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この恋が叶わないなら、消えてしまえばいい~そう願ったら、イケオジ王弟の過保護マックス溺愛攻撃が始まりました~  作者: Alicia Y. Norn


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4.砕かれた心を救ってくれた言葉

せっかくの努力も、「見せかけの票稼ぎ」と悪評に変えられる王都。

追い打ちをかけるように、ヒロイン・ベルの善行を目にするエレオノーラ。

心は砕け、深く重く沈んでいく――そんな彼女を救ったのは、見ず知らずの紳士の言葉だった。




 「あぁ、もう心……折れるかも……。」


 慈善活動は、自分が思っているよりもはるかにハードだった。


 転生前だって、ボランティア活動なんてしたことがない。

 やってみようと思ったことは何度もあった。でも、結局そんな勇気はなくて、一度も参加したことはなかった。

 貴族にとっての慈善とは、自分の知るボランティアなんていう言葉では語り切れないほど、高密度で重労働だった。

 それなのに……エレオノーラの活動の評価は散々だ。


 『資金力にものを言わせて、これ見よがしに支援活動している貴族令嬢。』


 まことしやかに心無い噂が広がっているのだ。

 名誉挽回どころか、悪評になっているあたりが、まるでゲームの強制力みたいだと思う。



 

 兄と相談して、父の許可を得て始めた支援――エレオノーラが最初に行ったのは、孤児院への寄付活動だった。これは、令嬢のお小遣い程度では焼け石に水だと思い、素直に公爵家に援助を頼んだ。


 「自分が主体になって、経済的にも活動内容にも深くかかわるならば、その援助の出所はハッキリさせるんだよ。」

 「わかりました。そういった支援ならば、わたし主導だと明示していいということですね。」


 兄・ライルの助言を受け、寄付活動の次に行った教会での炊き出しは、"エレオノーラの支援活動"として自分が主催であることを示した。その際、過剰生産で市場価格が落ちかけていた農作物の買取も行って、農家の救済にも一役買ったので、そちらも同様の扱いにした。


 「ロクな価格にならなかった作物を、通常価格で買い取ってもらえるなんて……本当に、ありがとうございます。」


 農村にとって、この収入は死活問題だ。そんな市場の仕組みでさえ、エレオノーラは初めてちゃんと理解したような気がした。人助けは「命を救うこと」に直結している。涙しながら感謝してくれる人の手のぬくもりに、貴族としてのこういった活動が、きれいごとであってはいけないということも実感した。

 王都郊外の農村や、炊き出しを行った教会では、エレオノーラの活動はとても感謝された。自分の行動が認められたことで、エレオノーラもこの奉仕に純粋に喜び、やりがいを感じた。


 人の役に立てるって、こんなに嬉しいことなんだ。


 自分の行いが、誰かの明日につながっている。我儘に人を動かしていた自分では、とうてい知ることができなかった大きな喜びが、そこにあった。



 ――けれど、王都ではすべてが違った。


 悪評は止まることなく、エレオノーラの活動は誰からも"票稼ぎ"と言われていた。


 わたしなりに努力してる……でも、何か足りないの?

 そんなの分からないよ。


 心は折れる寸前だった。




 そんな時、貧民街で、病人の介護や清掃活動をしているベルを見かけた。


 「この場所は、少し汚れてしまったので、移動しましょう。手を貸します。」

 「大丈夫ですよ。王家からお薬が届いています。いま、包帯を変えましょうね。」

 

 汚物と排泄物の強烈な臭いにも、顔をしかめることなく、病人に寄り添う……優しく微笑みながら、色の変わった深い傷を、嫌な顔一つしないで手当てする姿。 

 その献身は、清廉で強く、圧倒的に美しかった。

 

 サミュエルが惹かれるのも無理はない。


 無条件で納得できた。


 そしてその彼も――ベルの援助を惜しみなくしているらしい。



 

 「サミュエル殿下は聡明なお方だからね。ベルの市井での好感度を上げて民意を味方につけるという策略があるのかもしれないね。」


 ライルの苦笑いを思い出す。




 「そっか、これ見よがしに支援活動をしている貴族令嬢、か……。ベルの貢献に比べたら、確かにそう……なんだろうな。」


 自分がそう評価されても仕方ない。

 そう思えるほど、ベルの善行はまっすぐで、まぶしいほど献身的だった。


 「わたしがお払い箱になる日も近いわね。」


 臨んだ円満な婚約破棄に近づいているというのに、心のモヤは晴れなかった。

 圧倒的な光にできる漆黒の影――その影が自分の姿を揶揄しているように思えた。


 「付け焼刃、ってこういう時に使うんだったかな?」


 溢れそうになる涙を抑え込むように、空を仰いだ。


 できることはしたかった。

 それが懺悔でも贖罪でも……。

 どんなに遅すぎたとしても――何かしなきゃと思った。


 けれど、心のどこかでちゃんとわかっていた。

 転生したこのタイミング……今しかわたしがこの活動を始めることはできなかったのだと。


 「これ以上、わたしにできることなんてなかったんだ。」


 無力な自分に、無価値な自分に打ちひしがれた。




 逃げるように駆け込んだ貧民街の薄暗い路地で、エレオノーラは膝をついた。

 そしてうつむいたまま、ムキになって手の汚れをぬぐい続けた。


 どうして、わたしって……


 気を緩めたら溢れそうになる涙を必死に押さえる。

 拭っても、拭っても、汚れは落ちない。その汚れが、まるで自分の人生から落ちることのない悪評のように見えた。


 「感心しないな、こんなところで、ご令嬢が何をしているんだ。」


 背後から静かな足音がして、見知らぬ紳士に声をかけられる。

 一瞬、身体がこわばり緊張が走る。

 けれど、その紳士の身なりは地味で、貴族らしさがないのに、どこかこの貧民街には似合わない雰囲気があった。落ち着いた所作と凛とした立ち姿に、どこか覚えのある"既視感"を覚え、緊張が解ける。


 「泣いているのか?」


 責めるのとも慌てるのとも違う、優しい問いかけに、いつかのバリトンの声を思い出す。


 「泣いてません!」


 認めるのが悔しくて言い返すが、温かい声に涙腺が刺激されてしまった。

 止めようとして空を仰いだ自分の努力を完全に無視して、涙が勝手に流れる。


 「好きなだけ泣くといい。」


 どこかで聞いたセリフのような気がしたが、ポロポロとこぼれ出す涙に驚いて、思考はそこで途切れた。

 制御が効かない涙に動揺しながらも、どうしようもない不甲斐なさに、どんどん成す術を失くし、心が砕けていくのがわかる。


 「これ見よがしな慈善活動って……意味のない票稼ぎだって……わたし、頑張ってもダメみたい。」


 流れる涙に心の鎧は完全に溶かされてしまったらしい。情けない弱音が止まらない。

 どこの誰かもわからない人の前なのに、貴族の矜持なんて欠片も残っていない。

 情けなくて、ちっぽけな自分……消えてしまいたいと本気で思った。



「……慈善事業って言うのは、思いつく奴は多いんだ」


 誰に聞かせるともなく話しだした声は、柔らかく、穏やかに響いた。


「でも、実際に行動できる奴は、なかなかいない。だから、それだけですごいことなんだ。」


 その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。

 深く重く沈んだ心に、僅かに光が差したような気がした。


 「でもな、慈善活動ってのは、覚悟がなきゃ続かないものだ。お前には、続ける覚悟が足りなかったんじゃないのか?なぜ、この活動をしようと思ったのか。この活動の先に、お前はどんな未来を望むのか。ちゃんと考えろ。」

 「……。」

 「意味のない票稼ぎ?そんなことはないだろう。お前は行動してる。慈善活動に協力している王家だって、しっかり宣伝しているじゃないか。」

 「宣伝……?」

 「王家はちゃんと明示してるだろ、教会への寄付はサミュエル王太子名義だってな……知らなかったか?」

 「そんなこと……。」

 「大事なのは、目的と未来だ。お前なら、ちゃんと見据えることができるんじゃないか?」

 「……えっ?」


 目を上げると、紳士とほんの一瞬だけ目があった。その瞬間、目元を緩めて微笑んで、その人はすぐに人混みに紛れて消えていった。

 その後姿をどこかで目にしたような気もしたが、今自分が考えなければいけないことは、このことではない気がして、それ以上は考えなかった。

 そして入れ替わるように、わたしを探してやって来た御者と屋敷へと帰った。


 帰途の馬車の中、心の中にはあの紳士の言葉がこだましていた。


 「なぜ、この活動をしようと思ったのか。この活動の先にお前はどんな未来を望むのか。ちゃんと考えろ。」


 複雑に絡み合った嫉妬と絶望感が、少しだけ軽くなった。代わりに、自分がどんな未来を望んだのかを思い出した。

 

***


 部屋に戻ってからも、ずっとあの紳士の言葉が頭を離れなかった。


 「大事なのは、目的と未来だ。」


 誰だったのか、名前もわからない。

 けれど、彼の言葉は心の奥深くにしっかりと届いた。


 ……あの人、一体誰だったんだろう……


 繰り返し自問自答しては、見つけられない答えにモヤモヤとしていた。


 「それよりも……。」


 たどり着けない答えを延々と自問するより、目の前にあるすべきことに注視することにした。


 「そう、わたしが明確にしなくてはいけないのは、心無い噂を打ち消す方法でも、絶望的になった婚約者への心象回復の方法でもない。」


 仰向けに寝転んだベッドの上で、手をかざす。


 「わたしが望む未来……。」


 手のひらの向こうに、サミュエルの優しい笑顔が見えた。


 「最推しの幸せ。そして、わたし自身が救われる未来。」


 もう、自分にできることはない気がした。

 やれることは全部やった。

 そう胸を張って言えると思った。


 だから、受け入れよう。これからの未来……推しのためにできるわたしの最善。




 答えが見つかった気がして、静かに目を閉じた。

 孤独しかない未来かもしれない。それでも最推しの幸せにつながっている。

 それが、わたしの幸せのすべてだった。


時として、言葉は人を深く傷つけてしまう。

でも同じように、

言葉は人を救い、未来へと導くこともできる――


エレオノーラは、あの紳士の言葉に、どんな決断をしたのか。

次回「第5話:孤独の中での決意」

お楽しみに!

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