表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/410

太陽塔街道、白鎖の影

――シェムサハル出立の朝。


椰子の梢が朝風に鳴って、海の白い線が遠くでほどけた。俺たちは宿「月の房」の前で円になり、最終確認を済ませる。行き先は東――太陽塔ヘリオポラ。白鎖が「そこで会おう」と言い残した、太陽の都だ。


よっしーが指を鳴らすと、虚空から平成元年の相棒がするりと現れる。角ばったボディに朝日が差し、懐かしいメロディホーンでも鳴らしそうな佇まい。


塩床えんしょう街道は直線多いけど、風の裂け目がよう開く。砂塩に足取られたら危ない。クルマで行けるとこまで行って、あかんとこは馬車か徒歩、場合によっては**’88バイク**で偵察に回す。臨機応変や」


「了解だ。あーさん、体調は?」


「はい。海風がここちよいゆゑ、御心配なく」


あーさんの声は澄んでいた。ニーヤは杖をくるりと回し、帽子の上でブラックが器用にバランスを取る。腕の中のリンクは「キューイ」と短く鳴いて、尻尾を小さく振った。


「出発!」


俺たちはセドに乗り込み、港町に手を振って、白い塩の大地へ滑り出した。



塩床街道、風の裂け目


海が背後に遠ざかるにつれ、世界は真っ白になっていく。塩の平原――陽を弾く白と、空を映す薄い青が、水平線の向こうで溶け合う。風が走ると、表面の結晶が鈴みたいにかすかに鳴る。


「ええ音やな。これ、塩鈴しおすず言うねんて」


よっしーが上機嫌でハンドルを切る。タイヤが塩結晶を噛む感触が微妙に変わる。俺の肩の上でブラックが翼を半ば広げ、前方の空にひそむ裂け目の流れを読み取っている。


「ブラックが言うには、三つ先の風脈は“くぼみ”。ここで速度落として、右に寄せるニャ」


ニーヤの通訳に従って減速。ほどなく、地平線の白がゆらりと歪む。風が地表の塩を薄く削り、見えない亀裂を作る。あぶねえ……クルマで来て正解だが、油断したら腹を擦る。


慎重に抜けると、前方に低い丘陵が現れた。塩の白から、褐色の岩へ。そこから先は、砂丘と低木のパッチワークが続くらしい。


「ここで馬車にスイッチしようか?」


よっしーが目を細めた時、ブラックが急に鳴いた。「ン!」リンクも耳をぴくりと立てる。「キュイ!」


クリフさんの肩が僅かに上がる。


「……来る。上、右、森縁」


その瞬間、風が変わり、音が一斉に重なった。



崖・空・森、三方向からの襲撃


ちょうど良いタイミングで、崖の上からウルフが五匹。砂塩を蹴って牙を剥く銀灰の群れ。空から二匹のガルーダ――大鷲が影を引く。さらに森の方からキノコお化けが六匹、ぬめった足でぴょこぴょこ近づいてくる。うわぁっ、多いなぁ……。


「我が主人あるじよ、ガルーダの対処はアッシに任せるニャ!」


帽子を指先で押さえ、ニーヤの目が猫のそれになる。


「うむ、ならばウルフは私が……」


クリフさんが弓を半ば引いたところで、俺は叫ぶ。


「待て、五匹は流石に無理だ! まずはウルフ五匹を“みんなで”片付ける! それからだ!」


「了解!」


よっしーが盾士の盾を虚空庫から引き抜き、セドの前に躍り出た。崖から転げ落ちる勢いで突っ込んできた先頭のウルフを、どんと止める。だが止めた個体に後ろの二匹が押し重なり、歯列がこちらに迫る。


「今だ、弓と魔法! 行けー!」


俺の声に被せて、ニーヤが詠唱。


風刃魔法ウインド・カッター!」


砂塩を削るような鋭い風刃が、前列のウルフの肩を斜めに裂いた。体勢を崩した一匹が転げ、着地の瞬間、クリフさんの矢が喉に吸い込まれる。


「一匹!」


だが二匹目が矢をかすり避けしてこちらへ。地面を蹴ったリンクが、サマーソルトでその顎をはね上げ、空中に二段ジャンプで追いすがって踵落とし! ウルフは砂塩に叩きつけられ、動かない。


「マジかよ、リンク強ぇ! 二匹目!」


「ミラ、前に出るぞ!」(※今回、ミラは街に残していたが、代わりにエレオノーラが加勢役に入る設定で進める)


「オッケー!! ……いくよ!!」


エレオノーラが短剣を両手に回転し、俺はよっしーが押さえる一匹の脇に滑り込み、二人同時に斬りかかる。脇腹と後脚腱を断ち、三匹目が砂に沈む。


「弓、魔法頼むぞ! 魔法は以降ガルーダに集中!」


「了解!」


空で輪を描くガルーダに、ニーヤが杖先を向ける。だがその前に残るウルフ二匹。ブラックが水魔法の球を連射し、足元を滑らせる。クリフさんは水球の落下位置から逆算し、**“避けて着地する点”**に矢を先置き。ウルフの踏み込みと同時に矢が刺さる。俺とエレオノーラが追撃し、四匹目、五匹目を一気に仕留めた。


「クリフさんはキノコどもに攻撃した後、すぐニーヤの援護へ!」


「わかった!」


クリフさんの矢が次々とキノコお化けの傘に突き刺さり、胞子嚢を潰す。白い霧が上がるが、あーさんの掌の水が薄い水幕を張り、吸い込みを防いだ。


「よっしー、エレオノーラは俺とキノコどもを! リンクはニーヤとガルーダ!」


「キュイ!」


リンクが弾丸のように跳ぶ。二段ジャンプで高度を取ってバックスピンキックをガルーダの腹に――しかし高さが足りない。ガルーダの鉤爪が逆にリンクに迫る。


「まずい!」


ブラックが風を巻いて、落下点に風の盾を作る。リンクはそこを足場にして再加速。


「さあ、リンク。もう一度ですニャ!」


「キュ〜イ!」


リンクは空で身を縮め、ばねのように伸びて、ガルーダの顎めがけてサマーソルト! 一発で決まった。ガルーダは即死。だがリンクも体勢を崩し、そのまま落下――。


「受ける!」


ブラックが水のクッションを作って速度を殺し、最後はクリフさんが見事にキャッチ。リンクは胸の上で一度だけ「キュ」と鳴き、すぐに立ち上がった。もう一匹のガルーダが怒りの急降下――。


「ニーヤ!」


氷結弾フリーズ・ブリッド紡氷ぼうひょう!」


氷の糸が空でほどけ、ガルーダの羽根の関節をつなぐ。羽ばたきが半拍遅れ、高度を失ったガルーダに、ブラックが風刃で滑空角をずらす。俺とクリフさんの同時射――氷糸の結び目に矢が入り、ガルーダは砂に叩きつけられた。


「空は制圧!」


「地上、あと二!」


よっしーとエレオノーラがキノコの群れを盾と短剣で捌く。よっしーの盾は胞子の霧を受け止め、エレオノーラの刃が根元を断ち切る。あーさんの水鏡が太陽光を優しく反射して、胞子の熱を取る。俺も旗の**〈戻る拍〉**でキノコの踏み込みを半拍遅らせ、クリフさんの矢が確実に心核を撃ち抜いた。


「……よし、片付いた!」


砂塩の白に、倒れた魔物の影が短く横たわる。熱風が一度だけ強く吹き、塩鈴が遠くで鳴った。



氷と日輪


「ニーヤ、氷結弾、冴えてたな」


「ふふん。**日環サン・リング**の下仕込みも、もうちょいで出来るニャ。太陽塔で使う“おひさま返し”の輪。礼の輪に似て、でもちょっと違うニャ」


白鎖の顔が頭をよぎる。偽礼を“学ぶ目”。この先、真似される前にさらに先を行かないといけない。


よっしーが肩を回す。


相棒セドで行けるとこまで進もう。崖の先は砂丘が増える。林縁にオアシス小舎があるはずや。昼をやり過ごして、夕刻にもう一踏ん張り」


俺たちはクルマに乗り直し、再び塩床を滑っていく。ブラックが時折「ン」と短く合図する。リンクは後部座席でうとうと。あーさんが扇で微風を作りながら、窓の外を眺めている。


「ユウキさん……」


「ん?」


「先ほど、リンク殿が落ちるとき、ブラック殿が風と水で支え、クリフ殿が受け止められました。……なんだか、とても“美しい連携”に見えまして。わたくし、胸が熱うなりました」


「ありがと、あーさん。俺も、目の前で“拍”が合うのを感じた。いい“輪”だった」


あーさんは微笑み、盃をそっと指先で撫でた。彼女の掌の水が、光を柔らかく返す。



オアシス小舎、短い休息


丘陵を一つ越えた低地に、椰子と棗の小さな林。オアシス小舎は塩と土で塗った壁の簡素な建物で、旅人が水と日陰を分け合う。俺たちは屋根の影に車を滑り込ませ、昼をやり過ごす準備。


よっしーが虚空庫からクーラーボックスを出し、冷えた麦茶とカットフルーツ、残りのたこ焼きを並べた。ニーヤは杖を片手に、もう片方で包丁を持ってタムルを器用に剥く。リンクは剥いた皮で遊び、ブラックは梁の上で羽を整える。


「この先、砂丘と崖風がけかぜが増える。ヘリオポラまで、あと二日は見といた方がええ」


クリフさんが地図を指でなぞる。ハッサンの描いてくれた“道”――薄い線が東へ延びて、やがて太陽塔の記号にぶつかる。


「……白鎖、来るかな」


「来るやろうな。向こうも“礼”を試しとる。けど――」


俺は指先の指輪(アンリからもらった“結婚指輪”)を軽く撫でた。涼しい。輪は、まだ俺の中で安定している。


「“返礼”でいこう。太陽の真下でも、冷たい面は作れる」


ニーヤがコクリと頷き、帽子のつばをいじる。


日環サン・リング――“陽を薄める輪”。氷結弾に薄く巻いて、相手の熱の“舌”を染め直すニャ」


「頼りにしてる」


短い休息を終えて、俺たちは再び東へ。



風の砦、赤い幌


午後、風が強まる。砂が細かくなり、視界の白がざらつく。やがて、塩と砂の境目に、**赤いほろ**を張った移動屋台が数台、風上に顔を向けて列になっているのが見えた。幌に描かれた紋は――牙と炎。紅蓮の牙だ。だが、戦う構えではなく、風避けの壁を作って旅人に通路を貸している。


「金を取るつもりか?」


クリフさんが弦に軽く触れる。俺は手で制した。


「通るだけなら、借りよう。揉めるのは、ヘリオポラの手前で十分だ」


セドをゆっくり進め、幌の陰へ滑り込む。幌の内側は風が嘘みたいに弱い。若い衆が手際よく砂払いをしてくれる。先頭に立つ女がこちらを見る。顔の下半分を布で覆い、目だけが笑っている。


「“氷の輪の猫”と“旗の男”。噂より落ち着いてるじゃない」


「“進むときは進む”が、うちのやり方でな」


よっしーが軽く会釈。女は頷いて、道を示した。


「東へ真っすぐ。ただし、風の裂け目が今夜は多い。日暮れ前に“継ぎつぎばり”の高台で一泊しな。塔の手前で死なれても、私たちの評判が落ちる」


「親切やな」


女は肩をすくめた。


「性に合わないだけ。……あんたら、白鎖に会うんだろ?」


目が笑っていなかった。


「まあな」


「気をつけな。あれは“輪”を食う」


短い助言。俺たちは幌の風下から再び白へ出た。



継ぎ梁の夜、そして――


日暮れ。空は紫。白い地面が薄く青く光る。指示された継ぎ梁――古い石橋の残骸の高台に、相棒を乗せ、風を避けるように車体を壁にする。簡易の幕を張って、交代で見張り。ニーヤは膝の上で弾の仕込み。日環の薄い輪が、氷弾の外周に刻まれていく。


「ユウキくん」


クリフさんが小さく呼びかける。


「うん?」


「白鎖は、“学ぶ”。君の〈戻る拍〉も、ニーヤ殿の輪も、彼は次には対策を持ってくる。――だから、こちらは“拍を変える”。彼の“学びの速度”を上回る」


「わかってる。……ありがとう」


リンクは俺の膝で丸くなり、ブラックは車の屋根で首を背に差し込んだ。あーさんは掌の水で簡素な茶を点て、皆に配る。塩の夜は乾いていて、茶の湯気がやけに優しい。


「ユウキさん」


「あーさん」


「きっと、大丈夫にございます。皆の拍は、よう合っております」


「うん。あーさんの“水鏡”が、とどめに効く」


あーさんは静かに笑って、盃に月をひとつ浮かべた。


――夜が更け、星が塩の白に散った頃。風が、一度だけ、嫌な方向から吹いた。学ぶ目の匂い。


「来る」


俺が身を起こすのと同時に、白い地平の上に、細い鎖が一筋。音もなく、俺たちの幕の前で止まる。鎖の先に、白鎖が立っていた。月光で輪が淡く光る。


「間に合った。夜の“薄拍”――今夜の君たちを、見に来た」


よっしーが盾を半ば、俺は旗を半ば。ニーヤは杖を上げ、日環の弾を一粒、指先に滑らせる。あーさんが掌の水を盃に溜め、クリフさんが弦を一度だけ鳴らした。


白鎖は鎖を胸に回し、礼の形を作る。――偽礼。だが、昨夜より精度が上がっている。


「やっぱり“食ってる”」


俺が低く言うと、白鎖は目だけで笑った。


「君たちの輪は、美味だ」


こいつ――。


「いくよ」


ニーヤの声が風を切る。杖先から、氷結弾・日環。青白い弾の外周に、淡い金の輪。弾は白鎖の偽礼の外縁に重なり、“陽”だけを薄く巻き取った。礼の“芯”に似せていた熱の舌が、冷たい面で染め直される。


白鎖の鎖が一瞬だけ緩む。


「今!」


俺の旗の**〈返礼の拍〉が、白鎖の胸元で“礼を返す”。学びの舌を、こちらの拍で返し、呼吸を半拍乱す。クリフさんの矢が、鎖の結び目**――“黙字”に相当する刻みへ。あーさんの水鏡が月の光を柔らかく返し、よっしーの盾が白鎖の足の踏み面をわずかに傾ける。


白鎖は一歩下がった。鎖の輪で地面を軽く叩き、俺たちの輪をなぞる。


「悪くない」


褒め言葉が、全然嬉しくない。


「……ヘリオポラで、お茶にしよう。黙字の太陽の下で」


白鎖は目を細め、鎖を肩に回して、白の闇に溶けた。


風が、さっきよりひんやりしている。塩の夜が、また音を取り戻した。


「ふぅ……」


リンクが俺の膝で伸びをし、ブラックが屋根の上で羽をぱさり。ニーヤは杖を抱えて、帽子に頬をこすりつける。


「日環、効いたニャ」


「ああ。十分に」


クリフさんが頷き、あーさんが盃を月に向ける。


「明日、塔へ」


よっしーが短く言った。俺は旗を膝に置き、遠い東の空を見た。まだ見えない太陽塔――ヘリオポラ。そこで、輪はもっと難しくなる。拍はもっと深くなる。


――でも、俺たちの輪は、もう始まっている。


「行こう」


声に、四つの返事と、二つの鳴き声が重なった。


(つづく:太陽塔ヘリオポラ――“黙字の太陽”と“輪の水”。白鎖の“内輪”が試す三つの礼、炎糸の新手筋。ニーヤの日環が本領を発揮し、あーさんの水鏡が陽炎をほどく。よっしーは相棒で太陽坂を登り、リンクとブラックが“拍の継ぎ目”を飛ぶ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ