第5話MCL4
「クソ! もう遅かったか! みんな! アルミホイルを被れ! 電磁波攻撃が来るぞ!」
二メートルの大男が叫ぶのだ。うるさくて仕方ない。
しかし、この部屋にはバカばかりだった。
桜姫は真に迫った表情でバッグを漁る。アルミホイルなど入っているわけはないのに。
陽菜はすべての窓を急いで開けた。邪霊など集っているわけがないのに。
凛は上半身を脱いでむき出しにし、腕を広げた。
「邪霊よ! 僕の美貌が憎いのか!? ならば喰らえ! この清廉な魂を汚して見せろ」
意味が分からん、なんだこいつは。私は解説を諦めた。
しかし幸にとっては良い事が起こった。いきなり怒鳴られたのでびっくりして息子が縮んだのである。チャンスとばかりに立ち上がり、凛の今にも絶頂に至りそうな気色悪い顔を見て落ち着いた。
大丈夫だ。これでもういきり立つことはないだろう。
落ち着いた彼は、この部屋の異常に叫ばずにはいられなかった。
「てかァ! お前ら頭おかしいだろ!」
さっきまで部屋の隅で勃起していたお前もおかしい。というのは置いておいて。
皆が幸の言葉で彼の方に注目した。
「風水ってなんだよ!? 邪霊って!? アルミホイル!? 頭おかしいだろ!? なんでまともに取り合ってんだよ! 冴羽先輩はクッソ気持ちわりぃし!」
「え? 僕も……?」
幸は指を向けて「服着てください!」と叫んだ。
この部屋の中で、風水やスピリチュアルを本気で信じている人間が三人いた。
筆頭が大本となる隆盛、そして純真無垢な桜姫、最後に、自分の不幸体質がこの部屋では全く発動せず、むしろいい事ばかり起きる陽菜であった。
だから、凛は一応、彼らのバカな行動に関してはバカだとしっかりはっきり認識している。本人がスピと同じくらいにはおかしいので、異常性では見劣りしないのだが。
最悪なのは陽菜である。陽菜は学力も平均以上だし、まともな感性を持っている。
だが、この点では不幸にも、風水の効力とやらを一番実感している人物であった。
「いや! 風水はあるから! まじで! 君もMCLに入ったら実感するよ!?」
だから一番純粋に、幸に訴えかけた。風水を始めることに対する勧誘の意識は、この中でも一番かもしれない。隆盛は自分以外に布教するわけではないので。
「怪しいわ! 新手の宗教勧誘みてぇだわ! 横文字なのが特に!」
「怪しくない! 私も最初はそう思ってたけど、隆盛先輩に勧められた壺を置いてから、あんまり部屋で飲み物零さなくなったし!」
彼女の家の自室のことである。プラシーボ効果というやつで、何の関係もない。陽菜は偶然が積み重なって今でも毎日、部屋の中で水をぶちまけている。
ちなみに彼女の中で飲み物はぶちまけるものなので、基本的に水以外のまない。水という飲み物はぶちまけた後の始末が楽なのである。
ちなみに壺の値段は一万五千円。別にぼったくりではない値段だが、必要としていない人に売るのはいかがなものか。
隆盛は普通に一番タチの悪い布教をしていた。ここは訂正しておく。
「いやありえねぇから! 最後のアルミホイルとか電磁波は風水ですらねぇし!」
幸は陽菜の鬼気迫る表情から、本気で信じ込んでいることを察して、本気でこちら側に引き戻そうと頑張った。
しかし陽菜は断固として首を横に振り、「ああ、こいつダメだ。救えねぇ」と呟いた。
「こっちのセリフだからな!? なんでそっちが真面目みたいな雰囲気だしてんだよ!」
幸はやけになって叫んだ。もう敬語など使う気にもならない。
しかし厄介な事に、桜姫がおどおどしだした。
「喧嘩は良くないよ!? どうしたの二人とも! ああ、仲裁したいけど! 私はアルミホイル買いに行かないと!」
「行かなくていいですからァ!!! なんの意味もないですからぁあ! むしろ電磁波集めますからねアルミホイルは!!!」
「電磁波が集まれば、電気代は安くなるよね?」
「なんすかソレは!! この部屋の電気代安くなっても俺らに関係ないですし!」
「え、でも、電気代が安くなったら、代わりにお菓子買えるよね?」
「お菓子以外も買えますからァ!!」
幸の言葉に凛が、
「いや……君もなんかおかしくなってきてるよ」
と呟いた。
「わかってます! わかってるけどアンタには言われたくない! なんで上裸なんだよ! 服着ろっていっただろ!」
「おや目のやり場がないってかい。……それとも、君まで僕の美貌に嫉妬しちゃった? 困ったなぁ」
幸は頭を抱えて部屋の隅でうずくまった。
「喝ッ!!」
誰も喋っていない。むしろ話が落ち着いたタイミングで、頭にアルミホイルを巻いた隆盛が叫んだ。彼は立ったまま腰を低くし、股関節を百八十度に開いて、合わせた掌でグルグルと数珠を摩り、音を立てていた。
そして、呟く。
「……アーメン」
「何妙法蓮華経とかだろそこは!」
幸は立ち上がり、隆盛の方に指を向けた。
その瞬間、なぜか「おぉ」と皆が感心する。
隆盛はカッと目を見開き、幸を見た。そして世界タイトルを獲得したヘビィ級チャンピオンのような笑みを見せ、呟く。
「お前のような後継者を探していた」
「俺この部活無理ですわ!」
幸は自分のカバンを拾いあげ、廊下に出て走った。
階段を降り、下駄箱で靴を履き、尚も走った。
路行く人を押しのけ、跳はねとばし、幸は黒い風のように走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴けとばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。
一団の旅人と颯とすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。「いまごろは、あの男も、磔にかかっているよ。」ああ、その男、その男のために幸は、いまこんなに走っているのだ。その男を死なせてはならない。急げ、幸。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかは、どうでもいい。
そうしてたどり着いた自分の家の玄関で、幸は、いまは、ほとんど全裸体であった。呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。
幸は「あの男って誰」と呟いた。
セリヌンティウスに決まってるだろ。お前が助けるべき男だ。
走れメロスも知らないこの男は、鍵を開けて、ドアを開け、玄関で倒れこんだ。犬を蹴飛とばしたのはよくなかったと反省しながら、生まれて初めて自分の限界を超えて走った事によって、疲労が爆発して気絶した。
なんのために走ったのか、彼はわからないままだった。
ごめん幸、オチをつけるためだよ。
私は創造者の権利を濫用して、気絶した幸の上に中学二年生の国語教科書を出現させた。これで君も、自分が走った理由を知るだろう。
幸はこの後深夜二時に目を覚まし、全身の筋肉痛と途中で弾けた制服のことを思い出して悶絶でもしてもらうこととして、とりあえずMCLの教室をのぞきに行こう。
彼らは今、何をしているだろうか。
投稿頻度は低めになりそうです。
ほかの小説の息抜きに書いている作品なので割といつ上げるかわからない感じかもです!
すみません!プロットもあって書いてても楽しいんで多分10万文字くらいは続くはずです




