航(わたり)の綴り ― 宙海(ちゅうかい)の風を越えて
1)港を発つ朝
灰港シャルナの朝は、煤けた空気の中にも潮の匂いが濃い。
港の桟橋に並ぶ骨灯が、淡く拍を刻んでいた。
セドの浮遊結晶を再調整しているよっしーが、工具を片手に笑った。
「エンジンの回転、芯は出た。あとは風背を合わせりゃ、宙海に出られる」
ニーヤが杖を撫で、「潮も悪くないニャ」と頷く。
あーさんは盃に水を満たし、静面と潮面を重ねている。
リンクは荷台の上で二段ジャンプの練習を繰り返し、ブラックは上空で風の層を測っていた。
「出航や。全員、拍を忘れるなよ」
俺は旗を握りしめ、指輪に力を込めた。
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2)宙海への進入
港を離れ、浮遊結晶の光が青く明滅した瞬間、セドはふわりと宙海へ滑り込んだ。
眼下には、青と銀が混ざる海が広がり、水平線は霞むほど遠い。
「わぁ……」
ニーヤが瞳を輝かせ、リンクが「キューイ!」と跳ねる。
ブラックは高く舞い上がり、風背の位置を調整してくれていた。
あーさんが盃を傾け、「静の面、安定していまする」と報告する。
よっしーがハンドルを軽く叩き、「この拍ならしばらくは安泰や」と笑った。
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3)第一の試練 ― 砂凪
穏やかな航行が続いたのも束の間、突然、風が止んだ。
背中の汗がひやりとするほどの無風域――砂凪だ。
「拍が……抜ける」
クリフが矢を握りしめ、眉をひそめる。
旗を掲げ、押す音を深く通す。
あーさんが静面を薄く広げ、風背の流れを“受け止める”位置に調整。
ニーヤが返鈴を鳴らし、乱れた拍を戻す。
よっしーが回転数を微調整し、リンクが二段で次の“踏み点”を示す。
ブラックが上空で背風を細く紡ぎ、無風の中に一本の風路を通した。
――チ・リン・リ。
車体がふっと軽くなり、砂凪を抜けた。
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4)灯荒らしの影
その直後、水平線の向こうに黒い影が見えた。
細い帆を立てた小艇が三隻、こちらに向かってくる。
「灯荒らしやな」
よっしーが低く呟く。「武装もある……あれ、“焔矢師”やで」
空に赤い光が弧を描き、焔矢がセドの進路を狙って降ってきた。
「避けきれん!」
俺が叫んだ瞬間、ブラックが背風を捻じ曲げ、リンクが二段で跳んで矢の軌跡を示した。
「氷結弾・連珠!」
ニーヤの氷が矢を包み、爆ぜる寸前で凍り付かせた。
よっしーが舵を切り、セドが滑るように回避する。
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5)反撃 ― 寄り拍の活用
俺は旗を握り直し、“寄り拍”を試した。
敵の小艇が刻む拍に、自分たちの拍を柔らかく寄せる。
あーさんが盃を傾け、静の面を重ねる。
クリフの矢が放たれ、先頭の艇の舵を正確に貫いた。
リンクが甲板に飛び乗り、サマーソルトで帆を切り裂く。
ブラックが背風を断ち切り、残りの艇が立ち往生する。
「退け!」
敵の声が響き、小艇は方向を変えて逃げていった。
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6)拍を整える時間
戦闘の緊張が解け、全員が息を吐いた。
あーさんが盃を撫で、「拍、まだ乱れておりません」と報告する。
よっしーはセドの回転を安定させ、「この子も文句言わんわ」と笑った。
「“寄り拍”、効いたな」
クリフが短く言う。
俺は旗を軽く握り、「隣に座る感じ……悪くなかった」と呟いた。
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7)霧と名を呼ぶ声
宙海の真ん中に差し掛かったころ、霧が立ち込めた。
視界が白く閉ざされ、拍が一瞬だけ乱れる。
「……聞こえる?」
ニーヤが耳を押さえた。
霧の奥から、低く柔らかな声が聞こえてくる。
それは仲間の声に似ていて、過去の懐かしい呼びかけのようにも聞こえた。
「惑わしの霧ニャ。耳を貸すな」
ニーヤの声が鋭い。
俺は旗を握り、押す音を深く通した。
あーさんが静面を張り、クリフが矢を番えたまま目を閉じる。
よっしーが舵を固定し、ブラックが背風を一筋通した。
霧はゆっくりと晴れ、水平線の向こうに浮標帯が見えた。
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8)浮標帯での休息
浮標帯の中心でセドを停め、短い休息を取った。
よっしーが虚空庫からタコ焼きを取り出し、リンクが頬張る。
ブラックは帆の上で羽を整え、あーさんは盃を撫でて風を読む。
「拍、まだ続いてるニャ」
ニーヤが笑う。
俺は旗を軽く握り、「ここが……第十断章の入口か」と呟いた。
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9)指標の告げ
指輪が熱を帯び、旗の裏に鈴文が刻まれる。
――第十断章:航の綴り
――宙海の中心、“青嶺の環”へ至れ
――潮と風と鈴を合わせ、灯を掲げよ
「次の試練、宙海の中心か」
クリフが短く言う。
あーさんが盃を胸に寄せ、「拍を崩さず、進みましょう」と静かに頷いた。
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10)夜の宙海
夜、宙海の空は星で満ちていた。
リンクが荷台で丸くなり、ブラックが帆の上で羽を畳む。
よっしーは舵を固定し、ニーヤが杖を撫でながら寝息を立てていた。
あーさんが隣で盃を撫で、「隣に座る音、覚えましたね」と囁く。
俺は旗を握り、「次は……もっと遠くへ」と答えた。
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次回予告
• 第十断章「航の綴り」 ― 宙海の中心、“青嶺の環”での試練
• 新たな敵、潮の巨影と“灯を喰う者”たち
• 拍を繋ぐ新技、“鈴座・分割展開”の習得
• そして、旅がさらに広がる新たな航路の始まり




