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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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ソラリスの塔編 第2話 覚醒の回廊 ― 鐵棘の騎士

前書き


 夜明けの薄光が街の屋根を撫で、露を孕んだ風が城外の野道を走った。白い塔は遠く、陽を呑むように仄暗く、風だけを返して立っている。

「鐘は鳴らさない」と心の中で繰り返す。鳴らすべき音は、帰るときの鐘だけでいい。僕らは息を一つに、鍵穴じゃなく蝶番へ――支点を探して、扉を押すだけだ。





第一章 第一層 ― 砦の回廊


 塔の門前に立つと、白石の柱に古い銘板が埋め込まれていた。錆びた刻印は《SAN-LOD》、その上に新しい銘《SOLARIS SPIRE》。太陽の名と古名が、薄い霜のように重なっている。

「本日だけ、わたしたちも!」と前歯の欠けた少女カエナが跳ね、坊主頭のサジが続いた。

「ルールを守る、離れない、合図に従う――できるか?」

「できる!」「できる!」

 呼吸と足の運び、瞳の落ち着き。僕は二人の肩に軽く触れ、列の最後尾へ入れた。


 内部は旧砦の回廊だった。湿った石壁に苔が貼りつき、天井の目地から水が一滴ずつ落ちる。靴底が拾う反響は低く、空気はひやりと粘る。

「……皆さま、どうか落ち着いて。息を合わせましょう」とあーさん。二鈴が半拍だけ震え、胸の拍がすっと揃った。

「盾前、行くで」よっしーが丸盾を構え、僕は合図を送る。

 角を曲がった先、錆びた剣を引きずる音。スカルナイトが四体、青い焔を眼窩に灯し、鎖帷子を擦らせて迫ってくる。


「まず足を止めるニャ。――氷結弾フリーズ・ブリッド!」

 ニーヤの杖先から放たれた冷光が床を走り、先頭の膝を凍てつかせた。

「いま!」僕が手を切ると、クリフの弓弦が低く鳴る。二本の矢はわずかに角度を違え、関節と眼窩に吸い込まれた。

「盾受け!」よっしーが正面の剣圧を丸盾で受け、火花が散る。「右スライド!」

「はい!」リナが滑るように側面へ。短剣を両手逆手に構え、関節の継ぎ目へ素早く二度。カチリと骨の噛合が外れて、骸骨が膝から砕け落ちた。

「リナ姉、後衛の角度、守る!」サジが木刀で横薙ぎ、リナの死角に入った剣を受け流す。

「やぁっ!」カエナの竹槍がもう一体の脇腹を突き、焔が一瞬ぐらつく。

「キュイ!」リンクが二段ジャンプから踵を落とし、最後の一体の頭蓋を粉砕。

 砕けた骨片が床に散り、冷気がほんの少し温くなった。呼吸が一つ増え、胸の鼓動が落ち着く。


 リナが腰のポーチから小さな学び帳を取り出す。粗末な革装、角がすり減り、紐は何度も結び直された跡。里で教わった記録の帳だ。

 拙い字が一行増える――「地図/合図語/戦闘記録/対人時・非致死/鳴らさぬ鐘(警戒音OFF)」。欄外に「次:盾前→後衛詠唱、短剣は継ぎ目」。

「……よう書けてるやん。合格や」よっしーが笑い、クリフが僕の襟を直す。「汗が引く。喉当ては外すな」

「ありがとう、兄貴」


 安堵の息が半分吐ききれた、その時だった。

――カチッ。

 足元で乾いた微音。床石の継ぎ目に淡い光が差し、回廊の壁に埋め込まれた紋章がゆっくり回転を始める。

あるじ……今の音……」ニーヤの耳が動いた。

 床の中央が裂け、鎖が生き物の舌のように這い出す。冷たい鉄が床を引っ掻き、火花を散らした。





第二章 鐵棘の騎士


 地下の暗がりから、黒鉄の棘に覆われた巨大な鎧が持ち上がってくる。身の丈、僕の一人半。兜の眼窩に青白い炎。背には錆びた槍を二本束ね、両肩から垂れた鎖が床を削る。

「……これは」あーさんが息を細く吸う。「守護の鎧にございますね。此度の階の番人――」

「よっしゃ、番人や言うんやったらご挨拶や!」よっしーが踏み込む。

 しかし鎧は槍の石突を床に打ち、衝撃波を撒いた。

「うおっ!?」盾ごと弾かれ、よっしーが壁際まで滑る。

 続けざま、鎖が鞭のように唸り、クリフの弓を持つ腕を狙う。

「――させん!」僕が割り込み、刃で鎖の角度を逸らす。石床が抉れ、粉塵が舞う。


炎弾魔法ファイアボール!」ニーヤの詠唱が短く鋭く、火球が鎧の胸に叩きつけられた。

 だが次の瞬間、鎧の内側で燃え上がった火が反転し、口のない面の隙間から逆流して噴き出す。

「返り火!?」僕が身を引く。「ニーヤ、距離!」

「承知ニャ!」

 炎の帯が床を舐め、石が熱で鳴いた。



「いける!」リナが前へ一歩。短剣を構え、膝の継ぎ目を狙って滑り込む。

「リナ、間合いが早い!」

 言うより早く鎧の槍尻が跳ね、リナの肩口を掠めた。布が裂け、赤が滲む。

「――っ!」膝が落ちる。

「リナ姉!」サジが飛び込み、木刀で次の一撃を受け流した。木が悲鳴を上げる。「まだ無理だ、下がれ!」

「でも……わたし、守りたいの……!」

 リナの手が震え、短剣が床を擦る。

「カエナ、脚や!」サジの声に、カエナが横から踏み込み、竹槍で鎧の後膝を突く。

「うぅりゃぁっ!」

 刃ではない弾力の突き。だが確かに、動きが一瞬鈍った。


 鎧が槍を横薙ぎに一閃。空気が裂ける音。

「しゃがめ!」僕が怒鳴り、全員が床へ。髪を掠める冷たい風。

 刹那の隙に、クリフの矢が二本、鎖の接合を正確に断ち切った。

「鎖、一本落とした。まだ来る、離れろ」

「了解!」

 僕らは半円の陣へ。よっしーが盾で“座”を作り、僕が合図で呼吸を整える。

「……鐘は鳴らさない。まだだ。押すな、 蝶番を探せ」


 鎧の足元で、床の紋章がもう一段階、濃く光った。

「これは、霊の拍を飲み込みます……拍を乱しまする」あーさんの声が細く震える。「なりませぬ、焦っては」

 鎧の両肩から、闇のような紐が床へ伸びる。影が、腕の形で這い寄る。影縛りだ。

「わるい趣味やな……! ヨッシー、間つくる! ニーヤ、火で足を!」

「ファイアボール!」炎弾が影の根を焼き、黒煙が揺らいだ。


 僕の左に、ふらつきながらリナが立つ。肩口の血は止まりきらず、呼吸は荒い。

 彼女の視線が、腰の学び帳に落ちた。

 震える指で開く。さっき書いたばかりの文字が、汗で滲んでいる。

 ――鳴らさぬ鐘(警戒音OFF)

 ――対人時・非致死

 ――短剣は継ぎ目

 彼女の喉が鳴り、手が小さく鐘の綱に伸びかけた。

「――鳴らすな、まだ!」僕はその手を包む。「見ろ、リナ。支点はどこだ」

 歯を食いしばる彼女の眼が、揺れて、止まる。

 鎧の腰板と太腿の間――黒鉄の棘が薄く、蝶番の見える継ぎを捉えて。


 あーさんの二鈴が二拍だけ、柔らかく空気を撫でた。

「……恐れではございませぬ。御身の内にて、力が器を押しております。拍を整えましょう。あるじのお声に合わせて――」

 音に合わせ、僕らの呼吸が揃う。リンクが腰を低く、よっしーが盾を再び前へ、クリフが矢を番え、ニーヤが炎と氷の詠唱を重ねる。サジとカエナは互いの肩を叩き、踏み込みの合図を交わした。


 冷たいものが、リナの体の芯を通った。

 肩の傷口から、淡い光が滲む。髪がふわりと持ち上がり、瞳が薄い翠に揺れる。

 こめかみに、透ける碧角がきらりと生えた。

 リナは息を吸い、吐いた。震えが、呼吸に溶ける。


「行けるか」

「……はい。皆さんがいるから」

 リナは短剣を逆手のまま低く構えた。まだ足取りはぎこちない。未熟の輪郭は消えない。だからこそ、僕らが支える番だ。


「――今!」

 クリフの矢が鎧の肩関節に刺さり、微かに角度を固定する。

炎弾魔法ファイアボール」ニーヤの炎が床に誘爆の帯を置き、鎧の足が一瞬止まる。

「盾、押すで!」よっしーが槍を外へ逸らし、正面の圧を捨てる。

「サジ、顔!」

「くらえ!!」木刀が兜の額を打ち、青焔がちらつく。

「カエナ、肋!」

「うりゃっ!」竹槍が胸板の継ぎ目を刺し――

「リナ!」

 呼吸が、拍が、すべて一本の線で揃った瞬間。

 リナが床を蹴り、蝶番へ短剣を差し込む。刃が骨と鉄の間を滑り、もう一本が十字に重なる。


「――っ!」

 槍が空を切り、鎖が床を打ち、青白い焔がぐらりと傾いた。


「決めるぞ!」僕は懐から**’89箱の可逆クランプを取り出し、鎧の腰板を一瞬だけ噛ませて固定する。

「何それ!」

「日本の文明!」

 固定の一拍――それで十分。

 リナの右拳**が、短剣の柄を通して兜のこめかみへ伝わり、骨の鳴る音が回廊に低く響いた。

 鐵棘の騎士は膝を折り、ゆっくりと崩れ落ちる。棘が床に散り、青焔は天井へ細く吸い込まれていった。


 静寂。

 石が冷え、空気が戻ってくる。

 僕らはしばらく、互いの呼吸を聴いた。





第三章 静けさの拍


「……ようございました。霊素の過負荷、見受けられませぬ」あーさんが鈴を伏せ、リナの脈にそっと触れる。「これは進化――御身の魂が器を押し広げたのでございます」

 リナは膝をつき、汗で濡れた前髪を払う。「……こわく、なかった。皆さんが、拍をくれたから」

「そらそうや。チーム戦や」よっしーが肩を軽く叩く。「ひとりで背負うな。家族で持つ」

 クリフは矢束を肩に戻し、「判断は速かった。次は、もっと合わせる」と短く言った。

あるじ、リナは主の座で落ち着いとる。暴走の匂い、ありませぬニャ」ニーヤが鼻をひくつかせる。

「……ありがとう、みんな」リナは学び帳を開き、震えのもう消えた字で、そっと書き足した。

 > 進化:己を見失わずに強くなる。鐘は鳴らさない。


 サジが木刀を抱えたまま、悔しそうに笑う。「俺、まだまだや。もっと速く、もっと強く」

「うち、竹槍もっと練習する!」カエナが胸を張る。

「二人とも上出来」僕は親指を立てる。「合図の“間”をちゃんと見てる。それが一番強い」


 回廊の奥、壁に埋め込まれた紋章が最後の微光を放ち、白い環が床に開いた。

「転送門ですわ」あーさんが立ち上がる。「拍は整いました。参りましょう」

 僕は掌の木札を握り直す。帰還の鐘は、まだ鳴らさない。

「行こう。次の層だ。――蝶番の先へ」


 白い光へ足を踏み出す。石畳の手触りが、草を撫でる感触に変わった。

 新しい風が、塔の奥から吹いてきた。



後書き


 第一層の番人は倒れ、僕らは鐘を鳴らさずに一つの蝶番を越えた。未熟は未熟のまま、支え合えば進めることを、リナが教えてくれた。

 次は草原の階層――風と木造の小屋、人の気配が残る場所。塔はまだ、なにかを隠している。

 帰還の鐘は、もう少し先でいい。

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