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この恋が叶わないなら、消えてしまえばいい~そう願ったら、イケオジ王弟の過保護マックス溺愛攻撃が始まりました~  作者: Alicia Y. Norn


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7.断れない提案

円満に婚約破棄をして、修道院に入る――

身を切る想いで決断した「別離」。


けれど、王家からの勅命が、再び王宮へとエレオノーラを引き戻す。

課せられたのは、「次期王太子妃候補ベル・スワンソンの教育係」という重責。


理不尽な命令、悪意、陰謀が渦巻く王宮。

そこで彼女を支えるのは、ただ一人の護衛――テネシー。


最推しの幸せのため、"悪役令嬢の矜持"が、今、試される……。





 『想定外』――わたしは、まさにこの言葉にふさわしい展開を、体感していた。


 王宮からの、しかも国王陛下からの突然の呼び出しに、両親も兄も、当然わたしも驚いた。


 「えっ……?わたしが、王宮に?」


 唖然とするわたしの横で、驚いている両親に、勅命を告げる使者が王命を読み上げる。


 「エレオノーラ・スミス公爵令嬢を、明日、王城にて待つ。」


 勅命に、周囲の音が一切消える。王命を理解するのに時間がかかった……ような気がした。


 「なお、この命において、スミス公爵夫妻ならびにライル公爵子息は同伴を認めず。」

 「なっ!」


 珍しく声を荒げそうになった兄を父が無言で制した。


 「かしこまりました。ただ、護衛をつける許可をいただきたい。お伝え願えるか?」


 使者は大きく頷くと、無言で王宮へ帰って行った。




 どうやら、王家には深い事情があるようだ。早々に護衛同行の許可が下り、わたしは充分に準備する時間もないまま、登城することになってしまった。


***


 コツコツと足音が響く石畳。

 妃教育で訪れ、歩き慣れた場所があるとはいえ、さすがに陛下からの命とあれば、どの部屋に案内されるかは、まったくわからない。


 緊張で、胃が飛び出しそうよ……。

 こんな時でも、この人は落ち着いているのね。


 少し後ろを歩くテネシーをちらりと見て感心する。

 王宮というのは、それだけでひどく威圧感のある場所だ。だが、テネシーには、緊張する素振りも、気負う様子もない。


 これが、ただものじゃないって思わせる要因なのよね……まったく、肝が据わっているわ。


 見覚えのない廊下をいくつか通り、案内されたのは応接室のような部屋だった。


 「陛下とサミュエル殿下がおこしになる予定ですが、わたしのほうから、陛下の提案を述べさせていただきます。」


 眼鏡の落ち着いた雰囲気の男性は、この国の宰相閣下だ。

 個人的に会話をしたことがなかったが、冷たい視線に一瞬ぞくりとした。


 「この度、エレオノーラ・スミス公爵令嬢を、ベル・スワンソン嬢の教育係に任命するとのご命令です。」


 宰相閣下の声に、息が止まる。


 ……な、なんの冗談?わたしが……ベルの教育係?どうして?


 瞬時にいくつもの疑問が浮かび上がる。動揺がひどいと、人は呼吸を忘れるらしい。

 不安を隠そうとするわたしを見て、宰相はわずかに口元を緩めた。

 けれど、わたしがその表情に気づくことはなかった。




 「陛下、殿下、ご入場でございます。」


 扉の警護に当たっていた騎士がそう言うと、二人が部屋に入ってきた。

 ゆっくりと呼吸を戻し、さっと立ち上がると最も敬意を表すことができる仕草で礼をする。


 「エレオノーラ・スミスでございます。本日は、お時間をいただき、恐悦至極に存じます。」


 緊張のあまり、陛下とサミュエルが一瞬、驚いた表情をしたことをわたしは見逃していた。

 そのことに、少し後になって後悔するのだが、その時はとにかく告げられた用命をどうすべきかに必死で、それどころではなかった。


 「うむ。」


 陛下はゆったりと主賓席に腰を下ろすと、宰相閣下に視線を送った。


 「ご用命は通達済みでございます。」


 その言葉にサミュエルが笑みを浮かべる。


 「スミス公爵より、婚約破棄の打診があった。わたしは君の希望を円満な形でかなえようと思う。」


 渡りに船ってことでしょ?知略ってことかしら?恩を着せてるわよね、この言い方……。


 サミュエルらしくない言い方に違和感は感じても、心がざわつくのを止めることはできなかった。


 「幸い、次の王太子妃候補はいる。なので、今まで妃教育を受けてきたエレオノーラに、最初の教育係となってもらうことを、陛下に提案した。」


 サミュエルの意向だったのね。納得だわ……。

 ベルは下級貴族。王城での妃教育は、上級貴族の夫人たちが担っている。今の彼女では、及第点ともいかないものね。


 「エレオノーラ。引き受けてくれんか。」


 陛下のその一言が決定打だった。


 「……はい、かしこまりました。」


 どんなに疑問があろうと、理不尽だろうとも、これは王命だ。逆らえるはずがない。

 ゆっくりと立ち上がり、拝命を受けてカーテシーを見せ、部屋を出る。

 言い表すことのできないモヤが視界を埋めていく。


 帰途の馬車にどうやってたどり着いたのかも、自室へどう歩いたのかもわからないまま、窓辺の席に腰を下ろしてようやく息をつく。


 「テネシー、いる?」


 彼は気配を消すのが上手い。だから、たとえどんなに近くにいても、わたしが必要ないときは気配を悟らせない。


 「どうした?」

 「……。」


 何か言いたくて、テネシーを探したのに、なぜか言葉にするのを躊躇った。


 「この部屋にも、周囲にも、俺しかいないぜ。」


 この護衛……本当に優秀だ。おそらく、わたしの様子から察知して、部屋に入るころには人払いを済ませたのだろう。わたしが一番必要としているものを、的確に差し出してくれる。


 王宮での人権無視の直後にこれは……さすがに涙腺にくるわ。


 テネシーを見つめると、お礼の言葉より先に、涙がこぼれた。


 「違うの……ありがとうって言いたくて。」


 うつ向くと、温かい手のひらが、頭上に降りてきた。

 教育係という理不尽な王命への憤りも、重責への不安も、このぬくもりに消えていく。


 「心配するな。俺がついてる。」


 聞き慣れたバリトン。この最強の味方がいてくれれば何とかなると思えた。

 胸にじんわり広がる安堵が、明日から訪れるだろう試練の日々を、少しだけ明るく照らしてくれた。


***


 絶対的な味方を得ると、人は頑張れるものだ。

 まして、自分の未来に直接かかわるイベントの支援に入れるのだ。

 そう思えば、ベルの教育係も悪いものではなかった。

 しかも、彼女は優秀で王太子妃にふさわしい資質を持っているのだ。


 ただ、問題なのは次々に起こる不可解な事件だった。

 最初の違和感は、ちょっとした手違いのような出来事だった。

 テーブルマナーのレッスンで使う予定のカトラリーが忽然と消え、予備を頼まなければならなかった――その程度のこと。

 ところが、同じようなことが何度も続けば、偶然はもはや確定的必然だろう。


 「カトラリー、ナプキン、クリスタルグラス……なくなるものは違うけど、おかしいわよね。」


 わたしの独り言に、テネシーが無言で周囲を見渡す。

 その鋭い視線に射貫かれた者がいたのだろうか……わたしはその視線の先まで追う余裕はなく、この出来事の必然性と、それに伴う原因の可能性を考えていた。


 「誰かが意図的にメイドに指示をしている……?」


 実行犯は十中八九、わたしたちの補佐に入ったメイドの誰かだろう。でも、彼女にベルを困らせる理由もなければ、利益もない。だとすれば、指示した人間がどこかにいる。教育係の仕事と並行で、この嫌がらせを阻止し、思惑までたどり着けるなら、それが理想だ。


 無理よ。


 目の前で、一生懸命に努力するベルを見る。

 必死に学ぶ姿が、過去の自分に重なる。

 僅かに感じる胸の痛みは気のせいだと誤魔化し、決意を固める。


 他はひとまず放置ね。まずは、彼女を王宮レベルにする……それが、最優先だわ。


 そう決めてレッスンを続けた。




 努力家であることはもちろん、もともとの聡明さが手伝って、ベルのテーブルマナーは予定よりもはるかに早く形になった。その成果のテストも兼ねて、プライベートのお茶会をセッティングさせることにした。

準備期間は三日間だ。スケジュール的には短めで、あえてプレッシャーをかけてみる。念のため、メイドの嫌がらせの件もあったので、侍女のミミにサポートに入ってもらった。


 「ベルさまは、なかなか優秀です。お嬢さまの好みも的確に把握していらっしゃる。」


 ミミが嬉しそうに準備の様子を報告してくれる。

 しかし、その雲行きが怪しくなったのは、お茶会当日の朝のことだった。


 「お嬢さま、大変です!」


 ミミの様子に、ただ事でないことを悟る。


 お茶会当日、準備してあったドレスが破損していることが判明したのだ。ミミいわく、ドレスの宝飾やレースが器用に剥がされ、見えるか見えないかの裾もとに泥が……極めつけは着用している間に背中がほつれてくるよう、裁縫に細工がしてあったというのだ。


 「ひどい……。」


 思わず本音がこぼれた。これにはもう、悪意しか感じない。


 「エレオノーラさま。」


 ベルの落ち着いた声に冷静さを取り戻す。


 「エレオノーラさまのご忠告どおり、別のドレスを用意しておきました。そちらは大丈夫でしたので、お茶会は時間通りに……お願いできますか?」


 ベルの静かな決意を感じた。穏やかな彼女も、ここまであからさまの嫌がらせを受ければ、誰かの悪意だと感じているだろう。けれど、この状況に屈しない態度を見せる必要があると理解したのだ。王太子妃ともなれば、悪意に晒されることもある。動じない強さと屈しない誇りは、王太子妃に必須の資質だ。


 「お茶会、楽しみにしていますわ。」


 ベルの決意を受け止めて、笑顔を返す。そしてその昼下がり、お茶会はつつがなく終えることができ、彼女は見事にわたしの提示した"王宮レベルの淑女教育"をクリアした。


***


 「ベルさまは、さすがだわ。」


 課せられた教育係が順当に進んでいるのも、優秀なベルのおかげだと、心底感謝した。

 久しぶりのお休みに、緊張感がほぐれて、午後のティータイムの紅茶の香りも一層際立った。


 「……それにしたって、腹が立つわよね。恩着せがましく円満に婚約破棄してやるみたいな発言をして、ベルの教育係に任命するなんて……」


 王命を受けた日のサミュエルの嬉しそうな顔がちらつく。


 「あれは宰相の入れ知恵だろうな。」


 テネシーが険しい表情で小さくつぶやいた。

 けれど、そのつぶやきはエレオノーラには聞こえなかった。


 「あんな言い方する人じゃなかったのに……」


 大好きなサミュエルの役に立ちたくて、妃教育は頑張った。厳しい教育係のご婦人たちにも驚かれるほど、マナーも語学も磨いた。


 まぁ、そのマナーをガン無視して悪役令嬢をやってたんだから、残念な子……ってことなんだけど。


 自分の気持ちと努力に反比例していた行動が、若さ故の黒歴史だったと苦笑いしてしまう。

 テネシーの気配と、無言のままの優しさが心地いい。その温かさに緊張がゆるんだのか、ため息がこぼれて思ったままの気持ちを口にする。


 「好きでもどうしようもないって、気づけたわたしは幸せなのかしら……。」


 前世を思い出し、プレイヤーだった頃の使命感も手伝って、サミュエルの幸せを願ってきた。

 

 「最推しの幸せが、わたしの幸せって考えは、今も変わってないけどさ……修道院で生涯を終えるっていう未来しか見えない自分が、少しかわいそうに思えてきちゃったな。」


 あまりの心地よさに素のまま本音がこぼれていた。

 その言葉に、テネシーがどんな反応をするのかまで、想像すらしなかった。


 ――その時はまだ知らなかった。

 わたしのその甘さが、この先の未来を大きく変えることになるなんて……。



ベルの成長と笑顔に触れ、

何より側にいるテネシーに支えられ、

エレオノーラは本来の自分を見失うことなく、未来へと歩いていく。


ただ、数々の不可解な事件は、

単なる嫌がらせの域を超え、真実が大きく未来を変えていく――。


次回「第8話:迷子の心」

お楽しみに!

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