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この恋が叶わないなら、消えてしまえばいい~そう願ったら、イケオジ王弟の過保護マックス溺愛攻撃が始まりました~  作者: Alicia Y. Norn


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12.もう隠さない溺愛

旅立ちを決めたエレオノーラ。

その覚悟を砕くのも、守るのも、そしてすべてを救うのも、たった一人の人だった。

――誰よりも近くにいるその人の手を取ることはできるのか、それとも永遠に届かないのか。






 修道院への旅立ちの前、突然告げられた父の言葉に、ノーラは驚きが隠せなかった。


 「なぜ、ウィンスレット公爵が護衛につくのですか?」


 自分の中の不安も、前世の記憶も、疑似体験のことも、家族には包み隠さず告げた。

 あの時、"大切な人"と位置付けたテネシーの存在を、"怖い"ということも……。


 「わたしが最も信頼する護衛だ。父として、ここは譲れない。」

 「エレオノーラ、心配なさるお父さまのお気持ちもわかってあげて。そして、母からも一つ。」


 母は一呼吸つくと、真っすぐわたしを見つめた。


 「修道院への道のりで、もう一度、自分の気持ちに向き合いなさい。」


 視線と共に気持ちがまっすぐ胸に届いた。


 「自分の幸せがどこにあるのか。それは、あなたにしかわからないわ。」


 迷っていることを見透かされているようで、どんな顔をしていいのかわからない。


 「そして、その幸せの形は時間と共に変わることもあるのよ。」


 わたしの決断に納得していないだろう家族からの、最後のアドバイスだと思った。

 両親の温かい眼差しは、どこまでも私を気遣っている。


 「お言葉に甘えます。テネシーは優秀な護衛ですものね。」


 迷子になった心はそっと隠し、両親を安心させたくて、微笑んで見せた。


***


 「お嬢さま、本当に行ってしまわれるのですか?」


 我儘ばかりを言って困らせていた自分が、変わりたいと願って過ごした日々の結果が、目の前にあった。

 別れを惜しんでくれる屋敷の使用人たちの優しさが、今さらながら自分の身勝手さを浮き彫りにする。

 

 「別れを惜しんでくれて、ありがとう。」


 修道院へ入れば、自分のことは自分でしなくてはならない。

 最後まで一緒に行くと主張した侍女のミミは、同行が叶わず泣きじゃくっている。


 「行ってまいります。」


 あえて、別れを告げずに馬車に乗り込む。


 「出るぞ。」


 短く告げて、テネシーが馬に乗った。

 ゆっくりと馬が走りだし、公爵邸が小さくなっていく。



 窓の外を流れる景色は、まるで色を失っているようだった。

 テネシーと目が合って、微笑みかけられた気もした。

 けれど、心はどこかに置き去りにされてしまったようだ。

 スッと視線を逸らす。


 何も感じない――何も感じたくない。


 ただ一つだけわかっているのは、ここから先の未来に自分の幸せがあると信じたいということだけだった。




 「今夜の宿だ。俺はお前の隣の部屋いる。」


 宿について部屋が決まったと告げられる。

 鍵を渡そうとしたテネシーの手が、行き場を失くしていた。

 無言のわたしに困り、とうとう鍵が手のひらに渡された。


 テネシーがその場を去ると、夕食を部屋に出してもらえるように頼んで、部屋へ向かう。

 ドレスではない服装は、驚くほど着脱が容易だった。




 味がしないわ……。


 一人で夕食を済ませ、休もうとベッドに入る。

 身体は疲れているのに、頭が冴えきって眠れない。

 月明かりに誘われ、ベランダに出た。


 きれい……。


 どんな夜でも、月は美しい。

 異世界でも、その美しさは変わらないんだね。

 

 転生したと自覚してから、最推しの幸せを願って努力した。

 思うようにならなくてあがいた日々を思い出す。

 最後に見たサミュエルとベルは、とても幸せそうだった。

 その二人に修道院へ入ったことが知られれば、悲しませるかもしれない。

 けれど、この選択しかないと思えたのは事実だった。


 ふわふわと現実味のない思考に流されていると、軽くノックの音がした。


 「はい。」


 静かに返事を返す。


 「俺だ、入るぞ。」


 少しだけ焦った様子のテネシーが、扉を開けて入ってきた。


 「テネシー。」


 肩にかけていた厚手のショールが風に揺れる。

 肌寒さを叱られるのでは、と考えながら、目の前の彼に思考を奪われた。


 「ノーラ。」


 緩やかに流れる時間の中、テネシーが一歩ずつ近づいてくる。

 気が付くと、抱き寄せられていた。

 髪を撫でる大きな手が、心地いい。


 「怖いよ。」


 安心した途端、言いようのない恐怖に襲われる。 


 「大丈夫だ、俺がいる。」


 ゆるゆると力なく首を振る。


 「お前は俺が守る。」


 テネシーの落ち着いたバリトンに、心が包まれていく。




 「……わたし、自分の未来を自分で決めたの。」

 「知ってるよ。」

 「修道院へ行くって……自分で決めたのよ。」

 「あぁ。」

 「でも、幸せになれるのかな。本当に、これでいいのかな……。」


 地面が崩れ落ちていく感覚に呑み込まれる。


 「ひとりに……ひとりぼっちになるのに。」


 優しく包み込むたくましい腕の力が、少し強くなったように感じた。

 どうしようもなくあふれる気持ちを止められない。


 「お前は一人じゃない。一人になんかさせない。」


 この人は、どこまで優しいのよっ!

 わたしは身勝手に家族の思いを無視して、修道院に行くって決めたの。

 我儘なのっ!許されちゃいけないのよ……。


 テネシーはただ静かに抱きしめてくれていた。


 背中をゆっくりと撫でる手のひらに、すべてを委ねてしまいたくなる。

 そんな気持ちが、自分の醜いエゴ塊だと思った。

 さまざまな感情があちこちに反射して、ミラーハウスで迷子になっているみたいだ。


 「俺はお前が好きだよ。」


 優しさにあふれたつぶやきに、考える力すら尽きた。

 ――たくましい腕の中で、ただ声を殺して泣き続け、意識は闇の中に溶けていった。

 

***


 翌日、わたしはテネシーの優秀さを、改めて認識させられた。

 泣きはらした瞼には、冷やしてあったであろうタオルがのせられていたからだ。

 その気遣いがなければ、真っ赤に腫れたみっともない姿をさらさなければならなかっただろう。


 「っもう、気が回りすぎるのよ。」


 悔しくて悪態をつく。

 でも、そんな朝を迎えられたことが、少しうれしかった。


 思いっきり泣くって、デトックスなのね。


 思わず口をついて出た前世の言葉に笑いがこみ上げる。

 心を落ち着けるように、ゆっくりと深呼吸して腕を伸ばす。

 気持ちの切り替えができると、少しだけ余裕ができた。



 余裕ができるというのは、気が緩むと同意かもしれない。


 「穏やかな景色って、前の世界と変わらないのね。」


 森を抜けて開けた場所につくと、一度馬車を止めて、固くなった身体をほぐした。


 「空気が上手いよな。」


 穏やかな声が真横から聞こえてきた。

 リラックスした雰囲気に、護衛の優秀さをすっかり忘れていた。

 とんでもないことを口走ったと気づくのに一瞬遅れた。 


 「なんか言ったか?」

 「……いや、何でもないです!」


 テネシーの微笑みが、心なしか意味深に見える。


 これ以上、深読みするのは、精神衛生上よくないわ。


 気持ちを切り替えて、聞かれなかったことにする。




 時間が経つと、小さな不安は大きくなることを初めて知った。

 意味深に見えたテネシーの笑顔がちらついて、そうしても落ち着かない。


 「ねぇ、テネシー。今夜は一緒にご飯を食べない?」


 心を決めて、テネシーを食事に誘う。

 公爵令嬢であったなら、本来のテネシーの立場であったなら、こんな願いは叶わないことだ。

 それでも、今ここにいる私たちに、そんなことは関係ないと思えた。


 「そんな素敵な笑顔で誘われちゃ、断れないな。」


 いつもの調子で切り返すテネシーも、わたしの笑顔に安堵してくれたように見えた。


 とりあえず、怪しまれていないかくらいは確認しなきゃね。


 テネシーと食事をするのは初めてじゃない。 

 それなのに、後ろめたさが手伝って、味がわからない。

 緊張が限界に到達して、無計画に質問が口をついて出た。


 「ねぇ、テネシーは、どれくらいわたしの……知ってるの?」


 罪悪感が、胸をチクリと刺す。

 どうしても、秘密って言葉が言えなかった。


 バレているのか確認しようと思ったのに、これじゃ、何言ってるかわかんないよね……。 


 「まぁ、君のことは大体な。」


 決死の質問に、さらりと流し目ウインクのコンボが返ってきた。

 

 大体…って何!?……って返事に無駄な色気多すぎだからっ!


 テネシーの変わらない表情に、なんだか悔しくなる。

 何とかして大人の余裕を崩してやりたくなる。

 こんなふうにムキになって、テネシーの感情を動かしたいともがいてる。


 これって……。


 時間にしたら数秒だろうか。

 あたたかいものが、ストンと心の真ん中にはまった。


 やっぱり、わたし……テネシーが好きなんだ。


 一気に頬に熱が集まる。

 うつ向いて、気づかれないようにするのが精一杯だった。


 だって、テネシーは護衛で、

 王弟殿下で、

 ゲームの隠しキャラなんだよ……。

 好きって……そんなのダメじゃん?

 ……だって、わたし――悪役令嬢だもん。


 思考が高速でぐるぐるフル回転している。

 馬車の音も、風の音も聞こえない。

 早鐘のような鼓動が胸の奥で暴れている。

 

 「お前が好きだよ。」


 次の瞬間、思考回路がショートした。

 もう、これ以上は自分の気持ちは誤魔化せない。

 『これが恋だ』と、悟った瞬間だった。


***


 恋心を自覚してしまえば、テネシーのどんな仕草にもドキドキが止まらない。


 「知ってるか?星空には、二つの役目があるんだ。」

 「二つ?」

 「そう、一つは方角を告げる道標。」

 「もう一つは?」

 「こうして、星空を見上げて物語を語り合う……役目だな。」


 見つめた瞳の奥に、熱がこもる。

 抑えきれない気持ちが暴れだす。

 沈黙に負けて、瞼を閉じてしまいそうになる。


 ――だめっ!落ち着いて。


 前世の記憶

 隠れキャラ

 ゲームの知識


 無意識にブレーキをかけるキーワードが、頭に浮かぶ。

 胸の奥がきゅっと締め付けられる。

 言えないことが多すぎて、苦しくなった。



 慌てて視線を外したわたしを、テネシーが少し困ったように見る。

 わたしの迷いなんか、見透かされてしまいそうだ。

 暴かれてしまいたいという危うい期待と、その先に暗闇しか見えない不安で心が揺れる。


 ――彼にもなにか、わたしに言えない"秘密"を抱えていたりするのかな?


 秘密を抱えているのは自分なのに、"言ってもらえないこと"があると思うだけで苦しかった。


 ほんと、かってだなぁ。


 重なった視線を逸らしたくなくて、散り散りになる思考を無理やり押し込めた。


 もう少し、見つめていてもいい?

 この時間を……終わらせたくないって、願ってもいい?


 同じ景色を見ていたい。

 確実に近づいている"別離(わかれ)の時"を否定するように、"今"をつないでいたかった。

 その先にあるはずのない"永遠"を、"星空(いま)"に感じていたかった。


***


 修道院にはもうすぐ到着すると告げられた。

 初日にみっともなく泣いてしまったせいで、テネシーは何かを切り出せずにいるようだった。

 それがずっと、気がかりになっていた。

 

 「夜の散歩に行きたいわ。護衛、お願いしてもいいかしら?」


 夕食の後、二人で歩く時間を提案してみる。


 話してもらえるかな……。


 テネシーとの時間も、終わりが近い。

 なのに恋だと気づいてしまった。

 この気持ちを伝えたとして、未来は何一つ変わらない。

 それでも、未練は残したくなかった……嘘も、つきたくなかった。


 「テネシー。いつもありがとう。」

 「改まって言うことでもないだろ。」

 「あら、大事なことよ。」


 笑ってみせたが、上手く笑えた自信はない。


 「ノーラ、君は俺の言葉を信じられないか?」


 わたしの意図を知ってか知らずか、いつもより、さらに優しい声が響く。


 ずるい……。


 迷いも不安もとけていくような安堵感に包まれる。

 かろうじてフルフルと首を横に振る。


 「君が思うよりずっと、俺は君に夢中なんだ。その溺愛ぶりは、王宮では周知の事実だぞ。」


 真実を知りたいと思いながら、その事実に怖気づいて身体が固まった。

 そんな緊張をほぐすように、テネシーがにかっと笑う。

 その笑顔に、泣いてしまいそうになる。


 ほんと、わたしを安心させる天才なんだから。


 「締まりのない顔。」


 憎まれ口しか出てこない自分の態度がもどかしい。


 「照れ隠し……だろ?」


 ふっとよぎった不安を取り除くように、テネシーが笑う。


 やっぱり、確信犯よね。


 笑顔に癒されながら、母に告げられた言葉を思い出す。


 「修道院への道のりで、もう一度、自分の気持ちに向き合いなさい。自分の幸せがどこにあるのか。」


 奉仕活動を続けて、人のために生きることを選んだつもりだった。

 それが、自分の幸せにつながる……そう信じていた。


 「幸せの形は時間と共に変わることもあるのよ。」


 母の言葉の意味を、初めて理解した。


 ――わたし……テネシーの隣にいたいと思ってる。彼の隣で笑っていられたら……わたし、幸せなんだわ。


 "誰かのため"に生きる幸せも、"誰かと共に"生きる幸せも、『あるべき幸せの形』なんだ。


 星空に願った永遠(いま)が、目の前にあるのかもしれない。

 手のひらに落ちる月明かりに、もう一度、その永遠(あした)を願った。

母の言葉を道標に、

テネシーの優しさに向き合った瞬間、

もう逃れられない恋に落ちていた自分に気づく――。


次回「第十三話:告白」

お楽しみに!

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