表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/387

ユーゲンティアラ王国忍の里編その3 霧の里とお館様

山を越え、谷を越え――

 追手の影がようやく遠のいたころ、俺たちは濃い霧に包まれた山道へと入った。

 そこには、人の気配がありながらも、不思議なほど静かな世界が広がっていた。


 やがて現れた、骨の番人。

 霧の奥に息づく“里”。

 そして、その里を治める者。


 この出会いが、のちに俺たちの旅をまたひとつ“深い縁”へと繋げていくことになる。






霧の里の門



 山道を抜けるにつれ、霧が深くなった。

 昼なのに、まるで夕刻のように暗い。

 苔むした石畳の上を、俺たちは言葉も少なく進む。

 ラキとフログが先頭、ラッシが後衛。

 彼らの足音だけが、不思議と霧の奥に吸い込まれていった。


「なんか、空気が違うな……」

 よっしーが小声で呟く。

 確かに、森の匂いが急に変わった。

 湿った木と土の匂いの中に、金属の錆びた匂いが混ざっている。


 やがて、木々のあいだから“何かの門”が見えた。

 黒ずんだ石柱に、鉄の輪。

 その両脇には、二体の人影が立っている。


「……門番?」

 クリフが眉をひそめた。


 近づくと、それが“人”ではないとすぐにわかった。

 骨。

 首の骨から頭蓋まで、きれいに繋がっている。

 古びた鎧をまとい、空洞の眼窩に淡い青光が灯っていた。


「……は?」

 よっしーの声が間抜けに漏れる。

 「ちょ、待てや……これ、生きとるんか? いや、死んどるんか?」

 ニーヤが毛を逆立てた。

 「わ、わわわっ!? に、人骨が動いてるですニャ!」


 骸骨の門番は、ゆっくりと首を傾けた。

 骨同士が擦れる、乾いた音。

 そして、低い声が出た。


「ラキ……帰還、確認。同行者――外来者、七名」


 喋った。

 骸骨が、喋った。


 俺は思わず一歩下がった。

 よっしーも顔を引きつらせている。

 あーさんだけが、二鈴を胸元で合わせて軽く礼をした。

 「……魂よ、静かに巡れ」


 骸骨はしばらくこちらを見ていたが、やがて首をわずかに垂れ、手にしていた錆び槍を立てた。

 その音とともに、門の中央に張られた薄膜のような光がふっと消える。


 ラキが振り返る。

 「びびることねえ。あれは“お館様”の造った守りだ。

  見た目はアレだが、性質は優しい。敵意がなけりゃ襲ってこねぇ」


「や、優しい……?」

 よっしーがまだ半歩引いたまま呟く。

 「いやどう見ても、これパリッと怖い系やで……!」


「ふむ……制御の精度はかなりのものですね」

 クリフが感心したように槍の刻印を見やる。

 「アンデッド制御の術式、王都でも数えるほどしか扱えないはずだ」


「“お館様”がどんな人物なのか、ますます興味が湧きますね」

 俺が言うと、ラキがニッと笑った。

 「だろ? ほら、行くぞ。歓迎はしてくれるさ――たぶんな」





霧の里・子らの声


 霧を抜けた瞬間、景色ががらりと変わった。

 そこは谷あいの小さな平地――棚田が段々に広がり、細い水路が鏡のように光を返している。

 稲穂はすでに刈り取られたあとで、藁が束ねて干されていた。

 畦道の先には藁葺きの家々。

 煙突からは細い煙が上がり、どこか味噌と炭の混じった香りが漂っていた。


「……村?」

 俺が思わず呟くと、よっしーが目を丸くした。

 「いや、こら立派やで。普通に“田んぼ”やん。どこが忍びの里やねん……」


 そのとき、どこからともなく甲高い笑い声が聞こえた。

 小さな影がいくつも駆けてくる。

 どの子も七つ、八つくらいだろうか。

 簡素な木綿の着物に、草履。

 そして――耳。

 丸いのもあれば、とんがったものも。

 尻尾をふりふりしてる子までいる。


「……亜人の子たち、か?」

 クリフが静かに呟いた。

 その声が聞こえたのか、先頭を走っていた小柄な狐耳の少女がぴたりと足を止め、こちらを見上げる。

 黒曜石みたいな瞳が、きらりと光った。


「ねぇ、よそもの? どこからきたの?」

「……え、あ、うん。山の向こうから」

 俺が答えると、少女はぱっと笑って、

 「おなかすいてる?」

 と聞いてきた。

 その手には橙色の柿。

 皮ごと齧ったあとらしく、甘い香りが漂っている。


「いや、大丈夫、ありが――」

 言い終わる前に、柿がぐいっと俺の口に押し込まれた。


「食べろって言ってるの!」

「うぐっ!? ……あ、あまっ!」

 舌の上に広がる、やわらかな甘み。

 木の実というより、熟れた果物そのものだ。


「ほらー、ちゃんとお礼言いなさいよー!」

 よっしーが後ろから肘でつついてくる。

 その時にはもう、彼は子供たちに囲まれていた。

 肩に乗られ、耳を触られ、完全に遊び相手状態だ。


「ちょ、おまっ、やめぇぇ! 耳はアカンて、そこはセンサーや!」

「きゃはははっ、センサーだって!」

「センサーってなにー?」

「うわー動いたー!」

 子どもたちの笑い声が、棚田にこだまする。

 その賑わいを見て、ニーヤの尻尾もつられてぱたぱた揺れ始めた。


 ふと気づけば――ラキやフログたちの姿が見えない。

 どうやら先に行ったようだ。

 代わりに、通りすがりの村人たちがこちらを見て微笑んでいた。

 どの顔も穏やかで、どこか懐かしい。

 あーさんが袖を軽く持ち上げ、礼をした。

 「皆さま、お優しい……」


 「この柿はねぇみんなで植えたんだよ

 去年、あの木が初めて実をつけたんだよ」

 は目を細めながら、柿の木のほうを指した。

 そこには、黄金色に染まった果実が風に揺れていた。


「ふむ……あの木か」

 クリフがぽつりと呟いた。


 そのとき。

 背後から、明るい声が響いた。


「そうだ、柿だけじゃないぞ! ほかにも白菜や椎茸、にんじん、それに――みかんもある!」


 その声に振り向くと、霧の向こうからひとりの女性が歩いてきた。

 黒い羽織に黒の帯。袖をまくり上げ、腰には刀を刺している。


「お館様!」

 ラキが背筋を伸ばして頭を下げる。

 俺たちは思わず息を呑んだ。

 あのラキたちが、まるで武士のように礼をしている。


「ふむ、珍しい客人だな」

 女―がゆっくりと視線を向ける。

 その眼差しは鋭くも穏やかで、まるで心の奥を見透かすようだった。


「聖教国から流れてきた旅の一行、だとか」

 ラキが頷くと、ジギーは小さく笑った。

 「なるほど。……ようこそ、ユーゲンティアラ領へ!!…ついでに自己紹介しとくな、アタシはジョージア・ギルバートだ。みんなからはジギーって呼ばれてる。…よろしくな」


 俺たちは思わず姿勢を正した。

 よっしーが小声で囁く。

 「おいユウキ……なんか、あの人ただもんやないで……」

 「見りゃわかる」


 ジギーはふと手を上げ、近くの子供たちを呼び寄せる。

 「お前たち、その柿はちゃんと干してから食べるんだぞ。腹を壊す」

 「はーい!」

 子どもたちが笑って駆けていく。

 その光景を見て、彼は小さく息をついた。


「……さて。客人の皆さん

 立ち話もなんだ、屋敷へ来るといい。おーい」


ジギーパンパンと手を叩くと部屋の奥からおかっぱ頭、メガネの女性が襖を開けてスッと現れた。

…なんだろ女中さんか!??



「こちらの客人たちを奥の部屋へ案内してくれるかい、あとお茶もたのむよエリン」


「はは、かしこまりましたお館様やかたさま





エリンが無音のまま一礼し、俺たちを振り返る。

その背中からは、なぜか風のないはずの座敷に――

ふわりと“紙香”の匂いが漂っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ