太陽塔街道、白鎖の影
――シェムサハル出立の朝。
椰子の梢が朝風に鳴って、海の白い線が遠くでほどけた。俺たちは宿「月の房」の前で円になり、最終確認を済ませる。行き先は東――太陽塔ヘリオポラ。白鎖が「そこで会おう」と言い残した、太陽の都だ。
よっしーが指を鳴らすと、虚空から平成元年の相棒がするりと現れる。角ばったボディに朝日が差し、懐かしいメロディホーンでも鳴らしそうな佇まい。
「塩床街道は直線多いけど、風の裂け目がよう開く。砂塩に足取られたら危ない。クルマで行けるとこまで行って、あかんとこは馬車か徒歩、場合によっては**’88バイク**で偵察に回す。臨機応変や」
「了解だ。あーさん、体調は?」
「はい。海風がここちよいゆゑ、御心配なく」
あーさんの声は澄んでいた。ニーヤは杖をくるりと回し、帽子の上でブラックが器用にバランスを取る。腕の中のリンクは「キューイ」と短く鳴いて、尻尾を小さく振った。
「出発!」
俺たちはセドに乗り込み、港町に手を振って、白い塩の大地へ滑り出した。
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塩床街道、風の裂け目
海が背後に遠ざかるにつれ、世界は真っ白になっていく。塩の平原――陽を弾く白と、空を映す薄い青が、水平線の向こうで溶け合う。風が走ると、表面の結晶が鈴みたいにかすかに鳴る。
「ええ音やな。これ、塩鈴言うねんて」
よっしーが上機嫌でハンドルを切る。タイヤが塩結晶を噛む感触が微妙に変わる。俺の肩の上でブラックが翼を半ば広げ、前方の空にひそむ裂け目の流れを読み取っている。
「ブラックが言うには、三つ先の風脈は“くぼみ”。ここで速度落として、右に寄せるニャ」
ニーヤの通訳に従って減速。ほどなく、地平線の白がゆらりと歪む。風が地表の塩を薄く削り、見えない亀裂を作る。あぶねえ……クルマで来て正解だが、油断したら腹を擦る。
慎重に抜けると、前方に低い丘陵が現れた。塩の白から、褐色の岩へ。そこから先は、砂丘と低木のパッチワークが続くらしい。
「ここで馬車にスイッチしようか?」
よっしーが目を細めた時、ブラックが急に鳴いた。「ン!」リンクも耳をぴくりと立てる。「キュイ!」
クリフさんの肩が僅かに上がる。
「……来る。上、右、森縁」
その瞬間、風が変わり、音が一斉に重なった。
⸻
崖・空・森、三方向からの襲撃
ちょうど良いタイミングで、崖の上からウルフが五匹。砂塩を蹴って牙を剥く銀灰の群れ。空から二匹のガルーダ――大鷲が影を引く。さらに森の方からキノコお化けが六匹、ぬめった足でぴょこぴょこ近づいてくる。うわぁっ、多いなぁ……。
「我が主人よ、ガルーダの対処はアッシに任せるニャ!」
帽子を指先で押さえ、ニーヤの目が猫のそれになる。
「うむ、ならばウルフは私が……」
クリフさんが弓を半ば引いたところで、俺は叫ぶ。
「待て、五匹は流石に無理だ! まずはウルフ五匹を“みんなで”片付ける! それからだ!」
「了解!」
よっしーが盾士の盾を虚空庫から引き抜き、セドの前に躍り出た。崖から転げ落ちる勢いで突っ込んできた先頭のウルフを、どんと止める。だが止めた個体に後ろの二匹が押し重なり、歯列がこちらに迫る。
「今だ、弓と魔法! 行けー!」
俺の声に被せて、ニーヤが詠唱。
「風刃魔法!」
砂塩を削るような鋭い風刃が、前列のウルフの肩を斜めに裂いた。体勢を崩した一匹が転げ、着地の瞬間、クリフさんの矢が喉に吸い込まれる。
「一匹!」
だが二匹目が矢をかすり避けしてこちらへ。地面を蹴ったリンクが、サマーソルトでその顎をはね上げ、空中に二段ジャンプで追いすがって踵落とし! ウルフは砂塩に叩きつけられ、動かない。
「マジかよ、リンク強ぇ! 二匹目!」
「ミラ、前に出るぞ!」(※今回、ミラは街に残していたが、代わりにエレオノーラが加勢役に入る設定で進める)
「オッケー!! ……いくよ!!」
エレオノーラが短剣を両手に回転し、俺はよっしーが押さえる一匹の脇に滑り込み、二人同時に斬りかかる。脇腹と後脚腱を断ち、三匹目が砂に沈む。
「弓、魔法頼むぞ! 魔法は以降ガルーダに集中!」
「了解!」
空で輪を描くガルーダに、ニーヤが杖先を向ける。だがその前に残るウルフ二匹。ブラックが水魔法の球を連射し、足元を滑らせる。クリフさんは水球の落下位置から逆算し、**“避けて着地する点”**に矢を先置き。ウルフの踏み込みと同時に矢が刺さる。俺とエレオノーラが追撃し、四匹目、五匹目を一気に仕留めた。
「クリフさんはキノコどもに攻撃した後、すぐニーヤの援護へ!」
「わかった!」
クリフさんの矢が次々とキノコお化けの傘に突き刺さり、胞子嚢を潰す。白い霧が上がるが、あーさんの掌の水が薄い水幕を張り、吸い込みを防いだ。
「よっしー、エレオノーラは俺とキノコどもを! リンクはニーヤとガルーダ!」
「キュイ!」
リンクが弾丸のように跳ぶ。二段ジャンプで高度を取ってバックスピンキックをガルーダの腹に――しかし高さが足りない。ガルーダの鉤爪が逆にリンクに迫る。
「まずい!」
ブラックが風を巻いて、落下点に風の盾を作る。リンクはそこを足場にして再加速。
「さあ、リンク。もう一度ですニャ!」
「キュ〜イ!」
リンクは空で身を縮め、ばねのように伸びて、ガルーダの顎めがけてサマーソルト! 一発で決まった。ガルーダは即死。だがリンクも体勢を崩し、そのまま落下――。
「受ける!」
ブラックが水のクッションを作って速度を殺し、最後はクリフさんが見事にキャッチ。リンクは胸の上で一度だけ「キュ」と鳴き、すぐに立ち上がった。もう一匹のガルーダが怒りの急降下――。
「ニーヤ!」
「氷結弾・紡氷!」
氷の糸が空でほどけ、ガルーダの羽根の関節をつなぐ。羽ばたきが半拍遅れ、高度を失ったガルーダに、ブラックが風刃で滑空角をずらす。俺とクリフさんの同時射――氷糸の結び目に矢が入り、ガルーダは砂に叩きつけられた。
「空は制圧!」
「地上、あと二!」
よっしーとエレオノーラがキノコの群れを盾と短剣で捌く。よっしーの盾は胞子の霧を受け止め、エレオノーラの刃が根元を断ち切る。あーさんの水鏡が太陽光を優しく反射して、胞子の熱を取る。俺も旗の**〈戻る拍〉**でキノコの踏み込みを半拍遅らせ、クリフさんの矢が確実に心核を撃ち抜いた。
「……よし、片付いた!」
砂塩の白に、倒れた魔物の影が短く横たわる。熱風が一度だけ強く吹き、塩鈴が遠くで鳴った。
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氷と日輪
「ニーヤ、氷結弾、冴えてたな」
「ふふん。**日環**の下仕込みも、もうちょいで出来るニャ。太陽塔で使う“おひさま返し”の輪。礼の輪に似て、でもちょっと違うニャ」
白鎖の顔が頭をよぎる。偽礼を“学ぶ目”。この先、真似される前にさらに先を行かないといけない。
よっしーが肩を回す。
「相棒で行けるとこまで進もう。崖の先は砂丘が増える。林縁にオアシス小舎があるはずや。昼をやり過ごして、夕刻にもう一踏ん張り」
俺たちはクルマに乗り直し、再び塩床を滑っていく。ブラックが時折「ン」と短く合図する。リンクは後部座席でうとうと。あーさんが扇で微風を作りながら、窓の外を眺めている。
「ユウキさん……」
「ん?」
「先ほど、リンク殿が落ちるとき、ブラック殿が風と水で支え、クリフ殿が受け止められました。……なんだか、とても“美しい連携”に見えまして。わたくし、胸が熱うなりました」
「ありがと、あーさん。俺も、目の前で“拍”が合うのを感じた。いい“輪”だった」
あーさんは微笑み、盃をそっと指先で撫でた。彼女の掌の水が、光を柔らかく返す。
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オアシス小舎、短い休息
丘陵を一つ越えた低地に、椰子と棗の小さな林。オアシス小舎は塩と土で塗った壁の簡素な建物で、旅人が水と日陰を分け合う。俺たちは屋根の影に車を滑り込ませ、昼をやり過ごす準備。
よっしーが虚空庫からクーラーボックスを出し、冷えた麦茶とカットフルーツ、残りのたこ焼きを並べた。ニーヤは杖を片手に、もう片方で包丁を持ってタムルを器用に剥く。リンクは剥いた皮で遊び、ブラックは梁の上で羽を整える。
「この先、砂丘と崖風が増える。ヘリオポラまで、あと二日は見といた方がええ」
クリフさんが地図を指でなぞる。ハッサンの描いてくれた“道”――薄い線が東へ延びて、やがて太陽塔の記号にぶつかる。
「……白鎖、来るかな」
「来るやろうな。向こうも“礼”を試しとる。けど――」
俺は指先の指輪(アンリからもらった“結婚指輪”)を軽く撫でた。涼しい。輪は、まだ俺の中で安定している。
「“返礼”でいこう。太陽の真下でも、冷たい面は作れる」
ニーヤがコクリと頷き、帽子のつばをいじる。
「日環――“陽を薄める輪”。氷結弾に薄く巻いて、相手の熱の“舌”を染め直すニャ」
「頼りにしてる」
短い休息を終えて、俺たちは再び東へ。
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風の砦、赤い幌
午後、風が強まる。砂が細かくなり、視界の白がざらつく。やがて、塩と砂の境目に、**赤い幌**を張った移動屋台が数台、風上に顔を向けて列になっているのが見えた。幌に描かれた紋は――牙と炎。紅蓮の牙だ。だが、戦う構えではなく、風避けの壁を作って旅人に通路を貸している。
「金を取るつもりか?」
クリフさんが弦に軽く触れる。俺は手で制した。
「通るだけなら、借りよう。揉めるのは、ヘリオポラの手前で十分だ」
セドをゆっくり進め、幌の陰へ滑り込む。幌の内側は風が嘘みたいに弱い。若い衆が手際よく砂払いをしてくれる。先頭に立つ女がこちらを見る。顔の下半分を布で覆い、目だけが笑っている。
「“氷の輪の猫”と“旗の男”。噂より落ち着いてるじゃない」
「“進むときは進む”が、うちのやり方でな」
よっしーが軽く会釈。女は頷いて、道を示した。
「東へ真っすぐ。ただし、風の裂け目が今夜は多い。日暮れ前に“継ぎ梁”の高台で一泊しな。塔の手前で死なれても、私たちの評判が落ちる」
「親切やな」
女は肩をすくめた。
「性に合わないだけ。……あんたら、白鎖に会うんだろ?」
目が笑っていなかった。
「まあな」
「気をつけな。あれは“輪”を食う」
短い助言。俺たちは幌の風下から再び白へ出た。
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継ぎ梁の夜、そして――
日暮れ。空は紫。白い地面が薄く青く光る。指示された継ぎ梁――古い石橋の残骸の高台に、相棒を乗せ、風を避けるように車体を壁にする。簡易の幕を張って、交代で見張り。ニーヤは膝の上で弾の仕込み。日環の薄い輪が、氷弾の外周に刻まれていく。
「ユウキくん」
クリフさんが小さく呼びかける。
「うん?」
「白鎖は、“学ぶ”。君の〈戻る拍〉も、ニーヤ殿の輪も、彼は次には対策を持ってくる。――だから、こちらは“拍を変える”。彼の“学びの速度”を上回る」
「わかってる。……ありがとう」
リンクは俺の膝で丸くなり、ブラックは車の屋根で首を背に差し込んだ。あーさんは掌の水で簡素な茶を点て、皆に配る。塩の夜は乾いていて、茶の湯気がやけに優しい。
「ユウキさん」
「あーさん」
「きっと、大丈夫にございます。皆の拍は、よう合っております」
「うん。あーさんの“水鏡”が、とどめに効く」
あーさんは静かに笑って、盃に月をひとつ浮かべた。
――夜が更け、星が塩の白に散った頃。風が、一度だけ、嫌な方向から吹いた。学ぶ目の匂い。
「来る」
俺が身を起こすのと同時に、白い地平の上に、細い鎖が一筋。音もなく、俺たちの幕の前で止まる。鎖の先に、白鎖が立っていた。月光で輪が淡く光る。
「間に合った。夜の“薄拍”――今夜の君たちを、見に来た」
よっしーが盾を半ば、俺は旗を半ば。ニーヤは杖を上げ、日環の弾を一粒、指先に滑らせる。あーさんが掌の水を盃に溜め、クリフさんが弦を一度だけ鳴らした。
白鎖は鎖を胸に回し、礼の形を作る。――偽礼。だが、昨夜より精度が上がっている。
「やっぱり“食ってる”」
俺が低く言うと、白鎖は目だけで笑った。
「君たちの輪は、美味だ」
こいつ――。
「いくよ」
ニーヤの声が風を切る。杖先から、氷結弾・日環。青白い弾の外周に、淡い金の輪。弾は白鎖の偽礼の外縁に重なり、“陽”だけを薄く巻き取った。礼の“芯”に似せていた熱の舌が、冷たい面で染め直される。
白鎖の鎖が一瞬だけ緩む。
「今!」
俺の旗の**〈返礼の拍〉が、白鎖の胸元で“礼を返す”。学びの舌を、こちらの拍で返し、呼吸を半拍乱す。クリフさんの矢が、鎖の結び目**――“黙字”に相当する刻みへ。あーさんの水鏡が月の光を柔らかく返し、よっしーの盾が白鎖の足の踏み面をわずかに傾ける。
白鎖は一歩下がった。鎖の輪で地面を軽く叩き、俺たちの輪をなぞる。
「悪くない」
褒め言葉が、全然嬉しくない。
「……ヘリオポラで、お茶にしよう。黙字の太陽の下で」
白鎖は目を細め、鎖を肩に回して、白の闇に溶けた。
風が、さっきよりひんやりしている。塩の夜が、また音を取り戻した。
「ふぅ……」
リンクが俺の膝で伸びをし、ブラックが屋根の上で羽をぱさり。ニーヤは杖を抱えて、帽子に頬をこすりつける。
「日環、効いたニャ」
「ああ。十分に」
クリフさんが頷き、あーさんが盃を月に向ける。
「明日、塔へ」
よっしーが短く言った。俺は旗を膝に置き、遠い東の空を見た。まだ見えない太陽塔――ヘリオポラ。そこで、輪はもっと難しくなる。拍はもっと深くなる。
――でも、俺たちの輪は、もう始まっている。
「行こう」
声に、四つの返事と、二つの鳴き声が重なった。
(つづく:太陽塔ヘリオポラ――“黙字の太陽”と“輪の水”。白鎖の“内輪”が試す三つの礼、炎糸の新手筋。ニーヤの日環が本領を発揮し、あーさんの水鏡が陽炎をほどく。よっしーは相棒で太陽坂を登り、リンクとブラックが“拍の継ぎ目”を飛ぶ)




