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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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ユーゲンティアラ王国-忍びの里編その1 霧の森の刃



 山を越え、谷を越え――よっしーの平成元年式マイカー(トレノ)は虚空庫アイテムボックスへ仕舞い、俺たちは細い山道を徒歩で進んでいた。木漏れ日の揺れる森の中、ここだけぽっかり空いたような場所に、それはあった。

「オイ、お前らちょっとこっち来いや!!」と手招きするよっしー


 色あせた二人用テント。

 すぐそばの切り株には、若い男女の服が雑にかけてある。


「え!?」


「ムフフフ……こりゃあ、たまらんわの」


 後ろで関西弁がにゅっと伸びる。


「真っ昼間っから、こんな人気ない森ん中でテント広げとるってなあ……間違いなくパコパコ案件やん。これは確認せなならん」


「お前なぁ……」


 俺は反射で小声で突っ込んだ。森だから響くっての。


 あーさんがすぐに「まことに不埒です」と咳払いし、クリフはなぜか胸に手を当て「神よ、我らのささやかな好奇心をお許しください」と祈っている。いやそこ祈るとこじゃないから。


 ニーヤは半歩下がって、耳と尻尾だけぴょこぴょこ動かしていた。


「我が主人、あまり楽しい匂いはしないですニャ。どちらかと言えば……鉄っぽいニャ」


「鉄?」


 言われてみると、確かにちょっとだけ血の匂いがしてた。でもよっしーの目はもうキラキラしてる。


「いやいや、ワイら男の性や。しゃーない、これは浪漫やがな」


「浪漫で片づけんじゃねー!」


 それでも俺とクリフは、武装をニーヤに一旦預けて、よっしーと一緒にテントへ忍び足。幕をつまんで、そっと持ち上げる。




 空気が止まった。



 虫の声がすっと細くなる。森の緑が一瞬、色を引く。


「ひぃぃいいい!!!!??」


 見えたのは、抱き合ったまま冷たくなっている男女だった。

 男は椅子ごと後ろに倒れ、頭頂がぐしゃりと潰れている。布の天井にまだ黒っぽいものが点々とついていて、それがゆっくり乾いている最中だった。

 女のほうは男の胸に顔を乗せた姿勢で、喉を斜めに裂かれている。口は絶叫の形で開いたままなのに、声は出ていない。代わりに小さな蠅が二、三匹、そこを出たり入ったりしていた。


 テントの片隅。血に濡れた石斧。

 そして、荷物の影からぎょろっとした目が三つ、こっちを見た。


「ギャギャャ!」


「あかん、出るでっ!」


 俺たちは反射でテントを飛び出し、外で待ってたニーヤたちと再合流する。ニーヤがすぐに俺の腰装備と鞘を投げてよこし、よっしーには盾、クリフには短剣が戻る。


 テントから飛び出してきた三匹のゴブリンは、どれも血で口周りを赤くしていた。さっきの男女のだろう。斧を持ったやつが「ギャッ」と飛びかかってくる。


「おっとやばっ!」


 よっしーが盾を構えた。斧がガン、と当たって鈍い音がした。森に似合わない金属音。


 クリフが横からすべり込む。短剣が光ってゴブリンの首を裂き、そいつは一回転して倒れた。


 残り二匹。

 そのうち一匹は俺の方へ。俺は腰の――塔支給の汎用刀の柄に手をかける。まだ《イシュナール》をもらう前だから、形は普通の短刀だ。だけど今はそれで充分だ。


 飛び込んでくるゴブリンの腕を、柄で横に打って軌道をずらす。視界の端で、もう一匹がしゃがんで跳びかかろうとして――


 木の枝から、白い羽がひらりと降りた。


 空気が揺らぐ。透明な膜が俺たちの前にふくらんだ。

 ゴブリンの体当たりがそこにぶつかる。ばしゃ、と水を叩いたみたいな音。

 ブラックだ。白いカラスがふわっと旋回しながら、無言で**水守護盾ウォーター・シールド**を展開していた。


「助かったニャ。――炎弾魔法ファイア・ボール!」


 ニーヤの声が高く響いた。

 掌の前に真っ赤な火球がぽっ、と生まれ、そのまま弾丸のように飛ぶ。盾で勢いを止められていたゴブリンの胸に直撃し、ぼふっと短い爆ぜ方をした。衣服を燃やすほどじゃないが、黒焦げになった皮膚から焦げた匂いが立つ。ゴブリンはその場でのたうち、動かなくなった。


 最後の一匹は俺と目が合った瞬間、方向転換した。森の奥に走り出す。逃げるというより――呼びに行く走り方だ。


「待てっ……!」


 追いかけようとしたところで、クリフが肩を掴んだ。


「追うな、ユウキ。ここは奴らの森だ」


「でも呼ばれたら――」


「呼ばれたら迎え撃てばいい。先にこいつらを」


 クリフの言う通りだった。まずはこの場を片づける。


 テントの中の二人は、もうどうにもならない。

 俺たちは布をそっと引き下ろして遺体にかけ、ニーヤが土魔法で浅い穴を掘る。あーさんが手を合わせ、静かに目を閉じた。


「異郷で亡くなられたる方々……どうか安らかに」


 俺も頭を下げた。

 よっしーはさっきまでのスケベ顔がすっかり抜けて、神妙な顔で黙っていた。


「……すまん。こんな形で見つけることになるとはな」


 誰に言うでもなくそう呟いたときだ。


 山の下の方で、木が揺れる音がした。

 さっき逃げたゴブリンの声に応じるみたいに、複数の足音が続く。ざざっ、ざざざっと、地面を蹴る短いリズム。


「来よるな……!」


 よっしーが盾を起こし直す。

 クリフが短剣を逆手に持ち、森の奥へ視線を向ける。

 あーさんは二鈴を指先で軽く鳴らし、ニーヤはすでに次の火球を手の前に浮かべていた。


 木々の間から現れたのは、さっきの小型ゴブリンより一回り大きな個体が数匹、そしてその後ろに背中を丸くしたごつい影――


「……ホブゴブリンか。いや、ここの種はちょっと違うな」


 クリフが低く言う。

 肩に骨飾りをぶらさげ、顔に赤い線を引いたゴブリンが前に出てきて、ぎぎ、と喉を鳴らした。後ろにいたちいさいゴブリンが、骨でできた棒を振り上げる。シャーマン型か。


 森の空気が、いちど重くなった。


「よっしー、あーさん、ユウキは前に出すな。後ろでタイミング見てろ」


「了解」


 この時点では俺もまだ、がっつり前に出て無双できるほど強くない。クリフが前衛、ニーヤが中衛、俺とよっしーは間で繋ぐ。それが今のベストだ。


 ホブゴブリンが吼えた。

 後ろの小型ゴブリンたちが一斉に走る。


炎弾魔法ファイア・ボール、連射ですニャ!」


 ニーヤが両手を前に突き出す。

 ぽん、ぽん、と小さめの火球が連続で生まれ、走ってくるゴブリンの足元や胸を狙って飛んでいく。炎の熱で足をとられたゴブリンがよろめく。そのすきにリンクが横からすべり込んで、気絶させるように旋風脚で後頭部を蹴りまくった。殺すより、まず動けなくする。王国側の森でむやみに魔物の死体を転がすと、あとで何が寄ってくるかわからないからだ。


 よっしーもアイテムボックスからなにやら取り出した。

 金属筒みたいなやつに火をつけて、ころんと前に転がす。


「スモークォォ! や!」


 しゅうう、と白い煙が出て、一番奥のシャーマンの視界を塞ぐ。シャーマンが杖を振り上げかけて、咳き込んでとまった。


「やるやんけ……!」


 俺も木の陰を使って一体の足を払おうとするがゴブリンが転ばない!?「ギャギャ」っとオレをバカにするような表情のゴブリン

———そこへリンクが飛び込んで来て下段後ろ回し蹴りをゴブリンの踵へ当てた。バチーンと物凄い音がした。ゴブリンはたまらずすっ転んだところに、ニーヤの炎矢魔法フレアアローが飛んで来て軽く爆ぜる。燃え上がるほどじゃないけど、動きは止まる。


 ……が。


 奥のホブゴブリンは煙にも火にも怯まなかった。

 骨の鉈みたいなものを振り上げ、まっすぐ前に出てくる。


「でかっ……!」


 俺は思わず後ずさる。よっしーの盾が前に出る。ガンッ、と音。盾ごとよっしーの足が一歩下がった。


「うおっ、重っ……!」


 さすがにこいつはただのゴブリンじゃない。

 どうやっても正面からは押し負ける。


 そのときだった。

 森の奥の、別の方向から、ふっと風が引いた。


 こっちの戦いを見ている気配。

 俺たち以外の――もっと静かな足音が、木の上からこっちへ移動してきていた。


 けれどそれが誰かを、俺たちはまだ知らない。

 今はただ、迫るホブゴブリンをどう止めるかで手一杯だった。


――続く

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