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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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玻璃環(はりわ)・響殿の試し


1)瑠璃から玻璃へ――宙の道行き


 瑠璃環の朝は、青鈴あおすずの低音が空の底をなでるところから始まる。

 俺たちは帆車で外縁へ出て、そこからよっしーのセドを連結。宙路の荷台に固定して、玻璃環はりわへ向かった。

 環から環へ渡る宙道は、音の骨が作る見えない橋だ。足音が外れれば、音はお前を押し返す。外れないよう、あーさんが空鏡で音面おともを写し、ニーヤが鈴条で拍を刻む。クリフさんは弦を低く鳴らしてふしを結び、リンクは二段で合図、ブラックは頭上から風背をひと刷け。


「よっしゃ、ボリュームはほどほどや。こっちは宙の礼の道場やからな」

「分かってるって」

 よっしーが笑い、ハンドルを軽く叩く。平成の鼓動が、宙の拍にそっと重なった。


 遠く、瑠璃より淡く、しかし冴えた光を放つ輪が見え始める。

 玻璃環はりわ――音が透けて見える都。中心に**響殿ひびきでん**があり、宙路のうねりがそこへ吸い込まれては、また吐き出される。


「本日の課目、“音の底”ニャ」

 ニーヤが帽子の縁を押さえた。「宙の礼に、**無拍むびょう**が混ざるニャ。黒涌こくようの得手、でもあるニャ」


「承り候。音面に“しじま”を張りまする」

 あーさんは盃を胸に。薄い水の面が、音塔の見取り図をふわりと映した。



2)玻璃環の門、響殿の階


 玻璃環の表門は、鐘ではなく空鐘からがねで刻む。

 鳴らすと無音――けれど腹の底でぼうっと何かが揺れる。


「来訪の礼、三音のを守れ」

 門番の音士が短く告げる。

 俺たちは〈拝〉〈返〉〈送〉の拍の間を丁寧に置き、無鈴むりんを指で転がしてチ。

 静かな響きが門の骨を撫で、扉はすると開いた。


 街は透明と白と淡い藍。壁は薄い玻璃で、通りのところどころに共鳴樽が並ぶ。走る子どもが笑えば、遠くの樽がくすと笑い返す。

 中心の響殿は、反転した大杯のような形。外周に上り廊が渦を巻き、内側は空洞――音が下へ落ち、また上へ返る。


「すげぇ……音が立体で動いてる」

「せやろ。ここは“音で組んだ建築”や」

 よっしーが目を細め、セドのボディをつい撫でる。平成の鉄と宙の骨が、短い握手を交わしたみたいに思えた。



3)響殿・第一の間――鎖声さりごえ


 殿の裾で出迎えたのは、玻璃環の響司ひびきのつかさ。皺の少ない顔、眼の奥にまっすぐな線が一本。

「旅の旗――宙の礼は通したと聞く。だが玻璃は透かす。お前たちの音がいつわりなら、殿は落とす」


「偽りません」

 俺は旗を胸に置いた。

三間みま、試す。第一は“鎖声”。鎖で音の節を外し、拍を惑わす術だ」


 床がすうっと沈み、俺たちは一段目の回廊へ降りた。

 壁の向こうで、白鎖はくさの鎖が鳴る。キンでもカンでもない、嫌に乾いた音。

 胸の中の呼吸が、半拍ずれる。

 リンクの耳がぴくっと跳ね、ブラックが羽を押さえた。


鈴帳りんちょう・位相写し」

 俺は**『鈴の帳』をひらき、無鈴を指でコロ**。

 ニーヤの鈴条が逆位相を立て、あーさんが音面に薄面を重ねる。

 よっしーは盾で角を丸めて撓みをつくり、クリフは矢で拍を結び直す。

 リンクは二段でズレた床の節を踏み、ブラックが上から風背を一筋。


 ――鎖は空回りした。

 白鎖の気配がわずかに笑って、音が引く。「……美」

 響司は小さく頷く。「第一、よし」



4)第二の間――熔鐘ようしょう


「次は“熔鐘”。炎糸えんしが好む術。鐘の骨を熔かして別の音に作り替える」


 回廊がさらに沈み、腹のあたりを温い風が撫でた。

 視界の端で、紫がかった白がちらつく。

 炎糸の火は、熱よりも音を好む――火球は鐘の縁を舐め、金属の骨を柔らかくしようとする。


「我が主人あるじ――氷結弾フリーズ・ブリッド露鎧つゆよろいを鐘の縁へ!」

「頼む」

 ニーヤの白珠が連なって、鐘の縁だけを冷やす“薄甲”になる。

 あーさんの空鏡が熱の面を細切れにし、よっしーの盾が撓む力で音の逃げ道を作る。

 クリフは音矢で鐘の節を守り、リンクは二段で火球の軌道をずらせ、ブラックが上から風背をざわり。


 熔鐘の火は嫌そうに息を吐き、「ほんと旨いよねぇ」と呟いたあと、ほどけた。

 第二、よし――響司の指が静かに下を向く。最後の間だ。



5)第三の間――音の底(無拍)


「“音の底”を歩け」

 響司の声が一段低くなる。「ここは殿の靴裏。音が抜け、**から**が満ちる」


 足を置いた瞬間、耳の奥で何も鳴らなくなった。

 拍を数えようとしても、数える“間”すら滑る。

 黒涌こくようが、沈んでこちらを聴く。


 ――あーさんが、盃を胸に寄せた。

「“静の面”、張りまする」

 空鏡の面が、音を鳴らさずに写す。

 無鈴を指に転がす。チ――鳴らない。

 けれど骨だけが指先に触れる。


木輪もくわ撓静たわしず

 ニーヤの輪が、音の代わりに樹の呼吸を薄く回す。

 よっしーのセドが小さくブオンと喉を鳴らし、平成のエンジン音が音程の代わりに拍を示した。

 クリフは弦を鳴らさず、ただ張りで節を保ち、リンクは二段で“ここ”を置き、ブラックが上から風背を最小で撫でる。


 歩いた。

 音がないのに、輪があった。

 黒涌の沈聴は絡む場所を失くし、ただ見ていた。

 最後の一歩で、無鈴が一度だけ鳴った。――チ。


 第三、よし。

 響司が右手を上に上げた。回廊がすうっと上昇し、光が戻る。



6)響殿の返礼へんれい――玻璃の音片


「宙の旗、玻璃はお前たちを認める」

 響司は殿の心臓部から小片を取り出し、俺の旗の裏へそっと置いた。

 透明の薄片――触れるとわずかに音の骨が見える。


「それは“音片おとへん”。宙路で音が崩れた時、拍を見える形に戻す欠片だ。多用はするな。お前自身の礼が鈍る」


「肝に銘じます」

 俺は深く礼をした。

 あーさんは盃で一滴、殿の音面をすくって返す。

 ニーヤは帽子を胸に、よっしーは盾をコンと鳴らし、クリフは弦を指で撫で、リンクは二段で一回転、ブラックは梁で円を描いた。



7)宙市の夜と、静かな事件


 夕刻。玻璃環の夜市は、音がやさしい。

 よっしーが屋台で薄焼きの生地に香草と肉を巻いたものを見つけ、虚空庫アイテムボックスからタコ焼きを差し入れ、「物々交換成功や!」と上機嫌。

 リンクは果実屋台の前で「キューイ」とおねだり、ブラックは魚串の匂いに目を細める。

 あーさんは女性たちの刺繍ししゅうを眺め、「音の図柄、美しゅうございます」と微笑む。ニーヤは楽器屋に吸い込まれ、猫手で鈴棒を振っていた。


 そんな時、通りの隅で音が止んだ。

 一角だけ、音がいでいる。

 黒涌の沈聴――ではない。もっと局地的で、意図が雑だ。


 見ると、若い男が屋台の小鈴を懐に入れ、逃げようとしている。

 音が止むのは、盗んだ鈴に粗い静寂をかけているからだ。


「おい、待ちなさい」

 よっしーが低く言い、盾をすっと前に出す。

 男は肩をいからせ、音のない路地へ逃げ込んだ。


「位相写し、短拍だけで十分ニャ」

 ニーヤが鈴条をちちと二度鳴らし、あーさんが静の面を薄くめくる。

 俺は無鈴を指に転がし、チ。

 路地の“音の止まり”に穴が空き、クリフの音矢がそこからわずかに鳴った。

 リンクが二段で男の前にふわりと降り、ブラックが頭上で円を描く。


「盗みの拍は、長く続かない」

 俺が言うと、男はへたり込んで鈴を返した。

 屋台の婆さんが目に涙を浮かべ、「ありがとよ」と小さな糖珠をくれた。

 よっしーは「ええって、しゃあないなぁ」と笑い、糖珠をみんなで分けた。甘いのに、どこかひやりとした味がした。



8)環外の狙撃――鎖梯ふたたび


 宿に戻る途中、外縁の宙路で鎖が閃いた。

 白鎖の鎖梯が高所から伸び、通路の節を外そうとする。

 炎糸の火玻がその下で揺れ、外れた節に火の唇を当てるつもりだ。


「クリフ!」

「任せろ」


 クリフの滑空矢が、鎖梯の逆拍を射抜いた。

 矢は音を持たない――代わりに、矢羽が宙の風を拾って拍だけを運ぶ。

 鎖が一瞬空振りし、火玻が口を失って地へ落ちかける。

 ニーヤが氷結弾・露手つゆでを空中に張り、水の掌が火をやさしく受け止め、あーさんが面を裏返す。火は音なくしゅと消えた。


 白鎖は遠くで短く「美」。炎糸は「また遊ぼ」と指を振り、黒涌は底で聴き続けた。



9)静かな連絡と、近づく“紹介回”


 宿の窓辺。

 よっしーが缶をプシュ。「嫁はんから、また来たで。“音の都、ええな。無事でおって。帰ってきたら、商店街の夏まつり連れてってや”やて」

 胸の指輪がちりと鳴り、目の奥が温かくなる。

 リンクが膝に顔を押し付け、「キューイ」。ブラックが肩に降り、「ン」。


「そうだ」

 俺は**『鈴の帳』**を取り出す。

「約束どおり、登場人物紹介の回を準備しよう。三話先――瑠璃+玻璃+雲背の節目のあと、空都・瑠璃環で公開する。得手・不得手、鍵の場面、輪と面と節と拍。図解も入れる」


「ええやん!」

 よっしーが笑い、ニーヤは「猫印のページ、お願いニャ」と胸を張り、あーさんは「皆さまの“拍”、美しく記しましょう」と静かに頷く。

 クリフは「うむ」と短く、リンクは一回転、ブラックは円をひとつ。



10)風骨通信ふうこつつうしん――響殿の奥から


 夜半。響殿の方角でごく低い音が鳴り、指輪がちりと熱を帯びた。

 旗の裏に、細い文が浮く。

 ――玻璃環・響殿の奥、“反響はんきょう”。

 ――骨の第三断章、音の底に沈む**。

 ――白鎖は“鎖環さりわ”を繋ぎ、炎糸は“火環かりん”を吹き、黒涌は“黙輪もくりん”を回す。

 ――音は試さる。返す音を持て。


「……“返す音”」


 俺が呟くと、あーさんが盃を掲げ、「返鈴へんりんをさらに磨きましょう」と囁いた。

 ニーヤは杖を抱いて目を細め、「鈴条・返り拍、練るニャ」。

 よっしーは地図を広げ、「セドは外縁で待機。宙内は徒歩と音で行く。ま、いざとなったらボリューム上げんでも鳴るわ、ワイらの心拍で」

 クリフは弦を少しだけ緩め、リンクは丸くなって規則的に息をし、ブラックは梁で一振りしてから眠った。


 玻璃環の鐘は、夜にだけ鳴る無音の鐘――空鐘。

 でも俺たちには聞こえる。

 チ・リン・リ――そして、チ。


 輪は、また次へ。

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