじいちゃんに協力してもらえるとはいえ、魔力暴走が起きたときのことを考えると、子どもたちを家に置いて働きには出られない。少々の蓄えはできたにせよ子どもたちに窮屈な生活をさせるのは嫌だし、どうしたものかな。そんなことを考えながら、今日も名残を惜しむように晩生種の収穫に向かう。
「え、ちょっと…」
りんごの木の根元に、明らかに自然のものではない服の色。人だ。ここでも街でも見かけないくらい鮮やかで上質な…騎士みたいな服?濃い金髪に白い肌で、鼻筋はすっと通って唇の形もきれいで、目を閉じているのにイケメンだとわかる。そして彼の懐に抱かれるように、同じ髪色の子ども。たぶん親子だろう。
「お父さん、大丈夫ですか!?」
ぱんぱんとイケメンの頬に手のひらをあてる。簡単に言えばビンタしてるってことね。
「うん…うぅ……」
イケメンは、かすかにうめき声をあげた。慌てて手を引っ込めたけれど、彼の頬に赤い手形が残っていた。ごめんなさい、起こすには少し強すぎたかも。
とりあえずよかった、生きてて。自分の敷地内で死なれたら通報しなきゃいけないし、場合によったらテオくんとかクリスタちゃんが疑われたりする可能性もあるからね。とりあえず最悪に面倒な事態は避けられそう。
彼の胸に抱かれている子どもが小さく身じろぎした。五歳か六歳…クリスタちゃんと同じくらいの年恰好だ。小さな顔に似合わず、キリッとした眉。太陽みたいな濃い金髪が、陽の光を受けてほのかに光っている。いいとこのお坊ちゃんって感じがぷんぷんする。
「坊やも、大丈夫?」
手を差し出したけど、子どもは父親の下に隠れるように身をよじる。クリスタちゃんが「怖くないよ」と話しかけても同じ。極度の人見知りなのか…でも小学校入学直前でそれだと、ちょっとしんどいよ?無理強いはしないけど、ちょっとずつお友達と遊ぶことに慣れていったほうがいいんじゃ…いや、今はそれどころじゃない。
テオくんが「小屋に運ぶか?」と声をかけてくれる。見上げると彼の影で日光が遮られる。彼はここに来てからぐんと背が伸びた。今まで栄養が足りなくて、なかなか背が伸びなかったのだろう。急に大きくなったので驚いたら「十四歳だ」と教えてくれた。十四歳だったら思春期真っただ中。お風呂で湯煙越しとはいえ裸を晒してしまったことを反省したものだ。
「じゃあ坊やをお願い。私はお父さんをかつぐから」
「いや、俺が男を運ぶ」
「いくらなんでも、重いと思うよ?」
「大丈夫だから」
「しんどくなったら言ってね」
「ならないって、しつこいな」
怯えている坊やに「ほらほら、美味しいりんごだよぉ?毒りんごじゃないから食べてごら~ん」とかなんとか言ってなだめすかし、抱っこして小屋まで運ぶ。テオくんがお父さんのほうを余っているベッドに寝かせる。
「う…」
「大丈夫ですか、お父さん」
「ん…」
意識があるのかないのか、生きているのは確かだけど返事がない。首筋に触れるとひどく熱い。子どもならまだしも、大人がこんな熱を出すのなら、ただの風邪だとは思えない。体温計とかないから手で触った感じで判断するしかないけど。変な感染症だったらどうしたら…とりあえずマスク装着。
「テオくんとクリスタちゃんは部屋から出て、うがいして、手を石鹸で三十秒以上洗いなさい。この男の子の手も洗ってあげて、うがいさせたら水を飲ませておばあちゃんのパイをあげて、そばにいてあげて」
「だめだよ!」
珍しくクリスタちゃんが抵抗する。ハッとするくらい強い声だ。
「このおじさんの身体の中、悪いものがうじゃうじゃいる。早く退治しないと、おじさんが死んじゃう」
「わかるの?」
「うん」
「悪いものを退治するには、どうしたらいい?」
「殺すの」
その声と同時にクリスタちゃんの身体から紫の触手が無数に伸びた。止める暇もなく触手は男性の身体に突き刺さり、じゅくじゅくと音を立てて何かを吸い、満足そうにげっぷみたいなムーブをして静かになる。
「死んだ」という声とともにクリスタちゃんが目を開けるのに合わせて、男性は目を開ける。つまり、あの触手で、中の病原菌だかウイルスだかの命を吸い取ったってこと…?すごくない…?
「命を奪う闇の魔法」とか何とか言われてたけど、人助けにも使えるじゃん…




