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この恋が叶わないなら、消えてしまえばいい~そう願ったら、イケオジ王弟の過保護マックス溺愛攻撃が始まりました~  作者: Alicia Y. Norn


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3.いまさらかもしれないけれど……

悪名高き「悪役令嬢」、エレオノーラ。

我儘で自己中心だった彼女は、汚名返上すべく慈善活動を決意する。

家族の思いや優しさに触れ、今、エレオノーラは公爵令嬢として名誉挽回へ――。





 誕生会が終わってしばらく――社交界は予想通りの展開を迎えていた。

 サミュエルとベルのダンスは、かなりの話題となっている。


 あのダンスは、誰の目から見ても美しかった……そういうことだよね。


 噂話が聞こえてくるたびに、心はチクリと痛む。


  なんて美しくて、控えめな方……殿下ともよくお似合いだ。

  あの我儘令嬢とは大違いだわ。

 

 いままでのエレオノーラがあまりにも悪評高かったため、二人のことは好意的に話す者の方が多いようだった。

 皮肉にも、自分の悪評が二人の好感度に貢献してしまった。


 「あぁ~、もういい!とりあえず、自分自身の名誉挽回だよね。」


 痛む心を無視し、やるべきことを口にする。

 断罪回避のためにも、悪評は沈静化させたい。

 いまさらいい人にはなれないことはわかっている――。


 「でも、悪女のまま終わるのは嫌。せめて、『悪い人じゃない、悪い人じゃなくなったよね。』くらいは言ってもらえるようになりたいじゃない。」


 理想の淑女と呼ばれる令嬢たちの振る舞いを観察し、もっとも尊敬される行動は慈善活動だと分かった。

 早速、孤児院や教会、貧民街を中心に、どんな活動ができるのかを兄に相談することにした。




 「エレオノーラ、熱でもあるのかい?」


 天然気味の兄は、大真面目だ。


 「お兄さま、少し失礼じゃないですか。わたしも誕生日の夜から、いろいろ考えたんです。」


 今までの行いを考えれば、兄のこの反応も当然だ。


 「一人では行き詰ってしまって……迷惑、でしたか?」


 忙しい人だということは知っている。

 今まで散々心配をかけてきた。

 聞く耳を持つことさえなかった妹の突然の変化に、兄が動揺を隠せなくても仕方ない。


 「……えっ、エレオノーラが、しおらしくなってるのか……?」


 驚きに比例して裏返りそうな兄の声に、思わず素のまま反応してしまう。 


 「お兄さま、本音が隠せてません!……昔のわたしを思えば、仕方ないかもしれないけど。」 


 どんな態度をとっても、ずっと優しかった兄を頼りたいと思った。そして、それは正解だった。 

 健気な言葉の効力か、真剣さが伝わったのか、兄は嬉しそうにいくつかアドバイスをくれた。


 「慈善活動をすることに反対はないよ。でも、最終的には、父上に相談すべきだろうね。」


 兄は、最終案が出来上がると、頭を撫でながらそう笑った。

 自分一人では出来ないし、物資も人手も必要だ。


 「公爵家の名に関わることですものね。お父さまの許可は、必ずいただかなくてはいけない。そういうことですよね?」


 そう確認すると、感心したような顔をして、兄が少し誇らしげに大きく頷いてくれた。


***


 王都の公爵家の執務室で、書類の山に囲まれながらライルが思い出したように父に話しかけた。

 

 「父上、エレオノーラから話はお聞きになりましたか?」


 まるで別人になったような妹の懸命な姿を思い出して、ライルに自然と笑みがこぼれた。


 「驚いたよ。あの子が慈善活動をはじめたいと言い出すなんて。」


 書類を手に答えてはいるが、父の声はどこか嬉しそうだ。


 「誕生会の日、ご令嬢たちが孤児院に寄付をして社会貢献しているという話を聞いたそうですよ。それがきっかけだったとか。」

 「エレオノーラがその話に耳を傾け、何かをしたいと思ったことに驚いているんじゃないか。」

 「まぁ、父上の驚きも当然でしょう。わたしも驚きましたから。」

 「単に寄付をするような貢献じゃなく、もう少し関わりたいというのだから、返答に困ったよ。」

 「その提案は、わたしのアイデアですね。」

 「そうなのか?」

 「聞けば、エレオノーラは"自分にできること"で貢献したいと言っていました。ならば、金銭面だけでなく、具体的に一緒に活動できることを考えようとなったのです。あの子は変わりましたね。」


 身内から見ても、妹は手に負えないほど我儘だった。十六歳という、節目の年齢のせいか、誕生会でのサミュエル殿下の行動がそうさせたのか――理由はわからないが、何かは確実に変わった。


 「あの噂……あの子が心を痛めていなければいいが。」


 ポツリと父が呟いたのを、ライルは聞き逃さなかった。


 「殿下のお心を知る由はありませんが、あの方は元来、優しく誠実です。エレオノーラも変わろうとしている。二人の関係が改善されるとよいのですが……。」


 家族として、エレオノーラの悪評を知らないわけではない。サミュエル殿下が婚約を維持していたのが、公爵家に対する政治的思惑あってのことだということも理解していた。

 ただ、身近にいるからこそ、家族はエレオノーラの恋する気持ちが本物だということも知っていた。表現の仕方も、行動も、何もかもが間違っていたけれど、殿下に対する想いは、年相応の恋心だ。


 「誕生会と言えば……。」


 ふと、父の声色が変わる。


 「ライルは気づいていたかい?」


 意味深な質問を投げかけられる。名を出すことを、存在を明かすことを憚られる人物など、すぐにわかった。


 「あのお方のことですか?」

 「まさかいらしているとは思わなかった。」

 「そうですね。みなが仮面をつけてからの登場でしたし、お忍びだったのでしょうか。」

 「娘の誕生日会に出席とは、ありがたいことだが、挨拶をしそびれてしまったよ。」

 「あの場では、その方が良かったのでは?」


 ライルはあの場にいたある人物を思い浮かべる。エレオノーラがバルコニーに去った後、あとを追うことに一瞬躊躇した。その瞬間に、あの方がバルコニーに出た姿が見えた。年若い妹と男性と二人にすることなど、あるまじき行為だが、彼の方ならば信用できると、自分はその場にとどまった。


 「母上と相談して、礼状は出された方がよろしいのでは?」

 「そうだな。」


 バルコニーの一件は、なぜか父にも母にも話せずにいた。自分が想像した以上に大ごとになりそうな予感がしたからだ。


 あの時、殿下とのダンスを見ていた?……バルコニーに向かった意図は――?


 「あの方が、エレオノーラを見ていたのは確かなのだと思うんだが……。」


 謎は多い。だが、ライルはあえてその問題を考えることはやめた。

 今はただ――驚くほど淑女らしく成長した妹の姿を、純粋に喜びたかった。


***


 慈善活動の計画を具体的にまとめてお父さまに提出した数日後、わたしはお母さまにサロンに呼び出された。

 今までのお茶会は、ほぼ100%お小言だと決まっていた。

 そのせいか、妙に緊張したままサロンのテーブルについていた。

 大好きなアールグレイの香りがする。その横には、色とりどりのマカロンも用意されていた。


 「エレオノーラ。」

 「はっ、はい!」


 びくりと、身体が勝手に反応した。

 母の落ち着いた声に、これほどの反応を示したことがなくて、自分でも驚く。


 確かに、以前のわたしなら気にも留めなかった。でも……この空気、ただ事じゃない、よね?


 顔を下げたまま、目線だけで母の思惑を図ろうとする。


 「本当に、変わったわね。」


 そのつぶやきは、母の安堵のように聞こえた。


 「お母さま……。」


 自分の今までの行動が、どれだけ母の、両親の、家族の心を痛めていたのかを身にしみて感じる。


 「いままで、ごめんなさい。」


 素直な言葉が口をついて出た。


 「あなたをちゃんと叱れなかったわたくしにも、責任があるわ。でも、謝罪は嬉しく思うの。お父さまにもその気持ちを伝えてあげて。」

 「はい。」


 この母の優しさに、どれほど甘えていたのだろうと情けなくなる。でも、これからは違う。変わりたい、変わると決めたのだ。


 「今日は、なぜ?」

 「あら、かわいい娘とお茶をしたいと思ってはいけなかったかしら?」


 母の微笑みに見とれる。社交界のカトレア――その花言葉、"優美な貴婦人"がふさわしい公爵夫人。誕生会で選んだ薄紫のドレスも、この母をイメージしていた。凛とした美しさと強さ。あの夜に、自分が最も必要とし、欲しいと思う力を与えてくれるドレスを選んだ。


 「慈善活動のこと、お父さまから聞いたわ。」

 「はい。」

 「公爵家の人間として、責務を果たそうとするあなたを誇りに思います。」

 「お母さま……。」

 「手伝う必要はない?」

 「大丈夫です。できる限り自分の力で行いたいとお父さまにもお願いしました。」

 「そう。一人でなさなければならないこともあるでしょう。でも、忘れないでね。わたしも、お父さまも、そしてライルも、あなたが必要ならばいつでも手を貸します。」

 「ありがとう……ございます。」


 自然と涙があふれた。

 こんなにも自分のことを思っていてくれる人たちに、今までどうして自分は気づかなかったのだろう。

 サミュエルへの恋心に暴走し、迷走していたんだとしても、家族はいつだって自分を気にかけてくれていた。わたしのために声をかけ続けてくれた。


 「お母さま、頑張ります。でも……何かあったときは、頼らせてくださいね。」


 母の目に涙が光ったように見えた。

 悪役令嬢の汚名返上なんて、ゲームのノリで決めたけれど、公爵令嬢としての名誉挽回は、この家族への恩返し……いや、罪滅ぼしだ。




 でも、固く決意したこの時の自分は、まだ何もわかってはいなかった。

 乙女ゲームの"設定効果"も、悪役令嬢という存在の強固さも――そして何より、ヒロイン・ベルが存在する圧倒的な意味も、すべて。


 だからこそ、思い知らされることになる。

 ――自分の甘さと無力さを。

家族の温かさに気づいたエレオノーラ。

その支えを胸に、名誉挽回に向けて第一歩を踏み出す――

けれど、現実はそう簡単には変えられない……?


次回「第四話:砕かれた心を救ってくれた言葉」

お楽しみに!

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