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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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密林の宿 編 1 闇に蠢くもの



霧の中の案内人


  いくつも谷を越え、湿度が肌に絡みつく密林。矢は盾に弾き、魔物は追い払った――そのとき、一帯を白い霧が塞いだ。

「……頭、痛っ」俺だけじゃない。よっしーもクリフもこめかみを押さえる。鉄の匂いがわずかに混じった霧。

「フォッ、フォッ……困っとるの」霧からひょろりと老婆。黒ずんだ外套、澄みすぎた瞳。「神経毒の霧じゃ。先の宿へおいで。解毒がある」

 クリフが小声で言う。「ユウキ、呼吸浅く。靴紐」しゃがみ込んで手早く結び直した。「足元から整える」

「助かる、兄貴」

 霧の切れ間に、二階建ての木宿がぽつり。七部屋。淡い灯。


 中は白壁と濃い木で統一され、妙に落ち着く。

「フカフカやん」よっしーが椅子に沈み、ニーヤは鼻を鳴らす。

「今宵は淡水魚の香草焼きと、根菜スープにしようかの」

「楽しみニャ」

 夕餉はたしかに旨かった。胃の底から解ける。警戒の糸がゆるむほどに。


 就寝前、あーさんが二鈴を確かめる。「半拍だけ、霧が呼吸をずらしておりますわ」

 俺はリングの温度を測った。イシュタムが遠くで目を細める(……音を立てるな。聞け)。

 灯が消え、闇が落ちる――。


     ◇


 夜半。水音。クリフが歯を磨きに立つ。

 洗面台の鏡に、古びた人形。ふと視線を戻すと、さっきより近い。


「……気のせいか」


 もう一度鏡を見る――目の前にいた。


「うわっ!」


 叫びに飛び起き、廊下へ。クリフの背に絡む人形。首が逆へ回り、舌がずるりと伸びて俺の喉元に巻きつく。

「キュイ!」リンクの旋風脚が人形をはじき、ブラックの風背が間合いを裂く。舌が外れ、俺はクリフを引いて走る。


「人形が――動いた!」

「夢やないんか?」半身起きていたよっしーが眉を寄せた瞬間、窓ガラスがひび割れ、外から別の人形が無表情で頬を打ちつけてくる。

「想像以上やな……!」

 階段から重い足音。ギシ、ギシ――床鳴りが近づく。

 一階へ。広間の灯は勝手に明滅し、影が床にじわじわ染みる。

 扉が開き、老婆。顔の半分が崩れ、赤黒いものが垂れた。


「フォッ、フォッ……逃がすと思うたか」


 空気が沈む。影の触手が伸びる。

「“鍵穴じゃなく、蝶番へ”」俺は床に手をつき、“座”を置く。見えない椅子に影の重心が腰を下ろし、突進が遅れる。

 よっしーは’89箱から可逆クランプとタイラップを抜き、手すりと家具の足を束ねて通路幅を絞る。「動線固定や!」


 ニーヤの氷が影の縁だけを霜らせ、あーさんの二鈴が半拍世界を遅らせる。


 クリフは斧を振らない。柱際に置き、逃げ道を塞ぐ。「やめておけ。怪我をするのは君だ」

 老婆は笑い、影口が囁く。「切り刻んでやるぅ」

「それは違う。ここは“噛みたがっている”だけだ」俺は囁く。イシュタムの声が遠い時報のように重なる(……宿を、聞け)。


 祠の匂い――どこかに縫い目がある。俺たちは広間の奥へ視線を走らせた。

 闇はまだ、形を見せない。


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