13.告白
決意の先に向かえるこの恋の結末。
真実の告白の先にあるものは――愛か、信頼か、それとも残酷な現実なのか。
後がない――。
戦場でも、王宮でも、これほどまで追い詰められたことはなかった。
修道院到着は、もう目の前だ。
今、この一歩を踏み出さなければ、ノーラをこの腕に抱きしめる日は二度と来ない。
焦る気持ちを隠し馬車を止める。
ノーラには、のんびりと景色を楽しむ時間も持てればと告げたが……それはあくまでも口実だ。
この森を抜ければ、修道院が見えてくる。
もう、後はない――のだ。
静かに吹き抜ける風が、名もなき花々の優しい香りを運ぶ。
穏やかな景色とは対照的に、テネシーの心は嵐のように吹き荒れていた。
「これ、とってもおいしいわ。」
宿でランチにと用意してもらったサンドイッチを、ノーラは笑顔でほおばる。
笑顔が……かわいい。
不意に目にしたノーラの満面の笑みに、テネシーは、胸の奥で渦巻く感情を持て余し、戸惑っていた。
拳を握りしめ、何かに耐えるような難しい顔になる。
声の出し方を思い出すこともできないくらい、頭の中で言葉が忙しく行き来する。
「食べないの?」
返事を忘れていると思ったのか、ノーラが無邪気に顔を覗き込む。
突然、目の前にあらわれた愛らしい姿に、感情と一緒に鼓動も暴れ出す。
「いや、食べる。」
かろうじて絞り出した言葉が、あまりにも幼くて自分でも驚く。
カサカサと不器用に包みを外し、丸かじりする。
味なんて、わかるはずがない。
それでも、必死にサンドイッチを噛みしめながら、一緒に自分の固まった思考もかみ砕く。
嵐が少しずつ収まる兆候が見え、散らばった思考の欠片が形を取り戻し始める。
何を言うべきかはまだまとまらない。
でも、「何を伝えたいか」くらいは、見えそうな気がした。
視界の端で、すっかり安心しきったノーラの姿をとらえる。
意を決して口を開こうとするが、言葉が出ない。
口をパクパクさせるだけ……。
もし、この姿に気づかれていたら、さぞかし間抜けに見えるに違いない。
握った拳がわずかに震え、無意識に息をするのを忘れる。
――言いたいことは、ただ一つ。
ゆっくりとノーラに視線を向ける。
彼女と目が合った途端、何も聞こえなくなった。
鳥の声も、木々のざわめきも、一瞬で音が消えた。
暴れまわっていた自分の鼓動さえ、今はどこか遠くに聞こえる。
胸に渦巻く気持ちを、何一つ整理する間もなく、最後の一歩を踏み出した。
***
ランチを食べ終えて、森を抜けた先の開けた場所までノーラを誘い出す。
いつもとは違う空気に、必然的に互いを伺いあう。
「ノーラ……。」
やっとの思いで名前を口にした。
握りしめた拳を緩め、柔らかく細められた瞳に魅入られる。
「ノーラ、俺は、」
耳元で鳴り響く鼓動がうるさい。
――途切れた言葉をつなごうと思考が動き出す。
最適な言葉を考えては崩し、組み立てなおしては崩す。
途中で途切れたままの言葉の続きを、ノーラが不思議そうに待っている。
「俺は、お前と一緒にいたい。」
思い出したように大きく息を吸う。
同時に、バクバクとなる鼓動の音も数倍に聞こえる。
さっきまでの静寂とは真逆だ。
何もかもが自分の思考を邪魔するように音を立てる。
目の前のノーラの表情が、スローモーションで笑顔に変わる。
「まだ、時間はあるのでしょう?」
聞こえてきた声に、唖然とする。
「あっ、ああ、そうだな。」
勘違いされたことに気づいて、慌てて言葉を濁す。
「どうしたの?なんか、変だよ?」
コテンと小首をかしげて流れ落ちる髪から、ノーラの香りがする。
その香りに、抱きしめたときの柔らかい感触を思い出す。
何を考えてるんだっ!
思い浮かべた感覚を、慌てて打ち消す。
「テネシー?」
純粋な眼差しは、時に鋭い武器になることを初めて知った。
「ノーラ。」
「ん?」
「俺は、ずっと、お前のことを見てきた。守ってきた。」
ノーラの眼差しが、胸に突き刺さって痛いほどだ。
とにかく何か伝えなくてはと、焦りだけが募る。
「うん、感謝してる。」
「その役目を、これからも続けさせてくれ。」
ちゃんと伝えたい気持ちがあるのに、どうしてこう上手くいかないんだ。
どんな公務もそつなくこなしてきた。自分は器用なほうだと自負していた。
けれどそんな経験値は一気にマイナスにまで落ち込んだ。
ノーラが少し驚いて、考える仕草をする。
表情が翳り、うつむきがちに申し訳なさそうな顔をした。
「それは……難しいのではなくて?」
「……?」
「わたしはもう、修道院へ行くでしょう……」
「……!?」
「だから、一緒にいられるのは……」
喉が焼け付くように熱くなる。
「違うっ!そういう意味じゃないっ!!」
二度目の告白がまったく意味をなさなかったことで、テネシーの中で何かが弾けた。
派手にバチっと弾けたのは、テネシーの理性だった。
「俺は、お前を一生守っていきたい。隣で、夫として……」
ノーラの顔がリンゴのように真っ赤になる。
つられて自分の体温も上がった気がした。
「もともと、サミュエルの婚約者として、君のことは知っていたんだ。我儘だとか高飛車だとか、いろんな噂が聞こえてきた。でも、俺には……俺の目には不器用な子にしか見えなかった。」
ノーラが過去の行動を思い出したのか、元気なくうつむいた。
絶対、変なふうに伝わった。
「君の行動は、サミュエルへの想いが空回りして、すべてが悪い方向へ向かってしまった。俺には、そんなふうに見えていた。」
ありえない失敗をした気がして、慌てて取り繕う。
「初めて言葉を交わしたあのバルコニーで、声を殺して泣いていた姿を見たときは、守ってやりたいと思った。市井で会ったときも……いつだって、君は真っすぐに努力していただろ?」
ノーラの頬に光るしずくを見た気がして、焦る。
「理不尽な要求も見事にやり遂げた。冤罪にだって負けなかった。」
とにかく『良いこと』をしていたんだと告げたくて、好意を伝えたくて必死になる。
「そんな君が、最近になって何かに怯えている……その正体がわからなくてもどかしかった。」
泣かせるつもりはなくて、肩を優しくつかむ。顔をあげたノーラの瞳から、大粒の涙があふれる。
あふれる涙も美しいと思った。
じっと見つめて微笑むと、ゆっくりと膝をつく。
「修道院へは行かせない。お前の帰る場所は、俺だ。一緒にいよう。何があっても、お前を守るから。」
一気に言いきって、肩を落とす。
情けない。
あまりの醜態に、収拾の仕方さえ見当もつかない。
勢いあまって告げた数々の言葉が、森の静けさの中に消えていく。
その沈黙が何を意味するのか、考えることもできずにうつむいていた。
永遠に続くかと思われた静けさの中に降ってきたのは、ノーラの柔らかい笑い声だった。
ふふふっ。
ひとしきり瞳から涙が零れ落ちたノーラが、声を出して笑いだしたのだ。
――泣きながら笑うなんて、反則だろ。
安心しきったその笑顔に、テネシーもつられて笑いだす。
悲しい涙を見るよりは、笑ってくれた方が数倍いいと思う。
「ごめんなさい。でも、一生懸命なあなたが愛おしくて……」
木漏れ日のような笑顔から聞こえてきた言葉は、とても信じられないものだった。
「知らなかった?嬉しくても、涙ってあふれてくるの。」
ノーラがいたずらっぽく笑う。
全身の力が抜けていくようだった。
「一世一代の大切な場面で、こんなに情けない男でも、君は受け入れてくれるのか?」
これ以上ない、情けない質問が口をつく。
「完璧じゃないあなたも大好きよ。」
たまらずノーラを抱きしめた。
「完璧な俺も、もちろん大好きってことでいいんだよな?」
「あっという間に、調子が戻ったのね。」
ノーラがまた花のように笑った。
***
二人でひとしきり笑いあった後、ちょうどいい切り株を見つけてわたしはそこに腰掛ける。
テネシーはすぐ横にドカッと腰を下ろした。
「行き先は、変更ってことでいいんだよな?」
不安そうに尋ねる姿が、なんだか可愛らしい。
大人の男性に向かって失礼かもしれないが、さっきの告白だって、本当に愛おしかった。
しょんぼりする大型犬のようで、頭を撫でてあげたくなる。
「でも、そんな急に変更してしまっていいのかしら。」
素朴な疑問が口をついた。
「実は、最初から、修道院へは視察ということになっているんだ。」
「えっ?」
「公爵家から手を回してもらった。」
言葉の意味が分からない。
正確には、理解できているけれど、理解したくないと抗ってしまう――そんな感覚。
「ここを訪れる前、公爵と話をした。修道院行きを止めて、ノーラに了承を得ることができたら、婚姻を結ばせてほしいって……。」
戸惑うわたしに、テネシーが気まずそうに話す。
「えっ、待って。じゃあ、最初から……。」
「……あぁ、最初から、俺はお前をここへ置いていく気などなかったよ。」
ざわざわと風が木の葉を揺らす音が聞こえる。
ゆっくりと事実が身体に受け入れられていく感じがした。
「でも、修道院行きは王家に了承を得て……」
「あんなわからずやたちに、お前が気をつかう必要はないっ!」
突然の大声に驚く。
王家の理不尽さに怒りが募っていたのだろうか。
こんな厳しい表情のテネシーを、初めて見た気がした。
「わからずやって……。」
「だってそうだろ。百歩譲って相性が悪くて婚姻が成り立たなかったとしても、お前の誕生日にほかの女に惚れてダンスに誘ったんだぞ。その後のお前の努力に対抗するように彼女の奉仕活動を援助。挙句に、お前をあんなふうに罵って冤罪をかけたんだ。我が甥ながら、本気でぶんなぐってやろうかと思ったよ。」
「テネシーに殴られたら、殿下はひとたまりもないわね。」
思わず想像してしまって、サミュエルが気の毒になってしまった。
でもなぜか、その姿は、不思議と仲が良いからこその喧嘩のようにも感じた。
「兄上だって同罪だ。元婚約者を教育係にするなんて、配慮の欠片もないっ!」
「お怒りですね。」
「あぁ、取っ組み合いの喧嘩にならなかっただけ、褒めてもらいたいよ。」
「王弟の謀反ですか?」
ノーラが楽しそうに茶化す。
冷静になってくると、テネシーが癇癪をおしているようにも見えるのだ。
素直に感情を爆発させている彼が、うらやましくてからかいたくなってしまった。
「きっちり話は通した。俺との婚姻に王家は口を挟まない。いや、挟ませない。」
ノーラを正面から見つめる。
「俺は、お前と幸せになりたいんだ。そのための根回し……っ、準備なら、どんなことも惜しまないさ。」
抱き寄せられた肩がピクリと反応して、身体がこわばる。
楽しい会話だったのに、突然現実を思い出した。
わたしには、まだ"秘密がある"。
そう思ったら、急に怖くなった。
「どうした?」
大好きなバリトンが耳元で響く。
「わたし……。」
もうダメ。ちゃんと言わなきゃ。
速くなる鼓動に合わせて、呼吸も浅く早くなる。
ただ静かに言葉を待っていた彼の瞳が、何か確信めいたものを宿した。
「君の秘密のことかい?」
その一言に、息をのんだ。
「転生者……っていうんだって?」
その言葉に、心臓を鷲掴みされたような痛みを覚える。
すべてを巻き込んで破壊する――一瞬で景色は色あせ、周囲の音が消えた。
聞き間違えじゃない。
誤魔化しも、言い訳も通用しないことは、彼の顔を見ればわかる。
「ノーラ、まずはゆっくり息をしろ。」
どんどん早くなる呼吸を落ち着けるように、深いリズムで呼吸を促してくれる。
「……ど、どうしてそれを……。」
かろうじて絞り出した声は、震えていた。
テネシーは少しの間だけ、気まずそうに口元に指をやると、覚悟を決めたのか話しだす。
「ご両親から聞いた。」
一人、カタカタと震える身体を抱きしめる。
「……いや、正確には強引に聞き出したんだ。」
テネシーが、知っている……?
頭の中が一瞬で真っ白になる。
転生者……
前世の記憶……
シナリオだと……
未来のわたしは……
……思考も、言葉も、すべてが絶対零度に凍りついた。
「驚かせてすまない……。」
全身が凍りついて、心臓まで凍ってしまいそうな冷気を感じた。
「っ……!」
声にならない言葉を発して、わたしの意識はそこで途切れた。
ようやく思いが重なった二人。
残酷なまでに心を縛る真実は、二人を結ぶ奇跡となり得るのか――?
次回「十四話:勇気と希望」
お楽しみに!




