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この恋が叶わないなら、消えてしまえばいい~そう願ったら、イケオジ王弟の過保護マックス溺愛攻撃が始まりました~  作者: Alicia Y. Norn


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9.大人の男……過保護攻撃開始

大切な人の名誉を守るため、あの人が立ち上がる。

ただの護衛だったはずの彼の正体が――

目の前で、ついに明らかになる!




 「兄上。」


 謁見の許可が届く数日前、いつもの装いとは全く違ういでたちで、テネシーは国王陛下と王太子殿下に会っていた。


 「今日は国王陛下と王太子殿下に会いに来た王弟という立場ではなく、昔のように、兄と弟、叔父と甥という立場で発言させてもらいたい。いいだろうか。」


 王宮とはいえ私室だ。

 そもそも人払いさえ必要ない。

 家族のみが入室を許される部屋なのだから、"断り"を入れるのは、テネシーのせめてもの礼儀だった。


 「もちろん、かまわんさ。お前もいいだろう?サミュエル。」

 

 サミュエルも黙ってうなずいた。


 「じゃあ、遠慮なく。」


 軽く咳払いをして、短い深呼吸をする。




 「何を考えているか、理解できないだろうとは思っている。でもこれ以上、スミス公爵令嬢に勝手な言動や行動をするならば、わたしはあなた方と敵対することになる。そう、思ってもらいたい。」


 テネシーの言葉に、陛下も殿下も閉口する。


 「まっすぐに努力している彼女を認める人間が、この王都にいないことも腹ただしい。だがそれ以上に、王宮には彼女に対する悪意が隠されもせずにはびこっている。」


 テネシーが鋭い視線をサミュエルに向ける。

 怒気を感じ取ったのか、サミュエルの背中に嫌な汗が流れる。


 「もしも、その悪意が政治的策略で、意図的に流されているものだとしたら、わたしはそれを許さない。」

 「テネシー……お前。」


 陛下のつぶやきを無視して、テネシーが深刻に告げる。


 「わたしは彼女を愛していますよ。骨の髄まで甘やかして、わたしがいなければ立てなくなればいいと思うくらいにはね。」


 自虐的な笑みが浮かぶ。


 「まぁ、彼女はきっと、それを許してはくれないだろうとは思ってますが。」


 二人だけの掛け合いを思い出しているのだろうか、テネシーの口元が緩む。


 「エレオノーラ嬢は、叔父上がそんなふうに想いを寄せるような令嬢ではないです。」


 テネシーがサミュエルを睨みつける。


 「もうお前の婚約者ではない。彼女の名前を気安く呼ぶな。」


 その声は、絨毯に落ちたペンの音でさえ聞こえてきそうな静寂を呼んだ。

 殺気の混ざったような低い声に、サミュエルの肩がビクッと固まった。


 「お前は、自分の見ているものが本当の姿だと言い切れるのか?偏見はないのか?思い込みは?」


 あまりの迫力に、思考までも奪われる。


 「人は自分の聞きたい言葉に耳を傾け、見たい姿だけを覚えているような都合のいい生き物だ。でも、王族がそれでは破滅する。」

 「そんな……。」


 強い言葉と冷たい視線に、サミュエルがうろたえる。


 「兄上。兄上は、スミス公爵令嬢を、正しく理解しているか?」


 国王という立場上、自分に対してこれほど真っすぐに意見を述べるものなど、もう随分と長いこと存在しない。突き刺すような眼差しに、王弟、テネシーの本気を感じる。


 「兄上は、彼女の何を知ってあれほどの悪意を放置なさっているのだ。

  ――まさか、噂そのものを知らないとはおっしゃるまい。」


 隠そうともしない怒気に、空気が一気に冷たさを増す。

 おおらかに笑う穏やかな気質であるはずのテネシーの迫力に、陛下もサミュエルも気圧されていた。


 「もう一度、ハッキリ宣言しておく。彼女を貶める者を俺は許すつもりはない。それがたとえ、尊敬すべき兄であろうと、かわいい甥であろうとな。」


 そこまで言い切ると、「失礼する。」軽く一礼して去って行った。

 その後ろ姿には、確かな覚悟が宿っていた。


***


 「父上、わたしは間違っていたのでしょうか。」


 叔父が去った扉を見つめ、ざわついた心のままにサミュエルが父に問いかけた。

 見たことのない姿に圧倒され、自分の行いは否定された。

 あれほどの怒りを向けられたのは、生まれて初めてだったかもしれない。


 「お前は間違っていたと思うのか?」


 サミュエルは即答できずにうつむいた。

 父の質問には、自分で答えを見つけることに意味があるのだという意図を感じた。


 ゆっくりと自分の記憶をたどる――早計ではなかったか、偏見や思い込みはなかったか――思えば、そんなふうに考えたことすらなかったと気づいた。


 「わかりません。けれど、もう一度よく考えてみるべきだとは思います。」


 サミュエルが拳を握りしめ、叔父の真剣な眼差しを思い出した。

 ゆらりと青白く光る炎のような怒りの中に、確かな信念があった。

 誠実な叔父に見えていて、自分には見えていなかったもの。

 深く考えるほど、聞こえてくるのは周囲の声だけだ。

 肝心のベルの声も、エレオノーラの声も聞こえてこない。


 ――自分の行動よりも確かな真実が、叔父の言葉の中にはあった。


***


 宮廷での会話から数日、謁見に向けてその準備は急ピッチで進められた。

 テネシーは、サミュエルとは別に、謁見の間にて釈明ができるように正規の手続きを申請した。

 同時に、自分が手にしている証拠品の数々の裏付けと、証人申請の準備も着々と整えていった。



 大切なのは公式の場での名誉回復――記憶と記録に残ることだ。



 おそらく、エレオノーラを守るための最大の難関は、彼女の誹謗中傷に関わった黒幕の人物を追い詰め、その場で自白させること。


 「おおかた必要なものは揃ったな。」


 テネシーは自分が動かせる人間をほぼ総動員で、証拠集めをした。

 異例の速度で認められた謁見の間での正式釈明の場も、おそらく王弟であることへの忖度が含まれていただろう。

 本来は、そういった王家の権力を使うことをひどく嫌うのだが、今回ばかりはそれもフル活用した。




 「ノーラ、お前はいつもの自分でいろ。言い訳などできないほど完璧に、お前に対する悪意――その出所まで、俺がきっちり暴いてやるからな。」


 謁見の間での拝謁命令が届き、エレオノーラは不安を隠して強がった。

 その緊張を吹き飛ばすように、テネシーが余裕綽々に笑った。

 それでもエレオノーラの身体は緊張で震えが止まらなかった。

 テネシーがそっと優しく抱き寄せる。

 そのぬくもりと聞こえてくる鼓動に、ゆっくりと肩の力が抜けていく。



 「ノーラの正当な評価を取り戻しに行くだけだ。大丈夫、俺がそばにいる。」

 「抱き寄せる必要、あった?」

 「おい、ここは素直に『ありがとう』じゃないのかよ。」


 ふふっ。


 いつもの軽口に、自然と笑みがこぼれる。

 気が付くと、エレオノーラの手の震えは止まっていた。




 謁見の間というのは、もともと王族との面会の場だ。

 まるで重力魔法でもかかっているかのように、歴史の重みを感じる。

 扉まで一緒にいたテネシーは、少し離れると告げて、そばを離れた。

 エレオノーラは一人でその謁見の間の中央に立っていた。

 冷たい大理石の床に反射して、好奇の目が届く。

 それでも、全身を包む彼の香りが、こわばる頬をゆっくりと撫でていく。


 策士ね……。抱きしめたときの残り香が、ちゃんと私を守ってくれてる。


 そう気づいた瞬間、自然と笑みが浮かんだ。


***


 エレオノーラの指示だとされていた嫌がらせの全貌が、ついに明らかになった。


 まずは紛失したとされていたカトラリーが、保管されていて証拠品となって提出される。

 その"紛失"を作り出した場面を目撃していたメイド、紛失した本人も証人となってエレオノーラとの関りを全否定する。そして、ドレスの宝飾やレースを取引した商人が、エレオノーラが無関係であったことをハッキリと宣言した。


 エレオノーラは、そのすべての証言を聞きながら、冷静にこの場の裁決を決める王族がいる上座を見ていた。

 サミュエルの顔色が悪くなっていくのは、少し申し訳ない気持ちだったが、その横で、もうひとりの人物が、怒りに顔を赤く染めていくのを見るのは、悪い気がしなかった。


 その青い顔をしたサミュエルが、意を決したように声を発する。


 「そして最後に、もっとも悪質で許しがたい殺人未遂事件についても真偽を問いたい。」


 その言葉の意味が分からなくて、無表情のまま固まった。


 「スワンソン令嬢主催のお茶会にて、薬物が混入されていることにスミス公爵令嬢の護衛殿が気づき、その場でメイドを現行犯として捕縛。調べると、ある人物の命令であったことが発覚した。」


 周囲がどよめく。

 お茶会のときにはもう、ベルは王太子の婚約者だった。つまり、これは王太子妃暗殺計画だったということになる。


 「非常に遺憾ながら、カトラリー紛失もドレス破損も、この暗殺未遂を命じていた人物とつながっていた。」


 よく通る王太子の声に、ざわついた声が少し大きくなる。


 「宰相閣下、なぜあなたの名前が繰り返し出てくるのか、釈明していただきたい。」




 テネシーから受け取った封筒の中には、宰相閣下が嫌がらせに加担していたという報告があった。

 かなりのやり手だということは、宮廷にいない人でさえ知っている事実だ。


 その宰相の尻尾を掴むなんて――テネシーってば、一体どんな手を使ったのかしら?


 まだ知らない彼の姿が思い浮かんで、自然と頬が緩んだ。

 その微笑みが勘違いをさせてしまったのか、宰相閣下が怒りを隠さずに叫び出した。


 「わたしの方こそお伺いしたい。本日この場で裁かれるはずの令嬢ではなく、なぜわたしの名が挙がるのだ!」


 宰相閣下の声は震えている。 


 「証拠など、誰かの捏造かもしれん。」


 一斉に向けられた視線を跳ね返すように、さらに声を荒げる。


 「そんないい加減なもの、どこのどいつの仕業か教えていただきたいものだ。」


 証拠は出ないと思いなおしたのか、自身の立場を思い出したのか、宰相閣下が少し冷静さを取り戻す。

 そうなのだ。宰相の立場を追いやるというのは、簡単なことではない。


 「証拠は、公爵家より提出されたもの。証拠も証人も、公爵令嬢直属の護衛より提出されております。」


 証拠を管理している官僚の一人が声を上げる。


 「公爵家の護衛といえど、どこの馬の骨とも分からん平民ではないか。」


 勝ち誇ったように笑って、宰相閣下がわたしを見下ろす。


 「平民の護衛風情の証言など、意味などないわ。」


 勝ち誇ったように、言い切られてしまった。

 貴族社会における身分は、悲しいほど大きな壁だ。

 公爵令嬢の直属とはいえ、平民の護衛が集めた証拠では、信憑性がないと突き返されてしまう。


 テネシー……。


 この場でわたしの無実を証明するために、一番心を砕いてくれただろう人の顔を思い浮かべる。

 せめて身分を与えてこの場に臨めばよかったかもしれないと、自分の準備不足を思い知る。


 それでも、宰相の権力には届かない……厳しい現実が突きつけられる。

 落胆したことを悟られたくなくて、無表情で正面を見据える。

 



 「その台詞(セリフ)、わたしを前に同じことが言えるか?」





 聞き覚えのあるバリトンがいつもより大きく響く。

 周囲も、その声と共に登場した人物が信じられないと言ったようにざわついた。

 あらわれたのは、見慣れたいつもの平民服とは違う、()()()()()()()()()()のテネシーだった。


 「テネシー、あなたその服装……。」

 「エレオノーラ嬢、彼はお主の護衛で間違いないか?」


 思わずつぶやいた言葉に重なるように、国王陛下が尋ねる。


 「はい。間違いございません。わたくしの護衛、テネシーにございます。」


 質問の意図が読めず、事実だけを述べる。

 国王陛下が、憤る宰相閣下に向かって静かに告げる。

 

 「テネシー・ウィンスレット。その名を聞けば、お前なら誰のことであるかはすぐわかるであろう。」

 「ウィンスレット……公爵……」


 そう呟いた宰相閣下は、一気に青ざめた。


 「そう、お前がどこの馬の骨とも分からんといった男は、我が弟、テネシー・ウィンスレット公爵だ。」


 彼は、とうとう諦めたように膝をついた。


 そうよね……平民扱いした護衛が、王弟陛下だったなんて、信じられないものね。

 こうなれば、言い逃れなんてできない――ちょっと、同情できるわ。


 と、そこまで考えて思考が止まる。

 はじかれるように、テネシーを見つめると、いつもの笑顔を向けられた。


 笑顔は一緒だけど、服装が違う。

 王族にだけ着用が許されるロイヤルブルーに金糸の正装。

 肩章には王家の紋章――そして、胸には数々の勲章が並べられていた。


 テネシーが王弟殿下ですって!?


 宰相閣下の驚きに勝るとも劣らない衝撃に、床に崩れ落ちそうになるのは自分の番だった。


***


 「どうしてお前はそんなに怒っているんだ?」


 テネシーは純粋に理解をしようと尋ねてくる。

 わたしの名誉回復の場は、宰相閣下の断罪の場となった。

 そこへ颯爽と登場した人物――王弟として正装に身を包んだ彼――の衝撃の姿にわたしは腰を抜かした。

 しかも、こともあろうかこの男は、「護衛だから」と、そのあとわたしを横抱きにして、謁見の間を退場したのだ。


 "恥ずか死ぬ"って表現を、初めて本当に理解したわよっ!


 大勢の視線に、行き場を失くした身体が熱くなったことがわかる。

 けれど、横抱きになった状態では、顔を伏せるというより、顔を胸にうずめていた。


 もう、あれじゃあ、名誉も何も台無しよっ!スキャンダルじゃない!


 心の中で大騒ぎするわたしを、テネシーは冷静に見つめている。

 そして、数秒考える仕草をして、にやりと笑った。


  「照れ隠しか。」

 

 顔がさらに熱くなる。せめてもの抵抗に、力なく拳をテネシーの胸にあてる。


 「軽率だわ。わたしの悪評を知らないわけじゃないでしょ?」


 テネシーが王弟とわかった以上、自分のせいで彼が不名誉な噂に晒されるのが我慢ならなかった。


 「どうしてお前は、そんなに自分を責めるんだ。」


 テネシーはわたしの拳をそっと握り、胸元で優しく手を重ねる。

 真剣な瞳が、真っすぐわたしを見据える。


 「嫉妬は愛情の裏返し、罪悪感はお前の優しさだろ?」


 その言葉に、思わずこくりと息をのんだ。


 「愛していない奴に嫉妬は感じないし、悪いことをした自覚のない奴に、罪悪感なんてない。」


 その微笑みは、醜い心を否定し続けたわたしを受け入れてくれているようだった。


 「ノーラ、人を愛することはきれいごとじゃない。お前は、それだけ本気でサミュエルを愛してたってことだ。」


 いつまでも慣れない胸のぬくもりに、悔恨や届かなかった想いが解けていく。

 こんなにも、彼の腕の中は心地いい。

 間違ってしまった自分。

 名誉も、失われた恋心も、すべてを受け止めてくれる腕の中で、わたしはただ静かに震えていた。


 「――少し妬けるけどな。」


 柔らかくなでる手のひらから、安心が伝わる。

 子供扱いされているようで、あんなに嫌だと思っていたこの手のひらが、いつの間にか傷ついた心を守る盾になっていた。


 ――お前は、お前が思う以上に価値のある女なんだよ。


 傷ついた心を癒してくれたあの言葉が、負の感情すべてを溶かしてくれた――そんな気がした。



いつもそばにいた彼――

あの優しい笑顔の正体は、

未来の叔父だったかもしれない人だった。


言葉で、行動で静かに守ってくれていた彼の思惑。

その全貌が、ついに明らかになる……

次回「第10話:真意」

お楽しみに!

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