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この恋が叶わないなら、消えてしまえばいい~そう願ったら、イケオジ王弟の過保護マックス溺愛攻撃が始まりました~  作者: Alicia Y. Norn


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5.孤独の中での決意

世界が自分を悪と呼ぶのなら――せめて、自身だけは己の心を誤魔化さずに生きようと思った。


誰にも届かない祈りのような、孤独な決意。

そして、彼女が最後に選んだのは、“自分なりの幸せ”への道だった。







 「悪評は、簡単に変わってはくれないわね。」


 転生してから、ずっと自分なりの努力を続けた。

 前世で踏み込むこともできなかった奉仕活動は、始めてみればやりがいのあるものだった。

 感謝され、その気持ちに癒されていくこと。


 「奉仕が自分のため」という言葉を実感させるのに十分な経験だった。

 

 ……わたし、少しは成長したよね?


 褒めてみたものの心は晴れない。


 所詮、悪役令嬢の悪あがき。シナリオには勝てない。


 悪意に晒されて、努力には目を向けてももらえない。

 努力を重ねても消えない悪評が、少しずつ心を蝕んでいった。


 「名誉挽回なんて、最初から無理だったのよ。」


 諦めのつぶやきが落ちる。

 簡単にあきらめるつもりで始めたわけじゃない。

 だから、もう少し続けよう……続けたいと思っている。

 それでも、心が悲鳴を上げていることを無視できなかった。


 人の目が……囁かれる言葉が、怖い。


 これ以上、自分を傷つけるのも、家名を汚すのも嫌だと思った。

 ここがきっと潮時だろう。




 「お父さま、お母さま、お話があります。」


 自分の最終結論を告げる日が来たと確信し、わたしは両親に向き合っていた。


***


 「殿下との婚約を破棄して、修道院に入ろうと思います。」


 そう告げた瞬間、両親が息をのむのが聞こえた。

 父が小さく息を吐き、母はその場に崩れ落ちた。


 「エレオノーラ。」


 母はようやくその一言をつぶやいたが、あとの言葉が続かない。父も、拳を握りしめたまま無言だ。


 「殿下をお慕いしています。でも、殿下を支えていけるのは、わたしではないのです。」


 かすれた声は、思ったよりも悲痛に聞こえた。


 「もうこれ以上、醜くなる自分を見たくはありません。」


 キュッとスカートを握りしめてうつむいた瞬間に、涙があふれた。

 泣きたくないと思っても、感情の高ぶりはそれを許してはくれないらしい……。


 「あなた……それほどまでに。」


 母は、あえて最後まで言葉にするのをやめたのだろう。

 言いたいことは理解してもらえたと思った。


 「申し訳……ありません。」


 貴族の娘として、修道院に入るということが何を意味するか分かっているつもりだ。


 「殿下ではない方の元へ嫁ぐことは、考えられないのです。」


 何度も考えた。

 公爵令嬢として、利益となる縁談はいくらでもある。

 まして、公爵家と縁を結びたい家など、わざわざ探すまでもない。

 王家との婚約が破棄されたとしても、円満な状態で合意にいたれば、良縁は結べるのだ。

 あえてそれをしないと……それができないと口にした。


 こんな時まで、わがままでごめんなさい。




 「少し、時間をくれ。」


 重い空気のなか、お父さまの声が少し遠くに聞こえた。


 「わかりました。」


 かろうじて、つぶやくように答えを返す。



 転生して数か月……わたしはようやく、苦しかった片思いに、終止符を打つ決意をした。


***


 あの裏路地での出来事から、数日が経っていた。

 何度も思い返して、自分に問いかけた――大事なのは、目的と未来――


 「わたしが望む未来……か……。」


 見慣れた天井に手を伸ばし、指先を見つめる。

 

 「エレオノーラ、ごめんね。」


 自分じゃない誰か転生していたら、もっと上手くやれたのかもしれないと、ふと思った。

 ゲームとして楽しんでいた頃を思い出す。

 お気に入りだったスチルのサミュエルが脳裏に浮かぶ。


 「大好きだったのにな……。」


 つぶやいたら涙があふれた。

 もういいんだ。

 あと少し頑張ったら、この気持ちからも解放される。


 「こんなわたし、消えて……いなくなればいい。」


 小さくつぶやいたとき、扉をノックする音が聞こえた。




 「……はい。」


 慌てて涙を拭う。


 「エレオノーラ、入ってもいいかい?」


 扉の向こうにいたのは、兄・ライルだった。


***


 「父上と母上から聞いたよ。……辛い、決断をしたね。」


 子供をあやすように、兄の大きな手が頭を撫でる。

 懐かしくて心地いい感覚に、また涙が浮かぶ。


 「お前は変わった。頑張ったよ。」


 たった数か月の行動で、積み重ねてきた悪行を塗り替えようとしたのが浅はかだったのかもしれない。

 傷つけた人も、追い詰めた人もたくさんいただろう。

 自分が少し反省したからって、歩んできた過去は消せない。


 「もう少し頑張る。でも、ずっとこのままでいるのは……もう、無理。」


 本音と一緒に、堰を切ったように涙があふれ出す。

 

 心に蓋をして、聞こえないふりをした言葉、気づかないふりをした視線。

 そのどれもが涙と共に流れ出てしまえばいい。


 「今のお前に話すのは、酷かもしれないけれど、殿下の噂のことは知っているかい?」

 「うわさ?」

 「ベル嬢と親密だと……。」


 ズキンと大きな氷の刃が胸に突き刺さった。


 「噂は聞いていませんが、あの日からそうなるのではないかと……思っていました。」

 「修道院へ行くというのは?」

 「それが原因ではないと、言いきれればいいんですけどね。」


 心が少し落ち着いて、ぎこちないながらも笑みを作れた。


 「ベルさまは、とても素敵な女性です。控えめだけれど、芯が強くて……。殿下にふさわしい方だと思います。」

 「エレオノーラ。」

 「公爵家の名誉が回復できなかった今、わたしに残された最善は修道院だとわかったのです。」

 「それは、お前の幸せを諦めることになるんじゃないのか?」


 兄の悲しそうな顔を見るのが苦しい。

 フルフルと首を横に振った。


 「修道院に行くことで、わたしは心の平穏を取り戻すことができるでしょう。それに……」


 心配そうな兄を安心させたくて、笑ってみせた。


 「修道院でも奉仕活動が続けられます。公爵家の名に恥じない生き方が、続けられるでしょう?」


 目じりから涙が一筋こぼれた。 

 きっと、他家へ嫁ぐことが幸せになる道だと、両親も兄も想っているかもしれない。

 でも、サミュエルへの恋心を消せない今の自分に、その選択肢はないのだ。

 恋心が消えるまで、悪評の中で、公爵令嬢として平然と生きていける自信もない。


 「我儘で……ごめんなさい。」


 かぶりを振って、兄がそっと抱きしめてくれる。


 「それは、我儘とは言わないよ。お前の我儘には、散々付き合ってきたんだ。それは……我儘じゃない。」


 兄の声も、震えているように聞こえた。


***


 父が決断をし、王家との正式な婚約破棄がなされるまで、わたしは責任をもって支援活動を続けることを両親に告げた。修道院へ行ってからも、大切な活動は、兄に引き継いでもらう承諾も得た。


 「男の子みたい。」


 兄のお古のボトムスにハンチ帽をかぶると、つい最近淑女デビューした令嬢には見えない。


 「そんな恰好……。」


 ミミが、もの言いたげにこちらを見ている。


 「危険なんだから、これくらいじゃないと危ないでしょ?」

 「そんな危険なことをしないでいてくださるのが、一番なんです。」


 ニッコリ笑ったら、ミミに本気で叱られてしまった。

 自由でいられる時間も限られている。

 だから、心を解放することにした。やりたいと思ったことは、やってみる。

 笑顔でいられる自分を、大事にしてあげると決めたのだ。


 父にも兄にも渋い顔をされ、母には盛大なため息をつかれてしまった。

 でも、あの婚約破棄の意思を告げたあの日から、両親はできるだけわたしの心に寄り添ってくれている。 


 「行ってきます。」


 荷馬車の御者の隣に座り、教会へ向かう。

 これなら、誰にも公爵令嬢だと気づかれない。

 教会に届ける物資は、周辺の家族に配られるものだと聞いた。

 食料、水、服や靴……毎日の生活に欠かせないものが、今もまだ足りないのだ。


 「やらなきゃいけないことは、まだまだあるわ。」


 両親の前で本心を打ち明け、兄の前で泣いた。

 心が軽くなったようだ。

 見上げた空は、青く高かった――。


***


 角をあと一つ曲がれば、いつもの教会までという距離になって、荷車を引く馬たちが、落ち着かなくなった。


 「大丈夫?」


 気になって御者に声をかける。


 「何かにおびえているようです。」


 困った様子だが、馬が歩みを止めないので、とりあえず進んでみる。




 「ちょっと待ちな!」


 怪しげな風貌の男たちに道をふさがれる。

 いつもより人通りも少ない。


 計画的?


 悪い予感がした。


 「教会への支援物資だろ?こっちへよこしてもらおうか。」


 にやにやと笑いながら、数人の男たちが距離をつめる。


 「支援物資とわかっていて、なぜあなたたちにお渡しすると?」

 「おいおい、やけに丁寧な言葉遣いの御者見習いだな。」


 その言葉にハッとする。

 どれだけ服装を変えても、言葉使いで身分がバレてしまっては意味がない。


 「ちょっと、気取って話してみただけだろ。お前たち、この馬車を襲ってどうするつもりなんだ。」

 「貴族さまからいただいて、金を儲ける計画さ。さっさとよこせ。」


 あらら、軽いお口だわ。口論なら勝てる気もするけど、腕っぷしはからっきし……う~ん、どうしよう。


 「よく見ると、かわいい顔つきじゃねぇか。かわいがってやるよ。」

 「謹んで、お断りしますわっ!」


 言い切ると同時に、足を踏みつけ、みぞおちに肘を叩きつける。

 

 うぅっ


 聞きかじりの護身術でも、できることってあるのね。


 危うくつかまりそうだったピンチを脱して油断した。

 気づいたときには後ろから羽交い絞めにされていた。


 「離せっ!」


 じたばたしても、本気の大人に敵うはずがない。

 御者は気絶している。

 息が詰まり、嫌な汗が背中を伝う。

 引きずられるように、裏路地に引き込まれ……。


 もうダメ――そう覚悟した瞬間。

 

 「感心しないな、こんなところで、ご令嬢が何をしているんだ。」


 聞き覚えのあるバリトンが響いた。


 

悪意に打ちひしがれ、泣きつくした先に見つけた答え。

それでも、善意は、簡単に悪意に染められてしまう――。


聞き覚えのある声とたくましい背中。


あらわれたのは――誰?


次回「第6話:一癖も二癖もある護衛」

ご期待ください!

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