1 希望条件が反映されてないんですが!?
「木村サチさん、いらっしゃい」
目を開けるとそこは、雲の上だった。目の前には金のわっかを頭の上に乗せた、羽の生えた美少年がいる。
「ここは…?」
「君が今までいた世界と、いわゆる異世界との狭間だよ。次の質問が来るだろうから先に答えておくと、僕は異世界の創造神。君は転生者に選ばれたんだ」
ああ、そうだ。私、婚約者に「別れよう」って言われて泣きながら歩いてて信号を見てなくて、トラックに轢かれたんだ。
「転生できるんですか?」
「うん。僕は優しいからね、ちゃんと希望も聞いてあげるよ。はい、希望の要素にチェックしてね」
「あ、はい…」
創造神さんは手慣れた様子で、私にクリップボードとペンを渡す。世界観、能力、家、恋愛、家族、外見など、項目は多岐にわたる。家族の欄を見て、じくっと胸が痛んだ。
結婚を前にブライダルチェックを受けてほしいと言われて検査したら、私は子どもができない身体だとわかった。子どもが好きで保育士になって、「子どもは三人以上欲しいな」なんて思ってた。その夢が叶わないとわかって彼に打ち明けたら、彼はこう言った。
《別れよう》
大学の同級生だった彼は田舎の旧家の跡取りで、「自分はいいけど、子どもを産めないと私が彼の実家で辛い思いをするだろう」という理由で私に婚約解消を申し出た。辛さを共有してほしかったのに切り捨てられて、私は泣きながら歩くしかなかったんだ。
私は最後の欄までチェックして、創造神さんに渡す。彼はキラキラした笑顔で親指を立てた。
「ナチュラル系の世界観で、チート能力、広くてきれいな家、優しい旦那様、子だくさんね!名前はそのままで、外見は清楚な美人系…OK、全部任せて!目につくところにマニュアルも置いてあるから、転生したらまず目を通しておいてね!」
なんか、不安になるくらい軽いな。転生ってこんなあっさり軽いものなの?なんかもっと「運命の輪廻!」とか「神の加護を授ける!」とか、そういうのないの?大丈夫?
「いってらっしゃい、ちゃんと見守ってるからね!今世では幸せにね!」
その言葉を最後に視界がホワイトアウトして、次に目を開けたとき、私は騙されたと気づいた。
「…なにここ」
目の前の光景は、どう見ても小屋。行ったことないけどバンガローってこんな感じなのかなっていう感じ。グランピングとかおしゃれな感じじゃなく、学校の野外学習で泊まる感じのやつ。汚くはないし狭すぎるわけでもないけど、明らかに小屋。確かにナチュラルかもしれないけども。
とりあえず深呼吸。保育士時代に鍛えた「予想外のハプニングが起きたときに冷静さを取り戻すスキル」を発揮するのよ、サチ。
まず情報収集。外に出てみないと。もしかしたらここは豪邸の敷地内にある物置小屋か何かで、座標がズレて間違って転生してしまったのかもしれない。
ヒュオオオオオオオ…
ドアを開けると風が唸る。私はここが豪邸の敷地内ではなく、アルプス山脈みたいな山と森に囲まれた大自然の中にある小屋なのだと知る。「虫取りが大好きなハルくんがいたら、網持って走り回るだろうな」なんて思ってしまったあとで、ふらふらっと脚の力が抜ける。
「旦那様は? 広い家は? チート能力は!?しかもここ、ナチュラルすぎるでしょっ!?」
声を出しても、返ってくるのは鳥の鳴き声だけ。「あの鳴き声はなんの鳥?」と聞いても、応えてくれるリンちゃんはいない。そういえば、着ている服も「貴族のお嬢様」って感じじゃなく、庶民だ。チロル風で可愛いし、手刺繍のお仕事で凝ってはいますけれども。
「そうだ、マニュアル…」
ふらつきながら小屋に戻って中を調べると紙が一枚。一枚?
《ここはレイデンバーン王国のベルント伯爵領にあるのどかな田舎エルドルフ村。このあたりの果樹園は全部君のものだよ、広いでしょ?小屋の大きさも十分だよね。果樹園のりんごや畑の野菜を収穫して近くの町(カウベルフェルトだったかな?)に持って行けば、お金が手に入って、必要なものが買えるよ。このあたりに若い男性はいないけど、カウベルフェルトにはそれなりに若者もいるからね。果樹園と畑のお手入れ方法は以下の通り…》
マニュアルという名の手紙を持つ手が、わなわなと震える。
全然OKじゃない!ナチュラルで広い家ってこういうことじゃない!しかも旦那さん候補は自分で探すだなんて…思ってたのと違い過ぎる!これじゃあ全然希望条件が反映されていないんですが!?




