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この恋が叶わないなら、消えてしまえばいい~そう願ったら、イケオジ王弟の過保護マックス溺愛攻撃が始まりました~  作者: Alicia Y. Norn


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2. イベント発生で思い知る恋心

乙ゲーのイベント――。

それは、誰のためでもないヒロイン・ベルのためのもの。

たとえその舞台が、悪役令嬢、エレオノーラ自身の誕生日会だったとしても。





 「ちょっとこれ、最悪のタイミングじゃん!」


 転生した自覚をして数分後には、自分の状況が理解できて本音が飛び出す。

 恋心を凍らせて、せっかく円満に婚約破棄をすると決めたのに、記憶を思い出した日が恐ろしいほど不運だった。エレオノーラの十六歳の誕生日会が数週間後に迫っていたからだ。


 「わたしの誕生会で、最推しサミュエルはヒロインのベル・スワンソンに出会うんだよね。」


 何が楽しくて悲しくて?もうそんなのどっちでもいいや!あぁ〜もう、どうして自分の誕生日に、こんなイベント発生しちゃうかなぁ……。


 バフバフと枕に八つ当たりしてみる。


 「プレーヤーじゃなく、エレオノーラ視点で見ると、このイベントには運営の悪意しか感じないわ。」


 思わず毒を吐く。


 「仮面舞踏会とか、しっかりミステリアスな演出までしちゃってるって、最悪……。」


 少し趣向を凝らしたいなんて、わがままを言ったのは自分だ。でも、ミステリアスな出会いの場として、仮面舞踏会はうってつけすぎる。そして、それが自業自得って展開なのが、悲しすぎる。


 「最悪の醜態をさらしているとはいえ、エレオノーラのサミュエルに対する好意は本物よ。」


 転生した自分が思い出した記憶の中にも、彼に対する恋心ははっきり見て取れた。

 婚約者としてみれば、エレオノーラの振る舞いは最悪だ。でも、慕っている婚約者の運命の相手との出会いを演出するのが自分の誕生日なんて、皮肉としか言えない。


 「サミュエルがベルをダンスに誘うんだよね……。」


 もちろん、攻略したゲームでは、パーティーの主役であるエレオノーラがサミュエルと真っ先にダンスをした。正確には、『ダンスパートナーをさせた』が正解だが、それはあくまでも義理。


 あんな無表情で踊り切るなんて、義理で仕方なく踊ってますって顔に書いてるようなもんじゃない!


 エレオノーラ目線になれば、腹立たしいことこの上ない。


 自分のお気に入りシーンが直後にあるから、この"推しの苦痛のダンスシーン"はよく覚えてるんだよね。


 エレオノーラと踊った直後、サミュエルはベルを見つける。ベルとの間に流れる時間が緩やかになって、迷わず歩み寄る。そして、ベルの手を取ってダンスの許可を求めるのよ。


 脳裏に浮かぶのは、美しいサミュエルの微笑み。


 あのサミュエルの姿、ため息が出るほどかっこよかった。


 「義理のダンスとは違うって、一目でわかる。あんなの、エレオノーラだって気づかないわけがない。」


 あぁ、これが運命なんだって納得させられちゃうシーンなわけよ。


 このダンスがきっかけで、エレオノーラの嫉妬心に火がつくのよね。

 で、結果的に、断罪されるほどの醜態をさらすわけ。

 でもさ、好きな人が目の前で別の人を愛おしそうに見つめながら、ダンスするなんて……辛いよ。


 「しかも、自分の誕生日だよ……ありえない。」


 エレオノーラの状況に、少しだけ同情した。


 「それでも、彼女のしたことは絶対ダメなんだけどさぁ。」


 つぶやきながら、むなしくなる。

 同時に、転生して記憶を思い出した自分は、絶対にそんな愚かなことはしないと決めた。


 どんなに辛くても、サミュエルとの最後のダンスは笑顔でいよう!


 ……そう心に誓った。


***


 誕生日の仮面舞踏会は、信じられない速度で当日を迎えた。

 少しでもシナリオに変化をもたせたくて、当日のドレスとアクセサリーを変えることにしたなら尚更だ。


 「一番目立つようにって、真っ赤なドレスに、サミュエルの髪と瞳の色を意識したプラチナとサファイアのアクセサリーを合わせていたのよね。」


 スチルのエレオノーラは確かに綺麗だった。

 でも、あれじゃだめだと思う。


 独りよがりな美しさは、今までのエレオノーラの身勝手さを反映している。

 十六歳という節目の年齢の誕生会――それは、たくさんの貴族への淑女としてのお披露目の場。


 「やっぱり、変更!」


 数週間でドレスを作り直すのは無謀すぎる。

 だから、自分のクローゼットからまだ袖を通していないドレスを選び、手直しをしてもらった。

 テーラーのお針子には、感謝の気持ちを込めて謝礼を弾み、おいしいお茶菓子も贈った。


 感謝の気持ちを示すのは、大事なことよね。


 周囲には驚かれたけれど、感謝を伝えて悪いことなんてないと、ここは強引に行動した。

 少しずつでいいから、自分がする言動や行動は、いい方に変えると決めたからだ。

 

 突然のドレス変更で、侍女のミミをはじめ、パーティーの準備を手伝ってくれる使用人たちのことも、ずいぶん驚かせた。

 でも、完成したドレスは、かなりのお気に入りだ。

 薄紫色のAラインの上品なシルエット、ホルターネックで首元を少し大人びた雰囲気、バッスルは少しボリュームをつけてレースの上品な仕上がりにしてもらった。


 絶対、真っ赤より落ち着きがあって上品だわ。間に合ってよかった。


 鏡に映る自分に思わず笑みがこぼれる。


 「お母さまから贈られたイヤリングも、よくお似合いです。」


 お母さまが舞踏会にと用意してくれたダイヤのイヤリングは、首のラインを美しく見せる上品なもので、このアクセサリーを見て、ハーフアップの髪に生花をあしらうことを決めた。


 「ミミもみんなも、ありがとう。」


 鏡に映る姿は、上品な淑女として恥ずかしくない自分だ。

 シナリオは変えられないだろうけれど、自分を鼓舞するドレスを選べた。

 そしてもう一度、自分自身に誓う。


 サミュエルとのラストダンスを楽しんで、みっともないことは絶対にしない。

 わたしはサミュエルの幸せを見届けるんだ。


***


 仮面舞踏会とはいっても、公爵令嬢の誕生会なのだ。お披露目としての意味合いを濃くするために、まずは仮面なしでのあいさつの場が設けられた。転生前の自分では想像もできないような大人数を前に、堂々としていられるのも淑女教育のたまものなんだろう。


 「本日は、わたくしのためにお集まりいただき、誠にありがとうございます。みなさまにお楽しみいただけるように趣向を凝らしました。お好きな仮面をお取りになって、どうぞ、お楽しみくださいませ。」


 優雅に一礼すると、会場からため息がこぼれた。それなりに見えただろうか。

 ドクドクと波打つ心音を耳元に聞きながら、小さく息を吐いて顔を上げる。

 すると、目の前に最推しの姿を見つけた。


 「誕生日、おめでとう。」


 形式だけでも整えるべきだと、挨拶に来てくれたのだろう。元来、優しい人なのだ。


 「ありがとうございます。」


 できるだけ丁寧に礼を尽くす。


 「ファーストダンスを踊っていただくことはできますか?」


 控えめに尋ねてみた。断られることも想定内だ。

 サミュエルが、少し驚いたような表情をして、手を差し伸べる。


 「わたしは君の婚約者だ。それを断る理由はないだろう。」


 義理であることを強調されてしまった。嬉しかったはずの気持ちがしぼむ。

 それでも、手を伸ばしてくれたことが嬉しかった。ダンスホールの中央に歩み出て一礼する。


 本当に、最後の時が来てしまったのね。


 自分にとって、これが正面から彼を見つめることができる、最後の機会だろうと覚悟を決めた。


 おそらく、この距離でいられるのも今夜で終わり……。


 自分に誓った通り、笑顔を絶やさず、一瞬一瞬を大切に踊った。

 けれど、どれだけ笑顔を向けたとしても、やはりサミュエルは無表情のままだ――大好きな最推しの笑顔を見ることは、やっぱりできそうになかった。


 あっ……そろそろ曲が終わる。


 美しい旋律の余韻を残して、ダンスの時間が終わりを告げた。

 それは、サミュエルへの想いにも、終わりを告げることでもあった。


 サミュエルをじっと見つめ、精一杯の微笑みを浮かべる。


 「今まで、ありがとう。」


 お辞儀をすると、涙が溢れそうになった。


 「どうぞ、パーティーを楽しんでください。失礼します。」


 踵を返し、足早にダンスホールを後にする。


 今泣いたらダメ。


 つらくなることは覚悟していた。だから、泣かないと決めていた。

 でも、心は簡単に裏切る。

 あふれ出しそうな涙が、仮面で隠した瞳から零れ落ちる前に、わたしはバルコニーへと逃げ込んだ。




 「やっぱり、好きなんだな。」


 気持ちを落ち着かせようと深く息を吸う。

 呼吸に合わせてポロリとこぼれた本音に、こらえきれなかった涙が零れ落ちる。ホールの喧騒がとても遠くに聞こえる。

 月を見上げて涙をこらえていると、ふっと影が差した。


 「我慢する必要はない。わたしが壁になっていよう。好きなだけ泣くといい。」


 見上げると、仮面の奥の藍色の瞳が月明かりに反射した。


 深みのあるバリトンの声――心を見透かしたような、でも優しく包み込むようなその言葉に、とうとう涙腺が崩壊した。

 バルコニーの片隅で小さくなったわたしを隠すように、壁になると告げた紳士は、本当に壁のようにそこに立っているだけだ。


 何も言わない……視線すら感じない。

 ただ、静かにそこに立っているだけなのに、守られているような安心感がそこにあった。


 ……この人は誰?どうしてここに……?


 疑問は浮かぶけれど、言葉にならなかった。圧倒的な存在感が、安心を与えてくれた。

 その安らぎを失いたくないと本能的に思ったのかもしれない。あふれ出す涙は止めることができなくても、嗚咽は必死にこらえ続けた。


 それが、公爵令嬢としてできる、精一杯の矜持だった。




 「申し訳ありません。わたくし……」

 「今宵は仮面舞踏会、名乗る必要はありませんよ。」


 そっと唇に押しあてられた指先に、ドキッとする。

 視界の端に、出会ってしまったサミュエルとベルのダンス姿をとらえる。


 「ちょっと失礼。」


 一瞬の戸惑いを見抜かれたのか、仮面の男性がわたしの気を逸らすように、柔らかい手つきで髪飾りを直してくれる。見つめる瞳は、どこまでも優しく、昔から知っている人のような懐かしささえ感じさせた。


 「わたしは一足先に、ここを出よう。もう少し落ち着いたら、君も出ておいで。」


 名も知らない紳士は、仮面の奥の瞳をやわらげ、視線を合わせると、ふわりと微笑んだ。そして、私の瞳をもう一度真っすぐに見つめると、その微笑みを残したまま、ホールの喧騒に消えていった。





 頬にあたる夜風が、ひんやりとして気持ちいい。ぐちゃぐちゃの心に凪が戻ったようだ。思い切り泣きつくして、少し落ち着いた。そして、自分が最初に決めた答えにもう一度たどり着いた。


 「サミュエルの幸せが、わたしの幸せ。わたしは、円満な婚約破棄を目指すわ。」


 ホールで踊る二人の姿に心が痛む。同時に、サミュエルの笑顔に確信する。


 サミュエルを幸せにできるのがベルなら、わたしは喜んで婚約者の立場を譲る。それが、わたしの幸せにもなるのだから……。


 転生者としてのゲーマー魂に火が灯る。乙ゲーにおけるイベントは転換期。

 ならば、自分もその転換期に便乗して、これからのために必要な行動をとらなければいけない。


 エレオノーラに転生したことを改めて自覚して、月に誓う。


 「愚かな行動はしないわ。わたしは最推しと自分のために、全力でできることをするんだから――。」


 


最推しの笑顔は、自分には向けられない。

悲しみはあるけれど――目指すは推しの笑顔と円満な婚約解消!


次回「第三話:いまさらかもしれないけれど……」

エレオノーラが"悪女挽回"を試みます。

お楽しみに!

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