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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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ユーゲンティアラ王国忍の里編その4 忍びの座敷とお茶の約束


屋敷への案内と静けさ


 廊下はひんやりとした木の香りに包まれていた。

 板間は磨かれ、光が滑るように通っていく。

 さきほどの喧騒が嘘のように静かだった。


 案内してくれたのは、黒髪おかっぱに眼鏡の女性。

 背筋が真っすぐで、歩くたびに裾がすっと揺れる。

 腰の短刀の鞘口には、銀の細工が光っていた。


「こちらでございます」

 声は控えめだが、どこか張りがある。

 エリンが戸を開けると、淡い香がふわりと漂った。

 畳敷きの部屋は静かで、外からは子どもたちの笑い声が遠くに聞こえる。


「こちらにお掛けになってお待ちくださいませ」


 そう言ってエリンは一礼し、すっと下がる。

 俺たちはそれぞれ席に着いた。

 あーさんは背筋を伸ばして正座し、よっしーは膝の上でそわそわと指を組んでいる。

 ニーヤが小声で「静かにするですニャ」と囁いた。


 やがて、襖の向こうで足音。

 次の瞬間、スッと戸が開く。


「はい、お待たせ。よっこらしょっと――」


 軽い口調とともに入ってきたのは、黒髪をゆるくまとめた青年――いや、青年のように見えるがどこか気品を感じさせる人物。

 座布団に腰を下ろすと、にかっと笑った。


 空気が少しだけ和らぐ。

 だが、その瞳の奥には領主としての鋭さが宿っていた。



お茶の場と子どもたちの話


 ちゃぶ台の上に、湯気を立てる茶碗が並ぶ。

 香ばしい茶の匂いと、柿の甘い香りが混じる。


 「この里には、さっきの子らのように色々な血を引く者がいてな

  戦の流れで故郷を追われた者、拾われた者。……それでも皆、ここでは同じ“ひと”として暮らしている」


 お館様やかたさまの言葉に、クリフが静かに頷く。

 「立派なことです」

 「立派というより、手が回んねぇのさ。口に入れるもんを作るのも一苦労でね」


 「さっきの子どもたちが持っていた柿……」

 ユウキが思い出したように言う。

 「亜人の老夫婦が育てたやつさ。あのふたりは手先が器用でな、今じゃ干し柿も名物だ」


 あーさんが静かに微笑む。

 「風の通る場所です。人のえにしがよく息づいている」

 「そうであれば、何よりだ」



滞在許可と条件


 ひとしきり話が落ち着くと、お館様は湯呑を置いた。

……ひとつ言っとくがな」

 お館様は茶碗を軽く置いた。

 その動き一つで、座敷の空気がすっと静まる。


 「こんなこと言っちゃあなんだが――お前ら、不法だぞ」


 「……え?」

 よっしーが固まる。

 「いやいや、“不法”って……」


 「いや、そう構えるな。別に捕まえる気はないさ」

 お館様はくつくつと笑った。

 「ただな、異国から来て勝手に歩き回る……日本にもいるだろ?

  “無許可の入国者”ってやつが」


 ユウキが「あー」と苦笑する。

 「……まぁ、確かに」


 「この国でも同じだ。王国の出入りには正式な許可がいる。

  それを持たぬ者は――形の上では“流れ者”、つまり不法滞在者さ」

 淡々と言いながらも、その口調には責める色はなかった。


 「けどまあ、俺ぁ役人でもないし、面倒な書類も嫌いでね」

 お館様は茶をすする。

 「だから“たまたま道に迷った旅人を見かけた”ってことにしておく。

  ……それで通せる範囲なら、誰も困らん」


 ニーヤがぱちぱちと瞬きをして、

 「つまり、見逃してくださるということですニャ?」

 「見逃すんじゃない、保護するんだよ」


 お館様は笑みを深めた。

 「――ただし、保護される側にも“やること”はある。

  世の中、持ちつ持たれつってやつだ」


 よっしーが苦笑して肩をすくめた。

 「結局タダでは済まんってことやな」

 「当然だろう?」

 お館様は立ち上がり、背を向けた。

 「……この辺りを荒らしてる山賊ども、ひとつ片付けてくれ。

  それが滞在の“条件”ってことでな」


お館様はゆっくりと立ち上がり、座敷の中央を一周するように歩いた。板の間に畳む草履の音が小さく響く。


「要するに——建前の話をすれば、ここでの滞在は“許可”という形にしてやる。私の印を押した証明書を出してやれば、向こうの役所や関係筋もそうそう口は出せぬ」

 言葉は淡々としているが、その含みは重かった。


「ただしな、世の中には“ただでくれくれ”と図に乗る者がいる。無条件で助けると、そういう者が増える。領としてそれは好まぬ」

 お館様は軽く笑ったが、その目は真剣だ。


「だから条件を一つだけ提示する。滞在を認める代わりに、こちらの困り事を一つ片付けてくれ。山の向こうに巣食う山賊の討伐だ。頭目は“鬼”を名乗る。奴らはただの盗賊ではない。村や里に被害が出ている。手を貸してくれるか?」


 部屋に静寂が落ちる。

 ユウキが真っ先に口を開いた。


「……それで、滞在許可がもらえるんですか?」


「その通りだ。私が書類を整え、私の朱印を押す。お前たちの名義で“滞在許可”が発行される。だが、対価は必ず払え。働き、手を貸し、必要なら人を助ける。借りはきちんと返す——それがこの里の礼儀だ」


 よっしーが肩で笑ったように息を吐く。


「むっ……たった一仕事で住めるんか。そら悪うないな!」


 ニーヤは耳をきょとんとさせつつ、慎重に訊ねる。


「で、具体的には何をすればよいですかニャ? あっしが柿の木の剪定でもすればいいですかニャ?」


 その軽口に、座の空気が少し和らぐ。お館様がくすりと笑った。


「剪定は……ありがたいが、まずは山賊退治だ。ラキとフログが案内をつける。彼らは地形を知っておる。成功すれば一時滞在、その後も仕事ぶり次第で居宅の斡旋までする」


 クリフが静かに掌を合わせるように小さく頷いた。


「我が里の子らを巻き込むわけにはいかぬ。非致死・ほどほどを心がけつつ、根を断つ。お前らの力量を拝見したい」


 ユウキは胸の奥がぎゅっとなるのを感じながらも、覚悟を決めた顔になった。


「わかりました。やらせてください。ここで休ませてもらえるなら、全力を尽くします」


 お館様は椅子に腰を下ろし、墨壺を指で弾いて言った。


「よかろう。では今夜は休め。明の暁にラキが迎えを出す。書類は夜のうちに整えておく、印は私のものだ。だが忘れるな——ここはタダではない」


 その一言に、よっしーはまた照れ笑いを浮かべ、ニーヤは小さく「了解ですニャ」と返し、クリフは固い決意でうなずいた。部屋の外では、子どもたちの無邪気な笑い声が柔らかく響いている。


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