ユーゲンティアラ王国忍の里編その5 剣鬼と女領主
剣鬼と黒ドレスの女
ことの発端は、ほんの数分の慢心だった。
「前衛はオレとよっしー、後衛はあーさんと……サジとカエナは中衛で――」
そうやって森の中で隊列を組み直した時点では、まだ“敵の質”を甘く見ていた。山賊と言うからにはせいぜい粗末な革鎧に棍棒だろう、と。やることはこれまでと同じ、魔法で崩してクリフが詰めて、よっしーが盾で受ける。それで充分のはずだった。
でも相手は、こっちの想定を軽くひっくり返した。
茂みの奥から、がさ、と低い気配。咄嗟にクリフが「伏せろ!」と叫んだが、その声が届くより早く、銀の一閃が横を走った。
「ぐあっ――!」
よっしーの盾が、普通に斬れた。頑丈な金属の縁が“布”みたいに裂かれて、彼の体が横に弾き飛ばされる。オレは慌てて駆け寄る。
「よっしー!」
「いってぇぇ……なんや今の、刃こぼれしてへんやんけ……」
木陰から、ひとりの男が歩み出た。肩まで伸びた灰色の髪、片目に傷。上半身はほぼ裸で、筋肉の上から革のガントレットを巻いている。何より手にしている大剣が異様だった。刃がわずかに黒く、振ったあとの空気が波打って見える。
「剣鬼カイル……ですね」
あーさんが二鈴を構えながら低く呟く。
「聞きしにまさる殺気でございます」
「はっ、俺の名前を知ってるとはな」
カイルは口の端を持ち上げた。
「たしかに俺は昔、A級をやってた。冒険者ってのは堅気が多くてな、窮屈でやめたがよ。今はこっちのほうが気楽でいい」
剣先が、こっちにまっすぐ向く。
「で、王国の犬か? それとも里の差し金か? どっちにしてもここまで来たことは褒めてやるよ」
「犬ちゃうわボケぇ!」とよっしーが言うより早く、カイルの足が一歩沈み込んだ。次の瞬間には、もう目の前にいた。速い。元A級ってレベルじゃない。
「やべ――」
クリフが前に出る。だがカイルの剣のほうが一枚上手だった。剣圧だけでクリフの短剣ががつんと弾かれ、胸元の革鎧がぱっくり裂ける。致命傷にはなってないが、これをこの距離で何度もやられたらひとたまりもない。
「あーさん、結界を!」
「鳴け、音結界!」
澄んだ鈴の音が広がり、薄い膜が張られる。だがカイルはそれすら“叩き割る対象”として見るらしい。剣を柄で小さく突くだけで、音の膜にヒビが走った。
「おいおい、斬れねぇもん張るんじゃねぇよ。俺の前じゃ全部斬れるんだよ」
「アホかそんな理不尽あるか!」
よっしーが盾の残骸を拾って突っ込もうとしたそのとき、背中側から別の気配がした。
しまった、と思ったが遅い。背面からワラワラと出てきた山賊たちがすでに包囲を完成させていた。
「くっ……サジとカエナは下がって!」
ユウキが叫ぶが、カイルが軽く指を鳴らした瞬間、周囲の山賊が投げ縄を投げた。人数差がありすぎた。こちらは6人。向こうはざっと見て15はいる。しかもカイルのプレッシャーがでかすぎて、全員がそっちに意識を持っていかれる。
あっという間に、オレたちは後ろ手に縛り上げられた。
「……くそっ、やられた」
「む、無念でございます……」
「みんなごめん、ちょっと油断してた」
「ワイもあかんかったわ……」
カイルは剣を肩に担ぎ、満足げに笑う。
「よし連れてけ。頭に見せてやる。変わり種が引っかかったってな」
変わり種って言われた。なんかムカつく。
俺たちはそのまま山の奥の洞窟へと連行された。途中で何度か「どさっ」「バサッ」と、別側で戦ってるらしい音が聞こえた。おそらくリンクやブラック、アッシュたちの側面部隊がまだ暴れているのだろう。だがカイルたちは一顧だにせず、ぐいぐいと洞窟の奥へ。
薄暗い広間に着くと、そこはすでに“舞台”が整っていた。
木箱を積んだ簡易な玉座。
その脇には黒い椅子。
そして、その椅子に座る――見覚えのある黒ドレスの女。
化粧っ気が強い。目元はばっちり、赤い口紅。黒ドレスには深いスリット。山賊のアジトに似つかわしくないほどの堂々たる女だった。
「おかえり、カイル。……へぇ、今日はちょっといい獲物じゃないか」
女が脚を組み、ニヤリと笑う。
「イザリア様、ご覧の通りだ。里の連中か、王国側の犬か。どっちでも足止めにはなるだろ」
「はいはーいと」
イザリアと呼ばれた女は、椅子から立ち上がると長いムチをくるくる指に巻きつけた。
パチン、と空気を裂く音がする。
オレは一応、目で合図した。――“やめてくださいね?”って。
けど彼女はこっちを見てニヤニヤしたまま、わざと足でオレの肩をこづく。
「で、あんたらは何者かなぁ? 役所の回し者? それともうちの縄張りを荒らしに来た可愛い子ちゃん?」
声は甘いけど目が笑ってない。
「どっちでもねぇよ……ただの通りすがりだって……」
「へぇ、通りすがりが山奥で討伐依頼? おかしいだろ、それ」
イザリアはムチを肩にかけたまま、くるっと半歩回ってカイルを見る。
「やってもいいかい」
「おう、やっちまえ」
バチーーーーン!!
「ぎゃああああ!!! なんで俺なんだよ!!」
ムチはなぜかカイルに直撃した。山賊たちが「なんで頭なんだ……」とざわつく。
イザリアは鼻で笑った。
「間違えてねーよ。それに“やっちまえ”って言ったのはお前だろ、カイル」
「はぁ!? こ、このアマぁぁぁ!!」
「はいはいうるさい」
イザリアの指先に青白い光が灯った。
「雷撃周囲魔法」
バリバリバリッ!!
「ぎゃああああああ!!!」
カイルやその配下たちが床でのたうつ。
電撃を喰らった配下どもが「うぅ…副頭ぁぁ!」とよろよろと駆け寄るが、イザリアはけろっとしてる。
オレたちはぽかーん、である。
「あー……」とよっしーが口をぱくぱくさせる。
「なんやこの人……山賊っていうか、なんか違う職業やろ……」
イザリアは満足そうに髪をかきあげると、くるっとこちらを向いた。
赤い口紅の端を上げ、宣言するみたいに言った。
「自己紹介しとくわ。
この領内を納める――ジョージア・ギルバート。
みんなからはジギーって呼ばれてる。……よろしくな」
「…………は?」
全員の声が揃った。
カイルがビクッと起き上がる。
「ジョ、ジョージア……? ちょ、嘘だろお前、領主だったのかよ!! なんでそんなこと黙って――」
「騙したなーとか言うなよ、カイル。潜り込んでたの、あたしの方だから!」
ジギーはひらひらと手を振る。
「お前らがここんとこやたら人攫おうとしたり、物資を狙ったりしてるからさ。領主としては放っとけないんだわ。だから潜ってた。半年な」
「半年!?」
今度はオレたちが叫ぶ番だった。
「領主自らスパイとかやるなや!!」
よっしーがツッコむと、ジギーは「だって現場が一番おもしろいんだもん」と悪びれない。
「で、あんたらな」
ジギーはムチをくるりと回してこちらを指す。
「不法滞在のくせにまっすぐここまで来た根性は買う。旅の能力もまあまあ。あとは――領のために働けるかどうか」
「……つまり」
「うん。滞在許可、作ってやるよ。その代わり、ちゃんと手ぇ貸せ。タダで居座らせたら図に乗る連中が増えるからね。これは建前。わかるだろ?」
それ、さっきお館様が言ってたやつーーー!!
心の中で全員が同時に叫んだ。
同一人物だった。そらそうか。
ジギーはちょっとだけ真面目な顔になって続ける。
「あとで書類作る。印も押す。これでこの山ん中は堂々と歩ける。……その前に、外の連中も無事かどうか見てこなきゃね。アッシュとフログが片付けてるはずだけど、あいつら手ぇ抜くから」
そのときだった。洞窟の入り口側で、しゅ、と風を切る音がした。
ジギーがちら、とそちらを見る。
「お、来た来た。ちょうどいいとこで来るじゃないか」
入口から、黒装束の影が三つ、音もなく滑り込んだ。
アッシュ、ラッシ、フログ。
そしてその後ろには、ニーヤとブラックとリンクが顔をのぞかせている。
「主、《あるじ》を助けに来たですニャ!」
「キューイ!」
「うむ、間に合ったか」
……でもそこには、もうジギーがいた。
アッシュが一瞬だけ目を細める。
「…お館様、先に入っておられましたか」
「おう、潜入中だ!」
「ですが潜伏期間が少し長すぎます。…自分だったらメイドに化けて5日で暗殺ですね」
「バカやろー、アタシは非致死をモットーにしてんだよ、…こいつらだって誰も死んじゃいねぇだろ」
アッシュとジギーとのやり取りにニタニタと笑うサジとカエナ、とりあえずコレで場の緊張が完全に溶けた。
こうして、俺たちは山賊に負けて捕まって、そして領主本人に「はい合格」みたいなことを言われる、よくわからない一日を終えることになったのだった。




