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この恋が叶わないなら、消えてしまえばいい~そう願ったら、イケオジ王弟の過保護マックス溺愛攻撃が始まりました~  作者: Alicia Y. Norn


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10.真意

すべてが終わったはずだった。

けれど、幸せな日常に見え隠れする小さな違和感が――

突然、衝撃の事実が姿を現す。




 おそらく、謁見の間で自分の正体を明らかにしたことで、テネシーの"(たが)"が外れた。

 


 「今日は少し寒い。厚手のコートを用意させた。」

 「一人での外出など、絶対にするな。俺はお前の防波堤だからな。」


 あの日「護る」と誓ったテネシーは、本当に"片時も離れるつもりはない"と公言するかのように行動していた。




 「公爵さまは、お忙しいのでは?」


 そんな毎日に、照れと混乱がついにピークを越えてしまい、つい口調を変えてからかってしまった。

 けれど、そんな自分の軽率な行動を、すぐに激しく反省させられた。


 「優秀な部下を育ててあるからな。俺がいなくても、問題ない。」


 おくれ毛をすくいあげ、耳にかけてくれる。


 「心配をしてくれてありがとう。」


 わたしに合わせて口調を変えるなんて……ズルい!っていうより、何、この色気……こんなの酔う、絶対酔うわよ!!


 百戦錬磨……だろう、年上の男性(おとこ)をからかう手練手管など、持ち合わせているはずもない。


 そうよね。


 認めてしまえば、降参一択だ。


 完全なるわたしの判断ミスだわ。




 「お手を。」


 彼の素性を思いつきもしなかった、過去の自分に呆れる。

 スマートなエスコート、洗練された仕草、堂々とした立ち振る舞い……どれをとっても、貴族にしか見えない。


 思い込みって、怖いわ。


 先入観や偏見が、どれほど人の目を曇らせるのか――身をもって知ったのだ。

 

***


 テネシーの周囲を警戒する態度は以前より過剰になったが、わたしにとっては「必要な安心感」だった。

 宰相閣下の断罪は、噂好きな貴族の間で口々にあがり、比例するようにわたしへの悪評は沈静化していった。


 「貴族同士の噂など、本当にくだらないな。」


 ぼそりと小声でつぶやいたテネシーの言葉は、彼の本音だったのだろう。

 その声色に、わたしに対する気遣いを感じて嬉しくなった。




 そんな変化が、ハッキリと目に見えるようになったある日の午後――わたしは再び王宮を訪れていた。




 「王妃さま、お招きいただき、誠にありがとうございます。」


 王太子の婚約者として、すっかり王太子妃の顔になったベルさまも、王妃さまのお茶会に同席していた。

 二人の間に流れる空気が、穏やかな関係を築けていることを証明するように、暖かなものに感じる。

 ゆっくりと視線を合わせて、何かに同意すると、王妃さまがにっこりと微笑んだ。


 「ウィンスレット公、同席してくださらない?」


 突然の招待に、さすがのテネシーも驚いたようだった。


 「もうすぐ、サミュエルもここへ来ます。あなたのお灸が、よほど効いたのね。」


 王妃さまがテネシーを静かに見つめ、小さく笑う。


 「正確には、効きすぎたみたいで、二人で話すことを躊躇っているのよ。」


 その言葉が何を意味するのかを察したのか、テネシーが苦笑いする。


 「大人げなかったな。」

 「あら、わたくしはあなたに感謝しているのよ。大切なことを学んだのだもの。」


 テネシーへの信頼がうかがえる。

 「王妃さま直々の招待は断れない」と笑って、テネシーが席に着くと同時に、サミュエルがやって来た。




 「叔父上、わたしの軽率な行動をご指摘いただき、ありがとうございました。」


 真摯に頭を下げるサミュエルは、本当に何か大切なことを学んだのだろう。

 そう思っていると、彼が今度はわたしに向き直った。


 「そして、スミス公爵令嬢。わたしの軽率な言動や行動で、あなたを傷つけたこと、謝罪したい。」


 叔父であるテネシーに頭を下げるのと、王族が公爵令嬢に頭を下げるのでは、意味が全く違う。


 「殿下、お顔をお上げください。公爵家は一家臣、首を垂れるなど、過ぎたことでございます。」

 「エレオノーラ、今回だけは受けてあげて。あなたの護衛が納得しないでしょうから。」


 そう、王妃さまが意味深に笑った。


 「そういうことであれば、もちろん謝罪をお受けします。」


 そう告げると、サミュエルが大きく安堵した。




 そこからは、穏やかな時間が過ぎた。

 前世であこがれ続けた、「スチルの微笑み」が目の前で展開されている。

 しかも、ベルとのツーショットだ。


 神スチル、ゲットだわ!ここにスマホがないのが悔やまれる。魔法とか、魔道具とか、どうして存在しないのよっ!


 久しぶりにガチヲタの自分が顔を出した。

 目の前に見ているのは、この世界に転生して、最初に思い出した「最推しの笑顔」だ。

 心の声を悟られないように、淑女の微笑みを絶やさず、二人を見つめる。

 

 やっぱり彼の笑顔は、ベルに向けられなきゃね。


 前世の記憶に引きずられて、少しだけ切なくなった。

 その横顔を、テネシーが見つめていたことに、わたしはまったく気づかなかった。


***


 ベルが圧倒的な信頼を置いてくれたこともあって、彼女に同行する奉仕活動の許可が王家から下りた。


 「子供たちの様子や、教会で君と話す人々の笑顔を見ていると、いかに自分が間違っていたのかを改めて認識させられるよ。」


 ベルに付き添って来たサミュエルが苦笑いする。


 「ようやくわたしの声が届いたようで、嬉しく思いますわ。」


 ベルがサミュエルをからかって笑う。


 「ベルさま、謝罪は受け取っております。それ以上、殿下に厳しくされてはわたしが申し訳なくなってしまいますわ。」


 もともと年齢が近いこともあって、互いを認め合えば、仲の良い関係になれるのかもしれない。

 

 悪役令嬢だった頃には、考えられない毎日だもんね……よく頑張った、わたし。


 ふと、心が折れそうだった日のことを思い出した。

 裏路地で、手の汚れを拭い続けた。

 

 あの時の紳士……テネシーだったのよね。


 思えば一番つらかったあの日を支えてくれたのは、テネシーの言葉だった。

 名乗りもせず、優しさと厳しさでわたしを叱咤した――あの紳士。


 思い出して頬が自然と緩んだ。


 あの涙があったから、今を幸せだと思える。

 これ以上は望まない。

 願っていた"最推しの幸せ"は無事に達成できた。


 気づかれないように、そっとテネシーに視線を送る。

 先回りしてわたしの心を拾ってくれる優秀な護衛は、今日も少し離れたところから私を見守ってくれているのだろう。

 その暖かな視線を想うだけで、幸せな気持ちになった。


***


 お茶会で謝罪を受け取ってもらえたことは、サミュエルにとって大きな意味があった。

 尊敬する叔父の言葉に、大きな衝撃を受けた。

 そしてすぐ、自分が疑いもしなかったエレオノーラの悪行は、すべて冤罪だと証明された。


 浅慮な自分を許す広い心を持っているこの人を、わたしは随分と貶めてしまった。

 

 目の前で笑う彼女は、悪名高きと形容された公爵令嬢ではない。

 人を思いやり、理不尽な要求でさえ誠実に応えてくれた。

 ベルが褒めていた"淑女そのもの"だ。


 そっと、叔父を探す彼女の視線に、なぜか複雑な思いを感じた。

 自分が見たことのない表情……見落としていたかもしれない仕草……そのどれもが、もう自分ではない別の人に向けられている。


 人というのは、本当に勝手なものだな。


 自分の不可解な心理に、あきれるしかなかった。



 ベルへの自分の想いは不変だ。

 後悔が生み出す"あり得たかもしれない未来"を全力で否定する。


 「ベル、出会ってくれてありがとう。」


 不確かな未来ではなく、自分の目の前の幸運(ベル)に、サミュエルは心からの感謝を贈った。


***


 ふと修道院の話題を無意識に避けていることに気づいて、今のこの日常に未練があるのだと自覚した。


 「わたしが選んだ未来は、修道院で奉仕活動を続けること。」


 孤独の中で決意した選択を、自分に納得させるようにつぶやく。

 ベルとの時間が増えたことで、サミュエルとの関係もとても順調だ。

 一方で、日ごとに近づくテネシーとの距離が、なぜか少し落ち着かない。


 「テネシーは、過保護が過ぎるのよね。」


 最近、教育係を終えれば二度と足を踏み入れることはないだろうと思っていた王宮に、頻繁に通うようになっていた。

 必然的に、サミュエルに会う機会も増えたのだが、テネシーはいまだに彼を警戒しているようだった。




 「……殿下、近づきすぎです。」


 廊下ですれ違って挨拶するだけで、テネシーの低い声が落ちてくる。




 「な~んか変なのよね……。」


 言いようのない違和感に、無意識にそう呟いたとたん、覚えのある激しい痛みに襲われた。




 「もうお前の婚約者ではない。彼女の名前を気安く呼ぶな。」

 「距離の取り方を、覚えることだ。」 

 



 突然流れ込んできた情報に驚く。

 

 このセリフ、覚えてる……。


 前世の記憶が、鮮明になる。

 ふと、プロモの影絵にテネシーの笑顔が重なった。


 これって、隠しキャラ告知で見たイケオジじゃん。



 ――ウィンスレット公爵って、テネシーのことだ。



 違和感の正体が分かった瞬間、背中に寒気が走った。


 自分の気持ちも、行動も、何もかもがゲームに支配されているんじゃないか……。

 そんな恐怖心が突然、湧き上がってきたからだ。


 それからはもう、テネシーにどう接していいかわからなくなってしまった。


 わたし、どうやって笑ってたんだっけ?


 顔がこわばって、上手く笑えない。 

 いったん負の思考に捕らわれてしまえば、容易にそこからは抜け出せなかった。

 テネシーのどんな優しさも、真摯な言葉も、すべてシナリオに思えてしまったからだ。


 「今の幸せを信じてたのに。」


 秘密というのは、人の心を蝕むものなんだろう。

 だからと言って、自分が全幅の信頼を置く人物――テネシーには相談できない。


 ――これ以上、一人で戦うのは無理。


 ぐらりと視界が揺れて、浅い呼吸で平静を装う。

 それでも本能が告げる――限界は、もうそこまで迫っている。

 幾日かの眠れない夜が過ぎ去り、ようやくわたしの中の覚悟が固まった。


***


 テネシーは、このところ、まったく余裕がなかった。

 突然リクエストされた王妃のお茶会で、サミュエルがノーラに正式に謝罪した。

 それを受け取ることで、ノーラの心は幾分救われただろう。


 それはいいんだ。 


 淑女の微笑みでサミュエルを見つめていたエレオノーラ。

 次の瞬間、気づいてしまったあの切ない表情……。


 自分の中で大人げない感情が暴れる。


 護衛として同行した奉仕活動でも、三人は随分と親しい様子だった。


 楽しそうに弾む会話。

 自然と緩んだ頬は、和解を果たしたサミュエルに向けられていた。


 ――驚くほど動揺している……初恋でもあるまいし。


 こころの中で渦巻く真っ黒な感情が、嫉妬だということはわかっている。

 わかっていても、手に余るという事実に、自虐の笑みが浮かぶ。


 過保護な護衛

 公爵令嬢を溺愛する王弟


 揶揄する言葉は、ノーラの耳には入っていないようで安心した。

 けれど、そうではない他の理由で、明らかに避けられている。


 「何があった……。」


 ノーラの瞳に見えたのは恐怖だ。

 自分に向けられたものではないが、彼女は何かにおびえている。


 王家との和解は済んだ。

 修道院行きも止められる。


 障害だと思われた懸念事項は解決に向かっていた。


 ――残るは……どんなに手を使っても、見つけるさ。彼女の憂いを晴らすのは、俺の役目だ。

 静かな決意は、闇の中に溶けていった。


***


 「あなた、今なんて言ったの?」


 言葉を失くして唖然とする父と兄より、冷静に状況を把握した母が、かろうじて声を発した。




 「修道院へ行く必要はなくなったろう?」


 動揺を隠せない兄が、変わらない決意を告げたわたしに、真っ先に質問をぶつけた。


 「いいえ、わたしの未来には必要なことです。」



 ショックで固まってしまった両親を見て、やはり"真実を告げる必要がある"と判断した。


 

 その結果が、母の発した言葉だった。



 まさか自分が産まれたこの現実を、ゲームの世界とは言えない。

 だけど、わたしには前世の記憶があって、その中で類似体験をしたと告白した。

 

 テネシー……ウィンスレット公爵さまは、わたしにとって大切な方です。でも、その気持ちが怖い。

 一度自分の心を疑ってしまったら、何を信じていいかわからなくなってしまったのです。


 嘘ではなかった。

 テネシーという人物に支えられ、今の幸せな自分がある。

 しかし、その幸せの基盤があまりにも曖昧過ぎるのだ。


 ゲームのシナリオだったら……。


 そう考えるだけで、身体の震えが止まらなかった。


 「前世の記憶に流されるように、自分の人生を決めたくありません。」


 少なくとも、思い出す以前に苦しんで決意した気持ちは信じられると思った。


 「決意は固いんだな。」


 父の言葉にこくりと頷く。


 「わかった。」


 短くそう告げると、父はゆっくり立ち上がり、部屋を出ていく。

 父に続くように、母も兄も静かに部屋を後にした。


 家族を見送りながら、もう少し上手く立ち回れたのではないかと後悔した。


 考えるのは、いつもそんなことばかりね。


 意図的に外したテネシーの存在が、身近にないことも不安を増長させているのかもしれない。


 これ以上、彼を頼ってはダメ。

 甘えて、自分で歩けなくなる。


 強がりかもしれない。

 見えた気がした"別の未来"に未練があるのかもしれない。

 それでも、"ゲームに支配されているかもしれない人生"は嫌。


 心が折れて立ち上がれないと思ったわたしに、テネシーが示してくれた道標。

 その言葉を胸に選択した未来が間違っているはずがないのだ。


 ――未来を選んだのは、確かに自分自身なのだと、少なくともそう誇れる自分でありたかった。


 一人残された部屋には、そこに存在していた家族の温もりと、それを手放すと決めたわたしの冷たさが、ただ静けさの中に残っていた。





救われたはずのエレオノーラの心。

しかし運命のいたずらは、非情にも彼女に孤独を強いる。

ただ一人――その孤独を全力で否定する彼の人は、

果たしてどう彼女を救い出すのか?


次回「第11話:狡猾な大人の愛」

どうぞお楽しみに!

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