第3話MCL3
「こんにちは。あれ? 誰だい、君は?」
ねっとりとした声色でその男は幸を見ていた。
「ああ! 彼は見学に来てくれた新入生だ!」
指でタップ操作を続けながらの隆盛の言葉に、幸はとりあえず頷いた。
「どうも。僕は私立天木高校一のイケメン、冴羽凛。以後、お見知りおきを」
冴羽凛。なんともカッコイイ名前である。しかし幸は彼の名乗りの方に思わず首を傾げた。イケメン? イケメンとは?
それもそのはず。凛の顔面は至極平均そのもの。むしろ少し平均を下回っていると判断していい。
しかし世界で凛だけは信じ切っていた。自分が、イケメンであるということを。
凜は前髪を指でスッと流した後、手を伸ばした。
「よろしくね」
納豆のようにネバついた声色でそう言った後、幸にウインクする。
幸は凛の差し出した手を見つめた後、桜姫と隆盛の方を見た。しかし、二人とも競馬の中継が始まって熱狂している。
「いいぞいけいけ! このまま番手で先行しろ!」
「うわーん! 私の馬出遅れたぁ!」
目を瞑って天井を仰ぐ桜姫が可愛かった。幸は彼女の方を見て、やっぱりなんとか競馬の勉強をしてみようかとすら思った。
「あの、君の名前を聞いてもいいかい?」
ずっと手を差し出したままだった凛が、その手をポケットに仕舞いながらそう言った。
「あ。すみません……。えと、俺は朱陣幸って言います」
「はは。教えてくれて、ありがっ……とう! 主人公くん」
凜は再びブサイクなウインク面を見せた。幸は少し顔を引きつらせながら、ある事を懸念していた。その懸念とは、目の前の人物もまさか二留三留した高三生ではあるまいなということである。
一応言及しておくと、この懸念は杞憂である。凜は歴とした高校二年生である。競馬も出来なければ、まだ車の免許も取れない。
「ああ……見学の子が来てるのに競馬に夢中なんて、罪な子達だ」
凜は額を抑えて首を振った。幸の方をチラッと見た後、更に続ける。
「僕が教えてあげよう。この部活の活動について。さぁ主人公君、座り給え」
幸は少しイラつきながら、「あの」と声を上げた。
「なんだい?」
「そのイントネーションでフルネーム呼ぶのやめてもらっていいですか」
「ああ! ごめん! 朱陣くんと呼べばいいのかな?」
凜は自分の両腕をクロスして肩を抱きながらそう言った。
気持ち悪すぎる。というのが幸の感想だった。
「どちらでもいいですけど。繋げて主人公のイントネーションで呼ぶのだけはNGなんで」
「なんてことだ! 君は人生の主人公! しかしその名に苦しんできた過去があるんだね!? 僕のように! 名前に相応しいイケメンであれば! きっと主人公と呼ばれることに抵抗もなかった!」
幸はこの無神経な男に思わず青筋を立てた。相手が自分より身長の低い、しかも冴えない様子の男なので、幾らか気が大きくなったのである。
「うるっっせぇよぉ! アンタだって全然イケメンじゃねぇからな!?」
凜は幸の言葉に目を見開き、その場で膝をついた。凜は基本的に自分がイケメンである事を理由にして精神的安寧を保っている。ゆえに、この根底を揺るがされると途端にメンタルが弱くなるのだ。
彼はガクガクと震えながら、桜姫と隆盛の方を見る。
「ね、ねぇ、僕今、耳を疑うような事言われたんだけど……?」
桜姫は自分の馬がまたしても最下位だったのを見て落胆し、そのあと凜を見た。
「いやー私は凜君のこと、イケメンだと思うよ?」
隆盛は自分の馬が一着だったのを見て、上機嫌で凜を見た。
「お前はブサイクだ! 俺と同じくらいな!」
ちなみに二人とも本心を言っている。桜姫はシンプルに男の美醜の区別がつかないだけである。さすがに不清潔であったりするとまた別だが、基本的に誰を見ても容姿を悪いようには言わない。これは別に慮っているとかではなく、美醜の区別がついていないだけ。
要するに、審美眼もバカなのである。そのせいで今まで、何度も男に勘違いされてきた。
「ああ! ありがとう桜姫先輩! そしてゴリラ先輩、その言葉は天から与えられた僕の美貌に対する最大の侮辱だよ」
フィギュアスケーターのフィニッシュポーズみたいな恰好で、凛は首を曲げて隆盛をにらんでいた。隆盛は立ち上がり、腕を組んだ。
「お前がイケメンならこの世にはイケメンしかいないことになるだろ! 俺はそういうことにしてもいいがな!」
凜は床に倒れこんだ。そして悲劇のヒロインみたいなポーズで女々しく泣くポーズをとって、呟く。
「僕の美貌はこの世の底辺だと言いたいのかい、ゴリラ先輩」
「そうだ。桜姫に言わせれば俺もイケメンだ。こいつは誰にでもそういうんだよ」
幸は「え?」と呟いた。その呟きのタイミングが絶妙であった。絶妙であったが故に、部屋に居た人物が皆その後に何か言葉が続くのかと思い、一旦喋るのをやめて幸の言葉を待つフェーズに移行した。
幸はその空気を察して、口から出そうな胃を押し戻しながら意を決して口を開く。
「白鷺先輩はその……」
しかし、この先が出てこない。
桜姫はスマホを置いて、「ん?」と小首をかしげて幸をみた。幸は聞きたい事をうまく言葉にできなかった。直接的に言えば、要するに、『俺もイケメンだと思うんですか?』ということを聞きたいのである。でもそれを言葉にするのは、余りに気色悪い気がした。
しかし桜姫はこういう時、ギャル特有のコミュ力を利かせて相手の言わんとすることを察知しようとするのだ。
「ああ! 競馬の結果かな? 負けちゃった~! 残念!」
その大体は、このように全く当たらないのだが。桜姫は同級生のギャル仲間から、話がかみ合わず、あっちに飛んだり戻ってきたりする様をつい最近も脱線魔と批判された。だが、彼女は皮肉が分からなかった。脱線? 電車の話? となって、次の瞬間には笑顔で新幹線の話をはじめたりする。『新幹線って超早いけど、脱線したら大事故だよね、リニア新幹線って浮いてるらしいよ? 脱線しないのかな? まじすごくない?』 みたいな話をする。
でもギャル仲間の方も、桜姫の可愛らしい笑顔で大抵、話が飛ぶことによる小さな苛立ちくらいは収まってしまう。そして何より、桜姫はわざと人を苛立たせているわけではないことを、そのギャル仲間たちもわかっているのであった。
しかも、桜姫の話の飛び方はどこかクスっと笑えるような、なんとなくギリギリのところで繋がりが見いだせるレベルなのが救いだった。
しかし一応。桜姫の名誉を守るために言っておくと。今回は幸のコミュニケーション能力が低いことが原因で、桜姫は全然悪くない。察しは悪かったが。
それはそれとして――
幸は桜姫の言葉に「そ、そうでしたかーあはは」と適当に茶を濁し、胸を撫でおろす。競馬の話などしていなかったが、桜姫に合わせてそういうことにしたのである。
幸はこういう集団で話をしているときに訪れる、自分が話さなくてはいけないフェーズが苦手だった。ずっと聞き役でいるのが好ましかった。
とはいえ、本当は言いたいことがあるのも事実だった。
「俺も、イケメンだと思いますか?」
幸はそう言った後、自分の口を両手で塞いだ。桜姫は幸の顔をじっと真剣な表情で見つめた後、歯を見せて目を細める。
「うん。幸君もイケメンだよ。口元隠さなくてもいいのに」
その言葉を聞いて、幸は背を向け、壁に額をくっつけた。額を冷やしているのである。
「ああ! 桜姫先輩! 僕以外の男をイケメンだと言わないでおくれ!」
「ええ? だって本当にそう思うし? みんなかっこいいよ!」
今一度、幸の発言を振り返ってみたいと思う。俺も、イケメンだと思いますか? と彼は言った。幸は本来、ここで本心をストレートに口に出せる人間ではない。
今一時の勇気を振り絞ったとか、彼が実はやればできる男だとかそういうことでもない。
この話を書いている私が言うのだから間違いない。
幸は本来、こんなことは言えない。
昨日五話上げると書きましたが、
夕飯食べて酒飲んだら寝てしまいました。
早起きしたので今日頑張ります




