1.最高で最悪の転生!?
転生したら推しの婚約者――って、最高の展開!
なんて、喜んでる場合じゃなかった。
乙ゲー「悪役令嬢」の葛藤、新連載スタート!!
「痛っ?!誰……これ??」
鏡に映るきれいなブルネットの髪、ミルクティーみたいな優しい色。
その髪を見つめている瞳はアンバー、とてもきれいな金色。
「美少女……だ。」
ちょっと、状況を整理しよう。
ズキズキと痛む頭を抱えながら、思わずペタペタと顔を触る。
頬に手を触れているのは自分。
じゃあ、鏡に映っているこの美しい少女もおそらく自分自身……?
「この姿……って……どうして?」
あまりの美しさに、鼓動が変に……ってわたしがドキドキしてどうするよっ!
ズキッ
またもやひどい痛みが襲いかかり、現実をうったえる。
「お嬢さま!」
部屋に入ってきたのは侍女のミミだろうか。
痛みで霞む視界の向こうに、知らないはずの、でもなぜか見覚えのある侍女の心配そうな顔を見つける。
あっ……ダメなやつだ、これ。
混乱する思考のまま、痛みの中でわたしはまた気を失った。
***
変な夢をみたなぁ……
ゆっくりと目をあけて、パチパチと忙しく瞼を動かし、天井を二度見する。
あれ?この天井、見覚え……
瞳を見開いて、思考が固まった。
上品なレース使いの天蓋と優美な金色で縁取りされた天井――。
これ、見覚え……あるよね。
混乱しているのはこの状況というよりも、自分の思考のようだ。
「わたし、誰だっけ?」
つぶやくと同時に、名前を思い出す。
エレオノーラ・スミス――この国の王太子を婚約者に持つ、由緒正しき公爵令嬢だ。
「あぁ……わたし、転生しちゃったのね。」
異世界ものが大好きな自分には、この展開はごちそうだ。決して困惑するものではない。
恐らく記憶の混在が、思考の混乱を生んでいるだけだろう。
適応能力、あり過ぎじゃない?
「『七乙』に転生かぁ……でも、さすがわたしって感じ?」
さっき鏡に映った少女の顔とこの部屋の天井を見つめて確信する。
この世界が転生前にやりこんだ、乙女ゲーム"七色に輝く未来へ導く乙女"の世界だということに――。
「エレオノーラに転生ねぇ……」
思わずぼやいてしまう。複雑な心境がつい口をついた。
確かに、転生はごちそうだと言った。でも複雑な思いがよぎったのは事実なのだ。
七乙は、わたしの最推し、サミュエル・ヴェルモントが住む世界。
しかも転生したこのわたし、エレオノーラはその彼の婚約者だ。
嬉しくないはずがない。でも、心中穏やかじゃないのにはれっきとした理由が別にある。
エレオノーラはサミュエルの婚約者だが、ただそれだけの存在。
……どころか、散々迷惑をかけ、結局婚約破棄されてしまう。
そう、わたしは乙女ゲーム必須キャラ、よくある"悪役令嬢"という存在なのだ。
「どうしたらいいかな。」
普通なら、ゲームに抗ってハッピーエンドを目指すんだろうけど……
ゲーム展開を思い出しながら、本気で迷う。
サミュエルの幸せを考えれば、わたしは絶対に身を引いた方がいいんだよね……。
今までのエレオノーラの行動は、かばい立てできないほど、最低最悪だ。
真っ黒に染まり切った過去が、頭のなかで随時更新って……結構、効くわ。
記憶をたどるだけで、胃が軋む。
「こんなまずいお茶しか入れられないなんて、最低。これを片付けて、今すぐここを出ていきなさい!」
お気に入りの孔雀扇をピシャリと突きつけ、解雇を言い放つ。
「サミュエルさまに並び立つこのわたくしに、恥をかかすおつもり?こんな店、潰れてしまえばいいのだわ。」
王都の人気店にアポなしで乗り込み、権力で脅す。
言いたい放題の恥知らずな行動の数々。
思いやりのかけらもなく、傍若無人――それが、エレオノーラ・スミスという悪役令嬢。
はぁ、かなりやらかしてるんだよね……エレオノーラ嬢
深いため息が出る。
王族の婚約者として、あるまじき言動と行動の数々……。
王太子の婚約者である立場を悪用しての我儘三昧で傲慢な態度……。
そんな姿を思い出し、いたたまれない気持ちでいっぱいになる。
「穴があったら入りたい――ううん、穴がなくても、自分で掘って入ったほうがまだマシよ。」
ゲームのエンディングをわかっている自分は、サミュエルの幸せをよく知っている。
その幸せは自分が隣にいる限り、絶対に叶わないのだ。
ヒロインのベルに嫉妬して、二人の邪魔ばかりするんだもん。そりゃ、嫌われるよね。
「あのエンド、当然の報いだわ。」
悪役令嬢の妨害に屈することなく、最後には強く思い合って結ばれるサミュエルとベル。
彼女を見つめる優しい瞳と幸せを誓う力強い眼差し。
「わたしは、君に出会って初めて、幸せの意味を知った。ベル、出会ってくれてありがとう。」
脳内で何度も繰り返し聞いたイケボが蘇る。
あのスチルに、あの声!もう、運営さん神なの?って思ったもん、最高っ!!
どんなにクサイ台詞でも、はまってしまうのが乙ゲーの魅力だと思う。
現実で言われたら、ソッコーで固まりそうなさむい台詞だって、脳内リピしたくなる中毒性。
これってもはや、魅了の魔法……?
「あのスチルに惚れたんだもんなぁ。」
思い出すだけで胸がぎゅっと痛くなる。
泣きたくなるほど愛おしい。
スチルの中の推しの笑顔が脳裏に浮かぶ。
サミュエル・ヴェルモント――瞼の奥で、最推しが真っすぐに見つめている。
「嫌われ役をやるしかないのかな。」
自分の人生が、これからどうなるかは、はっきり言ってわからない。
それでも、推しの不幸はどう考えたって望めない。
エレオノーラの最悪の結末――断罪エンドだけは絶対回避!
あとはサミュエルと円満に婚約破棄できるよう、根回しを始めるしかないだろう。
推しの不幸は自分の不幸なのだ。
何気にガチ恋だったんだけどなぁ。
ゲームのキャラにはまったことが恥ずかしくて、誰にも言えなかった。
でも、サミュエルの笑顔に癒されて、励まされて毎日を頑張った。
その気持ちは、恋というには夢のようで、ただの推しというには重すぎたのだ。
「サミュエル……君の笑顔のためなら、自分の気持ちなんて無視できるよ。」
一度としてエレオノーラに向けられることがなかった笑顔が、脳裏にハッキリと思い浮かぶ。
名ばかりの婚約者で、彼にとっては迷惑でしかなかった。
「はぁ~、最悪の思い出しかないなぁ。」
数々の愚行ばかりを思い出す。
君のことが大好きだから――わたしにできること、わかっちゃったな。
こうして、転生初日。わたしは、恋焦がれた最推しの婚約者という最高のシチュエーションの中、嫌われ者の悪役令嬢であるが故に、失恋決定で婚約破棄をする最悪のシナリオを始めるしかなくなってしまった。
「ここから挽回?……それはムリだよね。――けど、このまま終わりたくはない。でもなぁ……」
独り言とため息だけが、宙に浮いて消えた。
でもまさか、試練がここから始まるなんて、思ってもみなかったんだよね。
恋って厄介だってわかってたけど――まさか、乙ゲーがここまで"悪役令嬢に非情だった"なんて。プレイヤーのときは、気づきもしなかった。
最推しの世界へ転生できるなら、わたしも経験したいかも……!?
でも、この恋は"楽しい!嬉しい!"という気持ちから、少しずつ遠ざかる予感。
次回 「第二話:イベント発生で思い知る恋心」
お楽しみに!




