表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/385

ユーゲンティアラ王国忍の里編その6 滞在許可と義賊の約定《やくじょう》


【前書き】

不法で来たからって、不法のままにしとくと面倒になる。

これはどこの世界でも同じらしい。

で、ここの領主はそのへんがめちゃくちゃ現実的だった。

──ユウキ


────────


 翌朝。

 忍びの里の屋敷は、昨日のドタバタが嘘のように静かだった。畳は整えられ、床の間には山で採れた百合が一輪。窓の外では子どもたちの声がする。ここだけ切り取れば平和そのものだ。


 しかし、座敷の中央には書類が積み上がっていた。薄い紙に細かい文字。朱色の印を押すための印鑑と墨壺。ジギー──いや、今日はちゃんと領主としての“ジョージア・フォン・ギルバート子爵”が着席している。黒ドレスじゃなくて、落ち着いた羽織姿だ。昨日の鞭と電撃の女とはまるで別人の空気。


「よし、全員いるな。じゃあちゃちゃっと済ませちまおうか」


 ジギーが扇子で紙束をとん、と叩いた。


「まずはお前らの身分の話だ。昨日言ったように、今のところお前らはこの国から見れば“未登録入域者”になる。放っときゃ後で役人がうるさい。なのであたしの権限で“滞在許可を申請中”という状態にしてやる。これなら検問でも文句は言われん」


「“申請中”……」俺は首をかしげた。「それって、もう滞在していいってことですか?」


「そういうこと。紙はあたしが書くけど、王立の方に回すには一日二日はかかる。印を運ぶ奴もいるしね。だからすぐには手に渡らない。……というわけで」


 ジギーはぱしんと扇子を閉じる。


「できるまで、ちょっと遊んできな。街一つくらいなら出ていい。どうせお前ら、南の“スタロリベリオ”に行きたかったんだろう?」


 よっしーがぱっと顔を上げる。


「おお、ようわかったなぁ? 酒もあるしなぁ? 冒険者ギルドもあるしなぁ?」


「顔に書いてあった」

 ジギーは笑う。

「ちょうどいい。スタロリベリオは領境の港町だ。人の出入りも多いし、物資もある。服でも薬でも揃う。こっちの生活用品もそこで一度見とくといい。……それと」


 ジギーの視線が横へ流れる。襖がすっと開いて、エリンが無音で入ってきた。いつものおかっぱ、メガネ、黒い忍び装束。手には小さな封筒が三つ。


「申請番号だけ先に渡しておきます。通行の際はそれを示してください」

「助かるよ、エリンさん」


 エリンは俺たちに一つずつ封筒を配る。中は紙片一枚──番号と朱印だけ。

 あーさんがそれをじっと見て、


「これで……わたくしたち、少しは胸を張って歩けますね」


「そういうこと。建前って大事なんだよね」


 ジギーは椅子の背にもたれ、今度は奥の戸を顎で示した。


「んで、もう一件。お前らが捕まる直前にやり合った奴……剣鬼カイル。あいつも呼んである」


 ちょうどそのとき、廊下で足音がした。

 ガラリと戸が開き、頭を包帯ぐるぐるにしたカイルが額を押さえながら入ってくる。顔がちょっと焦げている。昨日の雷撃周囲魔法エリア・ライトニングボルトのダメージがまだ残ってるらしい。


「……来たぞ。おい、なんで俺がこんな格好で客の前に出なきゃなんねぇんだ……」


「自業自得です」エリンが即答した。冷たい。


 カイルは渋々正座すると、ジギーの方を向いて頭を下げた。元A級の男がだ。なかなか見られない光景だ。


「おうカイル。昨日までいい感じに暴れてくれたじゃないか」


「よくねえよ! 正体隠して潜り込んでるなら先に言っとけ! 雷ぶっぱなす領主ってなんだよ!」


 俺たちはちょっと笑ってしまった。

 ジギーはその反応も楽しそうに見てから、表情を少し引き締める。


「…今からお前の処遇を極めようと思うんだが……

お前は腕もあるし、地の者との繋がりもある。半分野良みたいな暮らしも慣れてる。……だから決めた。お前、このまま“山賊頭”を続けろ」


「はぁ!?」


 カイルだけでなく俺たちも声が揃った。


「殴られて配下になれってのはわかるけどよ、なんでまた山賊のままなんだよ!」


「山賊“のふり”ができるやつは貴重なんだよ」

 ジギーは扇子で空を指す。

「この領の北側、聖教国の裏でちょろちょろ動いてる“北の国”がある。あそこは表向きは交易商人、裏では奴隷と武具の流通をやってる。正規の兵や役人が近づいたらすぐに隠れる。そういう連中は“お前みたいなやつ”には近づくんだよ。わかるだろ?」


 カイルの顔つきが、少しだけ真面目になる。

 元A級冒険者の目だ。


「……つまりギルバート卿はおれを間者スパイに使うってわけか」


「そう。表向きは荒くれの頭。実際は情報を拾ってエリンに流す。やれるだろ?」


「……ちっ」


 カイルは舌打ちしたが、次の瞬間ふっと笑った。


「まあいい。雷はもう食らいたくねえしな。ギルバート卿の犬にも、義賊にもなってやるよ」


 “義賊”という言葉にジギーが目を細める。


「気に入った。じゃあうちの文書じゃそう書いといてやる。“山間部治安協力者”ってな」


「かっこよくねええ!」


 部屋に笑いが走った。

 よっしーなんかは「おお、治安協力者て。公務員やん」とか言ってる。


 ジギーはそのまま俺たちのほうへ向き直る。


「で、お前ら。許可証ができるまでの間、危ない橋は渡るな。里でぼーっとしててもいいが、どうせならスタロリベリオを見てこい。……」


「うむ……確かに冒険者ギルドやダンジョンなども気になる」

「あっしも色々、買い揃えたいですニャ」


「そうだ。補給をして、状況を見てこい。街は噂が早い。聖教国の動き、北の国の船、港の税の変化──そういうのはすぐに出回る。あんたらがこれから行く場所の地図にもなる。……どうせ長居はしないんだろ?」


「ま、そうですね」

 俺は頷いた。

 ここで根っこを張る気はまだない。けど、堂々と出入りできるのはありがたい。


「じゃあ話は終わり。あとはエリンに細かいとこ聞きな。カイル、お前は二刻後には出ろ。北のルートの見張りが薄くなる時間だ」


「へいへい。……おいガキども、後で柿もらって帰るから残しとけよ!」


 カイルはそう言って立ち上がると、ガラリと戸を開けて出て行った。

 あんな豪快なのに、今日はちゃんと正座してた。領主の前ってこうなるのか。


 ジギーはふーっと息を吐いて立ち上がる。


「さて、あんたらの許可もほぼ通る。だから──“しばらく待ってろ”。でき次第、里から連絡を飛ばす。うちの子らは《伝音》が使える。どこにいようと聞こえるはずだ」


「じゃあ……ほんとに、次の町に行っていいんですね」


「ああ。スタロリベリオへ行け」

 ジギーはにっ、と笑った。

「街に出たら存分に遊んでこい。あんたら今までずっと緊張続きだったろ。たまには普通に飯食って、港でも歩いてこい。……それでまたここに戻ってきてくれればいい」


 そう言って、扇子をひらひら振る。

 その仕草は黒ドレスのときと変わらず、軽やかだった。



────────



 屋敷を出ると、外はもう昼近くになっていた。

 子どもたちが「もう行っちゃうのー?」と駆け寄ってくる。

 よっしーは干し柿を三つも四つも持たされて、「うおお荷物になるなる!」と悲鳴を上げている。

 ニーヤは耳をすりすりされて「やめるですニャ、毛並みが崩れるですニャ」と言いながらもまんざらでもない。


 クリフが里の門を振り返る。

 「……良いところですね」

 「ああ。逃げ場所があるってだけで、だいぶ楽になる」


 俺は空を見上げた。

 霧はもう薄い。

 この先には、隣町のスタロリベリオ。

 まずは冒険者ギルドだな。新しい依頼が待っているかも?


「よし、行くか」


「行こかー!」


「スタロリベリオ……なんだか楽しそうですニャ」


 俺たちは山道を下り始めた。

 背後でジギーの屋敷の戸が静かに閉じる音がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ