青環(せいかん)の浮島、第七断章
1)潮の匂い
夜明けとともに平原を抜け、俺たちは初めて海の匂いを感じた。
塩と湿り気の混ざった風が肌に張りつき、遠くからは波の低い音が絶えず届いてくる。
「ここが“青環の浮島”への入口か」
よっしーがセドを停め、海岸の奥に見える巨大な石柱を指さした。「どうやら、あの柱の向こうが宙潮の航路やな」
「潮の拍、今までよりも複雑ニャ」
ニーヤが杖を握りしめ、眉をひそめる。「白鎖の鎖潮、炎糸の焔潮、黒涌の黙潮……潮の骨ごとに別の試しが来るニャ」
「あーさん、潮面は?」
「承り候。風面と静面の上に薄い潮面を重ねまする。波の呼吸を写せば、礼の拍が安定いたしましょう」
リンクは浜辺の岩に飛び乗り、跳ねる波を追って二段ジャンプの練習をしている。ブラックは潮風の流れを読むように旋回し、細い風背を刻んでいた。
クリフは弓の弦を指で撫で、潮風に弓が耐えられるか確かめている。
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2)潮路の準備
俺たちは浜辺で一度野営を張り、潮路の準備を始めた。
よっしーはセドの荷台を点検し、浮遊用の結晶を虚空庫から取り出して車体に組み込む。
「平成元年のセドが浮くなんて、ちょっと笑えるな」
「笑うな、これがワイらの命綱や」
よっしーが真剣な顔でセドの底を叩いた。
ニーヤは砂地に小さな輪を描き、潮と風の拍を合わせる練習をしている。
あーさんは盃の水面に潮の紋様を浮かべ、静面との重ねを調整していた。
リンクは波打ち際で小魚を追いかけ、ブラックは潮の流れを計測していた。
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3)潮路への出航
夕刻、潮の骨が安定する時間を見計らい、俺たちは潮路へ足を踏み入れた。
セドのタイヤが水を切り、浮遊結晶がゆっくりと青く光る。
波の拍が車体の底を押し上げ、平成の鼓動がそのまま潮の芯と重なった。
「回転、一定……よし、この拍なら大丈夫や」
よっしーが短く言う。
俺は旗を胸に抱き、鈴帳を開く。
〈拝〉〈返〉〈送〉――潮の呼吸に合わせ、拍を整える。
ニーヤが返鈴を刻み、あーさんが潮面を写す。
クリフは無音矢で節を結び、リンクは前方の踏み点を二段で示し、ブラックが上から風背を撫でた。
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4)第一の試練――鎖潮
潮の奥から銀白の鎖が浮かび上がった。
白鎖の鎖潮だ。波の拍を細かく刻み、道の芯をわずかにずらそうとしている。
「ズレの幅は小さい……合わせられる!」
俺は旗で押す音を重ねた。
ニーヤが返鈴で波の乱れを逆位相で抑え、あーさんが静面で潮の揺れを吸い込む。
クリフの矢が細い節を押さえ、リンクが二段で鎖の隙間を踏み、ブラックが上空から潮の角を丸める。
「……美」
白鎖の声が潮風に混じって消え、鎖潮は波の底に沈んだ。
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5)第二の試練――焔潮
潮の色が一瞬だけ赤く染まり、熱を帯びた。
炎糸の焔潮が潮の拍を焦がすように広がっていく。
「熱で返す音が鈍る!」
あーさんが低く告げる。
「氷結弾・露鎧!」
ニーヤが杖を掲げ、冷気を波頭に走らせた。
俺は旗で押す音を強め、芯を潮底に響かせる。
あーさんは静面を重ね、引く音で熱の歪みをゆっくり吸い上げた。
クリフが矢を無音で射ち、節を固定。
リンクは潮の流れに合わせて二段で飛び、ブラックがその軌跡を補強するように風背を通した。
焔潮は悔しげに揺れ、やがて潮の奥へ沈んでいった。
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6)第三の試練――黙潮
潮路の最奥、浮島が視界に入るころ、世界がふっと無音になった。
風も波も鳴らない――黒涌の黙潮だ。
「静面、厚く重ねまする」
あーさんが盃を掲げた。
俺は旗を握り、押す音を細く通す。
ニーヤは返鈴を胸の奥で鳴らし、拍の居場所を示す。
クリフは弦で節を保ち、リンクは二段で波頭を踏み、ブラックが翼を広げて潮の上を撫でた。
――チ・リン・リ。
黙潮が静かにほどけ、潮の音がゆっくりと戻った。
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7)浮島への到達
青い浮島に着いたとき、潮の骨が優しく響いた。
旗の裏で鈴文が淡く光り、第七断章が刻まれていく。
「……終わったな」
よっしーが深く息を吐いた。
「潮の合符、もう“身”になったニャ」
ニーヤが満足げに笑う。
あーさんは盃を胸に寄せ、「三音の輪、確かに繋がりましたる」と静かに頷いた。
クリフは弓を背に収め、リンクは膝の上で跳ね、ブラックは頭上で円を描いた。
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8)浮島での休息
浮島の中央には、小さな泉と木陰があった。
よっしーが虚空庫から缶を取り出し、「祝いや祝いや」と笑う。
リンクは果実を抱えて跳ね、ブラックは枝の上で翼を休めている。
「第七断章が身に馴染んできたら、“合符”の完成も近いニャ」
ニーヤが杖を撫でながら言った。
あーさんは盃の面を見つめ、「次は“骨の総礼”が試される場にございます」と静かに答える。
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9)夜、潮の拍
夜の浮島は静かで、潮の音が胸の奥に響いた。
旗の裏で鈴文が光り、指輪がチ・リン・リと短く鳴いた。
「まだ旅は続く」
俺がそう呟くと、リンクが膝の上で丸くなり、ブラックが翼を軽く広げた。
それから俺たちは浮島を出てまたさらに山を越え谷を越え進む……




