15.未来という名の永遠
愛する人を守りたい。
愛した人と共にありたい。
ふたつの願いが一つになり――
今、未来という永遠が、静かに紡がれていく。
修道院からの帰り道は、馬の相乗りだった。
わたしが倒れたことに動揺したテネシーが、御者を帰してしまったからだ。
「すまん。」
大きな身体を小さくして謝る姿もかわいい。
完全に浮かれてしまっている。
ひとりぼっちで奉仕活動続けることが、これから先の自分の人生だと思っていた。
でも、この目の前にいるこの愛しい人が、ありのままのわたしを見つけ、受け入れてくれた。
「わたしは、あなたとの距離が近くて嬉しいですけど……?」
言った後で恥ずかしくなる。
真っ赤になっていると、テネシーが無言で後ろからぎゅっと抱きしめた。
「あまり、かわいいことを言わないでくれ。」
「だめ……だった?」
「いや、だめじゃない。だめじゃないんだが……」
なにか凹ませるようなことを言ってしまったのだろうか。
「はぁ~。」
盛大なため息の理由がわからない。
「君に言えないこともあるってことだ。」
「秘密は嫌です!」
条件反射で言葉を返して、前世の自分が顔を出す。
あっ!
テネシーの言う意味が分かって、思わず視線を外す。
「教えたほうが、いいのかな?」
気づいたことに気づいただろうテネシーが仕返しをしてくる。
「大丈夫……です。」
うつ向いたわたしの頭上から、笑い声が降ってくる。
「前世の記憶とやらは、君を少し大人にしているようだな。」
「わかっているなら、揶揄わないでください。」
「秘密は嫌なんだろ?」
この、策士っ!
「だって、驚かせて嫌われたくないんだもん。」
やられっぱなしじゃ、いられないんだから!
なんだか悔しくて、あざとく小悪魔っぽく演出してみる。
すぐそばで、息をのむ音がした。
「やりすぎだ。」
耳を真っ赤にして顔をそむけたテネシーの予想以上の反応に、わたしまでどうしていいかわからなくなる。
「はい……反省、してます。」
密着した馬上ですることではなかったと、深々と反省した。
そんなやり取りのおかげで?残りの道中は、適切な距離を保って無事帰宅にいたった。
いや、一部、訂正が必要……かも。
「ウィンスレット公爵!」
「あらあら、まぁまぁ。」
「エレオノーラ!」
帰宅早々、馬上のわたしたちを見た家族の反応は、様々だったけれど、なんとなく察した。
――距離感……ずいぶん変わったんだ。
***
「ウィンスレット公爵!あなたを信頼していたのに!」
お父さまがすごい剣幕で叫ぶのを、お母さまが微笑ましそうに見つめている。
「エレオノーラ!なっ、なにをしているんだ~。」
お兄さまは赤くなったり、青くなったり、大忙しだ。
「テネシーの馬で帰宅しました。」
平然と言ってのけたのが余計いけなかったらしい。
一週間ほどの外出禁止を言い渡されてしまった。
「テネシーと会っちゃいけないなんて、お父さまもお兄さまも、横暴だわ。」
拗ねていると、お母さまが笑った。
「わかってあげなさい。あなたが戻ったことがどれだけ嬉しくても、殿方の心境は複雑なのよ。」
エレオノーラなら気づかなかったかもしれない言葉の奥の意味を、瞬時に理解した。
秘密を打ち明けてから、なんとなく感じていたが、思考の行き来が速くなっている気がする。
「秘密を打ち明けたことで、何か変わったのかな?」
以前は、"意識が切り替わる"という感覚だった。
でも、今は自身の一部のような反応……。
「どうしたの?」
「お母さま、わたし変わりましたか?」
なんとなく、不安になって尋ねてみる。
「そうね……少し変わったわ。」
寂しそうに微笑む姿に、胸がチクリと痛んだ。
「でもね、変わらない人なんていないものよ。」
優しい眼差しに泣きたくなった。
「公爵夫人として変わらなければいけないあなたには、とてもいい変化だと思うわ。」
「お母さま……。」
分離した性格のままで、公爵夫人という重責を担うのは難しい。
ありのままでいいと言ったテネシーの言葉が、胸の奥から勇気を連れてくる。
「お母さま、これからも"わたしらしく"、できることをしていきます。」
「あら、わがままはほどほどにね。」
以前のわたしを揶揄った言葉に、自然と笑いがこぼれる。
外出禁止期間中――わたしは公爵夫人としての下準備期間として過ごすことにした。
***
覚悟を決めた修道院行きが変更になって数か月後――
わたしは自室で、ウエディングドレスを身に纏っていた。
「なんで……?どうして……?」
朝一番でお母さまがわたしの部屋を訪れたのが、そもそもの始まりだった。
「今日は、特別な予定があるのよ。」
公爵夫人としての"準備"を始めたあの一週間。
それに気づいたお母さまが、直接指導をしてくれるようになっていた。
貴族年鑑だけではわからない、社交での注意事項。
お茶会、夜会主催における上流貴族としてのマナー。
歴史書には記されていない、各貴族の諸事情。
公爵夫人としての能力の高さに絶句した。
「あら、伊達に"カトレア"と呼ばれているわけではないのよ。」
お母さまの微笑みに、公爵夫人の本当のあるべき姿を見た気がした。
けれど、今朝の様子はいつもと確実に違う"何か"があった。
あわただしく侍女のミミたちに連れていかれ、念入りに身体中を磨かれ、自室にもどる。
「夜会の予定はなかったと思うのだけど……。」
混乱するわたしに、ミミは意味深な笑みを返すだけだった。
けれど、いくらわたしでも、流石に真っ白なドレスを着せられれば、この異様な雰囲気が、どこへ向かっているのか想像がつく。
「これって、まさか。」
タイミングを見計らったように、お母さまが部屋に入ってくる。
「あなたたちの婚姻式よ。」
「へっ!?」
鏡を見なくてもわかる。
間の抜けた反応……
「サプライズ、成功ね。」
ミミにお化粧をされながら、鏡越しに満面の笑みを浮かべたお母さまの姿を見つめた。
***
そこからは、本当にあっという間だった。
驚きこそあっても、迷いや不安はない。
ただ、王弟という立場のテネシーの結婚が、こんなに早く叶うことに違和感がぬぐえなかった。
王族が婚姻式を行うのは、王都で最も歴史のあるケートリッヒ大聖堂。
王国建国の際、この場所が光の祝福を受けたと言われ、以来、王家の催事はすべてここで行われている。
「公爵家への嫁入りですよね……?」
「臣籍降下されているとはいえ、ウィンスレット公爵は国王陛下の唯一の実弟だよ。」
「でも……。」
「諦めなさい。これが公爵の本気と王家の公式謝罪なのだから。」
お父さまの瞳に優しさと寂しさが浮かぶ。
屋敷から教会まで、無言だったお父さまの気持ちが、その言葉に込められている気がした。
「わたし……幸せ者ですね。」
それ以上の言葉が見つからなかった。
幸せな笑みを浮かべることが、唯一出来る親孝行だと思って精一杯笑った。
重厚な扉の向こう、フォレストグリーンのカーペットが石畳の上に真っすぐと敷かれている。
左右に飾られた真っ白な百合の花が美しく花道を飾っている。
その先に、衝撃的な印象を残したあの時のテネシーの姿がある。
ロイヤルブルーは彼の端正な顔立ちを一層引き立て、金糸の装飾は上品な姿を際立たせる。
一歩ずつ近づく足音が、これからの幸せへの序曲のように鳴り響いた。
「我、テネシー・ケートリッヒ・ウィンスレットは、エレオノーラ・スミスを生涯唯一の妻と、ここに宣言する。」
すっとわたしの手を取り、手の甲に口づけを落とす。
「出会いし日より、その弱さを、強さを、貴方を創りうるすべてに惹かれ、その優しさに、愛らしさにわたしは幸せの意味を知った。ここにわが心、唯一の誓いを捧げよう。――あなたと共に生きる。我が使命はこの国のため、しかし、この生命はわたしたちの幸せな未来へ捧ぐ。」
神前ではなく、人前での婚姻を選んだテネシーの選択に、彼らしさを感じて温かい気持ちになる。
初めて会ったときから感じていたバリトンの心地いい響きの中で、わたしこそが彼に救われたのだと実感する。
王家の婚姻式としては、規模の小さい式かもしれない。
それでも、参列者の中に国王陛下夫妻、王太子殿下と婚約者さま。
顔ぶれを見れば、中枢を担う重要な貴族がすべて参列している。
王宮は公休になったのかしら?
わたしはテネシーの誓いにどうしようもなく心を震わせた。
だからこそ、号泣したくなくて、おかしな疑問を問いかけて泣きたい気持ちを紛らわせた。
披露宴はわたしの希望をよく知るテネシーが、身内を中心に招待した、かなりプライベートなものだった。
婚姻式が公的な催事だったのに対して、披露宴は完全なる私的な時間。
実は、披露宴でのファーストダンスが本当に"テネシーと初めてのダンス"だった。
そんなことに気づいて笑ってしまったのも、それだけわたしがリラックスしていたからかもしれない。
「わたしがプロポーズを受けなかったら、どうするつもりだったの?」
あふれ出した好奇心に負けて聞かずにはいられなかった。
「そんなこと、あるわけないだろ?」
自信たっぷりに答えているのが、虚勢だとわかる。
強がりだってわかっちゃうなんて、随分とテネシーを知ることができたのね……わたし。
ほんのりわずかに赤くなる首筋に気づいて、そんなことを考えた。
「余裕のあるフリ、してるでしょ?」
くっと、瞳を覗き込む。
気まずそうに顔をそむけたテネシーは、少し拗ねているようだ。
「どんなことをしても、つなぎとめたさ。」
百戦錬磨のはずのテネシーの耳が赤くなる。
感情を隠そうとしない姿に、愛おしさが溢れる。
「どんなことをしてでも?」
続きが聞きたくて、テネシーの言葉を繰り返す。
「君が修道院へ入るなら、俺も君が許してくれるまで滞在するつもりだった。」
あまりに想定外の言葉に、声が出ない。
王弟である公爵が、小娘の護衛で修道院へ向かっただけでも異例だというのに、この人はそのまま居つくつもりだったというのだ。
「それは駄目でしょう。」
「駄目だな。」
平然と言ってのける。
「だから、本気で口説いただろ?」
開き直った口調に、思わず笑ってしまう。
「あなたの本気に敵う人がいるはずないじゃないですか。わたしには最初から、逃げ場なんてなかったんですね。」
わざと大袈裟にあきれてみせる。
「幸せにするさ。逃げ場じゃなく、最初から"ここ"がお前の場所だ。」
すっと腕の中に引き込まれる。
「わたしもう、幸せですよ?」
回された腕を抱きしめて答える。
テネシーがぴくりと反応し、耳元に口を寄せる。
「今夜、覚悟しておけよ。」
その意味が分かってしまったわたしは、思考の一切が停止し、機能不全を起こしてしまったに違いない。
耳元にあったテネシーの顔をそっと寄せ、人目があるというのに、頬に口づけてしまったからだ。
女性たちの悲鳴と、男性たちの冷やかしの声が遠くに聞こえる。
けれど、そんなものが気にならないくらい、わたしはテネシーに夢中だった。
***
転生に気づいたとき……わたしは真っ先に、最推しの幸せを願った。
自分の恋が叶わないと知っていたから、わたしが消えることが、最推しとわたしの幸せだと思った。
そんな心ごと、ぜんぶまとめて受け止めてくれる人が現れるなんて……。
前世のわたしは乙女って柄じゃないし、ましてやエレオノーラはヒロインなんかじゃない。
だけど、今のわたしは『七色に輝く未来へ』導かれた――。
愛する人に出会って、愛された。
まさかのイケオジ王弟とのハッピーエンド!
過保護マックス溺愛攻撃に「参りました」と完全降伏。
だけど、わたしもあなたを幸せにするね。
これから永遠に続く時間は、「あなたと一緒の未来」がいいから――。
ようやく二人きりになって、静かな夜を迎えた。
振り返った過去から顔を上げ、見上げた先で、愛しい彼が笑っていた。
――未来という名の永遠へ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
実は今回、初めて「最後まで書きあげてから投稿」という、かなり無謀な挑戦をしてみました。
エレオノーラとテネシーの化学反応が楽しくて、思ったよりも筆が進んで助かりましたw
小さな奇跡――理解したいと願う心。
『未来という名の永遠』は、二人で紡いでいく人生そのものなんだな……と感じます。
そして、そんな未来は、「誰でも迎えることができる希望」であってほしいな、と思っています。
次回の作投稿は、年明け……とだけ言っておきますw
どのプロット、どのタイトルに着手するかまだ決めかねています。
感想、ブクマ、リアクション――そのどれもが、執筆の糧となっております。
「応援してやるか」と思っていただけたら、ぜひポチっとしていただければ嬉しく思います。
また、別の物語でお会いできますように――。




